業況は、9月調査で底入れしたと思える。大企業・製造業の業況DI は前回比+7ポイントと予想 の範囲内のリバウンドとなっている。それに比べると、経常利益計画の前年比マイナス幅が大きい 中堅・中小企業は回復が鈍い。フロー面では改善だが、ストック面は依然として回復していないと 感じられる。特に、雇用には後遺症が残ることが心配される。菅政権が発足して初めての大型経済 指標の発表となるので、これをみて新政権が第3次補正予算などを検討するかどうかが注目され る。
9月調査で業況は底入れ
大企業・製造業の業況判断DI は、▲27と 前回▲34に比べて、+7ポイントの改善とな った。6月調査がボトムであり、9月調査は 底入れとなり、これからは改善していくとみ られる。改善幅は予想の範囲内だったと思 う。
意外感があったのは、製造業で中堅・中小企業の業況改善が鈍かったことである。中堅企業の業況判断は前回比+2ポイント、中小企業は同+1ポイントでしかない。これら中堅・中小企業の製造業は、業種別に前回比で悪化したところもあり、底入れ感はまだないだろう。
全規模で共通して改善しているのは、自動車である。中国での自動車販売が増加し、その恩恵が及んだとみられる。大企業・製造業では、自動車が前回比+11ポイント、電気機械が同+12ポイント、業務用機械が同+11ポイント、はん用機械が同+10ポイントと軒並みの改善となっている。
また、大企業・製造業は、先行きの業況改善も+10ポイントと割と大きくみている。これは足元の改善幅(+7ポイント)よりも大きい。今後は、今回の局面は製造業を中心に回復が進むことが予想される。
一方、大企業・非製造業は、前回比+5ポイントとそこそこの改善である。中堅企業の同+4ポイント、中小企業の同+4ポイントの改善は、製造業とは違って、規模別に差がついていない。
需給などの改善ペースはより小幅
業況がリバウンドする局面では、常に業況判断の改善に対して、他の調査項目が僅かしか改善しない。今回もそうである。大企業・製造業の国内製商品サービスの需給判断DIは、前回比+4ポイントの改善、海外の製商品需給は同+3ポイントである。販売価格は同+2ポイントの上昇。製商品在庫と流通在庫は、ともに同▲1ポイントしか過大の幅が縮小していない。
まだ業況判断の改善にみられるほど、個別項目の改善は追い付いていない。おそらく、中堅・中小企業の業況が改善しにくいのは、需給環境がまだ厳しく、大企業との取引条件が厳しいことを反映しているのだろう。つまり、今後、大企業の需給などが遅れて改善すると、それに連れて中堅・中小企業の業況も回復していきそうだという見立てができる。
雇用情勢は心配
各種DIは、需給などフロー面の変化はおおむね改善しているが、雇用・設備などのストック面での変化はほとんど改善していない特徴がある。
雇用判断DIは、大企業・製造業で過剰感が前回比▲3ポイント改善した。大企業・非製造業では同+2ポイント悪化となった。非製造業が悪化したところは、ネガティブ・サプライズである。こうした変化は、中堅企業でも同様である。雇用調整助成金などのセーフティネットが徐々に効きにくくなって、サービス業では過剰感が意識されるようになったとも理解できる。これは、警戒すべき変化である。
生産・営業用設備判断DIも、大企業では前回比の変化幅はゼロだった。ほとんど設備余剰が改善してないことは、需給緩和圧力にもつながっていく。こちらも予断を許さない。
2020年度の収益はボロボロ
短観では、年度計画の読み方は難しい。今回、売上・収益計画はともに前回比下方修正である。これを悪化とみるかは微妙である。なぜならば、6月調査時点では事業計画は悪化を織り込み切れておらず、今回になってすでに悪化してきた状況を年度計画の数字に反映してきた可能性が大きいからだ。つまり、数字の下方修正は過去の変化を映しているという理解だ。
そうしたバイアスを割り引いても、企業収益は悪い。大企業よりも、中堅企業、さらに中小企業の2020年度のマイナス幅は大きい。中小企業・全産業の経常利益計画は、前年比▲45.9%とひどいマイナスだ。今後、売上の持ち直しが下期にかけて進んだとしても、大幅なマイナスが前年比プラスに転じることは見込めないだろう。先の雇用過剰感と併せて考えると、利益悪化幅が大きい中小企業で雇用調整圧力が顕在化する可能性がある。これは、先行きの需要回復ペースが鈍ければ鈍いほど、雇用悪化に波及する可能性が強まる。業況が底入れしたとはいえ、サービス業などへの後遺症が強く警戒される。
設備投資計画も弱め
大企業・製造業の設備投資計画は、前年比3.5%とプラスである。しかし、前回の同6.5%からは下方修正が大きくなっていると感じる。大企業・非製造業の設備投資計画も、同0.1%とぎりぎりプラスである。中小企業の設備投資計画も、2桁のマイナスで前回と比べて足踏みである。毎回、中小企業の設備投資が改善するパターンがあることを念頭に置くと、実質的に悪化しているとみた方がよさそうだ。
先の生産・営業設備の余剰感、企業収益の年度計画のマイナス幅を考慮すると、マクロの設備投資は悪化方向が続くことが予想される。現状、日本経済の潜在成長率は、伸び率が鈍化する流れであるが、この短観の結果からはさらに伸び率がスローペースになることが見通せる。これは、菅政権にとって不都合な変化である。
今後の経済対策
菅政権が誕生して、この短観は初めての大型経済指標の発表となる。筆者は、菅政権の政策対応は、これまでのところ、予想以上に素早いという印象を持っている。だから、短観の結果をみて、楽観するよりも雇用面などの後遺症を警戒するのではないかと思っている。今のところは、雇用調整助成金などの痛み止めが何とか奏功しているが、いずれ需要低迷が長期化すると、失業率は上がってくるだろう。そうなると消費者マインドが落ちて、消費も下押しされる。内閣支持率にも影を落とすだろう。そうなる手前で、雇用創出効果のある対策を考えて、菅政権は動いてくるのではないか。筆者はそう直感する。
追加の経済対策は、第3次補正予算というかたちをとるだろう。その規模は必要最低限に止めて、安倍政権のような規模を膨らませることはしないと予想する。いずれにせよ、菅政権はこの短観結果をみて、具体的にどういった追加的なアクションを採るかに筆者は注目している。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生