要旨
突然、菅首相が自民党総裁選挙に出馬しない意向を示した。事実上の退任表明である。次の首相がすべき課題は、非常に明確である。感染収束と経済正常化の2つである。次期首相は、それに成功し、短命政権の連続に歯止めをかけることが望ましい。
菅首相は事実上の退任へ
9月3日昼に菅首相が、9月29日に予定されていた自民党総裁選挙に出馬しない意向を表明した。これで、菅首相は僅か1年間で退任することになる。緊急事態宣言の期限が9月12日に迫り、その延長論がくすぶる中で、まさかの首相退任が決まった。感染対策が宙に浮いて、経済停滞がだらだらと続くことが怖い。
株式市場の反応は、はっきりしていた。菅首相の不出馬の報が伝わると、後場の日経平均株価は500円以上の値上がりになった。これは政策刷新への強い期待感からだろう。金融市場の投資家たちは、コロナの感染防止策と経済再開が行き詰まって、どうにか局面打開することを待っていたが、菅首相の下では展望が見えてこなかった。この先の展開はまだ読めないとしても、別の政治的リーダーが登場すれば、事態が動き始めるだろうという見方なのだろう。
コロナ対策の刷新
求められることは、一刻も早い経済正常化である。そのためには、コロナ収束は必須の前提条件になる。菅首相は、ワクチン接種に期待をかけて、これまでは接種率が高まれば事態打開ができると信じてきた。しかし、ワクチン接種が進むだけでは、感染リスクは自然と消えてはいかなかった。それ以外にも、コロナ感染の収束に向けて、複合的な対応が必要だったのだろう。
ひとつは、病床を確保して、感染者の収容力を高めることが課題だ。東京都は、かなり強い調子でコロナ患者が利用できる病床の追加を呼びかけているが、今のところほとんど増えていかない。それに対して、総裁選に出馬表明している岸田文雄氏は、国が主導して野戦病院の開設を進めることを提案している。
もうひとつは、検査によって、感染者を洗い出すことである。8月以降、感染者数が劇的に増えた背景には、市中感染が広がって、無症状者が街中に多くいる可能性が指摘される。検査を大規模に実施することは、すでに行われてきたが、もっと積極的に行う方がよい。
9月29日に予定される自民党総裁選挙では、登場する候補者たちが、コロナ対策について、どのような新たな対策を出すかが注目される。また、菅首相に対して認められてきた経済正常化に向けたロードマップも重要である。緊急事態宣言を終わらせた後は、感染防止と経済活動を両立させた体制に移行する。それを具体的なスケジュールとともに示す必要があるだろう。おそらく、感染防止と経済活動の両立を考える上では、ワクチン・パスポートの利用が有効である。
アフターコロナの経済成長
自民党総裁選挙では、大型経済対策を掲げる候補者が登場するだろう。しかし、コロナ感染が収束しない限り、大規模な総需要対策は難しい。それに、コロナ感染収束こそが必要とされている経済対策でもある。
経済政策として、筆者が求めるのは成長戦略の策定の方だ。景気刺激は、繰り越されている約30兆円の補正予算を執行することでかなり効果が見込める。逆に、繰り越された経済対策は、感染ステージが高止まりしているから、実行できないだけである。
菅首相は、地球温暖化対策を中長期の成長戦略に掲げた。その方針は、次期政権にも引き継がれるべきだろう。新たに加えるとすれば、(1)インバウンド再開に向けた観光地の整備、(2)代替エネルギーの整備計画、(3)中小企業の海外展開支援、などが挙げられる。インバウンド再開は、完全にコロナ収束後の準備にはなるが、訪日外国人の停止によって苦境に陥った全国の観光地には、将来展望を与えるものになるだろう。
次期首相が課された厳しい条件
菅首相が1年前に就任したときには、これほどの短命政権になるとは想像もしていなかった。それだけ国民から厳しく課題を求められていたということだろう。次期首相は、菅首相以上に厳しい課題を突きつけられていると思う。10月には衆議院の任期満了があって、総選挙になる。2022年7月は、参議院選挙がある。その選挙に勝利するために、感染収束と経済正常化の課題に対して、目に見える成果を残さなければ、政権はもたないだろう。実は、次の首相は、短命政権リスクと戦いながら、政策の刷新によって活路を見出していかねばならない。
長期に亘った安倍政権が終わって、菅政権が短命に終わり、その次も短命になると、日本の国際的地位の低下につながりかねない。かつて、小泉政権の後に短命政権が続き、政権交代を経て再び短命政権が続いた。当時、首相の在任期間が短すぎて、何もできずに政権が終了した。今でも、当時の徒労感について話す人がいる。今またその再現があるかもしれないと思わせるところが怖い。
次期首相のやるべきことは、感染収束と経済正常化という2つのミッションである。その目標達成に早期に道筋を描いて、安定政権を確立してほしい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生