2020年12月に日本で初めて保険適用されたニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC(ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー)」が発売された。このアプリは、医師が禁煙外来でニコチン依存症の患者に処方する。すでに欧米ではデジタル療法として、生活習慣病や精神疾患の治療にも処方されている。開発したのは株式会社CureApp。このソフトウェアは医療の未来をどう変えるのか。呼吸器内科医として患者の診療にも携わり、医療のサステナビリティの実現を目指す代表取締役社長の佐竹晃太氏に話を聞いた。

疾患の状態に合わせて治療支援のアドバイスをくれるアプリ

医師がアプリを処方する時代到来!日本で初めて保険適用されたデジタル療法が開く未来とは
(画像=株式会社CureApp代表取締役社長 佐竹晃太氏)

――貴社の事業内容を教えてください。

佐竹 デジタル療法と呼ばれる新しい療法を開発しています。デジタル療法とは治療方法の一つ。医療の現場で医師が患者さんに手技・手術を行ったりお薬を処方したりするように、「治療アプリ®️」を処方します。アメリカやヨーロッパではすでに数年前から使用が始まっています。

日本では当社が開発した世界初のニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC」が厚生労働省から薬事承認され、2020年12月に保険適用となり、販売を開始しました。日本で初めて保険適用された治療アプリ®️となります。

――一般のヘルスケアアプリとどんなところが違うのですか?

佐竹 医療目的として開発していることが大きな違いです。

薬のように臨床試験などを通じて治療効果を証明して国の承認を受けますので、保険が適用されます。費用負担は患者さんが3割だとすると、残りの7割は健康保険などから支払われることになります。

――どんな種類の治療アプリを開発しているのですか?

佐竹 現在は5つのパイプライン(疾患領域)で製品開発を行っています。

すでに発売しているニコチン依存症治療アプリ以外に、高血圧治療アプリ、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)治療アプリ、アルコール依存症治療アプリ、がん患者さん支援の治療アプリを開発中です。次に発売を目指しているのは高血圧治療アプリで、すでに国の承認を得るために必要な最後の臨床試験が終了しています。

海外の論文を紐解いてみると、デジタル療法は糖尿病のような生活習慣病や、依存症・鬱といった精神的疾患に関して治療効果があることが証明されています。また、慢性的に管理が必要なぜんそくなどの疾患や、抗がん剤治療のように日々の体調管理が大事な方の支援にも効果が期待されています。

――治療アプリ®️によってどんな効果があるのですか?

佐竹 状況に合わせて治療アプリ®️が患者さんをサポートすることで、治療の効果が上がることが証明されています。

たとえば当社の「CureApp SC」では、吸いたい衝動にかられた時にアプリのナースコールボタンを押すと、吸いたい気持ちを和らげるアドバイスをしてくれます。また、吸いたい気持ちが起きないような生活習慣を、それぞれの患者さんに合わせてメッセージや動画で教えてくれるところもポイントです。

治験では、既存の禁煙補助薬のみを使った場合の禁煙成功率は50.5%であるのに対して、治療アプリ®️を併用すると成功率は63.9%に高まることがわかっています。

――治療アプリ®︎とは別の法人向けサービスも提供されていますが、どのようなものですか?

佐竹 「ascure(アスキュア)卒煙プログラム」という民間法人向けの健康支援のモバイルヘルスプログラムを提供しています。全国に1,300以上ある健康保険組合の約15%で利用されています。健康保険組合に導入されている禁煙支援のプログラムではシェアナンバーワンです。

欧米で台頭しているデジタル療法の可能性

――佐竹さんはどのようなきっかけで起業されたのですか?

佐竹 私は5年間、臨床の現場で呼吸器内科の医師をしたのち、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学大学院で医療情報科学に関する研究を行いました。そこで指導教官が紹介してくれたデジタル療法に関する論文を読んだことがきっかけとなりました。

その時すでにアメリカでは治療用アプリが事業化されており、糖尿病の治療にアプリを活用することで、重症度を示すヘモグロビンA1cのスコアが明らかに良くなることが証明されていました。そのことを知り、ソフトウェアを使った治療の可能性に目覚め、帰国後すぐに起業しました。

――事業を立ち上げるにあたって苦労した点はありますか?

