本記事は、菊地正俊氏の著書『日本株を動かす 外国人投資家の思考法と投資戦略』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています
◉〝Buy My Abenomics〞vs.〝Invest in Kishida〞
2021年5月のゴールデンウイークにロンドンを訪れた岸田首相は、〝Invest in Kishida〟と訴えましたが、その実現のためには政策変更が必要でしょう。ここまでの岸田首相の政策は外国人投資家の歓心を買うより、参院選が近づいていたこともあり、国内有権者から支持を得ることに目的があるとみられました。
日本では株式を保有している人が約13%しかいないので、選挙に勝つためには、株式保有者より一般有権者を重視した政策を打ち出す方が合理的といえますが、外国人投資家に日本株を買ってもらって株価が上がらないと、年金財政などに悪い影響が出ます。
岸田首相と自民党総裁を争った高市早苗政調会長が勝っていたら、株式市場が望む財政の大判振る舞いが実施された、河野太郎広報本部長が首相になっていれば、大胆な改革が進んだのにとの嘆きの声が投資家から聞かれました。
岸田首相は2022年7月の参院選に勝利したことで、国政選挙が3年間ない「黄金の3年間」を手に入れました。外国人投資家は、この3年間に日本の経済と企業の中長期的な成長率を高める政策を実施してほしいと願っています。
◉「資産所得倍増プラン」とは何か?
岸田首相は2022年5月にロンドンで行なった講演で、「貯蓄から投資へのシフトを大胆・抜本的に進め、投資による資産所得倍増を実現する。NISAの抜本的拡充や、国民の預貯金を資産運用に誘導する新たな仕組みの創設など政策を総動員し『資産所得倍増プラン』を進めていく」と述べましたが、「資産所得倍増プラン」とは初めて聞く言葉でした。
「資産所得倍増プラン」と言いながら、金融所得税を上げれば逆行する政策になるため、金融所得税の引き上げの可能性がなくなったと解釈すれば、株式市場にポジティブな発言といえます。
安倍政権下の2014年に始まったNISAは年間120万円を上限に非課税の投資可能期間は2023年までなので、2018年に始まったつみたてNISAが年間40万円を上限に非課税の投資可能期間が2042年までであることと合わせて、スキームがどのように拡充されるのか注目されます。
私は2014年に上梓した『なぜ、いま日本株長期投資なのか』(金融財政事情研究会)で、「日本の家計金融資産に占める株式・投信比率(2014年3月末10%)が米国並みの45%に達するのはむずかしくても、2020年に欧州並みの24%に上がることは可能だろう」と書きましたが、2021年末の同比率は15%にとどまりました。元々、NISAは英国のISA(Individual Savings Account)をモデルにしたものだったので、NISAが始まった当初、英国の投資家からNISAの進展状況に関する質問が多く寄せられました。外国人投資家からは「国内投資家が買わない日本株に魅力はない」と長年指摘されてきたので、NISAの抜本的拡充などによって、家計金融資産の株式・投信へのシフトが進めば、外国人投資家から評価されるでしょう。
◉どのような政策を取れば、岸田政権は評価されるのか?
岸田政権はどのような政策をとれば、外国人投資家から評価されるのでしょうか。
(1)金融政策の正常化
黒田日銀総裁の任期は2023年4月までですが、新総裁の下で、金融政策の正常化が行なわれ、ゾンビ企業が淘汰されると同時に、銀行株がトレンドとして上昇すれば、外国人投資家からの評価が高まるでしょう。
(2)業界再編の促進
日本では業界再編が遅れて、同業種の企業数が多すぎることが、低利益率につながっています。経済産業省は2017年に企業分割を促進する米国型のスピンオフ制度を導入しましたが、使ったのはカラオケ店を経営するコシダカホールディングス1社で、東芝のスピンオフ案もアクティビストの反対で暗礁に乗り上げたため、東芝は非公開化を模索しています。
政府は企業に事業再編を強制できませんが、アメとムチの政策によって、もっと事業再編が促進される施策が導入されれば、評価されるでしょう。政府は企業と機関投資家の対話を通じて、自然と事業再編が進むことを期待していますが、東芝のような外国人持株比率が50%を超えている企業を除くと、株式持合が障害になって、純粋な投資家の意見が経営に通りにくい状況が続いています。株式持合の解消促進策が打ち出されれば、株式需給が一時的に悪化しても、日本企業の資本収益性が改善すれば、外国人投資家から評価されるでしょう。
(3)労働市場の改革
日本の平均賃金が長年上がらないのは、派遣労働者比率の上昇、正社員は解雇できないので賃上げしにくい、労働生産性が低いなど様々な理由が挙げられています。
派遣社員の正社員化を進める法改正を行なうべきとの意見がある一方、解雇規制を緩和して、労働市場の流動性を高めるべきとの主張もありますが、外国人投資家は後者を支持しています。
安倍政権の初期に、解雇の金銭的解決のルールが議論されたことがありましたが、実現しませんでした。2019年に導入された高度プロフェッショナル制度(労働時間ではなく、労働成果に対して報酬を払う制度)も労組の反対によって、年収1,075万円以上に限定されたので、あまり使えない制度になりました。安倍政権でもできなかった解雇規制の緩和が岸田政権で実現すれば、ポジティブサプライズになるでしょうが、実現性は低いといわざるを得ません。
大企業の正社員は守られていますが、中小企業では社長の一声で、金銭的補償もなくクビになる社員が多いといわれます。解雇された社員に金銭的補償を与える制度をつくることは、中小企業の社員を救うことになります。元ゴールドマン・サックスの金融アナリストだったデービッド・アトキンソン氏は、最低賃金の引き上げで、賃上げできない中小企業を淘汰すべきだというのが持論で、政治的に波紋を呼びましたが、アトキンソン氏の主張に同意する外国人投資家は多いようです。
著書に『カーボンゼロの衝撃』『アクティビストの衝撃』(以上、中央経済社)、『米国株投資の儲け方と発想法』『相場を大きく動かす「株価指数」の読み方・儲け方』『日本株を動かす 外国人投資家の儲け方と発想法』(以上、日本実業出版社)、『良い株主 悪い株主』『外国人投資家が日本株を買う条件』『株式投資 低成長時代のニューノーマル』(以上、日本経済新聞出版社)、『なぜ、いま日本株長期投資なのか』(きんざい)、『日本企業を強くするM&A戦略』『外国人投資家の視点』(以上、PHP研究所)、『お金の流れはここまで変わった!』『外国人投資家』(以上、洋泉社)、『外国人投資家が買う会社・売る会社』『TOB・会社分割によるM&A戦略』『企業価値評価革命』(以上、東洋経済新報社)、訳書に『資本主義のコスト』(洋泉社)、『資本コストを活かす経営』(東洋経済新報社)がある。
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