ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択するため、企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施した。ESGに積極的に取り組み、未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを紹介する。
国内・国外問わず工場を持ち、個人向け・法人向けにプリンターや複合機などを提供するセイコーエプソン株式会社。同社は「Epson 25 Renewed」を策定し、ESGへの取り組みを進めている。「地球を友に」を理念に掲げる企業の施策を、同社サステナビリティ推進室長の瀬木達明氏(=写真)に聞いた。
(取材・執筆・構成=宮崎ゆう)
1960年12月26日生まれ。福岡県出身。1983年エプソン(株)(現セイコーエプソン(株))入社。ビジネス向けプリンターの事業管理部、財務経理部の部長を経て、2016年に取締役 執行委員に就任。現在は、取締役 専務執行役員として、経営戦略・管理本部長 兼 サステナビリティ推進室長を務める。
セイコーエプソン株式会社
プリンターや液晶プロジェクター、ウェアラブル機器などを製造するメーカー。1942年5月創立。本社は長野県諏訪市。グループ会社82社、国内19社、海外63社(2021年9月30日現在)。日経平均採用銘柄の1つ。
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird」運営など多岐にわたる。
目次
セイコーエプソンのESGに関する取り組み
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):ESGに関するセイコーエプソン様の取り組みをご紹介いただけますでしょうか。
セイコーエプソン 瀬木氏(以下、社名、敬称略):「価値創造ストーリー」というものがあります。これは、5つの社会課題を決め、セイコーエプソンの資源・技術力でそれらを解決していこう、というものです。それを実現するための方針として「Epson 25 Renewed」を策定いたしました。
具体的には、「環境負荷の低減」「労働環境の改善」「分散型社会をつなげる」「インフラ・教育・サービスにおける質の向上」「ライフスタイルの多様化」この5つに取り組んでいます。
▽エプソンが取り組む社会課題
坂本:こちらの5つを社会課題として設定した理由を教えてください。
瀬木:社会として取り組むべき課題は多くありますが、その中で我々ができることは何かを考えて設定しました。全く手が届かない目標を掲げるのではなく、私たちの力で何ができるのかを真剣に考え、こちらの5つを掲げました。
さらに、その課題解決に向けて4つのマテリアリティを定めています。「循環型経済の牽引」「産業構造の革新」「生活の質向上」「社会的責任の遂行」の4つなのですが、これらは、まさにESGそのものだと認識しています。弊社の取り組みは全て、この4つに則ったものであるべきだ、というのが我々の考えです。逆にいえば、ここから外れた企業活動は行わない。そうした考え方を大切にしながら、事業を展開していきます。
環境に配慮した製品と、脱炭素を推進する秘訣
坂本:セイコーエプソン様では脱炭素(カーボンニュートラル)への取り組みを進め、環境に配慮した製品を販売されていると思います。いくつか、具体的にご紹介いただけますか。また、セイコーエプソン様の製品の強みはどのようなところにあるのでしょうか。
瀬木:たとえば、多くの企業様がお使いのレーザープリンターを、セイコーエプソンのインクジェット方式の複合機に切り替えると、消費電力が約80%削減できるケースがあります。
セイコーエプソンのインクジェットは、布地に直接吹きかけられるので、テキスタイル印刷に際しても過剰に水を使わず環境にやさしいという利点があります。
また、使用済の紙を新たな紙に再生する「ペーパーラボ」という製品を販売しておりまして、こちらは水をほとんど使わないことから、大がかりな給排水設備を準備する必要がなく、オフィス内のスペースに設置することができます。
元々、時計作りに携わってきたこともあり、省エネルギー、小型化、高精度を追求する「省・小・精の技術」に強みがあります。小さいことは環境保全環にも結びつきますから、これでいろいろな価値を生み出そうと取り組んでおります。
坂本:コスト面から脱炭素をなかなか進められない企業は多いと聞きますが、取り組みを進める秘訣はあるのでしょうか。
