「日銀文学」。日銀幹部の講演や声明文は1980年代からこう呼ばれている。遠回しな表現の裏側にある日銀の意図を読み取る必要があるためだ。もともとは日銀が政策変更の自由度を失わないために考案したもので、最近ではAI(人工知能)を駆使する海外の短期投資ファンド勢も意識しながら声明文が作り込まれている。金融政策変更などを材料としたマーケットの動きで利益を狙うFX投資家や日経225先物トレーダーは「日銀文学」の傾向と対策を押さえておきたい。

物価に影響しそうな現象には
神経を尖らせる日銀

日銀が頭を抱える3つの難題
(画像=yama1221/PIXTA、ZUU online)

日銀は正副総裁の国会答弁や審議委員の講演、金融政策変更時の声明文などで景気や物価への認識を示している。金利を下げたり、資金供給を増やしたりする金融緩和が必要な時には、景気の先行き不安を強調。一方、金利を上げたり資金供給を減らしたりする金融引き締め局面ではインフレ(過度な物価上昇)の弊害を熱心に説きはじめる。「金融緩和をする」「引き締めに転換する」などと明言することはない。

日銀の金融政策の組み立ては、国内外の経済状況の分析を土台に据え、そのうえで先行きの物価の方向性を予想するところから始まる。物価が好ましくない方向に動きそうなら、金融緩和や引き締めで調整することになる。日銀の金融政策について日銀法が「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」(第2条)と定めているためだ。

このため、日銀は物価に影響しそうな現象には神経を尖らせている。円高を警戒し、時には為替市場で円売り・ドル買いの市場介入までしてきたのは、急激な円高が景気を悪化させ、物価を押し下げるのを防ぐためだ。2020年秋からコロナ不況下で株価だけが急激に上昇したが、物価全般に影響しない限り、日銀が株高にブレーキをかけることはない。あくまで「物価ファースト」なのだ。

ちなみに米連邦準備制度理事会(FRB)の政策目標は物価と雇用の二本立て。東京市場で完全失業率や有効求人倍率などの雇用指標がさほど大きな取引材料にならない一方、米国で雇用統計の注目度が高いのは、日銀やFRBが政策決定要因に雇用を含めるかの違いによるものだ。

日銀幹部の発言や発表文を注視し、
過敏に反応する金融マーケット

また、日銀は経済に対する見解を急変更することを極力避けている。たとえば、輸出が減少から増加に転じる場合、「回復のきざしが見えつつある」「回復しつつある」「回復している」と段階的に表現を変えていく。増加を続けてきた輸出額が単月で減少した場合も「減少した」とは言わず、「増加している」を「増加基調にある」へ改めることでトレンドに変化がないことを強調し、政策変更につながらないことを示唆する。言葉遊びのようだが、そこには日銀による市場参加者への重要なメッセージが込められている。

日銀は現在、4月と10月に「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)を公表し、7月と翌年1月に「中間評価」することで、景気や物価についての公式見解を年4回示している。新聞などで「日銀が景気見通しを上方修正」などと書かれるが、これはメディアが発表文を読んで「意訳」したもの。発表文には「上方修正」とも「下方修正」とも記載はなく、日銀幹部による報道向け説明の場でも、日銀から「上方修正した」と言うことはない。

何ごとにも明言を避けるのが「日銀文学」の特徴だが、それでも金融マーケットは日銀幹部の発言や発表文を注視し、時に過敏に反応するものだ。日銀は自らの対外発表を材料に投機筋が為替や株価を乱高下させ、円高や株価急落の「流れ」を作ることを嫌っている。最近では、日銀サイトに掲載された公式発表文や日銀総裁講演などに出席した外国通信社の速報をコンピューターが読み込み、瞬時に売り買いの注文を出すAIファンド勢が増しており、日銀は発表文の一字一句を従来以上の注意深さで選定しているようだ。