要旨
ワクチン接種が進んでいくと、その先には経済の正常化が展望できる。しかし、その正常化は一気に進むのではなく、接種状況を見ながら段階的に制限を緩和していくことになろう。そのロードマップを予想すると、ワクチン接種率によって2つのタイミングで条件を段階的に緩和することになるとみる。さらに、国内の次にはインバウンドの解禁を検討する課題が控えている。
ワクチン接種回数の増加
3回目の緊急事態宣言は、5月31日から6月20日に延長されることが決まった(当初4月25日~5月11日)。緊急事態宣言は、今後も追加発動されるリスクが残るが、その一方で、ワクチン接種が進んでいけば、それを回避できるチャンスはある。最近の接種回数は、1日最高62万回まで増えた(図表1)。東京・大阪で大規模接種会場が開設されたことも心強い。菅首相は、1日100万回を掲げて、7月末までに高齢者へに接種を完了させると強調している。この目標が達成できると、年内4・5回の緊急事態宣言に追い込まれるリスクは低下する。
ロードマップの起点は7月末
さて、ワクチン接種が進み始めたので、そろそろ先行きの見通しを立てておきたい。経済正常化をイメージした見通しでもある。このロードマップは、感染防止体制からの出口戦略と言ってもよい。
ひとつのメルクマールは、国民に占めるワクチン接種率である。接種率が上がると、感染ステージは下がってくる。感染ステージそのものは予測できなくても、ワクチン接種率はその代理変数として使える。おそらく、接種率3割、6割、10割という割合が仕切りの目安になる(図表2)。丁度、7月末に高齢者の接種が完了すると、接種率3割になる。日本の高齢者比率は2020年28%で世界一である。すべての65歳以上の高齢者が接種できていれば、医療関係者と合算して接種率は33%になる。仮に、7月末の目標が高齢者の7割までだったとしても、国民全体での2割は達成できる(28%×7割=20%、医療関係者480万人を加算すると、23%程度)。人口の2割が1回でも接種していれば感染拡大は鈍化するという見方がある。
発症・重症化する人には65歳以上の人が多いから、高齢者の接種が進めば、7月末前後を境にして入院患者は減っていくだろう。医療のキャパシティの逼迫が解消するということになる。うまくいけば、感染のステージが上がりにくくなり、緊急事態宣言に追い込まれる可能性が低下する。
接種から抗体獲得までの1~2週間かかることを捨象して考えた場合、7月末に経済活動をどのくらい緩和してもよいかを検討するタイミングになるだろう。
高齢者の活動自由化
高齢者の人口は3,600万人居て、その人達が以前のような消費活動に戻れば、その経済効果は絶大である。コロナ前の2019年は、世帯主65歳以上の世帯消費が個人消費の38%を占めていた(総務省「家計調査」(総世帯))。実額では、95兆円の金額になると推計できる(家計最終消費<除く帰属家賃>249.8兆円の38.2%)。
本当は、ワクチン接種済みの記録(ワクチン・パスポート)を持って、それを見せることで高齢者3,600万人が以前のように自由に活動できればよい。しかし、一足飛びにそこまでの緩和することにを慎重な人も少なくない。旅行、イベント、飲食、カラオケなどを高齢者がパスポートを見せて、自由に利用すると、ワクチン接種済みの人の中で、無症状の感染者が増えて、接種していない他の年代にうつすことを警戒する見方である。
そこで、7月末に高齢者が接種を済ませた段階では、限定された条件での消費活動の促進を行うのではどうだろうか。旅行ツアーを組むときに、65歳以上のワクチン接種済み者を対象にするグループをつくる。接種済みの人が集まって活動すれば、感染リスクは格段に小さくなる。65歳以上で接種済みの記録を確認する手間はかからない。システム上の手当ても不要だ。団体旅行だけではなく、観劇・美術館鑑賞も65歳以上だけのエリアを設けることで、入場制限を緩和できそうだ。ゾーニングという手法である。