瀬木:確かにコストはかかります。経済価値だけを考えるのであれば、やらない方がいいという結論になるかもしれません。セイコーエプソンを含むエプソングループも国内拠点の使用電力を100%再生可能エネルギー化するなど環境に関する投資を行っておりますが、これは確かにコストにつながっています。
偉そうなことは言えませんが、セイコーエプソンが取り組みを進められるのは経営方針や理念が関係していると思います。企業理念で「地球を友に」とうたっております。諏訪湖のほとりで生まれ育った企業だからこそ、「諏訪湖を絶対に汚してはいけない」というのが創業からのポリシーなのです。
脱フロンを世界に先駆けて取り組んでまいりましたし、「コストをかけてでも環境を守るのだ」という考えが根付いています。「環境にやさしく」という創業者の想いが、理念やDNAになって脈々と受け継がれているため、ここに注力しないという選択肢はありません。
坂本:お話を伺っていると、社員が一丸となってESGに向けて取り組んでいる様子が目に浮かぶようです。ESGに関する人材教育の取り組みを盛んに行っているのでしょうか。
瀬木:長期ビジョンや具体的な取り組みについて、社長から口すっぱく伝えています。その他にもeラーニングで理解促進を図るなど、積極的に取り組んでいるところです。
その結果、再生可能エネルギー(以下、再エネ)への転換に際して、社内から反対はほとんど出ませんでした。2050年までにカーボンマイナスを目指しているのですが、この目標を達成することは、目先のコストカットよりもよほど重要だという総意があり、それを達成しようと本気で尽力しています。
「共創」と「DX」を掲げたセイコーエプソンの未来像
坂本:ここまで「環境」についてお伺いしてきましたが、セイコーエプソン様では「共創」や「DX」というキーワードも重要視されていると聞いています。この2つについて教えていただけますか。
瀬木:「共創」という観点から、自前主義にこだわるのではなく、他社様と手を取りあう体制に移行できるよう取り組んでまいりました。グローバル化が進んでいる今、オープンイノベーションの重要性が高まっています。ESGの観点からも、弊社が単独で行うだけでなく、いろいろな企業や人と一緒に取り組むべきだと感じています。
DXについては、取り組みを進めている最中です。お客様にお使いいただいている商品のデータ活用を進めていけば、さらに大きな価値を創出できるのではないかと考えています。今後、DXの取り組みを強化していきます。
▽セイコーエプソンの共創への取り組み
坂本:DXを進めた先に、お客様にどういった価値を提供できるのでしょうか。
瀬木:プリンターについていえば、たとえば、予防保守ができるようになります。ヘッドの交換時期やインク切れをお知らせできるようになるでしょう。
また、印刷所をつなぐことで、印刷物のクオリティを上げることもできるでしょう。少し専門的な話になってしまうのですが、プリンターにはカラーコントロールを司る制御ソフトウェアが組み込まれています。プリンターは温度などの環境によって微妙に異なった色が出てしまうのですが、そちらをソフトウェアで制御することでクオリティを高めたいところです。現代では、グローバル化が進み、それぞれの場所で印刷をする場面が増えています。1カ所で印刷するより制御が難しいので、それをDXの力でつないでいくこともできるのではないかと考えています。
坂本:その先に、スマートシティという未来が見えそうですね。DX化が進むことで、社会はどのように変化するとお考えでしょうか。
瀬木:スマートシティの取り組みは各所で進んでいますよね。グローバルなネットワークが構築されつつある今、分散化がどんどん進んでいくものと考えています。
今後、地方の重要性がどんどん高くなると思っています。セイコーエプソンがある、長野県を例に挙げますと、塩尻市や軽井沢町で働く人が増えつつあります。こうした動きは、これからさらに活発になるのではないかと考えています。
坂本:その来るべき未来の社会で、セイコーエプソン様はどのような価値を提供する企業になっていたいとお考えでしょうか。
瀬木:JICA(独立行政法人国際協力機構)様と一緒に取り組もうとしていることに、開発途上国での教育支援があります。たとえば、日本で授業をして、その映像を教師がいない地域に届けるというようなことができればいいと思っています。デジタルを活用して、世界をしっかり繋ぐことで、新しい価値を作り出したいですね。
