ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択するうえで投資家のみならず大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となってきている。各企業のESG部門担当者にエネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が名古屋鉄道株式会社執行役員経営戦略部長の鈴木武氏へ質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施した。

名古屋鉄道株式会社は、愛知県名古屋市に本社を構え愛知県・岐阜県を基盤に鉄軌道事業・不動産事業を営んでいる企業だ。2022年で創業128年を迎え、総営業距離444.2キロメートルの鉄軌道事業を営む同社を中心に運送や不動産、レジャー・サービス、流通など109(2022年3月31日時点)の連結子会社による名鉄グループを形成している。

名鉄グループでは、2021年9月に制定された「名鉄グループサステナビリティ基本方針」に基づき持続可能な社会の実現に向けた施策を推進中だ。2022年4月には、重要課題(マテリアリティ)を特定し環境保全や地域価値の向上などに取り組んでいる。本稿では、ESG・脱炭素化社会に向けた同社の活動や目標、現状の課題などを紹介していく。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

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(画像=名古屋鉄道株式会社)
鈴木武(すずき たけし)
――名古屋鉄道株式会社 執行役員・経営戦略部長
1992年に名古屋鉄道株式会社へ入社。2020年7月より経営戦略部長、2021年6月に執行役員就任。同社のサステナビリティ関連施策の策定・推進などに従事している。

名古屋鉄道株式会社
1894年に愛知馬車鉄道として創業し、2022年時点で東証プライムへ上場している企業。メインとなる交通や運送事業だけでなく不動産やレジャー・サービス、流通、航空サービスなど幅広い事業を営む。同社は今年4月から、鉄道構造物の定期点検業務において、ドローンを本格的に使い始めた。ドローンを操縦する係員は、同社が運営する「名鉄ドローンアカデミー」にて操縦スキルを習得している。パイロットの育成から運用まで一貫して取り組む鉄道会社は全国的にも珍しい。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため家族とともに東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」運営など多岐にわたる。

名古屋鉄道株式会社のESG・脱炭素に向けた取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):当社は、人口最小といわれる鳥取県に本社があるIT関連の会社です。昨今は、再エネ関連やスマートシティ関連の事業を展開しています。今回は、名古屋鉄道様の取り組みをお聞きし勉強させていただきたいと思います。

名古屋鉄道 鈴木氏(以下、社名、敬称略):名古屋鉄道の鈴木です。よろしくお願いいたします。私ども名鉄グループは、名古屋市に本社を構える名古屋鉄道を中核とした企業集団です。中部圏全域が主たる事業エリアであり、2022年で創業128年を迎えました。

坂本:名古屋鉄道様は、2021年9月に「名鉄グループサステナビリティ基本方針」を定め持続可能な社会の実現につながる取り組みを推進しています。また2022年4月には「環境保全への貢献」「安全・安心の確保」「地域価値の向上」「誰もが活躍できる職場づくり・人づくり」「ガバナンスとリスクマネジメントの強化」の5つの重要課題(マテリアリティ)も特定。環境保全については、2050年度のカーボンニュートラルの実現に向けた目標も定めました。これらを含め、ESG・脱炭素に対するこれまでの取り組みや成果などについてお聞かせください。

鈴木:坂本さんがおっしゃる通り、私たちは2021年9月にサステナビリティ基本方針を明文化しましたが、名鉄グループは、「地域価値の向上に努め、永く社会に貢献する」という使命のもと、地域を活性化し、また社会を支える事業に取り組んでおり、以前から地域社会の発展とグループの発展は不可分であるとの認識のもと、地球環境への負荷が少ない鉄道をはじめとした公共交通サービスの提供や、住みやすいまち、訪れたいエリアの創り上げを通じて「持続可能な社会の実現」に真摯に向き合い続けてきた企業集団であると自負しています。

そして、内部の視点・外部の視点を踏まえて5つの重要課題(マテリアリティ)を特定しています。中でもマテリアリティとして「地域価値の向上」を掲げたことは、名鉄グループの特徴だと思います。

坂本:脱炭素に向けた取り組みはいかがですか。

鈴木:2050年のカーボンニュートラルに向けてTCFDの趣旨に賛同するとともに、CO2排出量を2030年度までに名古屋鉄道単体の鉄軌道事業で2013年度比46%減、グループ全体で2020年度比25%減という中間目標を設定しました。

坂本:自動車に比べると電車のCO2排出量は少ないことで知られていますが、444.2キロメートルを365日運行していますから多くの電力を使っていると思います。この点についてどういった策で削減を実現するのでしょうか。

鈴木:例えばCO2排出量は、古い車両を省電力の環境負荷の少ない新型車両に更新することで半分以下になります。私たちは、全体で1,000両を超える車両を保有していて、毎年一定程度を計画的に入れ替えています。これにより2020年度の段階で2013年度比26%のCO2排出量の削減を達成しました。

坂本:かなりインパクトのある数字ですが、対外的にアピールしていますか。

鈴木:今後、統合報告書などで開示していきますが、一般のお客様に対しての周知は十分でありません。

坂本:一般の方の関心も高まっていますので、広く告知するのも1つかもしれませんね。一方、御社は多くの不動産物件も所有していらっしゃいます。

鈴木:グループで所有する不動産物件の省エネ化も推進中です。既存施設は照明のLED化、新築物件は環境認証の取得を進めています。昨今は、ウクライナ情勢などの地政学リスクによってエネルギー価格のボラティリティが高まるなどの課題もあり、中長期的に安定的な経営を実現するためにも省エネ化を進めないといけません。

