ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択するため、企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施した。ESGに積極的に取り組み、未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを紹介する。
1985年に日本で初めて民間の衛星通信事業を立ち上げて以来、宇宙事業とメディア事業を展開してきた、株式会社スカパーJSATホールディングス。2018年にはグループミッション「Space for your Smile」を制定し持続可能な社会に向けた活動を強化するなど、サステナビリティに対して積極的に取り組んでいる。ここでは、その中核事業会社であるスカパーJSAT株式会社でサステナビリティ委員会の委員を務める谷口浩司氏に、同社のSDGsおよびESGに対する考え・施策について話を聞いた。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1967年3月27日生まれ。和歌山県出身。三井造船株式会社を経て、2002年にスカパーJSAT株式会社の前身である宇宙通信株式会社に入社、財務経理部長、総務部長、コンプライアンス推進部長代行等を歴任。現在は経営管理部門全体を部門長とともに所管するとともにサイバーセキュリティ統括業務を担当。サステナビリティ委員会の委員も務める。
株式会社スカパーJSATホールディングス
「スカパー!」を展開する株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズと、民間企業として国内で初めて人工衛星を打ち上げたJSAT株式会社が2007年4月に経営統合。宇宙事業とメディア事業を展開している。東京証券取引所プライム市場に上場。本社は東京都港区。
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。
目次
スカパーJSATグループの事業内容
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):スカパーJSATグループといえば、衛星放送の「スカパー!」が有名ですが、グループを通じての事業内容をお聞かせください。
スカパーJSAT 谷口氏(以下、社名、敬称略):私たち、スカパーJSATグループは、スカパーJSAT株式会社を中心に、宇宙事業は37年、メディア事業は26年にわたって事業を展開してきました。
宇宙事業では、アジア最大数の静止軌道衛星を使い事業を行っていて、衛星通信サービスの提供に加え、宇宙から得られるデータを活用した新しい宇宙ビジネスも創出しています。
メディア事業では、有料多チャンネル放送の「スカパー!」、動画配信サービス「SPOOX」、光回線による地上波・BS/CS再送信サービスを提供しています。
スカパーJSATグループのSDGs、ESG、脱炭素社会の実現に対する取り組み
坂本:まず、スカパーJSATグループのSDGsやESG、脱炭素社会の実現に対するこれまでの取り組みと成果を教えてください。
谷口:スカパーJSATグループは、2018年に「Space for your Smile」のグループミッションを制定し、自分たちの存在意義や社会に提供している価値を再確認しました。
その後、SDGsやESGに深く取り組むべく、2020年9月、社内にサステナビリティ委員会を発足。各部門の執行役員クラスが部門リーダーとなり、担当者とともに自分たちの業務がSDGsとどのように結びつくのかを半年にわたり議論しました。
そして、2021年4月に9つのマテリアリティ(重要課題テーマ)を特定するに至り、マテリアリティごとに「2030年にありたい姿」を掲げ、中長期、短期の目標・KPI(重要業績評価指標)を設定しています。
グループミッションである「Space for your Smile」が目指すのは、地球上のあらゆるスペースに安心や安全、快適さ、楽しさを届けて、笑顔のある社会をつくるということ。このミッションを、持続可能な社会の実現を目指すSDGsの精神と合致すると再認識し、サステナビリティ方針としても再定義しました。
▼スカパーJSATグループが掲げる9つのマテリアリティ(重要課題)
坂本:ESGに関する取り組みについてもう少し具体的にお聞かせください。
谷口:当社は、通信と放送という公共性が高い事業を営んでいることから、社会に対する責務や経営の透明性については、強く認識しています。
2007年4月に経営統合した当時から、複数の社外取締役を選任し、取締役会の諮問機関として任意の組織である指名報酬委員会を設置するなど、経営の透明性と健全性の確保に取り組んできました。
