アフリカの地で日本車は絶大な信頼がある。特にトヨタのクルマは壊れにくいと評判だ。アフリカでのビジネスはしかし、単に日本からクルマを輸出して売るだけでは済まなかった。日本人なら当たり前のように持つ銀行口座や与信情報が、アフリカの一般的な人たちにはなく、かんたんにローンを組めないからだ。
中古車事業ガリバーを運営する株式会社IDOM(IDOM)で進めていたアフリカでのフリートマネジメント(車両管理)事業がスピンオフし、株式会社FMGは2020年9月に設立された。創設者はオーナーでもある代表取締役社長 林亮氏。
アフリカで彼は、ライドシェアサービスのUBERとどうやってビジネスを築き、立ちはだかった「与信」の壁をどのように乗り越えたのか。独立ベンチャーとしてスタートするに至った経緯など林氏に話を伺った。
早稲田大学 政治経済学部経済学科 一橋大学院 経営学修士。大学院を卒業後、アッカ・ネットワークスに入社。同僚と共に同社からMBO、ワイヤ・アンド・ワイヤレス社の創業を経た後、外資ネット企業の日本事業の立ち上げ。2017年にIDOMへ参画。事業責任者としてアフリカ市場へのエントリー戦略の立案および遂行を担当の後に2020年10月、IDOMからスピンオフ、株式会社FMGの代表に就任。
日本の中古車を売るため、最初はレンタルで0から与信情報を創造する
FMGは現在、東アフリカのタンザニアを中心に事業を展開している。日本から輸出しているのは軽自動車や小型車が中心だ。「クルマとドライバー」を管理し、ウーバーなどのライドシェアリング・プラットフォーマーとドライバーデータを共有している。
ユーザーがサービスを利用するエントリーとして、まずクルマはドライバーへ「貸し出される」。日本人の金銭感覚でいえば15〜20万円にも相当するお金を毎週必ず納め続け、それが3カ月間達成されると、ドライバーへ「与信」が与えられる。当初はレンタルだったクルマが、所有に向けたローンの支払いに切り替わるのだ。
金融インフラが整った先進国であれば金融機関が担う機能をタンザニアのような国においては事業者がその領域に踏み込み、FMGも自社で開発したCRM(顧客関係管理)システムを活用、コミュニティの力も使って与信管理している。
日本人には想像できないかもしれないが、クルマ一台を持てるだけで彼らの仕事や生活は一変する。仕事の幅が広がり、お金を稼げるようになり、人生を変えることが可能になる。そのため、チャンスがあれば家よりも稼ぎを得ることのできる日本の中古車を買いたいと考える。
現地の人の一般的な年収は10万円ちょっとなのに対して、日本で乗りつぶした小型の中古車でも40〜50万円はする。ざっと年収の4~5倍もするクルマを買うことは、例えるなら日本人が家を買う感覚に近い。
「それでも、収入面で子どもに教育を受けさせられるかどうかが変わるほどなので、クルマを買い求めるのです。アフリカには大企業がなく給与所得者が少ないため、その日その日を懸命に暮らしている人々が大多数を占める。銀行からの与信を受けてお金を借りられる人は少なく、安定した雇用につくことが困難な社会構造です」
林氏はそれでも、ビジネスの推進を決意した瞬間を次のように振り返る。
「彼ら彼女らは、商材の仕入れや配達を行えるクルマを持てるだけで、商売の幅を大きく広げられます。実際、試しで日本から輸出した最初の10台はあっという間に売れ、熱狂的に受け入れられましたから。
その反応を見て私たちは『顧客を創造している、需要を喚起している』と思いました。どんどんやっていこう、と」
20年後にアフリカは中国の人口を抜くと言われており、昨今はビジネス面で注目が集まっている。FMGが展開中のタンザニアは、GDPは小さいながら国民の80%が25歳以下と年齢構成が若く、天然資源が豊富。高齢化の日本とは真逆で、これから伸びる社会構造だ。
経済成長率は5〜8%と、日本の高度経済成長期並みに高い。比較的政情は安定していて、もともとイギリスの植民地だったため、クルマは左側通行右ハンドルで日本車をそのまま輸出できる。
