この記事は2022年5月9日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「ESG資金提供者の役割-ESG経営の伴走者は株主とは限らない」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 要旨
  2. ESGのG、ガバナンスってなんだっけ?
  3. 地方創生SDGs金融表彰
  4. 伴走者としての役割を担う債権者(金融機関)
    1. 「知る」から「パートナーシップ」まで:リトルで利取る鳥取県版SDGsパッケージ支援
    2. 事業者に「気づき」を与え、共に持続可能な地域社会を目指す融資商品「SDGs/ESGサポートローン」

要旨

ESG資金提供者の役割
(画像=PIXTA)

「コーポレートガバナンス・コード」や「スチュワードシップ・コード」には、経営者と株主との建設的な「目的を持った対話」の重要性が示されている。第三者が経営者の行動を客観的に評価したり、建設的な対話を通じて企業の伴走者としての役割を担ったりすることが、企業の中長期的な成長を促すと考えられるからである。

しかし、経営者と株主との間で建設的な「目的を持った対話」ができるのは、経営と所有が分離されている企業に限られる。創業してあまり年数が経っていない企業や、事業規模が大きくない企業など、経営と所有の分離が困難な企業の場合、経営者と株主との間の牽制機能や協働効果はあまり期待できない。このため、株主以外の第三者の役割が極めて重要となる。

本稿では、株主以外の資金提供者が企業の伴走者としてESG経営を促す取り組みを紹介する。

ESGのG、ガバナンスってなんだっけ?

コーポレートガバナンスという言葉を聞いて、経営者及び株主による企業の管理や統治をイメージする人も多いだろう。確かに、東京証券取引所が実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する原則として公表した「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」(以下、CGC)には、『株主はコーポレートガバナンスの規律における主要な起点でもある』との記述がある。経営者は勿論のこと株主がコーポレートガバナンスにおいて重要な役割を果たすことは紛れもない事実である。

また、CGCの基本原則5では、『株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである』とある。一方、機関投資家が「顧客・受益者」の中期的な投資リターンの拡大を図る責任を果たすための原則である「スチュワードシップ・コード(2020年3月版)」は、必要な活動の一つとしてエンゲージメントを掲げる。

エンゲージメントとはESG要素を含む中長期的持続可能性の考慮に基づく投資先企業との建設的な「目的を持った対話」のことであり、CGCの基本原則5と通じる。実効的なコーポレートガバナンスが実践されると、企業の持続的な成長が期待され、投資先企業が持続的に成長すると、株主に中期的な投資リターンの拡大をもたらすと考えられる。建設的な対話を含む実効的なコーポレートガバナンスの実践は、経営者にとっても株主にとっても重要と考えられる。

経営者にとっても株主にとっても建設的な対話が重要であるという考えの背景には、経営と所有(株主)が分離されているという前提がある。経営と所有の分離には、株主が経営者の行動を客観的に評価したり、建設的な対話を通じ企業の伴走者としての役割を担うといったメリットがあると考えられるが、創業してあまり年数が経っていない企業や、事業規模が大きくない企業など、経営と所有の分離が困難な企業もある。そのような企業では経営と所有が一体化しており、経営者と株主との間の牽制機能や建設的な対話による協働効果は期待できない。

冒頭に記載したようにコーポレートガバナンスを経営者及び株主による企業の管理や統治とするならば、このような企業のコーポレートガバナンスは極めて脆弱なものとなるリスクがあるが、これはコーポレートガバナンスに対する経営者や株主によるものという誤解が招いた誤った結論である。

企業は経営者と株主だけのものではなく、企業には経営者や株主以外に、債権者、従業員、顧客、取引先、地域社会といった様々なステークホルダーが存在する。そして、実効的なコーポレートガバナンスにはこれらステークホルダーと協働が不可欠と考えられている。

つまり、経営と所有が分離され、株主が経営者の行動を客観的に評価する機能があったとしても、経営者と株主だけで実効的なコーポレートガバナンスは実現しない。経営と所有を分離して、幅広い資金調達を行う上場企業を対象としたCGCにおいても、基本原則2に『ステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである』ことが明記されている。

