シンカー:新型コロナに対する当初の大規な経済対策は、雇用・企業の資金繰り・消費の下支えなどに効果を収めた。だが、感染が完全に終息する気配が無い中で、政府が財政政策に消極的になるリスクを警戒する発言が中央銀行関係者から相次いでいる。共和党と民主党の追加財政政策に関する協議が行き詰まる中で、FRBのパウエル議長は十分でない財政サポートは経済回復に不必要な苦難をもたらすとし、財政政策を過度に行うリスクは過少に行うリスクよりも小さいと、これまで以上に財政面での対応の重要性を強調している。さらに、パウエル氏は今回の新型コロナが低所得者やマイノリティに対して非対称的な影響を与えるとし、追加財政が不可欠であると指摘した。ECBのラガルド総裁も以前から財政の必要性を唱えていたが、特に最近ではいわゆる“グリーンTLTRO”に言及するなど、気候変動に対するプロジェクトの支援をTLTROを通じて行うといった案も注目されている。ただ、シュナーベル理事やドイツ連銀のヴァイトマン総裁からは、これらは財政による対応の範疇だとして反対意見も出ているようだ。新型コロナを通じて、ポリシーミックスの重要性が改めて意識されるようになったと同時に、FRBはPPP(給与保護プログラム)やMSLP(メインストリート融資制度)といった異例の政策に踏み切ってきた。このような動きは、従来の金融政策の限界を示すとともに、中央銀行に対してより社会的な役割が求められるようになってきていることを示しているのかもしれない。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

9月16日のFOMCはコンセンサス通りの内容となった。最新のSEPでは参加者は総じて、政策金利が少なくとも 2023 年末までは現行水準で維持されるとみていることが示された。今回のFOMCでは新しい政策決定の枠組みに沿って声明の文言とコミュニケーションを修正した。これは(真の)フォワードガイダンスに向かう大きな一歩であると言えるだろう。また FRB は、2020-22 年の経済予測を力強く上方修正した。現行の FOMC 声明は、利上げを支える内容ではない。しかし、FRB が提供した新しい枠組みを考えると、最速で 2023 年遅くに利上げが実施される可能性がある。

9月10日の会合で、ECB は、金融政策決定に関するプレスリリースを 7 月政策理事会から事実上変更しなかった。ラガルド総裁は、ユーロ高懸念、インフレ見通し、景気回復の力強さに関して中立的なスタンスを維持し、市場にとってはやや物足りなかったかもしれない。弊社は、このことが示すのは様子見を続けたいという希望や意図ではなく、次の一手を打つためには追加情報の必要だと考えているためだとみている。コアインフレ率の ECB スタッフ予測が驚くほど上方修正されたが、弊社は主に6月予測が過度に悲観的だったことを映した面が強いと考えている。ECB は現時点では、インフレ率予測は弊社と同様だが、今年の GDP 成長率に関しては引続き弊社より悲観的だ。また2022 年インフレ率予測が低水準(1.3%)なことで、弊社は、ECB は 12 月に PEPP を調整すると考えている

9月16日の日銀金融政策決定会合では、現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定するとともに、景況判断を上方修正した。日銀は安倍首相の辞任の意向を受けて、日銀はデフレ完全脱却に向けた経済政策の継続性をマーケットに対して示す必要を感じているとみられる。黒田日銀総裁の任期は2023年4月まであり、2013年の共同声明の下、政府・日銀の共同の2%の物価上昇目標に向けた政策の方針は維持された。目先は、政府の経済対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気の底割れを回避するため全力を尽くす意志を引き続き示すだろう。菅政権の下でも、緩和的な財政政策は維持されると考えている。新型コロナウィルス問題がまだ終息しておらず、大規模災害への備えも必要なことで、政府予算の予備費は温存され、新たな政策は国債発行でまかなわれるだろう。日銀も現行の政策下のポリシーミックスとして国債の買い入れ額を増やして行くとみられる。