アフリカ人のUBERドライバーたちは主に欧米から来る観光人客相手に商売をしている。ところが2021年現在、コロナ禍で観光客は激減。ピーク時に比べると稼働しているクルマの数は少ない。
「それでも、クルマを所有したい、購入したいというアフリカ人たちの意欲はまったく衰えていません。5年の長期スパンでみれば、いまの状況は誤差のうちです」と林氏は冷静に分析する。
コロナ禍で林氏が現地入りする機会は激減したものの、Skypeなどビデオ会議を駆使して現地メンバー達と蜜に連絡を取り合っている。
メンバーはIDOMから参画した人や、現地起業家たちなどだ。スワヒリ語やフランス語、アラビア語など5カ国語ほどを話せて、現地コミュニティへどっぷりと入り込める強者もおり、多様性あふれるメンバーで構成されている。
発想の原点はビッグデータとアフリカの現状から
実は最初から、現在のようなスキームのビジネスだったわけではない。当初は林氏がIDOMの社員として「10年のスパンでみたらアフリカに投資しておいたほうがいいのではないか」と問題提起したのだが、さまざまな経緯を経て自ら創設者になった。
もともと林氏はIT通信畑出身で、中古車に明るかったわけではない。「ひょんな縁から」、日本で最大の中古車販売会社IDOM(ガリバーインターナ主なる)へ中途入社した。インターネットの世界からオフラインのビジネスへ入ってまず着目したのはデータだ。
「ヤフオクのデータよりもIDOMのデータは20倍ほど大きかったんです。オンラインのプラットフォーマーよりも多いビッグデータを1事業者が所有している。こんな業界があったんだと驚きました」
もう1つ気になったのは「クルマの行き先」だった。IDOMの店舗は日本全国に500強あるが、買い取ったすべてを小売に出すわけではなく、業者オークション、いわゆるBtoB取引で売却するケースもある。
「業者オークションで売られたクルマはどこへ行くのかを周囲に聞くと、アフリカに行くらしい、程度しか誰も知らない。つまり、行き先のビジネスや状態が、把握されていなかった。それでさらに調べるといろんなことが分かったんです」
日本を出向してから現地につくまでの流通経路がものすごい多層構造であったことや、先述した多くの人が銀行口座を持っておらず金融機関が与信をとれない問題が見えてきたのだ。
調べれば調べるほど疑問が出てくる。与信がないのになぜクルマを買えるのか。親戚からお金をかき集めたり借りたりしてなんとか買っていたのだ。仮にお金を借りられても金利が異常に高く、貧困のサイクルから抜け出せない現実があった。
もうひとつの問題である流通多層構造は、情報の非対称性によって成立していた。輸出業者やオークション運営者、Eコマースなどの業者がたくさん間に入っていて、相対的に立場が弱いアフリカの末端のエンドユーザーは不利な立場に置かれるケースも見受けられた。
「実際に現地へ赴いてみると、情報の非対称性を前提として成立する市場でありヘルシーではないと感じました。それで、すでにタンザニアでビジネスを展開していたUBERとアライアンス(提携)することにしたんです」
UBERに対してはFMGが車両を提供する代わりに、ドライバーデータの開示を要求した。一方で、現地の銀行とも手を組んだ。車両データを提供する代わりに、頭金ゼロでローンを組める機会を創出するように働きかけた。商流は最短になり、与信がなくてもクルマを買えるビジネススキームを構築したのだ。
日本車は整備が行き届いていて評判が良く売れる
「ビジネス全体を当社がコーディネートしたのにも関わらず、時間の経過とともに単なるサプライヤーのファンクションに収まってしまいました。一方で、銀行側も、ドライバーの申請をチェックするプロセスに遅れが目立つようになったのです。これまでの伝統的な銀行業務の枠組みの中では対応がしきれず、マイクロファイナンスに対応するビジネススキームに変える必要がありました」
そこでさらに一歩踏み込み、IDOMが自ら顧客を管理し、与信を付与するスキームにアップデートしたのだ。それが冒頭に説明した、直接ドライバーと契約し、3カ月間のレンタル期間を経てクルマを所有するためのローンに切り替えるビジネスモデルである。
