TOBを「企業買収の手法」と理解している人が多いと思いますが、投資家にとっても大きな関係があることはご存じないかもしれません。TOBは株価に影響を与え、その変動に翻弄されてしまうこともあります。当記事ではTOBの基本的な知識をはじめ、種類や事例、そして投資家にとってどのような意味があるのかについて、事実関係を交えながら解説していきます。
TOB(株式公開買付け)とは?
TOBとは株式公開買付けのことを指しますが、それでは、この「株式公開買付け」とは何なのでしょうか。最初に、TOBの概要とTOBによる利害関係について解説します。
そもそもTOBとは
TOBが意味する株式公開買付けで注目すべきは「公開」というワードです。
企業の買収を実行するには、被買収企業の株式を買い集める必要があります。株式が公開されている場合は取引所で株式を購入した不特定多数の株主がいるため、その株主たちに買付価格と期間、株数を提示して株式を売ってくれるように勧誘し、売却に応じた株主の株式を買い付けます。この一連の作業を公開して行うため、TOBは透明性が担保されています。
TOBを行う目的はいくつかあります。ある企業が同業他社や子会社化したい企業を買収する際や、経営陣が自社株に対するTOBを実施することで非上場化する場合など、目的や思惑はさまざまです。しかし、こうしたTOBが秘密裏に行われてしまうと一般の株主が不利益を被る可能性があるため、TOBは「公開」され、TOBを実施するにあたって定められている要件を満たしている必要があります。
TOBの種類
TOBには大きく分けて「友好的TOB」と「敵対的TOB」の2種類があります。いずれも語句からニュアンスが理解できるかもしれませんが、友好的TOBは被買収企業の経営陣と売り買いに関して合意しており、「相思相愛」でTOBが実施されるケースです。この場合は双方の合意を実際の形に仕上げていく作業なので問題は起きにくいのですが、もう一方の敵対的TOBは「いばらの道」になる可能性が高くなります。
敵対的TOBは名称に「敵対」とあるため、まるで喧嘩のように仕掛けられると解釈している人も多いですが、それは誤りです。もちろん喧嘩に近いTOBが実施されることもありますが、重要なのは被買収企業の経営陣による合意がない、もしくはTOBの事実が事前に通知されていないということです。
敵対的TOBを仕掛けられた企業は、自社の経営権を守るために対抗措置をとることがあります。よくあるのが以下の3つの防衛策です。
・敵対的TOB の対抗措置1:ホワイトナイト
敵対的TOBを仕掛けてきた企業による買収を阻止するために、友好的な企業に自社株を大量に保有してもらう方法です。これによりTOB成立に必要な株数が敵対的TOBを仕掛けてきた企業の手に渡るのを阻止します。ホワイト(白い)ナイト(騎士)が颯爽と現れ、助けてくれるイメージからこの名前がつきました。
・敵対的TOB の対抗措置2:焦土作戦
敵対的TOBが成立してしまう見通しである場合、自社の資産や有望な事業を売却や他社に移転し、企業そのものの価値を減ずることで買収の意欲を削ぐ方法です。自社をあえて魅力のない焦土(焼野原)にすることで占領されるのを防ぐイメージです。
・敵対的TOB の対抗措置3:ポイズンピル
新株を大量に発行することで敵対的TOB側の保有比率を下げ、さらに買い進むためのコストを高くする作戦です。敵対的TOBを妨害するには有効ですが、新株によって発行済み株式数が増えると既存株主の利益を毀損するため、既存株主から反対意見が出ることで実効性が損なわれる場合もあります。
TOBの登場人物と利害関係
TOBが実施されるときの登場人物と利害関係について整理してみましょう。まず、TOBには以下の登場人物がいます。
- 買収企業とその株主
- 被買収企業とその株主
- 市場に参加している投資家
それでは、この3者にとってのメリットとデメリットを解説します。買収企業と被買収企業にそれぞれ株主がいる場合、株主は株式を保有している企業の利益と不利益がそのまま株価に反映されるため、一蓮托生の関係にあります。
TOBの登場人物1:買収企業にとってのメリットとデメリット
まず、買収企業とその株主にとってのTOBのメリットとデメリットを見てみましょう。
・買収企業にとってのメリット1
メリットの1つめはTOBという制度下で行われる点です。TOBでは大量の株式買付けを伴うため、これと同じことを市場で行うと大量の買い注文が一斉に流れることになり、株価の高騰を招きます。このため買収コストが大幅に高くなる恐れがありますが、TOBでは最初の計画通りに買付けを行うため、市場の変化による影響を受けにくい状況で大量の株式を取得できます。
・買収企業にとってのメリット2
もう1つのメリットは、計画に必要な株式のみを取得するため、不本意なコスト増を回避できることです。TOBでは募集株式数の上限と下限の設定ができ、必要以上の株式を買ってしまうことはありません。逆にTOBで必要な株数に満たない場合は購入しない選択肢も残されているため、うまくいかなかったときのリスクが限定されます。
・買収企業にとってのデメリット
その反面、TOBは公開された買付けなので被買収企業の抵抗や、競合の参入による妨害、競り合いによってのコスト増などがデメリットとなります。
TOBの登場人物2:被買収企業にとってのメリットとデメリット
