「世の中には、本当にやるべき仕事に集中できていない社長が多い」と語るのは、経営コンサルタントの小宮一慶氏。小宮氏は、いくら頑張っていても結果につながらない「残念な社長」にならないためには、「社長にしかできない仕事」に集中し、正しい頑張りをすることこそが重要だと言う。
そこで今回は、そんな小宮氏の著書『できる社長は、「これ」しかやらない』の中から、残念な社長の「ある特徴」について語っていただいた。
※本稿は、小宮一慶著『できる社長は、「これ」しかやらない』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
社長は責任が重い立場にいる分、報酬が多いだけ
突然ですが、一つ質問です。「社長」は、人間的に偉いのでしょうか?
たしかに、社長は社内で一番権限を持った存在、序列化すると一番上の地位かもしれません。社外の人からも、「社長、社長」と持ち上げられるかもしれません。しかし、人間として特別優れた力を持っているわけではありません。
そもそも、肩書とは「役割分担」を示すものです。組織は、効率良く仕事を進めるために、業務を細分化、専門化しています。
営業部は営業の機能を集中的に果たし、経理部は経理の機能を集中的に果たす。社員には社員の、課長には課長の、部長には部長の役割がある。それと同じように、社長は社長という役割、機能であるにすぎません。
社長は、最高の意思決定者として会社の方向性を決定する立場です。権限も大きいですが、課せられている責任も重い。一倉定先生は、「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、すべて社長の責任であると思え」 とおっしゃっていましたが、社長とはそのくらい、すべての結果に責任を負わなければならないものだということです。
それほど背負うものが大きく、厳しい立場だから、その分、報酬が多い。そういう仕組みになっているだけで、無条件に「偉い」わけではないのです。
ところが、社長という肩書を自分自身の力のように勘違いしてしまう人がいます。職制として多くの権限を持つようになっているだけなのに、組織を自由にできる権力を手にしたような気になってしまう。人は社長という役割や、会社のお金に頭を下げているだけなのに、自分の力にひれ伏しているように思ってしまう。
やたらと偉ぶり、傲慢な態度を取る。無理難題を平気で言い、人を顎で使う。会社のお金を、自分のお金のように思って、社用の高級車を私用で乗り回したり、私腹を肥やしたりする。勘違いして正常な判断力を失うと、人は歯止めなく愚かな道を突き進みます。