本記事は、菊地正俊氏の著書『日本株を動かす 外国人投資家の思考法と投資戦略』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています
外国人投資家が求める株主重視
◉なぜコーポレートガバナンスが重要なのか
ほとんどの外国人投資家は「株式会社の所有者は株主であり、経営者は株主のために、株式価値を最大化すべき」と考えています。そして、ほとんどの日本企業は株主重視姿勢が不十分だとみられています。
米国で2019年に主要企業が参加する経済団体ビジネス・ラウンドテーブルが、企業は株主だけでなく、従業員や地域社会などすべてのステークホルダーに経済的利益をもたらす責任があるとの声明を出したことが話題になりました。米国企業のように株主重視姿勢が行き過ぎた企業が、ステークホルダー重視の方向に変わるのは納得できても、岸田首相が「新しい資本主義」でステークホルダー重視主義を打ち出したことに関しては、株主重視姿勢が弱い日本企業が株主軽視に変わるのではとの疑念につながりました。
ESG重視についても、多くの外国人投資家はG(ガバナンス)が最上位概念だと思っており、良いコーポレートガバナンスなくして、E(環境)やS(社会)政策もうまくいかないと見ています。
日本企業がサステナビリティ重視を隠れ蓑にして、株主重視姿勢を弱めるのではと心配しています。CO2削減をはじめとする気候変動対策も、企業価値の向上につなげることを求めます。
◉外国人投資家が失望した東証の市場構造改革
東証が2022年4月に実施した東証1部・2部・ジャスダック・マザーズ市場を、プライム・スタンダード・グロース市場へ変える市場構造改革は、外国人投資家に失望されました。格言の「大山鳴動して鼠一匹」という状況になりました。
プライム市場へ移行するために必要な流通株式時価総額は100億円であり、時価総額100兆円クラスの米国株を売買する外国人投資家からみれば、緩すぎる基準でした。もともと緩い基準なのに、基準未達でも計画達成のための「適合計画書」を出せば、プライム市場への移行が認められることになりましたので、296社の東証1部企業が「適合計画書」を提出しました。
流通株式時価総額が100億円にわずかに充たない会社が、プライム市場を目指すのならわかりますが、流通株式時価総額(基準日の2021年6月末時点)が14億円や、同20億円だった企業なども、プライム市場を選択しました。長年業績が低迷してきたのに、V字型の業績回復や市場平均からかけ離れた高いPERを適用して、近い将来に流通株式時価総額100億円を達成するとした企業も少なくありませんでした。東証がプライム基準の達成期限を明確にしなかったため、基準達成年を2030年とした企業もありました。
基準を充たさなかった企業は2022年10月末以降四半期ごとに10段階で、TOPIXの構成比が低減されて、2025年1月最終営業日に除外されますが、その前に2022年10月に、2021年6月に次ぐ2回目の判定がなされ、2023年10月に流通株式時価総額100億円以上かつ売買代金回転率0.2回転以上を達成した企業は比重が戻されるという、2段階の救済措置もあります。東証は流通株式時価総額を回復させる努力をした企業を報いたいという姿勢ですが、外国人投資家からは優しすぎる救済措置とみられました。
◉改訂コーポレートガバナンス・コードの市場選択への影響は限定的
2021年の改訂コーポレートガバナンス・コードが、プライム移行企業に対して高いガバナンスを求めたことが、プライム移行をとどまらせるとみられていましたが、影響は限定的でした。
プライム市場上場企業に求められる高いガバナンス体制とは、(1)機関投資家向け議決権行使プラットフォームの利用、(2)英語での開示・提供、(3)TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)またはそれと同等の枠組みに基づく開示、(4)3分の1以上の独立社外取締役の採用、(5)指名・報酬委員会の構成員の過半数を独立社外取締役にすることです。
ただ、極端なことをいえば、開示資料の英訳はグーグル翻訳でできるかもしれませんし、TCFDもコンサルティング会社に数百万円払えば、簡単なTCFDを書いてくれます。
2022年4月15日時点でTCFDへの賛同を表明した日本の企業・団体数は800と世界一でしたが、「適合計画書」を発表した企業のなかには、いつの時点でTCFDを開示するかを明確にしなかった企業が少なくありませんでした。独立社外取締役も、社長の知り合いの弁護士や公認会計士に依頼すれば増員は容易でしょう。
一方、油研工業の永久秀治社長はテレビ番組で、プライム基準を充たすのに要するコンプライアンスや人的コストなどを考慮して、スタンダード市場を選択したと発言したことが評価されました。コンサルタントや社外取締役などに払う費用を、研究開発費や従業員の賃上げなどに使ったほうが、株主・従業員の双方にとってベターでしょう。