被買収企業にとってのTOBは、友好的か敵対的かによって利害関係が大きく変化します。友好的TOBの場合はTOBを通じて実施される企業再編が既定路線となっているため、それを粛々と実行する作業にすぎません。そのため特段のメリットはありませんが、その企業の経営陣が思い描く再編後の形を実現できるのがメリットとなります。
金銭的にはTOB価格がプレミア価格となっている場合、通常の株価で株式を売却するよりも高値で売却できるのでそのリターン分がメリットとなります。ただし、友好的TOBの場合は逆に割安で株式が譲渡されるケースが多いため、あまりメリットとしては現実的ではないかもしれません。
敵対的TOBの場合は防衛策のために多大な経営資源を投じる必要がありますし、敵対的TOBが成立してしまうと自社の経営権を掌握されてしまうためデメリットが大きくなります。仮に防衛に成功したとしても、株価が下がりやすくなるため資金調達環境が悪化するだけでなく、株主も株価下落というデメリットを被ることになります。
TOBの登場人物3:市場に参加している投資家にとってのメリットとデメリット
市場に参加している投資家にとってのTOBは、株価変動のきっかけです。友好的TOBであれば買収側、被買収側にとってメリットがあると判断されるケースが多いため、双方の株価が上昇する可能性が高くなります。そのメリットがそれほど明確ではない場合であっても材料視されることが多く、やはり株価上昇の要因となります。
では、敵対的TOBの場合はどうでしょうか。この場合も買収側が多額の資金を投じて株式を買い付けているため、市場に与えるインパクトは大きいです。買収側の企業の戦略が明確である場合は株価上昇の要因になりやすく、注目度が高い企業であればその傾向はより強くなります。しかし、敵対的TOBの場合は、TOBの顛末や被買収企業の防衛策が行き過ぎであるとみなされると株価下落の要因にもなります。
▽ネット証券比較ランキング
直近のTOB事例は?
2020年にあったTOBの事例を5つ紹介します。これらのTOB事例にはそれぞれの当事者の思惑や事情があるので、TOBの具体的な顛末や影響について学べることも多いと思います。
ニトリによる島忠へのTOB事例
家具販売大手のニトリが、ホームセンター大手の島忠に対するTOBを仕掛けた事例です。島忠に対してはすでに同じくホームセンター大手のDCMホールディングスがTOBを実施しており、そこにニトリが参戦するという珍しい構図になりました。
DCMホールディングスは買付価格を4,200円としてTOBを実施したものの、2020年12月12日に不成立となりました。一方のニトリは買付価格を5,500円としたため、島忠側やその株主もニトリのTOBへの支持が多数となり、買収に大きく近づきました。
コロワイドによる大戸屋へのTOB事例
外食チェーン大手のコロワイドが同じく外食チェーンの「大戸屋」を運営する大戸屋ホールディングスに仕掛けたTOBは、敵対的TOBでした。2020年9月9日にこの敵対的TOBは成立し、大戸屋ホールディングスは持ち株比率を46.77%に高めたコロワイドの傘下企業となりました。
敵対的TOBということで注目が集まった事例ですが、コロワイドが提示した買付価格に多くの株主が魅力を感じ、コロナ禍の影響もあって大手傘下に入ることへの安心感も手伝い、TOB成立の決め手となりました。
読売新聞によるよみうりランドへのTOB事例
大手新聞社である読売新聞と遊園地などの運営を手がけるよみうりランドは、従来からグループ企業です。よみうりランドに対して読売新聞グループ本社がTOBを実施し完全子会社化を目指した事例で、よみうりランド側も賛同しており友好的TOBです。このTOBにより読売新聞グループ内の巨人球団や飲食、物販などの事業をよみうりランドに集約し、組織再編による体制強化や効率化を目指すとしています。
NTTによるNTTドコモへのTOB事例
読売新聞グループに続いて、NTTによるNTTドコモへのTOBも同じグループ企業内での友好的TOB事例です。このTOBも親会社であるNTTがNTTドコモの完全子会社化を目指したもので、すでに2020年11月17日にTOBが成立し、NTTによる持ち株比率は91.46%となりました。
伊藤忠によるファミリーマートへのTOB事例
総合商社の伊藤忠商事によるコンビニ大手のファミリーマートへのTOBは、すでに子会社化していた企業の持ち株比率をさらに高めるものでした。TOB実施前から伊藤忠はファミリーマート株を50.1%保有していましたが、TOBによりさらに高め、TOBの成立下限に設定していた60%を上回る65.71%となりました。
投資家にとってのTOBの捉え方とTOBが発生するケースとは
ここでは、投資家にとってTOBをどう捉えるべきなのか、そしてTOBはどのようなケースで発生するのかについて解説します。
TOBが発表されると、買収される側の株価が上がる傾向に
企業へのTOBが発表されると、投資家にはある思惑が広がります。それは「被買収企業株への需要が高まり、株価が高くなるのではないか」というものです。「TOBの買付価格が高く設定されるのではないか」といった思惑もありますが、それよりも多くの投資家が、株式需要の高まりに先回りをする形で買いを入れることによる影響が大きいといわれています。
しかし、敵対的TOBの場合は必ずしもそうとは限りません。敵対的TOBのほうが株主に提示される買付価格が高くなりやすいですが、敵対的TOBの場合はアクティビストファンド(モノ言う株主)が参入し株価に影響を与えるなど不確定要素が多いため、株価が下落するケースもみられます。
どのようなケースが多いのか?