また、2015年度からは、東京証券取引所が定める独立役員の要件に加え、スカパーJSAT独自の独立性の判断基準を設けています。そういった意味では、ESGの「S」と「G」に関しては早くから着手していたと自負しています。
一方、「E」については発展途上の段階です。気候変動は世界的なテーマですから、先ほど述べたマテリアリティの中にもいくつかテーマがあり、目標達成に向けて今後も取り組む所存です。
坂本:スカパーJSATグループは、衛星を利用したビジネスを展開されていますが、事業内容を具体的にご紹介ください。また、その事業とESGの関係についても教えてください。
谷口:衛星は宇宙に位置し、太陽光発電で通信を行っています。宇宙でのエネルギー利用と地上の設備を含めた効率的な電力利用により、地上でのみ通信を行うのに比べて3分の1の消費電力で通信ができるのは、大きな特長です。
2021年度以降は、新事業を創出して地球環境の改善や社会課題の解決に着手したいと考えています。
1つめは、2022年に本格稼働を予定している「Solar Meilleur(そらみえーる)」です。スカパーJSAT株式会社は2017年から雲の種類をAI で判別する「KMOMY(くもみ)」を開発し、この技術を応用したIoTデバイスの「そらたまご」を作ったうえで、全天画像を利用した日射量の予測システム「Solar Meilleur(そらみえーる)」を形にしました。一方、一般社団法人電力中央研究所は気象衛星ひまわりの画像データを使った、太陽光日射量予測・解析システムの「SoRaFAS(ソラファス)」を開発しています。「SoRaFAS」は長期、「Solar Meilleur」は短期の予測ができるので、併用することで全時間帯の予測が可能です。精度の向上など課題はありますが、このハイブリッドシステムにより太陽光の発電量の予測サービスを開始したいと考えています。
2つめですが、2022年3月から、スカパーJSAT株式会社と国内外で通信事業を展開するアイ・ピー・エスで、当社衛星によるインターネット接続サービスを、アイ・ピー・エスの連結子会社であるInfiniVAN, Inc.を通じて、フィリピン国内で提供を始めました。導入第1号となったのは、風力発電ベンチャーのチャレナジーがフィリピン北部で取り組んでいる「再生可能エネルギー導入プロジェクト」で、発電設備の遠隔監視システムに加え、周辺地域のデジタルデバイド解消のための回線として利用が進められています。衛星通信と再生可能エネルギーを組み合わせて、地域のデジタルデバイドを解消することで、SDGsの達成に貢献していきます。
3つめは、当社事業拠点の再生可能エネルギー化です。当社は2030年度にグループ全体で100%の再エネ化を目指していて、2021年度は横浜市内と茨城県内にある衛星管制センターの再エネ化を実現しました。これにより、スカパーJSATグループ全体の電力使用量における再生可能エネルギー比率は約30%になり、年間のCO₂排出量は約3,000トン削減される見込みです。2022年度は取り組みをさらに加速させ、グループ全体の電力使用量の約80%を再エネ化し、グループにおける電力使用量も開示したいと考えています。
▼質問に答える谷口氏
坂本:目覚ましい取り組みと成果です。一方で、課題の認識はいかがですか。
谷口:情報開示の拡充とサプライチェーンへの取り組みは、不十分と捉えています。株式会社スカパーJSATホールディングスは東証プライム市場に上場していて、今後はTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示拡充が求められます。早急に情報収集体制を構築し、開示のさらなる拡大を進めなくてはなりません。
SDGsの達成に向けては、どうやって環境への取り組みを浸透させるかが課題の1つです。2022年に、グリーン調達方針を定めたうえで、2030年度までに当社の各サプライヤーに対して浸透させる目標をマテリアリティの課題にしています。
スカパーJSATグループの脱炭素社会における企業イメージ、役割
坂本:現在よりDXやIoTが進んだ未来において、スカパーJSATグループはどのような役割を担う会社になっているのでしょうか。展望をお聞かせください。
谷口:イメージできるのは、宇宙空間における太陽光発電です。現在、脱炭素に向けた新技術の1つとして期待され、2020年の内閣府の宇宙基本計画の研究開発項目として記述されています。
将来の実用化が期待できる技術と、当社の通信をはじめとする宇宙通信事業を掛け合わせることで、通信と無線送電を一体化した社会が実現できるかもしれません。
また、船舶などの移動体については、衛星から航路のデータを受信することで、燃費が良い無人航行を実現できると思います。
