本記事は、廣瀬和貞氏の著書『アートとしての信用格付け―その技法と現実』(きんざい)の中から一部を抜粋・編集しています

アナリストに求められる資質

アナリスト
(画像=Pormezz/stock.adobe.com)

格付け会社のアナリストとして備えていることが望ましいと思われる資質を考えてみたい。

まずはじめに、能力について。決算数値をもとに財務分析をする必要があるが、それは決して高等数学を駆使するレベルのものではなく、基本的には四則演算のみで構成される内容である。したがって、大学において会計、財務、金融、経済といった、財務分析に直接関連する科目を学んでおくことも必要な要件ではない。端的に言って、いわゆる文科系・理科系を問わず、どの学部で学んだ人でも格付け会社でアナリスト業務に従事することは充分できる15と筆者は考えている。

15:MBA等の修士号や博士号も、もちろん必要ない。筆者の知る限りでは、このような学歴は社内における評価にも無関係である。

ただし、上に列挙した4分野に法律学、政治学も含めて、社会科学の視点ないしは思考方法を学んでおくことは有効だと思われる。仮に大学で社会科学分野を専攻していなくても、常に経済や金融に興味関心を持っていることは重要である。というのは、前述したとおり、クレジット・アナリストは自分なりのクレジット・ストーリーを構築することが求められており、そのためには財務分析だけでなく、産業構造や規制環境、経済や金融の動向を把握した上で、ロジックを組み立てることが必要だからである。言い換えれば、ロジカルに思考するための最低限の能力は不可欠である。

では、ここでいうロジカルな思考力を持つ、あるいはそのような思考力を高めていくために必要な資質は何かを、いままでの説明を敷衍して考えてみよう。

ある程度以上の強度のある論理に基づいた思考を組み立て、1つのまとまったストーリーに練り上げるためには、自分1人で沈思黙考しているだけでは不充分である。最も必要とされるのは、分析対象である債券発行体企業との対話の繰り返しである。

具体的には、当該企業の格付け担当の部署(IR担当や財務担当の部署であることが多い)から資料を受け取り、担当者と質疑応答を重ね、その内容への理解を深め、さらに問いかけるということの連続が要る。アナリストとして避けなければならないのは、疑問をそのまま疑問として残してしまうことと、反対にすぐに理解できたとして疑問を忘れてしまうことである。疑問を大切にした上で、何度でも、自分なりの理解がかたちを成すまで、問い続けることが重要である。

発行体企業の担当者は、格付け会社のアナリストに自社の特徴を正確に理解してもらいたいと願っている半面、あまり何度も問合せに対応するのは負担に感じることもある。しかし、格付けアナリストとしては発行体企業から教えてもらうことが最も重要であり、なんとか担当者には気持ちよく質問に答えてほしい。そのため、格付けアナリストとしては、担当者のおかげで会社への理解が進んでいることを示すためにも、会社の特徴をどのように捉えているのか頻繁にフィードバックし、意見を交換することが効果的である。会社の担当者としては、自分の尽力により相手(格付け会社のアナリスト)の理解が進歩しているのが見えることが励みになる16

16:格付け会社のアナリストとしては、発行体企業の担当者がいかに熱心に教えてくれているかを、担当者の上司が同席している場で紹介し、明示的に感謝の意を表すべきである。そのことで担当者の意欲を高めることができる。さらには、社内における担当者の仕事の内容をその上司に認識させることで、担当者の格付け会社に関する仕事がしやすくなるという効果がある。

また、発行体企業との対話により理解した当該企業の特徴をもとに、自分なりのクレジット・ストーリーを組み上げてみた後は、それをより強固で豊かなものにブラッシュアップするために、社内の他の格付けアナリストやマネージャーと議論してみることが有効である。同じ発行体企業を見ているバックアップ・アナリストと議論するのは当然として、その発行体企業を直接見ていない他のセクターの担当アナリストと対話することも望ましい。

一見すると関連性の薄い産業セクターであっても、自分のクレジット・ストーリーを膨らませるヒントをもたらすことは多々ある。また、格付けを利用する債券投資家の立場からすると、まったく異なる産業セクターに属する企業の社債同士を比較して運用先を選定することも多い。その選択に迷った際には格付けアナリストの意見を求めることになるが、その場合に、自分の担当していないセクターに関しても的確な理解をしているアナリストが存在することは、顧客である債券投資家の満足度を高めることにもつながる。

以上をまとめると、社外の発行体企業や債券投資家に対しても、社内の他のアナリストに対しても、格付け会社のアナリストには、他の多くのビジネスに要求されるのと同様の、コミュニケーションに関する意欲と努力が求められる。別の言い方をすれば、話していて相手を愉快な気分にさせる人のところには、おのずと良質な情報が集まってくる17ものである。

17:対話によって情報を一方的に得るだけではなく、格付けアナリストの側も、相手にとって有用な情報を提供することで、お互いに満足度を高めることが重要である。すべての優れたコミュニケーションは双方向的・双務的であり、多く与える者は多く得ることができる。