突貫でCRMシステムを構築し、3カ月で完成させた。与信情報は可能な限り集めた。本人確認のIDから政府の証明書類、村の村長などに推薦保証人になってもらうなどした。ドライバー自身に、所属するコミュニティそのものから受ける信頼を背負ってもらうためだ。
クルマにはGPSを付け、走行データを取れるようにした。急発進や急ブレーキを繰り返してクルマの扱いが乱暴な人には、注意を促し運転技術を向上させるようにする。もしクルマを持ち逃げされた場合は遠隔でエンジンを止めることもできる。
日本から直接アフリカへクルマを輸出し、直接ドライバーへクルマを提供し、お金の回収まで行う。これによって、銀行口座もクルマも持っていないアフリカの人々の信用情報を創造できるようになった。IDOM自身も、全体のバリューチェーンに占めるプレゼンスが大きくなり、ビジネス全体の主導権を握れるようになってきた。
「人と情報の流れが大きく変わり、私たちが中心になりました。ドライバーたちも、ライドシェアのプラットフォーマーたちではなく、私たちのほうを信頼してくれるようになったんです」
しかも、販売しているのはトヨタ車中心の中古車。整備も行き届いているため、あまり宣伝をせずとも評判が評判を呼ぶように。顧客獲得費用をかけずとも好循環が回って売れるようになったのだという。
上手くいくようになってから分かったことは、「IDOMだけでは資本が足りない」こと。このモデルは資本集約的なビジネスだということだった。
アフリカの中間層を育てることが日本の国益に叶う
「お金だけでなく、人もノウハウも足りませんでした。全く違う器を用意する必要があったんです。ベンチャーキャピタルの方からも『この事業を成功させるにはサラリーマンでは無理。親会社の取締役会で意思決定するようなガバナンスでは成功しない』とアドバイスを受けました。社内での長い議論を経て、ファウンダーとなりスピンオフを実施しました」
2021年現在、同じスキームのビジネスが盛り上がり、当初は見当たらなかった「マイクロファイナンスと車両を一体で提供する」競合他社も現れるように。
ただし、表面上のモデルは似て見えても微妙に異なる。例えば金融系のバックグラウンドを持つ同業企業は、マネタイズポイント(収益化点)が金利にある。一方、FMGはあくまで流通業者で、マネタイズポイントはクルマの販売代金。この思想や構造の違いが、今後の生き残りを大きく左右するだろう。
「インターネットが関わるビジネスは往々にして勝者総取りになりがち。ただ、当社は高利貸しのような商売ではなく、難しくとも近江商人のような三方良しを志向します。アフリカ人も日本人もみんなが笑顔になるようにしたい。」
今後は大型のクルマやトラックなどを販売していきたいと意気込む。
「より大型の車両なら、例えば空港への環境客の出迎えや団体客を乗せたビジネスを展開でき、さらに稼げる幅が広がります。
そのために、より大型のクルマやトラックなどの耐久消費財を、信用を創造した方々へどんどん武器として提案していきたい。実際、稼ぎたい人はたくましくて、どんどん新しいことやモノに適応していきますから」
展開エリアについてはケニアやウガンダなど、まずはアフリカの中で右ハンドルの国を中心に拡げる予定だ。
これまでファイナンスを活用できなかった人々に与信を付与していくことで新しい顧客が創造され、自動車流通も活性化し、結果的に中間層の創出にも繋がるかもしれない。それは、日本の国益にも叶う、と林氏は真剣に考えている。
「日本国内だけでみると自動車流通ビジネスは成熟しているように見えます。ところが、一歩、日本の外に出てアフリカのような地域から日本を改めて眺めると可能性が溢れていると思いますし、そこで得た視点を日本に逆に持ち込むことで日本側でも全く新しいビジネスを立ち上げることができるかもしれない。チャンスは色々とあると思います」
アフリカでスタートしたビジネスだが、アフリカ域内で完結するのではなく、林氏とFMGのビジョンは世界を向いている。
<会社情報>
株式会社FMG
〒100-6425 千代田区丸の内2-7-3 東京ビルディング25階
https://www.fleetmg.co.jp/
(提供:THE OWNER)