本記事は、廣瀬和貞氏の著書『アートとしての信用格付け―その技法と現実』(きんざい)の中から一部を抜粋・編集しています
格付けが考慮する要素
格付けとは決して企業の「格式」、つまり歴史の長さや売上高の規模、顧客層の広さ、あるいは技術力水準の高さや社会的イメージの良し悪しそれ自体などとは、直接の関係はない12ことがわかると思う。
もう少し具体的に、格付けが検討される際にどのような要素が考慮されているのか13を説明する。
12:間接的あるいは長期的には、高い技術力が高収益製品の開発に、高い社会的評価が優秀な人材の獲得につながり、その企業の債務返済能力の向上に資する可能性はある。そういう意味で、これらの要因と格付けの水準との間に、相関はある。ここでは、あくまで直接の評価の対象にはならないという意味である。 13:考慮される要素について、「格付けのスコープに含まれる要素」という言い方をすることがある。
格付けは事業リスクを測り、そのための備えとして財務がどの程度強靭なのかを測る。そのことで、たとえ事業が苦しい局面に陥っても、当初契約された条件に従って債務を返済することができそうかどうかを検討する。このような分析を、信用力分析(クレジット分析)と呼ぶ。
そして、格付けに際して行われる分析とは、この信用力分析であり、それ以外は含まれない。格付けが考慮するのは、信用リスク(クレジット・リスク)だけである、と言い換えることもできる。
格付けは債権者、つまり銀行や債券投資家の見方を代弁するものであると説明したが、彼らの考慮すべきすべてのリスクが格付けに反映されるものではない。債券投資家が考慮するリスクには、信用リスク以外にも、実際にはさまざまなものがある14。そのなかで、ここではイベント・リスクに関する考え方を説明する。
ここでのイベントとは、企業の活動に関する通常の好不調の変動とは別に、業績に大きな変化を及ぼす事象のことである。企業の本支店・工場・配送センター等の重要な営業拠点に物理的な影響を与える大規模な自然災害や事故、世界的な不況等のマクロ経済上の大きな変化に加えて、M&A(企業の合併や買収)もイベントに含まれる。
このようなイベントは、事前に予測することがむずかしい。したがって、格付けに際して行われる分析には、これらが生じることによる業績や財務の変化は、当初は織り込まれていない。イベント・リスクに関しては、そのような事象が発生してから、格付け分析に反映されることになる。
ただし、イベントが発生した場合に業績への悪影響が大きくなりがちな業種に属する企業については、その事業リスクが比較的大きいと評価することで、平常時から厳しく見ることになる。一般的には、固定費の割合が大きい事業は、売上高の減少に対する耐性が弱い。典型的には航空旅客輸送業(エアライン)である。21世紀に入ってからも、地域戦争、感染症の蔓延、世界金融不況などのイベントの際には、世界各国の航空会社が経営破綻する例が多く見られた。このような業種は、事業リスクが大きいと評価されている。そのため、信用力評価としての格付けも、平時から低い水準に抑えられている16。
14:債券の価格変動リスク、流動リスク、期限前償還リスク、外貨建ての場合の為替変動リスク、イベント・リスク等である。 16:エアライン企業で比較的高い格付けを得ている事例は、その国の政府の出資を得ている会社であって、大幅な減収につながるイベントの際にも株主である政府の支援が見込まれることが定性評価として織り込まれている場合が多い。
格付けの対象となり得るもの
これまで、格付けが付与される対象については、企業あるいは会社(など)という呼び方をしてきた。実際には、企業や会社以外のものにも格付けは付与されている。ではここで、格付けの対象となり得るもの、反対に、格付けできないものについて考えてみよう。
格付けは、債権者の立場から見て、債務が契約どおりに返済される可能性を考えるものだと説明した。銀行等の金融機関や債券の投資家といった債権者は、債務者が将来にわたって債務を返済できると信じるからこそ資金を提供する(貸し出す、あるいは債券を購入する)。では、債務者が債権者に対して資金を返済していく原資は何だろうか。
それは、債務者が継続的に生み出していく現金(キャッシュ)である。全額返済に至るまで、継続してキャッシュを生み出すことができるか、どれだけ高い可能性で生み出し続けられるかを評価することが、先述した事業リスクの分析である。