佐竹 一つはファイナンス面です。当社は研究開発型のベンチャーですので投資が先行します。売上がありませんので、毎月キャッシュが減り続けるなかで資金調達について考えなくてはなりません。これまで6回ほど資金調達しましたが、いつも苦労をしていました。

もうひとつは、薬事承認や保険適用です。薬や医療機器であれば臨床試験や治験など薬事承認のノウハウは一通り確立されていますが、治療用アプリの薬事承認は日本では前例がありません。私たちはもちろん、認証機関にとってもノウハウがないのです。そこで、行政、大学、病院などとコミュニケーションをとりながら承認や保険収載までのプロセスを少しずつ構築していきました。

疾患のパイプラインを増やし海外へ展開

――「デジタル療法」の市場についてどのような展望をお持ちですか?

佐竹 今後5年、10年で急速に拡大する市場と見ています。

アメリカでは数年前から糖尿病や小児のADHDなどのアプリが保険適用されています。ヨーロッパも同様でいくつかの事例が出てきています。日本もその流れを受けて、当社の治療アプリ®︎が2020年に初めて承認されたところです。

調査会社によれば、「デジタル療法」のグローバルでの市場規模は2025年に約1兆円に拡大する見込みです。現在の日本国内の医療市場は医薬品が約9兆円、医療機器が約3兆円ですが、そこにデジタルを使った市場が立ち上がり始めていることになります。

――御社の成長戦略をお聞かせください。

佐竹 一つは、開発のパイプラインを増やすこと。現在開発している5つのプロダクトを着実に開発し、今後はさらに増やしていきます。

もう一つは海外展開です。医療のマーケットはアメリカが圧倒的に大きいです。最近は中国も拡大してきています。日本、アメリカ、中国の3つのマーケットをしっかり攻めて取りたいと考えています。

治療アプリ®️は新しい治療手法ですので、それぞれの国でやり方を確立する必要があります。すでに2019年春にアメリカに子会社を設立し、FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認に向けて事業を進めているところです。将来的には新興国でも展開したいと思っています。

――消費者への認知はどのようにお考えですか?

佐竹 患者さんはもちろん、医療機関にもメリットのあるスキームの広がりと共に消費者への認知も高まると考えています。

現在、医療領域においてITは十分に活用されているとは言い難い状況です。なぜかというと、普及するビジネスモデルがないから。治療用アプリは国の承認を受けて保険適用され、患者さんにとって信頼性が高く安い価格で、医療機関にも収益が上がるビジネスモデルを構築できました。製品のパイプラインが増えることで広く活用が進むと考えています。

デジタル療法という第三の治療法がもたらす医療システムの未来

――日本の医療についてどのような課題を感じていますか?

佐竹 最も大きな課題は医療費の増大だと思います。

日本の医療費は年間およそ45兆円、GDPに対する割合は年々増加し、現在はGDPの約10%を占めるまでになっています。今後高齢化によってさらに増加するでしょう。せっかく働いてお金を貯めても、その大部分を医療に使わざるを得ない状況になってしまいます。

最近は新しい抗がん剤治療や先端の医療機器などの登場により、薬価や医療機器の高額化も進んでいます。高騰する医療費により、医療システムの継続が危うくなっているのが現状です。

当社の治療アプリ®︎は、治療効果が証明されている一方で、開発費は一般的な医薬品の100分の1以下と高い費用対効果がある治療法です。これを普及させることで医療費の適正化に寄与でき、医療のサステナビリティの実現につながります。それは当社が果たすべき社会的な役割だと考えています。

――事業を通じて実現したいことはなんでしょうか?

佐竹 当社のミッションである“ソフトウェアで「治療」を再創造する”を通じて、医療の適正化や医療格差などの課題解決に貢献したいと考えています。短期的には、治療アプリ®︎によるデジタル療法を確立し、普及させることです。

長期的には、治療のあり方自体をソフトウェアで再定義して、患者さんにとっても国にとっても、また医療従事者にとっても理想の治療システムを創造していきたいと考えています。医療におけるソフトウェアの可能性は無限に広がっています。(提供:THE OWNER