コーヒー大国のアメリカに、日本独自のコーヒーを輸出して大成功を収め、その後、アメリカのナスダック市場に上場した「NuZee」の東田真輝さん。成功までの軌跡に加え、なぜ日本人がアメリカで成功したのか、その舞台裏をインタビューした。
アメリカ人を唸らせたコーヒーの秘密
──東田さんが輸出された日本独自のコーヒーとはどのようなものなのでしょうか。
コーヒーの本場といえばアメリカで、彼らは実によく飲むのですが、実は日本人には馴染み深い「ドリップパックコーヒー」がありません。ご存知の通り、1杯分のコーヒー粉が入っているフィルターをコーヒーカップのふちに取り付けて、お湯を注いでコーヒーを入れたものです。フィルターが簡易ドリッパーになっていて、お湯さえあればどこで簡単においしいコーヒーが飲めます。
しかし、アメリカで一杯抽出型コーヒーといえば「キューリグ」というマシンが主流。プラスチック製容器に入っている「Kcup」と呼ばれるコーヒーカプセルをキューリグマシンにセットし、ボタンを押せばコーヒーが抽出されるというもので、アメリカにおける一杯抽出型コーヒーの中で最も人気のあるスタイルの一つです。不思議とドリップパックはなかった。それを2015年に米国に持ち込み、販売を手掛けているわけです。
──ある意味、コーヒー大国アメリカに殴り込みをかけた形ですが、最初から現在のように受け入れられたのでしょうか。
当初は、こんなもの売れるわけがないと鼻で笑われていましたね。でも実際に飲んでみると、お湯さえあればマシンいらずで、場所を選ばず飲めるという点が好評です。人気も上々になっていった。またKcupはプラスチック製ですが、ドリップパックは紙製なので、環境意識の高い人にも人気が出る可能性があると思います。さらに、メキシコシティでは2021年からプラスチック製のコーヒーポッドの使用が禁止されるそうなので、さらに評価は高まると思います。ちなみに我々はメキシコにも合弁会社「NuZee LATIN AMERICA」を設立しています。
消費者金融から離れたかった名古屋時代
──そもそも喫茶店を運営するなど、コーヒーに関わっていらっしゃったのですか。
いえいえ。じつは父親が消費者金融を名古屋で開業していまして、その跡を継ぎました。しかし、06年に貸金業法が改正され、年収の3分の1までしか借りられないという「総量規制」が導入、いわゆるグレーゾーン金利も廃止されました。その時点で収益がどーんと下がってしまいました。韓国にも進出して消費者金融を展開していたのですが、韓国でも法改正が実施されるという話になり、これは「潮時だなぁ」と思いましたね。そこで2010年に会社を売却してニュージーランドに移住したのです。
そんな折、日本で東日本大震災が発生しました。友人から「水がなくて困っている。送ってもらえないか」という相談があり、買って送っていたのですが、「これは商売になるかも」と考えて、ニュージーランドの水を日本に輸出するビジネスを始めたのです。社名のNuZeeはニュージーランドで起業したからです。ところが競争が激しく、なかなか大変でした。そこで、エナジードリンクの販売に方向転換。さらに集中力が向上したり、ダイエット効果があったりするコーヒーをブレンドした商品を販売したところ、そこそこ売れました。
そこで気が付きました。コーヒーであれば日本はもちろん、アメリカでも大きなビジネスになると。ただコーヒーは、すでに強豪プレーヤーたちがそろっている業界。単にコーヒーを販売するだけでは勝負になりません。そんなとき、米国にはドリップバッグのコーヒーがないという話を聞きました。簡単においしいコーヒーが飲めればアメリカでも受けるかもしれない。そう考えてアメリカでドリップパックコーヒーを中心としたビジネスを始めることにしました。
アメリカで体験した悪戦苦闘
──すぐに受け入れられましたか。
いえ、簡単ではありませんでした。コーヒーを扱うメーカーなどを訪ねては売り込んでみるのですが、アメリカ人にしても初めて見る商品で、アメリカで売れているというトラックレコードもありません。口では「いい商品だし、うまいなあ」といってくれるのですが、「ではビジネスを一緒に」と提案しても、なかなか前には進みませんでした。
「ならば」と全米のコーヒー展示会にも出向きました。そこでも皆、口々に「これはうまい!素晴らしい」と褒めてくれるのですが、「最初に手掛けるのは嫌だ」「立ち上げたばかりの会社だろう。どこかで売れたら考えてもいいよ」という冷たい対応を受けました。