したがって、格付けが付与できるもの、実際に付与されている対象としては、まず事業会社があげられる。実際に、格付けの歴史において最初に格付けされたのは、米国大陸に鉄道網を敷設するための資金が必要だった鉄道会社の発行する債券であった。事業会社は、自社の事業を継続することで、将来にわたってキャッシュを生み出し続ける存在である。
事業会社に資金を供給する金融機関(銀行、生損保会社など)も、同じく格付けの対象となる。融資先からの元利払いが、金融機関が負債を返済するためのキャッシュとなるからである。
また、中央政府(国)や地方政府(日本であれば都道府県、市町村)も、税収というキャッシュを獲得し続ける存在であり、また債券の発行等による資金調達も必要なため、実際に格付けされている17。
さらに、特定の資産を企業等のバランスシート(貸借対照表)から外して別会社(特別目的会社)に移し、その特別目的会社の発行する債券に格付けが付与されることもある。ストラクチャード・ファイナンス(仕組み債)と呼ばれる手法である。特定の資産には、不動産(商業ビルや居住用不動産)のような有形資産も、オートローン(自動車の販売ローン)のような無形資産も含まれる18。これらの仕組み債は、不動産が賃貸されることで生み出される賃料収入というキャッシュ、債権回収により生み出されるキャッシュの安定性を評価して格付けされている。
17:中央や地方の政府が発行する国債や地方債に格付けが付与されている。 18:仕組み債をさらに組み合わせた複雑な構成の仕組み債もある。
仕組み債の裏付けとなる資産に関しては、それが有形資産でも無形資産でも格付け可能であり、実際にさまざまな資産を裏付けとして仕組み債が開発され、格付けされてきた。変わったところでは、世界的な人気ミュージシャンが、過去に発表した自作の楽曲使用の権利を裏付けに債券を発行し、格付けを得ている例19まである。
それならば、たとえば1個の美術品や骨董品であっても、それに格付けすることは可能であろうか。
答えは、ここでも「将来にわたってキャッシュを生み出し続けられるか」と考えてみることで得られる。上のミュージシャンの例では、過去の楽曲が今後も映画やTVCM等に使用されることで使用料収入が見込めることが格付けの根拠となっている。それに対して、美術品や骨董品の場合は、存在するだけでは、将来にわたってキャッシュを稼得し続けることはできない。
ただし、その品物が、一般に公開されることで観覧料収入が見込め、かつその収入が、そのための美術館の運営費用を差し引いても黒字となる可能性が高い金額なのであれば、格付けを得られる可能性があろう。
19:David BowieやJames Brownの例がある。ちなみに、債券発行により得られた資金は、新作の作成費用に充てられたとされている。
格付けはどのように使用されるか
格付けの取得が可能であっても、資金の調達が不要であれば、一義的には格付けを取得する必要がない。格付けは債権者が資金を提供する際に、その投資判断の参考に使用するのが代表的な使用方法である。格付けを取得すれば格付け会社に手数料を支払うことになるため、債権者のニーズがなければ、格付けを取得しないことが債務者にとって経済合理的な判断となる。
ただし、格付けには、発行体が資金調達の際の道具とする以外にも利用方法があり、それらを求めて格付けが取得されることもある。
格付けを取得し、それが発行体自身にとって満足できる水準の格付けであれば、それをPR活動に利用して、人材採用などの際に活用することがある。
また、海外で現地の政府系の業務に入札する際に、グローバルに展開している格付け会社から取得した格付けがあれば、その提示を求められることがある。さらに、海運会社等が海外の港湾を利用する際に同様の格付けを求められる例もあり、まさに海外業務展開のための「パスポート」、あるいは「名刺」のような利用のされ方もある。
もう一つ重要な利用方法は、発行体企業が自社の経営に対して、外部の眼を入れる、つまり第三者の意見を聴くことができる、という意義である。格付け会社のアナリストは、定期的に発行体の企業の経営者と議論する機会がある。そのような場を、単なるコストと考えるのではなく、自社の経営に対する外からの意見を聴く機会として利用しようと考える発行体もある。
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