すべての企業において株主以外のステークホルダーは重要な役割を担うが、経営者と株主との間の牽制機能や協働効果をあまり期待できない企業において、株主以外のステークホルダーが担う役割は極めて重要となる。そこで、本稿では、株主以外の資金提供者(債権者・金融機関)によるESG経営促進の動きを紹介する。

地方創生SDGs金融表彰

地方創生SDGs金融表彰とは、地方公共団体と地域金融機関等が連携して地域事業者を支援する取組を促進する観点から、内閣府が創設した表彰制度である。表彰対象は公募制で、第1回公募要領に記された日付が2021年11月30日に対し、公募期間は短く、2021年11月30日~2022年1月21日である。年末年始を考えると実質1か月程度の準備期間しかないのに、北は秋田県から南は沖縄県まで幅広い地域(27府県)から応募があり、応募総数は59件に及ぶ。また、一つの取組に複数の地方金融機関等が協働しているケースもあり、筆者が数える限り少なくとも73の金融機関が参画している。

ESG資金提供者の役割
(画像=ニッセイ基礎研究所)

当然、短期間で複数の関係者を巻き込んだ取組が多数立ち上がったわけではない。2020年10月に公表された「地方公共団体のための地方創生SDGs登録・認証等制度ガイドライン」の中で「地方創生SDGs金融を通じた自律的好循環の形成」の重要性が示されており、地域金融機関等による地域事業者支援が徐々に進んできた結果と考えられる。

伴走者としての役割を担う債権者(金融機関)

地域金融機関等による地域事業者への支援は必要資金の提供だけではない。支援の在り方は多岐にわたり、企業の伴走者としての役割を担うといった支援の在り方もある。このような支援は、経営と所有が十分に分離されておらず、適切な伴走者としての役割を株主に期待することが難しい企業にとって、特に有用と考えられる。

特に顕著な功績がみられた取組として地方創生SDGs金融表彰された5つの取組の中にも、金融機関等がESG経営の伴走者としての役割を担う支援が含まれるので、その概要を紹介したい。

「知る」から「パートナーシップ」まで:リトルで利取る鳥取県版SDGsパッケージ支援

鳥取県と山陰合同銀行及び鳥取銀行の取組は、企業の段階に応じた支援が用意されているという特徴がある。

初めの支援は、SDGsの理念などを分かりやすく説明するという支援である。日本を代表する大企業が公表するサステナビリティレポートを見ると、SDGsに取り組むことをコストとは捉えず、自社ビジネスを脅かしかねないリスクもしくは、新たな商品・サービスの開発や競争力の強化といった機会と捉えていることが分かる。SDGsの理念を伝えることを通じて、ビジネスリスクやビジネスチャンスを深く考えるきっかけを提供していると考えられる。

次の支援は、SDGsに取り組む企業に対する支援である。新たなビジネスリスクを認識した場合は、そのリスクへの対処方法として事業継続計画を策定する必要があり、環境対策に積極的な企業としてのブランドイメージを確立したければ、まずは自社のCO2排出量を把握する必要がある。自社だけではハードルの高い事業継続計画を策定やCO2排出量を把握等で専門家のサポートが受けられるという支援である。更に、企業間のビジネスマッチング等の支援もある。

事業者に「気づき」を与え、共に持続可能な地域社会を目指す融資商品「SDGs/ESGサポートローン」

長野県と上田信用金庫の取組は、SDGsに資する資金の提供だけでなく客観的な視点で企業の取組を評価するという特徴がある。

SDGsの理念の下、ビジネスリスクやビジネスチャンスを深く考えたとしても、自社だけでは限界もある。異なる価値観を持つ人の視点・意見がより良いアイデアを生む可能性は高い。自社のビジネスを熟知している金融機関の担当者が、通常の審査とは異なる視点で評価し、気付きを与えてくれるという支援である。もちろん、前述の取組同様、継続的な支援も含まれる。

このように、企業の伴走者は株主とは限らないし、伴走の仕方も多種多様である。株式か貸付かといった資金提供方法によらず資金提供者にとっては、企業の持続的成長は望ましいものであり、企業の持続的成長には、適切な伴走者の存在が重要なのだから、ESG投融資が単なる資金支援にとどまらず、企業規模や事業内容に適合したESG経営の促進につながる支援に広がることに期待したい。


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高岡和佳子(たかおか わかこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

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