7月末以降は、65歳以上の高齢者がワクチン接種を前提に、①顧客をグループ化したり、②店舗などをゾーニングした空間で、これまでの制限をなくすかたちで利用促進することができるだろう。グループ化された高齢者は、ワクチン接種をしていない人とは接触しないようにする。ワクチン接種をしていない人は従来と同じ感染対策を守る扱いになる。その効果は、高齢者だけであっても旅行業界・イベント業界などに多大な恩恵をもたらすだろう。旅行など65歳以上の高齢者を主な顧客にする業界があるからだ。
また、接種を済ませた業界には医療もある。これまでコロナと関係ない病院では、感染を恐れて高齢者の利用が激減していたと聞くこともあった。今後は、医師・看護士などが接種を済ませたことで、高齢者は医院を利用しやすくなる。ここでも、ワクチン接種済みであることを高齢者が自己申告してもらい、ゾーニングをすることで利用促進ができる。病院経営にも大きなプラスだ。
次の段階としての6割
高齢者の活動を緩和することは、一部の事業者を救済することになる。経済を回していくために重要な試金石という訳だ。さらに、その次の段階は、16~64歳の年齢層の活動を制限緩和することだろう。
そのタイミングは、16~64歳の約半分(3,400万人)が接種した段階になるとみている。少し幅をもって、10月末くらいになるだろう。
おそらく、この時点ではワクチン・パスポートのシステムの手当てが必要になるだろう。ワクチン接種の証明が確認できた人を対象にして、夜間の飲酒店、カラオケまで制限なしに利用ができる。イベント会場では、ゾーニングをして接種済み者を区分して、その範囲は距離を取らなくてもよいようにする。
65歳以上を対象にするときは、パスポートの有無による差別的な扱いが問題になることはないと考えられるが、この段階に至ったとき、なるべく差別的な扱いが何なのかを議論をする必要がある。小売・サービスの事業者には、この点に過敏な人もいるからだ。
おそらく、筆者は国民の6割がワクチン接種を済ませてしまうと、多くの人は集団免疫まで目前という感覚になると思う。だから、全国民の制限緩和は近いという雰囲気の中で、差別的な扱いが大きな問題にはならないと予想する。
最終段階は接種完了
筆者の計算では、16~64歳の接種は1日100万回を前提にして12月半ばになるとみている。これも少し幅をもって、12月末には、国民への接種完了を前提にして、すべての制限を解除できると考える。もしも、接種完了が数か月間後ずれすれば、この最終段階のタイミングも後ずれするだろう。しかし、国内の世論は、全面解除が近いということでストレスをあまり強く意識しないのではないか。最近のイスラエルや米国をみれば、そうした推察が成り立つ。
その後のインバウンド解禁
問題を総括的に考えると、国内での感染防止体制が終了してもそこで終わりではない。それは、訪日外国人への水際対応を完全になくせないからだ。海外からの変異株の状況は、まだ予断を許さない。入国する外国人に対して、日本とデータ共有したワクチン・パスポートを使った接種記録の確認が必要になる問題も残っている。
おそらく、コロナ感染が内外で一服した後は、すでに接種したワクチン効果の期限をより厳密に検証して、次のワクチンを打つ必要性も議論する必要が出てくるに違いない。その場合は、ワクチン・パスポートに、ワクチン接種だけではなく、個人の医療情報をストックしたデータ蓄積が求められるだろう。そして、医療業界は、そうした情報を利用して、予防・治療などの幅広いサービス提供ができるようになると考えられる。ワクチン・パスポートは、ポスト・コロナの世界では、国民の医療データベースに進化する可能性もあると筆者はみている。ロードマップの後ろ側にはそうしたシナリオを描くことも一案である。
最後に、本稿で示したロードマップは、図にようになる(図表3)。タイミングと緩和区分によるマトリックスになる格好だ。ポイントは、一気にワクチン・パスポートの導入により、接種済み者の制限撤廃に移行することに慎重論があるだろうから、高齢者だけを対象にして、身軽な仕組みから始めることだろう。ローキー・スタートから本格的な制限解除に移行することが出口戦略としては相応しいと考えている。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生