こうした苦労を2年、3年と続けて、「やっぱり無理なのだろうか」と心が折れそうになりました。ところが2017年になって風向きが変わり始めます。
取引先から 「SQF(食品安全システム)の認証を取ったら?」と聞かれたこともありました。 NuZeeは誰にも知られていない会社で、とにかく信用力がなく誰にも相手にされなかった。しかし、厳しい審査をクリアする必要があるSQFを取れば、信頼してもらえるのではないかという話だったのです。審査をクリアするまでに1年を要しましたが、これが転機となり、様々なコーヒー会社との契約を確保できたことが大きな要因となりました。
──改めてお聞きしますが、東田さんが展開されているドリップパッグコーヒーと、それまでアメリカで流通していたコーヒーとの違いはどのような点なのでしょうか。
まず、マシーンが不要でお湯さえあれば飲めるという点や、プラスチックを使っていない点で環境に優しいという点は前回お話ししたとおりです。味についても、アメリカのKcupは「湯圧」でコーヒーを抽出するのですが、ドリップバッグは「引力」で抽出しますから、ナチュラルで味も全く違うのです。
さらにビジネスの点からいえばドリップバッグは製造原価が安いため非常に安く、しかも小口で販売できますから、販売しやすいというメリットもあります。こうした点も、確実に利益を上げる仕組みとして評価していただいたのだと考えています。
──現在の組織体制や業績はいかがですか。
カリフォルニア州サンディエゴとテキサス州プレイノの二箇所に工場があり、20人体制でやっています。各コーヒーブランドから焙煎されたコーヒー豆を送って頂き、当社の工場でドリップパックコーヒーに加工して送り返します。お陰様で各ブランドの商品ラインナップにドリップバッグも取り入れてもらえる様になりました。
先日、全米でコーヒーの販売を手掛けている、ファーマーブラザーズと提携しました。同社は、レストラン、ホテル、カジノ、オフィス、ファストフード、コンビニエンスストア、医療施設、食料品店、薬局などにコーヒーを直接販売しており、そうした流通網に弊社の商品も載せて販売していけば、高いシナジー効果が生まれると考えています。
また、アメリカだけでなく韓国やメキシコでも事業展開をしています。韓国は委託製造販売ですが、メキシコは地元企業と合弁会社を作って製造販売を手掛けていく予定です。日本発のコーヒー製品を世界に輸出していきたい。そのように考えています。
先ほども少し話しましたが、メキシコでは2021年にプラスチック製のコーヒーポッドの使用が禁止されることになりました。これは、弊社にとっては追い風です。さらに新型コロナウイルスの影響で、コーヒーマシーンの使い回しについても批判が出始めており、さらなる追い風が吹くことを期待しています。こうした流れは今後も世界的に加速していくでしょうから、今後は日本発のコーヒー商品を世界に輸出していくことを目標にしています。
競争力のある商品は国境を越える
──日本人がアメリカで企業を立ち上げるのは極めて難しい。なぜなのでしょうか。
イニシャルコスト、ランニングコスト共に高いからだと思います。とにかく高い。工場スペースは安価に借りられますが、その他は全てが日本より割高です。このハードルを乗り越えてやり切れるかどうかです。
そして大事な事は差別化が出来ているかどうかです。ご存じの通り、アメリカはコーヒー大国です。巨大企業が市場を独占しています。だから、ある意味では無謀な挑戦でした。しかし、ドリップパックコーヒーという商品がアメリカにはなかった。つまり、提供するだけで差別化を図ることができたわけです。
巨大な市場がそこに存在していた。そこに差別化を図ることができて競争力がある商品を投入することができたと考えています。
なにもドリップパックコーヒーだけではありません。日本にはまだまだ競争力のある商品がたくさん眠っています。日本の生活習慣の中で培われたものは、海外でも十分、通用します。
しかし、現在は日本の市場しか見ていない経営者が、多いのではないでしょうか。それに少子高齢化が進み市場がシュリンクしている。そんな状況だからこそ、競争力の高い商品を武器にして海外へ打って出る。そうした挑戦を続けていけば、決して海外での成功も不可能な話ではないと考えています。