要旨
● 高水準の株価が続いているのに対し、実体経済の持ち直しが弱く、コロナのみならず米中対立激化や米大統領選など多くの不安要素がある中で、なぜ株価が上昇しているのかとする向きもある。
● 企業の将来収益は先行きの景気動向とも密接な関係がある。このため、いくら現状の景気動向が芳しくなくても、例えばワクチンの早期普及等により先行き景気が回復すると予想されれば、株価は上昇する。
● 一方、長期金利の低下は配当の割引現在価値を高めるため、株価の上昇要因となるため、金利低下も株高の一因。
● そもそも金融緩和の状況では、中立金利よりも低い金利水準にあるため、株価も景気中立的な水準を上回るのは自然なことであり、むしろ政策的には意図的に資産価格を引き上げることで実体経済を支えることを意図しているともいえる。
● コロナショックのように生活様式の変化を余儀なくされる景気悪化では、移動や接触を伴うビジネスは大打撃を受ける一方、非接触化やデジタル関連ビジネス等は逆に恩恵を受けることになるため、コロナショックで逆に恩恵を受ける企業の株式が大胆な金融・財政政策で有り余ったマネーを引き付けている。
● 米中対立や米大統領選を除いて今後株価が下がるきっかけとしては、景気回復のカギを握るワクチン等の普及が遅れる観測が強まることが挙げられる。また逆に、景気が良くなることで金利が上昇し、金融緩和の出口観測が強まること等が考えられる。
(*)本稿は週刊エコノミスト9月29日号への寄稿を基に作成。
はじめに
高水準の株価が続いている。日米の代表的な株価指数であるNYダウと日経平均を見ると、コロナショック前ピークだった1月中旬の95%以上の水準まで戻っている。
これに対し、実体経済の持ち直しが弱く、コロナのみならず米中対立激化や米大統領選など多くの不安要素がある中で、なぜ株価が上昇しているのかとする向きもある。
金融緩和の効果
そもそも、伝統的に用いられている株価の決定理論に、配当割引モデルというものがある。この考え方によれば、現在の株価Pは将来得られると予想される配当Dの割引現在価値の合計と考えることができる。そして、この将来の予想配当というのは、その企業が将来どの程度の収益を上げることができ、どの程度配当として還元されるのか等に大きく影響を受ける。このため、投資家の期待収益率をr、配当成長率をgとすると、P=D/(r-g)となる。そして、企業の将来収益は先行きの景気動向とも密接な関係がある。このため、いくら現状の景気動向が芳しくなくても、例えばワクチンの早期普及等により先行き景気が回復すると予想されれば、株価は上昇するのである。
一方、配当割引モデルによれば、長期金利の低下は配当の割引現在価値を高めるため、株価の上昇要因となる。実際、基軸通貨ドルの長期金利である米10 年債利回りの水準を見ると、コロナショック前の1.8%台から0.6%台に低下している。このため、金利低下も株高の一因といえよう。
そして、長期金利が低水準にある背景には、コロナショックに伴う米国の大胆な金融緩和がある。FFレートを一気にゼロ金利まで下げるにとどまらず、量的緩和政策も無制限に行い、ジャンク債や地方債まで購入している。
そもそも、金融緩和の理論的な考え方としては、景気に対して中立的な金利水準よりも実際の金利を低く誘導することで緩和的な金融環境を作り、景気を刺激することである。従って、そもそも金融緩和の状況では、中立金利よりも低い金利水準にあるため、株価も景気中立的な水準を上回るのは自然なことであり、むしろ政策的には意図的に資産価格を引き上げることで実体経済を支えることを意図しているともいえる。
デジタル化の恩恵
さらに、コロナショックが感染症による景気悪化であることも株高の一因だろう。というのも、リーマンショックは金融危機が生じたため、信用収縮に伴いほぼ全ての産業が悪影響を受けた。しかし、コロナショックのように生活様式の変化を余儀なくされる景気悪化では、移動や接触を伴うビジネスは大打撃を受ける一方、非接触化やデジタル関連ビジネス等は逆に恩恵を受けることになる。従って、こうしたコロナショックで逆に恩恵を受ける企業の株式が大胆な金融・財政政策で有り余ったマネーを引き付けていると言えよう。これは、コロナショックに伴うデジタル化等で恩恵を受けやすいハイテク企業を多く含むナスダックが史上最高値を大きく更新していることからも裏付けられる。
以上を勘案すれば、米中対立や米大統領選を除いて今後株価が下がるきっかけとしては、景気回復のカギを握るワクチン等の普及が遅れる観測が強まることが挙げられる。また逆に、景気が良くなることで金利が上昇し、金融緩和の出口観測が強まること等が考えられる。つまり、経済が正常化に向かうことが、逆に株価下落の引き金を引くということになるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