9月17日の金融政策委員会(MPC)会合で、BOEは政策金利を 0.1%、QEについては7450億ポンドを据え置いた。さらに、今回の会合ではマイナス金利の導入について準備を進めることを示唆している。弊社は、Brexit交渉が決裂することによる貿易面での経済への影響への対応として、2021年の早いうちにマイナス金利を導入する可能性があると考えている。

4月3日以来、PBoC は小規模の銀行全体に的を絞り RRR(預金準備率)の引き下げや銀行の超過準備預金に対する金利(IOER)の引き下げを実施してきた。この策には、銀行が過剰な準備預金をより活用して実体経済への貸出しに向けるように促す意図があるという。ただ2020年後半以降、成長へのリスクが落ち着いてきたことと合わせて住宅市場に加熱の兆しがみられることなどから、弊社はPBoCが当面様子見姿勢を続けるとの見方に変更した。

米国(Fed)

●FFレート:0.00-0.25%(9月16日時点)

●予想:FFレートは早ければ2023年後半に引き上げられるだろう

9月16日のFOMCはコンセンサス通りの内容となった。最新のSEPでは参加者は総じて、政策金利が少なくとも 2023 年末までは現行水準で維持されるとみていることが示された。今回のFOMCでは新しい政策決定の枠組みに沿って声明の文言とコミュニケーションを修正した。これは(真の)フォワードガイダンスに向かう大きな一歩であると言えるだろう。また FRB は、2020-22 年の経済予測を力強く上方修正した。現行の FOMC 声明は、利上げを支える内容ではない。しかし、FRB が提供した新しい枠組みを考えると、最速で 2023 年遅くに利上げが実施される可能性がある。現状から最大雇用に到達するには、3 年はかかる可能性が非常に高い。それよりもインフレが大きな変数である。弊社は(基本的には)低インフレを見込んでいる。ただ 2021 年春までには、インフレ率が 2.0%を超えるとみている。これを後押しするのは、ファンダメンタルズ要因よりテクニカル要因という面が強い。とはいえ、2021 年春までインフレが加速するという見方は、2.0%を下回る(推移になるという)FRB の見方と既に対立している。インフレは、雇用に比べて不確実性が高い。不確実性(が存在すること)と FRB の新しい枠組みによって、今後のインフレの推移は、FRB が 9 月の政策見通しに固執するかどうかを決める重要なファクターになっている。

ユーロ圏(ECB)

●金融緩和策・政策金利(9月10日時点:預金ファシリティ金利:-0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

●予想:ECBは2020年12月にPEPPの5000億ユーロ増額と2021年6月までの延長を決定、2021年に階層化の乗数を引き上げるとともに新たなTLTROのシリーズを打ち出すだろう

9月10日の会合で、ECB は、金融政策決定に関するプレスリリースを 7 月政策理事会から事実上変更しなかったが、考えられる追加策を議論する準備はしていないというシグナルを明確に発した。同時ににラガルド総裁は、ユーロ高懸念、インフレ見通し、景気回復の力強さに関して中立的なスタンスを維持し、市場にとってはやや物足りなかったかもしれない。弊社は、このことが示すのは様子見を続けたいという希望や意図ではなく、追加情報の必要性(特に、労働市場やバランスシートが弱くなる可能性があり、財政政策からの取組みも薄れる、2021 年の景気の力強さについての情報)だと考えている。コアインフレ率の ECB スタッフ予測が驚くほど上方修正されたが、金融政策や財政政策のポジティブな影響ということで一部は説明がつく。だが弊社は、6月予測が過度に悲観的だったことを映した面が強いとみている。ECB は現時点では、インフレ率予測は弊社と同様だが、今年の GDP 成長率に関しては引続き弊社より悲観的だ。また2022 年インフレ率予測が低水準(1.3%)なことで、ECB は何故追加策を打ち出さないのかという疑問が出てくる。弊社は、ECB は 12 月に PEPP を調整するまで待っているだけだと考えている。

日本(日銀)

●長期金利誘導目標(9月17日時点:長期金利(10年JGB)を0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

●予想:無制限の国債買い入れを含む現行の緩和政策を粘り強く維持し、誘導目標引き上げは政府がデフレ完全脱却を宣言できるようになるとみられる2023年ごろになるだろう

