この記事は2022年4月28日に「The Finance」で公開された「【連載】新しい資本主義を巡る動向② 金融所得課税の強化の考え方」を一部編集し、転載したものです。
岸田政権における、新しい資本主義を巡る議論について、金融との観点では、(1)金融所得課税の取り扱い、(2)自社株買いガイドライン、(3)四半期開示の見直し、の3つの政策の動向がポイントであることは前回触れた。
その中で、前回触れた四半期開示については、足元金融審議会ワーキンググループにおける議論が終了し、現在2種類存在する決算書類を一本化する方向で概ね決着したようだ。残りの2つはどのようになるのだろうか? 本稿では、この中で「(1)金融所得課税の取り扱い」について考えてみたい。
金融所得課税見直し議論の現在
2021年9月の自民党総裁選において、岸田首相は金融所得への課税強化につき言及した。日本においては「二元的所得税」の考え方に基づき、個人の所得税の対象を「勤労所得」と「金融所得」に分け、前者については累進課税を適用し、後者については一律で20%の税率を適用している。
このことが結果として、金融所得に恵まれた高所得層を優遇することになっているのではないかという問題意識が背景にあるようだ。所得が1億円を超えるあたりから勤労所得と金融所得を合算した税率が低下する「1億円の壁」と呼ばれる現象が、課税強化の背景として大きく採り上げられている。
一方、総裁選後の2021年10月10日には、金融所得課税の見直しは当面考えていないという認識を示すこととなる。岸田内閣発足前後から、日経平均株価が8営業日連続の値下がりしたこと、いわゆる「岸田ショック」が、岸田首相が慎重姿勢に転じた原因と考えられる。
ただし、金融所得課税強化が完全に消え去ったわけではない。2021年12月の自民党令和4年税制改正大綱には、「なお、高所得者層において、所得に占める金融所得の割合が高いことにより、所得税負担率が低下する状況がみられるため、これを是正し、税負担の公平性を確保する観点から、金融所得に対する課税のあり方につき検討する必要がある。その際、一般投資家が投資しやすい環境を損なわないよう十分に配慮しつつ、諸外国の制度や市場への影響も踏まえ、総合的な検討を行う。」との文言が盛り込まれており、中長期的な検討課題としては、消えた訳ではない。
「格差」と金融所得課税
金融所得課税強化は、「格差」への処方箋として考えられたものだ。上述の通り「1億円の壁」がもし存在するのならば、金融所得課税強化により金融所得が多いと推測される高所得者層の課税が強化されることは事実であろう。
一方、金融所得課税の税率が一律である以上、低所得者層の金融所得に対しても課税強化になることは注意が必要だ。消費税のような明確な逆進性があるわけではないが、格差縮小に向けた再配分機能強化との観点では、金融所得に対しても累進税率が導入されることが望ましいことは言うまでもない。
フランスの経済学者トマ・ピケティは世界的なベストセラーとなった著書『21世紀の資本論』(邦訳はみすず書房)において、資本収益率が経済成長率を上回る状況(r>g)を証明した。このことは、金融所得に一律で低税率を課す二元的所得税が、税の再配分機能を損ねていることを示している。二元的所得税においては高所得者層において金融所得(≒資本収益率)が勤労所得より低い税率となるため、r>gを助長する方向へと作用するからだ。
ピケティが税制による富の再配分を重視し、全ての所得を包括的に課税対象とする包括的所得税に累進税率を課すことを指向している。格差縮小・分配強化のために金融所得課税を強化するということは、単なる税率引き上げに留まらない対応を要するものであることがわかる。
期待されるのは成長戦略
一方、格差拡大を象徴するr>gへの対応策は、金融所得への課税強化だけではない。g、すなわち経済成長率を引き上げるという観点も重要だ。新しい資本主義の議論においては、ともすれば分配強化による格差縮小との観点が注目されがちだが、経済成長率を高めていくという従来の成長戦略のアプロ―チもより注視すべきであろう。
ただし、経済成長率と資本収益率はある程度パラレルに動くことが予想されることから、金融政策、財政政策などのミックスによるバランスを重視した対応が望まれる。まさに、新しい資本主義のスローガンである「成長と分配の好循環」が問われることとなろう。アベノミクスへの評価は現段階では確定しないものの、第3の矢である成長戦略が成功したと評価する向きは少ないだろう。
岸田内閣の新しい資本主義においては、成長戦略として「科学技術立国」や、「イノベーション」、「デジタル田園都市」、「経済安全保障」といった項目が並んでいる。現段階でこれらの構想が経済成長に与えるインパクトを評価することは困難だが、世界経済がコロナ禍から立ち直りつつある中、日本経済の持続的な成長を実現すべく、構想の実現が期待される。
<参考文献>村松健「金融所得課税強化の処方箋は「包括所得税」の復活にあり」週刊金融財政事情 2011.11.9
本稿中、意見に係る部分は筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を示すものではない。
事務局次長
1996年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、株式会社日本興業銀行(現みずほ銀行)入行し、2021年11月より現職。著書に『銀行実務詳説 証券』、『NISAではじめる「負けない投資」の教科書』、『中国債券取引の実務』(全て共著)、論文寄稿多数。日本財務管理学会、日本信用格付学会所属。