宇宙を利活用する分野への関心は年々高まり、技術革新も目覚ましいのです。当社は、技術を積極的に活用し、宇宙の利活用シーンを開拓していくことで、持続可能な社会に資する事業を開発していきたいところです。その1つが、2021年5月にNTTと共同で発表した「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想」です。2022年7月に構想の実現に向けて、ジョイントベンチャーの株式会社Space Compassを設立しました。
クラウドセンターやデータセンターなど、さまざまなデバイスやDXの伸長によって私たちの生活・事業は成り立っています。こうした流れは加速的に進んでいくはずで、地上のデータセンターにおける電力使用量の削減が社会課題になる日は遠からず訪れるでしょう。
宇宙空間に光通信を活用した非地上系のネットワーク(ユニバーサルNTN)を構築して、衛星画像や地上から得た大容量のデータを、コンピューティング処理を施したうえで準リアルタイムに地上に戻す。このような宇宙データセンタは静止衛星や低軌道衛星を利用するので、地上の電力を使用しないネットワークが構築できるのです。
2025年の大阪万博ではNTTの大容量光通信技術を使い、宇宙で実証実験を予定しています。
もう1つの事業は、HAPS(携帯電話の基地局装置を搭載した、高高度を飛ぶ無人飛行機)を用いた、宇宙RAN(Radio Access Network)です。静止衛星や低軌道衛星にHAPSが加わることで、成層圏と地上間の電波伝搬のカバレッジが拡充し、災害時や船舶・航空機等の移動体、離島やへき地等不感地域への通信の提供が期待できます。
新しいインフラを開発・提供することで、安全で快適な社会を目指したい考えです。
坂本:脱炭素社会を実現するため、スカパーJSATグループはどういった取り組みやプロモーションを心掛けているのでしょうか。
▼質問する坂本氏
谷口:当社の情報開示は、先ほど申し上げた通り十分ではありません。どういった追加情報が開示できるのか検討して、体制を整備している段階です。いずれにしても、当社だけではなく多くの企業が自分たちの持つ資産・技術を使い、脱炭素社会の実現に貢献できるはずです。肝心なのは、個々の従業員が自分ごととして脱炭素社会の実現を意識した活動ができるかどうかです。
プロモーションにおいては、いかに自社らしさを出せるか、社会の共感を得られるかが重要だと思います。「レジリエントな放送・通信インフラの構築、情報格差の解消」「多様なコンテンツによる豊かさの向上」「宇宙環境の改善」など、当社が特定したマテリアリティにおいても「らしさ」をあえて打ち出しました。脱炭素社会の実現は、すべての企業が取り組むテーマなので、当社にしかできないことを示したうえで、他社との差別化や優位性を示すことが、効果的なプロモーションにつながると思います。
スカパーJSATグループの消費エネルギー「見える化」への取り組み
坂本:省エネや脱炭素を進めるためには、エネルギーの使用量や由来などを具体的な数字として把握する、消費エネルギーの「見える化」が大切となってきます。スカパーJSATグループはどのように取り組んでいますか。
谷口:国内における当社の主要事業拠点は4拠点と、製造業に比べると少なく、エネルギーの使用量も格段多くはありません。そのため、現在は手作業で集計しています。
衛星1機の搭載している太陽光パネルから計算することは可能です。ただし、サプライチェーンも含めた情報になると十分に把握できているとはいえません。「見える化」のシステムを導入する意義は今後、出てくる可能性があると考えています。
スカパーJSATグループの戦略と魅力
坂本:ESGは注目度が上がっていて、多くの投資家が興味を持っています。ESG投資の観点で、スカパーJSATホールディングスを応援したい投資家もたくさんいるはずです。そういった層に向けて、スカパーJSATグループを応援する魅力をお聞かせください。
谷口:当社グループは、宇宙という未知のスペースを活用できる数少ない企業体の1つです。そのユニークさやスカパーJSATらしさを発揮しながらSDGsの達成に貢献し、基礎収益力も向上させたうえで企業価値を高めたいと考えています。
2022年3月期通期決算説明に際して、今後5年間で成長投資に約1,200億円を投下、約400億円を株主還元すると発表しました。成長投資はNTTとの「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想」をはじめ、社会課題や環境問題を解決しながら成長するための投資だと考えています。われわれの将来像に共感いただける投資家の皆さまに応援していただけると嬉しく思います。