TOBはある日突然、降って沸いたように話が出てくるわけではありません。多額の資金を投じてTOBを仕掛けることには、何らかの事情や背景があります。そんななかで近年多くみられるのが、親子上場の解消を目的としたTOBで、上記のNTTによるNTTドコモへのTOBもその一例です。
親会社と子会社の両方が上場している状態は、企業ガバナンス維持の観点からも解消すべきと考える企業が多く、株価下落の局面があると親会社にとってTOBのコストを減らせるメリットがあるため、株安になると親子上場を解消する目的でTOBが実施されるケースがあります。
保有銘柄がTOBされる場合の対応は?
保有している株式がTOBの対象になった場合、投資家が取りうる選択肢は3つあります。その3つについて、それぞれ解説します。
TOBに対する投資家の選択肢1:TOBに応じる
TOBが実施されると、買収側が提示する買付価格には「プレミアム」といった株価への上乗せがあるので、株主にとっては有利な価格で売却が可能です。このため、TOBに応じるとプレミアム込みの株価で売却ができ、金銭的なメリットが大きくなります。
ただし、TOBには上限を設けることができるため、TOB成立に十分な株数が揃っている状況になると保有株数の全部を売却できるとは限りません。そのため、TOB対象の株式を保有している場合は全株式買付なのか一部買付なのか、条件をしっかり確認しておく必要があります。
TOBに対する投資家の選択肢2:市場で売却
TOBに応じない株主には、保有している株式を市場で売却する選択肢があります。通常の株式取引で売却するだけなので、TOBに関連する手続きは特になにもありません。ただし、あくまでも市場価格での売却になるため、TOBが材料視されて高く売却できる可能性がある一方で、タイミングによってはプレミアムがついているTOB価格よりも安い売却になってしまう可能性もあります。
TOBに対する投資家の選択肢3:保有し続ける
TOBに応じることなく株式を保有し続ける場合、その先には2つの道があります。1つめはTOBが実施された後も対象の企業が上場し続ける道で、その場合はTOB前と変わらず保有し続けることができます。
問題は2つめです。TOB成立後に上場廃止となる場合は、保有している株式を市場で売却できなくなります。この場合は「スクイーズアウト」が発動され、TOBに応じていなくてもTOBで提示された買付価格で自動的に売却されます。株式を購入した価格によってはスクイーズアウトのほうが安くなってしまう恐れもあるため、この選択肢はあまりおすすめできません。TOBに応じるか、市場で売却するのが無難です。
まとめ:今後も増える見込みのTOBを味方につけよう
TOBの基本から当事者にとっての事情や思惑、さらにTOBによって市場に起きることや、それを投資に活かすヒントまで解説しました。
TOBは友好的なものを含めて市場では材料視されやすく、対象の株式を持っている人に限らず株式投資家全員にとってのチャンスです。今後は親子上場の解消などが続出するとみられており、親子上場をしているグループ企業などにも着目しつつ、TOBを味方につける投資戦略をマスターしておきたいものです。
文・田中タスク
エンジニアやWeb制作などIT系の職種を経験した後にFXと出会う。初心者として少額取引を実践しながらファンダメンタルやテクニカル分析を学び、自らの投資スタイルを確立。FXだけでなく日米のETFや現物株、商品などの投資に進出し、長期的な視野に立った資産運用のノウハウを伝える記事制作に取り組む。初心者向けの資産運用アドバイスにも注力、安心の老後を迎えるために必要なマネーリテラシー向上の必要性を発信中