ロシアで最も裕福なオリガルヒ(新興財閥)の一人、英チェルシーFCの元オーナーとしても知られるロマン・アブラモビッチ氏が、総額3億ポンド(約496億6,619万円)以上を投じた英電気通信企業トゥルーフォン(Truphone)の株式を僅か1ドル(約134円)で売却した。
西側諸国の対ロシア包囲網が拡大する中、ロシア政治の中枢であるクレムリンと密接な関係を持つオリガルヒの資産は急減し、相次ぐ怪死も報じられている。
チェルシーFCに続いて時価総額4億のTruphoneも売却
2022年6月3日のビジネスインサイダーによると、世界規模の対ロシア経済制裁の煽りを受け、ロシアのビリオネアの資産は総額500億ドル(約6兆7,213億円)弱減少した。
世界長者番付の常連だったアブラモビッチ氏でさえもその影響から逃れられないことは、トゥルーフォンの株式売却でも鮮明になっている。
同氏はビジネスパートナーのアレクサンドル・アブラモフ氏とアレクサンドル・フロロフ氏と共同で立ち上げた投資ベンチャー、ミンデン(Minden)を介し、2017年10月~2020年4月に渡り総額3億ポンド以上をトゥルーフォンに投じていた。ミンデンがリードインベスターを務めた2020年4月の資金調達ラウンド後、トゥルーフォンの時価総額は4億1,000万ポンド(約678億8,102万円)に達していた。
ウクライナ侵攻前、アブラモビッチ氏は同社の株式の23%を保有していたが、2人の欧州テック起業家に、たった1ドルで売却したとタイムズ紙が2022年5月末に報じた。
同氏は2022年3月にも、所有していたチェルシーFCの売却を表明。LAドジャースの共同オーナーであるトッド・ベーリー氏と、投資会社クリアレイク・キャピタルグループに53億ドル(約7,124億2,197万円)で売却した。
総額4億ドル超えの自家用ジェットも押収
タックスヘイブンの隠し資産にも、包囲の手は伸びている。
2022年6月上旬には、アブラモビッチ氏の所有する自家用ジェット2機が米国に押収された。米国製の飛行機がロシアへ渡航する際は米国の対ロシア制裁措置に従い、米国商務省から許可書を取得する必要がある。しかし、アブラモビッチ氏は許可書を申請していなかった。
押収されたのは世界で最も高価な自家用ジェット「ガルフストリーム」6000万ドル(約80億6,545万円)とボーイング787-8 ドリームライナー 3億5,000万ドル(約470億6,714万円)だ。これら2機はキプロスやジャージー、英領バージン諸島の複数のペーパーカンパニーを通じて登記されており、登記所に所有者の名前は記載されておらず、FBI(米連邦捜査局)が捜査を進めている。
制裁措置以前は推定140億ドル(約1兆8,826億円)だった同氏の資産は、2022年6月10日現在、90億ドル(約1兆2,102億円)へ減少している。
暗殺か? 自殺か? 相次ぐオリガルヒの怪死
アブラモビッチ氏を筆頭とするオリガルヒが西側諸国の締め付けに苦戦している一方で、オリガルヒを巡る暗殺疑惑も高まっている。
オリガルヒの不審死は約3ヵ月間で少なくとも7件。その多くは「石油やガス産業関連の幹部だった」という共通点が指摘されている。
2022年4月中旬にはロシアのガス大手、ノボテックの元副会長セルゲイ・プロトセンヤ氏がスペインの別荘で妻と娘を殺害し、自らも庭で首を吊って死亡している姿が発見された。
実はその前日、元クレムリンの高官でガスプロムバンクの前社長ウラジスラフ・アヴァイエフ氏が同じように妻と娘を銃殺し、自らの命も絶つという事件がモスクワで起きていた。ガスプロムバンクは、ロシアのガス大手ガスプロムのために設立された銀行である。24時間で2組のオリガルヒが一家心中を図るとは、偶然というにはあまりにも胡散臭い。
7人目はロシア最大の石油企業ルクオイルの元幹部、アレクサンダー・サブボティン氏の怪死だ。ロシアの国営報道機関TASSは、同氏が二日酔いの治療薬としてシャーマン(呪術・宗教的職能者)に処方されたヒキガエルの毒を服用して死亡したと報じた。サブボティン氏の遺体はモスクワのシャーマン宅で発見された。
オリガルヒの死に不審な点が多いことから、暗殺された可能性があちらこちらで囁かれている。
国営企業汚職・詐欺の隠蔽が目的?
7人のオリガルヒが暗殺されたと仮定した場合、誰が、何の目的で凶行に及んだのか。
刺客はクレムリンという憶測が流れているものの、決め手となる証拠は見つかっていない。死亡したオリガルヒは公にウクライナ侵攻を批判したわけでもなく、国際制裁リストに挙げられていたわけでもなかった。
ポーランドのシンクタンク、ワルシャワ研究所は、アヴァイエフ氏を含む少なくとも2人の幹部がガスプロムの財務に精通していたことから、国営企業による汚職・詐欺の隠蔽としてクレムリンの高官の指示で暗殺された可能性を指摘している。
国際社会から遮断された「新興世界」に生きるオリガルヒ
一部のオリガルヒは西側の制裁の手が届かない、ドバイなどに避難している。これらの国ではルーブル建てで支払うことができるほか、ロシア人が経営する地元の食料品店を利用できるため、意外と快適な暮らしなのかもしれない。
しかし、代償は大きいはずだ。恐らく長きに渡り、主要国から弾圧され、国際社会から遮断された「新興世界」で生きて行く運命を、彼らはどのように受けとめているのだろうか。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)