賃金上昇を妨げる日本型雇用慣行
(厚労省「毎月勤労統計調査」ほか)
日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター 副所長 / 西岡 慎一
週刊金融財政事情 2021年9月7日号
わが国では人手不足が続いている。日本銀行「短観」の雇用人員判断DIによれば、企業では2010年代に入ってから人手不足が定着し、コロナ前には「人手不足」と回答した企業の割合がバブル期以来の水準を記録していた(図表1)。足元、飲食業や宿泊業などの業況が悪化する中でも、経済全体でなお人手不足の状況である。
他方、賃金の伸びは弱い。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、1人当たりの現金給与総額の伸びは低位にとどまり、かつて見られた労働需給との連動性は近年薄れている。足元の前年比は久方ぶりに2%を超えるプラスだが、これはコロナ禍で労働時間が急減した昨春の反動による面が大きい。今年度の春闘ではベアが軒並み見送られるなど、実態は厳しい。
賃金の弱さの一因には、終身雇用や年功賃金といった日本型雇用慣行が挙げられる。終身雇用はわが国の雇用慣行に深く根差し、労使の間では、正社員の雇用を維持する代わりに賃上げを抑えることが暗黙の了解となっている。加えて、若年期には生産性を下回り、中高年期には生産性を上回るよう賃金を設定する年功賃金は、人材流出の阻止を狙いとし、終身雇用を補完する役割を担ったとされる。
成長力の低下でこれらの仕組みは維持できなくなっており、企業は中高年層の割高な賃金調整を余儀なくされている。正社員の所定内給与は種々の雇用・給与形態の中で最も伸び悩んでいるが、とりわけ中高年層の弱さが際立ち、筆者の試算では、40歳代ではおおむね生産性に見合った水準まで賃金調整が進んだ(図表2)。だが、50歳代の賃金はなお割高感が残っており、現在でも2~3割の引き下げ余地がある。
コロナ後の労働市場は再び逼迫することが予想されている。人手不足を反映して速やかに賃金が上昇することは、企業が人手を確保する点でも、家計が消費意欲を高める点でも重要である。そうした柔軟な賃金設定を可能とするためにも、雇用慣行を変革し、働き方や賃金体系を見直していくことが不可欠である。
(提供:きんざいOnlineより)