もう少し敷衍すると、コミュニケーションにおいては、相手の疑問や理解のしかたについて、つねに最大限の想像力を働かせることが望ましい。格付けアナリストは、自分の担当する産業セクターや発行企業について、日々情報を得て分析している。一方、社内の他のアナリストや社外から問い合わせてくる債券投資家は、必ずしもそのセクターやその発行体企業について詳細な情報を持っているとは限らない。そのような他者に対して格付けの根拠等を説明する場合には、相手の疑問がどの部分にあるのか、また、そもそも信用力分析や格付け分析に関してどの程度の理解を持っているのかを、最初に推測し、対話の途中でも随時その推測を修正していくことが求められる。相手の理解を深める目的からそれて一方的に説明してしまうことは、避けるべきである。

また、対話していれば必ず他者との間に意見の相違を認識することになるが、それに関しては、異なった意見を尊重して受け容れ、さらに言えば異なる意見を面白いと感じて自分のなかで反芻してみる態度が望ましい。顧客である債券投資家との間で意見が相違しても問題となることはないが、社内においては、たとえば格付け委員会の場では、議論の結論を出す前の段階で鋭く意見が対立することは、よくある。

主担当のアナリストとしては、格付け対象となる発行体企業の期待値をコントロールせねばならない(発行体企業がどの水準の格付けを求めているかは、事前にわかっていることが少なくない)立場から、ともすると自分の推薦する格付けと異なる(低い)格付けを主張する意見を、疎ましく感じることがある。しかし、自分の意見だけでなく、複数の意見を闘わせ、比較検討した上で結論づけられた格付けにこそ、大きな意義がある。

議論の場で感情的になることなく、むしろ異なった意見を面白がり知りたがる気持ちを持って、議論の過程そのものを楽しむべきである18。そのような開かれたメンタリティーを持っていることが、結論としての格付けを説明するクレジット・ストーリーを、より豊かにするように思う。

18:筆者は自分が主担当アナリストを務める格付け委員会においては、どこかしらで笑いが起こることを目指して議論の流れをリードするように努めていた。

以上のように考えてくると、格付けアナリストに求められる資質とは、特別なものは少なく、むしろ他のあらゆるビジネスにも普遍的に求められる資質が多いように思われる。他者との対話を楽しみ、自分と異なる意見を尊重し、自分からは相手の理解を得られるように誠実に説明する。それを可能にするために、自分の持つ疑問を疎かにせず追求し、情報を求め、咀嚼し、納得のいくまで分析する。自分の考えをまとめ、文章に構成し、相手にわかりやすく説明する。そのためには相手に興味を持ち、敬意を持って接し、相手の身になって想像することが大切であろう。

付け加えれば、自分の思い込みにしがみつかず、外部からのインプットを柔軟に取り入れ、常に自分の考えを問い直すバランス感覚があることが望ましい。格付けの対象となる企業が生き物である以上、格付けも常に変化し、成長していく。自分がかつて組み上げた格付けおよびその根拠となる考え(クレジット・ストーリー)が、未来にわたり有効であることはあり得ない。柔軟に考え、常に自ら問い直す姿勢が求められる。

これらはすべて、格付けアナリストに限らず、どのような業務においても重視される要素であろう。

そして、存在意義の認められる格付けアナリストであり続けるためには、常にインプットを欠かさないことが何よりも重要である。興味を広く持ち、担当外の産業セクターや別の分野の格付け対象19について最新の知識を備えることはもちろん、日本や主要各国の金融情勢や経済環境、主要な金融市場・商品市況の動向を知ることで、自分が担当する産業を相対化して見ることができるようになる。そうすれば発行体企業に対する理解も深まり、また発行体企業からの説明を無批判に受け入れてしまうリスクも減らすことができる。

端的に言えば、常に謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けることが大切である。筆者が格付けアナリストを務めていた頃、海外の同僚のアナリストのなかにも、世界の主要な経済の一つである日本の産業構造や市場動向につき、熱心に学んでいる者がいる20ことに感銘を受けた。同時に、日本企業の格付けを担当していても、日本の産業について学ぶだけではなく、海外の市場の構造や産業の動向についても理解を深めねばならないと自戒した。常に学ぶ姿勢を継続することが重要である。

19:格付け対象として主に事業会社を説明しているが、他の分野としては、金融機関、仕組み債(ストラクチャード・ファイナンス)、ソブリンおよびサブ・ソブリン(それぞれ中央政府、地方政府)などがある。
20:たとえば、欧州拠点のアナリストで、日本の高度経済成長期に自由民主党政権や通商産業省(当時)の果たした役割や、旧財閥系の企業グループの結びつきについての知識を持ち、的確な理解を示す者がいた。

アートとしての信用格付け―その技法と現実
廣瀬和貞(ひろせ・かずさだ)
株式会社アジアエネルギー研究所代表、公益財団法人廣瀬資料館(大分県日田市)理事長、経済産業省総合資源エネルギー調査会委員、特定非営利活動法人フェア・レーティング理事、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。1965年生まれ。1988年、東京大学法学部卒業。1998年、米デューク大学経営学修士。日本興業銀行を経て、2001年ムーディーズ入社、総合電機・精密機器、陸運・海運・空運、食品、電力・ガス等の業界を担当。2015年、現職(アジアエネルギー研究所代表)。

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