コーポレートガバナンス・コードは〝Comply or Explain〟なので、新興のインターネット企業が「弊社はCO2排出量が少ないので、TCFDを開示する必要はありません」と説明するかもしれませんが、インターネット企業はサーバーなどで多額の電気を消費するので、間接的なCO2排出量は多いはずだと、環境問題に敏感な欧州投資家から反論されるでしょう。
◉日本のコーポレートガバナンス改革は〝Too Small & Too Slow〞
外国人投資家から日本のコーポレートガバナンス改革は、〝Too Small & Too Slow〟とみられています。アベノミクスでコーポレートガバナンス改革が始まったときに、ガバナンス改革はもっとスピーディかつドラスティックに行なわれるとの期待がありましたが、そのスピードとスケールが期待に沿わなかったことが、外国人投資家が2015年半ば以降、日本株の売りに転じた理由の一つです。
東証の市場構造改革は、プライム市場の流通株式時価総額の基準が100億円に過ぎないことが〝Too Small〟、2030年までの「適合計画書」も認められたことが〝TooSlow〟と呼べる典型的な事例でしょう。外国人投資家からはプライム市場1,841社は多すぎるので、さらにプライムのプライム市場をつくって、米国S&P500のように、せめて500社に絞るべきだとの指摘も出ました。
コーポレートガバナンス・コードの改訂について、2021年6月にQUICKが国内市場関係者(機関投資家および証券会社)にアンケート調査した際に、78%の市場関係者が「評価できる」または「やや評価できる」と答え、「あまり評価できない」または「まったく評価できない」と答えた市場関係者は10%に過ぎませんでした。
エーザイの柳良平前CFOは2022年6月に退任するまで15年にわたって「グローバル投資家サーベイ」を行なってきました。日本企業のコーポレートガバナンスに大変不満とする意見は2012年21%→2022年11%と半減しましたが、依然として約6割もの投資家が不満と考えています。ROEについても、約4分の3もの投資家が不満と答えました。国内市場関係者と外国人投資家のあいだで、日本のコーポレートガバナンス改革への評価は真逆です。
◉アジアにおける日本のコーポレートガバナンスの順位は5位
アジア株に投資する機関投資家等が加盟するACGA(Asian Corporate Governance Association)の〝CG Watch 2020〟(英語で508ページもあります)によると、アジアにおける日本のコーポレートガバナンス順位は12カ国中5位(マレーシアと同率)でした。1位がオーストラリア、2位が香港とシンガポールで同率、最下位がインドネシア、ブービーメーカーがフィリピンでした。日本の順位は2018年の7位から5位に上がりました。日本のコーポレートガバナンス改革が進んでいるのは事実ですが、他アジア諸国も努力しているので、日本の相対順位はあまり上がっていません。
(1)日本はコーポレートガバナンス・コードなどソフトローの整備が進んだものの、会社法などハードローの整備が遅れていること、(2)機関投資家の集団的エンゲージメントがあまり行なわれていないこと、(3)企業の気候変動関連情報の開示が不十分なことなどが低評価の理由です。
ACGAの本拠は香港にあり、110の企業が参加しており、うち8割は機関投資家で、その運用資産合計は36兆ドル(4,700兆円)に達します。ACGAに参加するためには、年間1万ドル以上の参加料が必要です。日本の金融当局からはACGAの評価はバイアスがかかっているとの指摘もありますが、ACGAには欧米の主要運用会社も参画しているので、ACGAでもっと評価されるようにならないと、外国人投資家の日本株投資は盛り上がらないでしょう。
著書に『カーボンゼロの衝撃』『アクティビストの衝撃』(以上、中央経済社)、『米国株投資の儲け方と発想法』『相場を大きく動かす「株価指数」の読み方・儲け方』『日本株を動かす 外国人投資家の儲け方と発想法』(以上、日本実業出版社)、『良い株主 悪い株主』『外国人投資家が日本株を買う条件』『株式投資 低成長時代のニューノーマル』(以上、日本経済新聞出版社)、『なぜ、いま日本株長期投資なのか』(きんざい)、『日本企業を強くするM&A戦略』『外国人投資家の視点』(以上、PHP研究所)、『お金の流れはここまで変わった!』『外国人投資家』(以上、洋泉社)、『外国人投資家が買う会社・売る会社』『TOB・会社分割によるM&A戦略』『企業価値評価革命』(以上、東洋経済新報社)、訳書に『資本主義のコスト』(洋泉社)、『資本コストを活かす経営』(東洋経済新報社)がある。
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