●マイナス金利政策(9月17日時点:当座預金のマイナス金利適用残高に-0.1%のマイナス金利を適用)

●予想:2%の物価上昇を達成する2024年ごろに解除するだろう

9月16日の日銀金融政策決定会合では、現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定した。上限を設けない長期国債と年間12兆円程度のETFなどを含む資産買入れの方針も維持された。そして、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的政策スタンスが継続された。経済活動の再開が進行し、指標でも底打ちが見え始めたことで、日銀は景況判断を、「経済活動は徐々に再開しているが、内外で新型コロナウィルス感染症の影響が引き続きみられるもとで、きわめて厳しい状態にある」から「内外における新型コロナウィルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、経済活動が徐々に再開するもとで、持ち直しつつある」へ上方修正した。

安倍首相の辞任の意向を受けて、日銀はデフレ完全脱却に向けた経済政策の継続性をマーケットに対して示す必要を感じているとみられる。黒田日銀総裁の任期は2023年4月まであり、2013年の共同声明の下、政府・日銀の共同の2%の物価上昇目標に向けた政策の方針は維持された。目先は、政府の経済対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気の底割れを回避するため全力を尽くす意志を引き続き示すだろう。菅政権の下でも、緩和的な財政政策は維持されるだろう。安倍首相は退任しても、国会議員としての活動は続け、自民党の最大派閥の領袖として、デフレ完全脱却に向けた政府の取り組みをサポートしていくとみられる。既に、2020年度から2025年度に基礎的財政収支の黒字化目標は先送りされているため、デフレ完全脱却の前に財政政策を強く引き締める理由はない。年末までと、来年前半には、経済活動の回復を促進するため、合計でGDP対比2%程度の複数の補正予算による経済対策が実施されるだろう。新型コロナウィルス問題がまだ終息しておらず、大規模災害への備えも必要なことで、政府予算の予備費は温存され、新たな政策は国債発行でまかなわれるだろう。日銀も現行の政策下のポリシーミックスとして国債の買い入れ額を増やして行くとみられる。

英国(BOE)

●政策金利(9月17日時点:0.10%)

●予想:2020年11月に追加緩和と、2021年の早いうちにマイナス金利を導入する可能性があるだろう

9 月17日の金融政策委員会(MPC)会合で、BOEは政策金利を 0.1%、QEについては7450億ポンドを据え置いた。BOEは新型コロナウイルスをめぐる下押し圧力や、Brexitに関連する不確実性を注視している。これまでBoEはコロナウイルス問題を受けて、中小企業向けのタームファンディングスキーム(TFS)や、銀行の貸し出しを支援するためにカウンターシクリカルバッファーの引き下げ、さらには政府向けの短期融資などに踏み切ってきた。さらに、今回の会合ではマイナス金利の導入について準備を進めることを示唆している。弊社は、Brexit交渉が決裂することによる貿易面での経済への影響への対応として、2021年の早いうちにマイナス金利を導入する可能性があると考えている。

中国(PBOC)

●政策金利(4月末時点:1年物MLF金利:2.95%、預金準備率(RRR):12.50%、7日間リバースレポレート目標:2.2%)

●予想:2020年中にMLF金利、リバースレポ金利に対する40-60bpの利下げと、預金準備率の引下げ(50bp)が行われるだろう

PBoC は 4月3 日、小規模の銀行全体に的を絞り RRR(預金準備率)を 100bp 引下げると発表した。今回のRRR引下げは二段階で実施されることになっており、引下げ完了で 4,000 億元の流動性が市場に放出されるとみられる(4月15日に50bp、5月15日に50bp)。また、PBoC は、銀行の超過準備預金に対する金利(IOER)も 0.72%から 0.35%に引下げており、PBoC によるとこの策には、銀行が過剰な準備預金をより活用して実体経済への貸出しに向けるように促す意図があるという。ただ2020年後半以降、成長へのリスクが落ち着いてきたことと合わせて住宅市場に加熱の兆しがみられることなどから、弊社はPBoCが当面様子見姿勢を続けるとの見方に変更した。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社調査部
チーフエコノミスト
会田卓司