(本記事は、髙島一夫氏、髙島宏修氏、立石守氏、今吉貴子氏の著書『富裕層がおこなっている資産防衛と事業承継』総合法令出版の中から一部を抜粋・編集しています)
変容していくプライベートバンクの在り方
2014年に、スイスのプライベートバンクの変革を促す出来事が起きました。
大手プライベートバンクとして知られるピクテとロンバー・オディエの2行が、無限責任のパートナーシップ制から株式会社へと移行したのです。この2行は、プライベートバンクの大きな特徴ともいえる無限責任のパートナーシップ制をなぜ放棄したのでしょうか。
それは、あるプライベートバンクの破綻がきっかけでした。
2013年、スイス最古のプライベートバンクとされるヴェゲリンが、アメリカ当局に請求された莫大な罰金の負担に耐えきれず、業務を売却、閉鎖したのです。罰金の理由は、アメリカ人の顧客の脱税を幇助したというものでした。
このような訴訟リスクに対応するため、ピクテとロンバー・オディエはパートナーシップ制を放棄して、株式会社化することで組織を防衛しようとしているのです(ただし、公的には2行とも、こういった見方を否定しています)。
となると、パートナーシップ制を手放したプライベートバンクでは、今後、顧客の資産は守られなくなるのでしょうか。そうではありません。顧客の資産に対して責任を持つ、という考え方、対応は今後も変わることはないでしょう。
プライベートバンクが堅持してきた顧客への対応はそのままに、海外からの訴訟などによるリスクに対抗するための防衛策の1つが、株式会社化なのでしょう。
こうしたリスク管理こそが、プライベートバンクがこれまで生き残ってきた理由でもあります。
プライベートバンクは顧客を選ぶ
プライベートバンクは、誰でも利用できるというものではありません。
いくら資産運用にプライベートバンクを活用したくとも口座を開設できないこともあるのです。例えば、犯罪に絡む恐れのあるような場合や、預け入れ可能な資産が少額といったケースが該当します。
こちらから明確にお断りをした人もいます。
サービス業をやっているという若者だったのですが、資産状況を尋ねたところ、「毎月1億円入ってくる」とのことでした。
エクスターナル・マネジャーとして、本人の信用調査の意味でさらに質問したところ、答えがチグハグです。どうも怪しいと思い、質問を重ねると、「実は振り込み詐欺の……」と話し出しました。
こうした人は、もちろんお断りします。万が一我々が巧みにだまされて、プライベートバンクにつないだとしても、プライベートバンク側の審査で落とされてしまうでしょう。
プライベートバンクの担当者や、エクスターナル・マネジャーは、顧客となった方とは長いおつきあいになります。したがって、何よりも大切なのは信頼関係です。信頼できない人や資産運用に対する考え方や性格、または生き方など、相性の合わない人は、お断りすることが互いのためだと考えています。
プライベートバンクに向く人と向かない人
また、プライベートバンクの口座開設条件を満たしたとしても、その機能を十分に活用できない場合もあります。つまり、プライベートバンクに向かない人もいるのです。
プライベートバンクの顧客は、「投資家ではなく資産家」とイメージをすると分かりやすいかもしれません。
投資家が「これからお金を増やそうとする人」とすると、資産家は「すでに相当のお金を持っている人」と言うことができます。資産家は、「お金を増やす」よりも「お金を減らさない」ことに重きを置きます。そして、しっかりと継承することが最終目標になります。
プライベートバンクの顧客には、中南米の富裕層も多く、彼らはまさに財産を守る必要にかられてプライベートバンクを利用しています。2019年3月、トルコの通貨トルコ・リラが40%値下がりしたことがありましたが、ああいった事態に備えてプライベートバンクを利用し、ドルで運用しているのです。
日本に限らず、世界中の資産家は過酷な税制や戦争などによって、資産が損なわれたり、奪われたりしてきました。だから、彼らにとって資産の保全と継承は非常に重要な問題で、その役割を担ってくれるプライベートバンクは大切なパートナーなのです。
日本も、このままでは経済危機により資産が目減りすることも考えられます。したがって、そうしたリスクを抑えるためにプライベートバンクを活用するというのが、望ましいといえるでしょう。
一方、お金を積極的に増やしたいと望む投資家にとっては、プライベートバンクは向かないかもしれません。代表例に挙げられるのは、短期間で資産を増やしたIT長者です。
彼らは、いかにもセレブな生活をしていて、お金の使い方も派手ですが、こうしたタイプはプライベートバンクに物足りなさ感じる可能性が高いと考えられます。実際、IT長者の多くはパフォーマンスを重視したアグレッシブな運用が得意なプライベートバンキング・サービスを使って運用していることが多いようです。
インテリジェンスは最新、ポリシーは不変
歴史あるプライベートバンクは、資産保全・運用、さらには継承するまでのノウハウを今日まで培ってきました。
近年は、大手プライベートバンクが、パートナーシップ制から株式会社にシフトするなどの変化も見られますが、顧客との信頼関係の源になるポリシー(方針)が変わることはありません。資産家の資産を長年継承してきたプライベートバンクは、欧米のメガバンクのように目先の利益に踊らされることなく、地に足の着いたビジネスを展開します。
同時に、プライベートバンクは日々変動する金融界、マーケットの動向に取り残されないために、インテリジェンス(知識)を最新のものにアップデートしています。
進化させる部分は進化させ、変えるべきではない部分は変えずに守る。激動のヨーロッパ大陸で数百年間、生き残ってきたプライベートバンクならではの、したたかさなのです。
税金などの問題を踏まえると、次世代に資産を継承するためには、着実に運用して増やしていくことも求められます。ただ預け入れ資産を減らさないだけでなく、将来に備えて着実にパフォーマンスを積み重ねることも、プライベートバンクの特徴なのです。
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