その他にもさまざまな実証実験を行っています。たとえば、福島・会津地方のスマートシティに関わっていますし、首都圏でのコワーキングスペースにも携わっています。特に、分散社会をつなぐという観点から、DXで何ができるか探っているところです。
▽質問に答える瀬木氏
自家発電への取り組みと、電力使用状況の「見える化」
坂本:セイコーエプソン様を含むエプソングループでは、日本国内で使用している電力の100%を再エネでまかなっていると聞きました。自家発電はどれくらい進んでいるのでしょうか。
瀬木:現状では、外部からの調達が圧倒的に多い状況ですが、自家発電を強化したいと考えており、太陽光発電パネルの設置を進めています。
セイコーエプソンは、地方に複数の拠点があり、長野県や山形県、秋田県、北海道千歳市などに工場を設けています。東北電力様や北海道電力様などから、再エネを購入している他、中部電力ミライズ様、長野県企業局様とは信州Green電源拡大プロジェクト(*)を共同で行っております。
また、海外に工場を建てる際にも、屋根の上には太陽光発電パネルを設置するよう取り組んでおります。こうした自家発電を進めることで、エプソンのみならず、社会全体で再エネを使えるようにしていきたいと考えております。
*参考:エプソン> 企業情報トップ › ニュースリリース › 2021年>長野県内の再エネ電源の開発加速に向け、県と民間2社で「信州Green電源拡大プロジェクト」開始
坂本:消費しているエネルギーが、どこでどのように作られたもので、どれくらい使っているか、などの使用状況を確認できる、いわゆる「見える化」が脱炭素を推進するためには必須だと思います。セイコーエプソン様の「見える化」への取り組みや、課題についてお聞かせください。
瀬木:セイコーエプソンでは、使用している電力や水、温室効果ガスについての「見える化」を進めており、使用状況のデータを集計、開示しています。しかし、リアルタイムで把握できていない、という課題があります。現在は、手作業でデータ集計を行っているのですが、リアルタイムで電力使用状況が確認できるようになれば、さらなる環境保護につながるのではないかと考えます。
セイコーエプソンは、国内だけではなく、海外でも事業を展開しています。そちらのデータも「見える化」できればいいと思っています。国内では再エネ100%を実現しましたが、海外でも2023年までに100%再エネ化達成するための取り組みを進めていきます。
逆に、坂本社長に質問させていただきます。アクシス様は、電力のトレーサビリティシステム「ecoln」の提供を行なっていると伺いました。アクシス様の「ecoln」は、海外でもトレーサビリティが可能なのでしょうか。
坂本:技術的には可能だと思います。「ecoln」は、ヨーロッパで実績を持つシステムをベースに、日本向けにローカライズしたものです。海外からデータを取得することもできるでしょう。
サステナブルな社会の実現に向けて
坂本:サステナブルな社会を実現させるために、企業は何に、どのように取り組むべきだとお考えでしょうか。
▽質問する坂本氏
瀬木:財務と非財務、両方を追いかける必要があるのではないかと思います。いわゆる「ステークホルダー資本主義」の文脈でよくいわれるように、財務・非財務の両方に取り組むことで、環境価値をはじめとした非財務のところで、適切に評価されるよう努めるべきでしょう。セイコーエプソンでも財務・非財務の両面から取り組みを進めています。
特にヨーロッパでは、商品を選ぶ際には製造元がサステナブルな会社かどうかを確認する人が多いのです。セイコーエプソンでリサーチしているのですが、日本でもZ世代をはじめとして、環境に高い関心を持つ人々が増えています。
社会全体が変わりつつある中で、地球にやさしい取り組みを進めない企業は、お客様の選択肢から排除されていくのではないでしょうか。各企業が取り組みを進めることで、地球環境がこれ以上悪くならなければいいな、と個人的に思っています。
坂本:ESGの分野は投資家からも注目されています。セイコーエプソン様を応援している、または、したい投資家にメッセージはありますか。
瀬木:今後も、ESGに関する取り組みを続けてまいりますので、ぜひ、背中を押していただければと考えております。時代の流れもあり、ESGに向き合わない企業は淘汰されることになるでしょう。その点、セイコーエプソンはこれまでも、これからも環境にやさしい取り組みを積極的に進めてまいりますので、安心して投資していただければと思います。