テクノロジーを駆使して人々の生活やビジネス環境をより快適に、便利に変革する「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」が盛んに叫ばれるようになった。日本においても新型コロナを機にキャッシュレス決済が加速し、オンライン診療や電子署名への移行が始まったが、DX先進国と比べると大きく出遅れている。
一方、中国は過去10年で「リープフロッグ現象」とも呼ばれる急発展を遂げ、DX先進国として頭角を現した。両国でDX格差が生じた要因から、日本のDX発展に向けた課題などを見てみよう。
世界屈指のDX先進国に成長した中国
リープフロッグ現象とは、インフラが整備されていない新興国において、先進国では考えられないスピードで、新たなサービスが急速に普及することを指す。たとえば、日本では固定電話→子機→携帯電話と段階を経てスマートフォンが普及したが、もともと、固定電話の普及率が低かったインドや南米などでは、スマートフォンが凄まじい勢いで一気に広がった。
中国のDX発展にも、このようなリープフロッグ現象が見られる。特に先進的な取り組みが見られるのは、キャッシュレス決済などのFinTech分野だ。統計データベースStatistaによると、モバイル決済アプリに関しては2016年以降、爆発的な伸びを見せ、2020年12月の利用者数は全人口のおよそ6割に当たる、約8億5,300万人に達した。
近年、世界各国の政府が激戦を繰り広げる、中央銀行の発行するデジタル通貨(CBDC)の開発分野においても、中国は経済大国の中で突出した進歩を見せている。2021年2月12日の中国の春節(旧正月)には、テスト運行として北京や蘇州などの大都市で、数千万人民元相当の「デジタル人民元」を無料配布した。
正式な運用開始予定については発表されていないものの、モバイル決済が広範囲に浸透している現在、デジタル人民元の導入がDX先進国としての中国の位置づけを、さらに強化することは間違いない。このような背景から多数の専門家が、「DX分野は2020 ~2025年にわたり、中国のGDP成長への最大の貢献要因」になると予想している。
日中DX格差 4つの要因
DX分野で日中の差が大きく開いたのはなぜなのか?以下、格差の決め手となった4つの要因を見てみよう。
1 金融インフラ格差
中国がDX分野で驚異的な成長を遂げた理由の一つとして、金融インフラが挙げられる。日本では1960年代から銀行系やダイナースクラブカードといったクレジットカード決済が普及し始めたが、中国では2002年に初めて、中国人民銀行による電子決済ネットワーク中国銀聯が設立された。現在、銀聯はVISAに次ぐ、世界2位のクレジットカードブランドに成長している。
また、同国には、「銀行口座を保有していない国民の割合が高かった」という背景もある。DXにより銀行へのアクセスが過去10年で劇的に改善し、ブラジルの全人口に匹敵する2億人が、銀行へのアクセスを手にいれた。2011年には人口の64%だった銀行口座保有者の割合は、2019年には79%まで上昇した。非銀行系のサービスに抵抗を感じることなく、積極的に利用する人も多い。
長年にわたり金融インフラが確立されている日本では、FinTech企業に銀行システムへのアクセスを許可する「オープンAPI」の提供を銀行側が渋るなど、FinTechの環境整備がなかなか進まず、他国に大きく遅れをとった。
2 世代による DXの受容度の温度差
日本は高齢化率世界1位、労働世代が全人口に占める割合がOECG加盟国の平均を大幅に下回っている。年齢を問わずスマートフォンの所有率は上昇しているが、DXに対して抵抗を感じる世代層が厚い。たとえば、多くの人にとって身近な存在となったネットショッピングだが、30代の利用率が79%であるのに対し、高齢者の利用率は60代が29%、70代が14%と極めて低い(野村総合研究所2018年調査)。
一方中国は、デジタル機器と共に成長したデジタルネイティブ世代のみならず、「シルバーエイジ」の過半数がネットショッピングの体験があるなど、高齢者層もデジタル消費に大きく貢献している。両国におけるDXの受容度に、温度差があるのは明らかだ。
3 中国政府の強力なスタートアップ勃興策
中国政府は2010年、同国の経済再生策の一環として、スタートアップへの環境整備に着手した。これが後押しとなり、2010年には176万社だった新規企業登録数が、2016年には553万社に急増した。2017年には全世界のユニコーン企業220社のうち、59社を中国企業が占め、米国に次ぐ世界2位のユニコーン大国に成長した。2020年のFinTechセクターの収益は、推定19億7,049万人民元(約324億1,019万円)と、2013年の28倍以上に膨張した。
4 「レガシー問題」
もう一つの深刻な要因は、日本の既存のITシステムが直面している「レガシー問題」だ。レガシー問題を簡単に説明すると、自社のITシステムが老朽化や複雑化といった理由で現在の需要や技術に追いつかず、かといって修復・改善するには莫大な解消時間と労力、コストを要するため、二の足を踏んでいるという状態だ。
日本でもDXが本格始動?今後の課題は?
前述の金融インフラ格差やレガシー問題の例から分かるように、日本の社会インフラは総体的に成熟期に突入しており、社会全体がレガシー問題を抱えているといえるかも知れない。しかし、今のところインフラ自体は機能しているため、わざわざ時間やコスト、労力をかけて大がかりな改革に踏み切る必要性を感じないといった現状だ。
しかしその結果、DX分野で発展途上国になってしまった感は否めない。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が、世界63カ国のデジタルインフラ整備状況や技術の進展、デジタル変革に対する社会の受容性などを評価した「世界デジタル競争力ランキング」では、世界16位と3年連続で順位を上げた中国とは対照的に、日本は3年連続で順位を下げ27位となった。
日本でも2017年に「デジタル・ガバメント推進方針」が策定され、本格的なDXの取り組みが開始された。現在は、経済産業省が国民と行政の生産性向上を目指してDXを推進し、デジタル通貨についての研究を含むブロックチェーン技術の発展、「オープンAPI」を含む金融機関のオープンイノベーションなど、多様な領域で進展が見られる。
日本独自のDXシステムの構築を目指す
まだまだ課題は山積みではあるものの、着実に移行は始まっている。今後、日本がDXを進める上で焦点を当てるべき最重要課題は、「他のDX先進国に追いつく」という競争意識ではなく、日本の社会背景や課題を考慮した、日本独自のDXエコシステムを構築することではないだろうか。(提供:THE OWNER)
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)