片やグループでは、船舶やトラック、バス、タクシーといった事業も営んでいます。これらのモビリティは、鉄道以上にCO2を排出していますが、技術革新によるコスト低減の流れはまだ見えていません。トラックでは小型のEV化は進んでいても大型はまだまだであり、フェリーやバス、タクシーもしかりです。将来的な技術革新や普及に伴う価格の低廉化が進まないと大規模な導入は難しく、状況を注視しながらかじ取りを進めたいと思っています。しかし同じ地球村に住む住民という視点で考えると当然進めていくべきことであり、義務的ではなく前向きに進めていきたいと考えています。

坂本:再エネの調達や太陽光発電などを使った自家発電・自家消費については、どのようにお考えですか。

鈴木:外部からの調達に関しては、供給が不安定で価格の変動もあるため、頼りすぎると大きなリスクを招きかねません。平板な言葉になりますが、一つひとつできることから省エネ化に向けた設備投資を進めて化石燃料の使用量を順次減らしていくと同時に、再エネの調達や自家発電・自家消費について検討していく必要があると考えています。

坂本:名古屋鉄道様は、日本文化・芸術の継承にも取り組んでいるとお聞きしました。

鈴木:当社は、愛知県犬山市にある明治時代の建築物などを保存展示する「博物館明治村」の運営に1960年代から関わっています。明治村には、11件の重要文化財を含む60以上の近代建築や蒸気機関車などを保存展示しています。

▽博物館 明治村

名古屋鉄道株式会社
(画像=名古屋鉄道株式会社)

同じく犬山市において、織田有楽斎が建てた茶室で1936年に国宝の指定を受けた茶室「如庵」を有する「有楽苑」を保存・運営していますが、現存する国宝茶席三名席のうち民間所有は「如庵」だけです。これら施設の維持管理・修繕には労力とコストがかかりますが、名鉄グループとして責任を持って貴重な文化財を後世に残していくといった事業にも注力しています。

▽日本庭園 有楽苑(国宝茶席三名席 如庵)

名古屋鉄道株式会社
(画像=名古屋鉄道株式会社)

坂本:地域価値の向上・まちづくりについてもお教えください。

鈴木:2022年4月に、グループの不動産事業を再編して「名鉄都市開発株式会社」を立ち上げています。地域全体の価値向上に資する“まちづくり事業者”として確固たる地位を築いていきたいと考えています。

現在、中核駅の再開発や商業施設の展開を進めています。デザインセンスあふれる会社をグループ会社化して高架下の再生や老朽化した資産のリノベーションも行っています。

名古屋鉄道株式会社が考える脱炭素経営の社会・未来像

坂本:来るべき未来において名古屋鉄道様がイメージする脱炭素社会のイメージ、その社会で御社はどんな企業であり、どういった役割を担うとお考えですか?

鈴木:未来の脱炭素社会のキーワードはいくつかありますが、私たちの事業に関わることをお話します。当社グループでは、脱炭素社会を実現するためには鉄道事業を始めとした公共交通サービスの進化が不可欠だと考えています。

具体的には、人の移動における脱炭素化、いわゆる「スマート交通」へのシフトが進むと考えています。これは、CO2排出量の多い自動車への依存度を下げるため電動化や自動化した公共交通機関の利用を促す取り組みです。

そのためには、デジタル化を含め公共交通そのものを変えていかないといけません。その基盤として、次世代移動サービス「MaaS」(Mobility as a Service:移動手段をITの活用でシームレスにつなぐこと)への取り組みが不可欠です。

ほぼすべての人がこのサービスを利用できる基盤が整っている世の中こそが、脱炭素社会における前提と言えるのではないでしょうか。これにより最もCO2排出量が少ないルート、あるいは今日は急いでいるので目的地まで最も早いルート・移動手段を案内するなどその人のニーズや考えに合わせた提案ができるようなります。

MaaSの活用が定着すると飛行機や鉄道による長距離、バス・タクシーによる中距離、そして小型のモビリティ・自転車による短距離の移動などを一つのシステムで切れ目なく使えるようになり、その日の気分や目的で移動手段の選択が可能です。そんな社会の実現に貢献したいと思っています。

また検索履歴やデジタルチケットの発券など、MaaSにより蓄積されたさまざまなデータは、スマートシティの推進に重要です。また、街中を走るバスやトラック、タクシーにセンサーを搭載して情報を収集し、3D都市モデルの実現にも活用したいと考えています。

坂本:当社は、2021年11月に鹿島建設と資本提携し、デジタル都市構想を含めた議論を進めています。具体的な施策は出ていませんが興味深いところです。協議中の東京大学の先生は、走行中の車にカメラを搭載し、幹線道路の渋滞や道路や公共施設の修繕状況などの画像データをAI解析することで、混雑回避やメンテナンス情報に役立てられるとおっしゃっていました。

鈴木:脱炭素社会では、高性能の蓄電池も普及しているはずです。現在は、電車の減速時に発生するエネルギーを電力に変換する「回生電力」を100%有効活用できていません。しかし高性能な蓄電池が実用化した社会では、駅に設置して電気をためておき、それをEVに活用するなど駅をハブとしたモビリティステーションが成り立つかもしれません。

坂本:こういった社会を目指す一方で、日本では人口減少が加速しています。名古屋鉄道様は、今後の経営戦略をどのように定めていますか。

鈴木:基盤の交通事業やまちづくり事業に加え、航空や運送などの社会を支える事業に積極的に取り組みたいと考えています。
当社グループの中日本航空は、ドクターヘリや調査測量などの事業を手がけており、更なる成長に期待しています。
また、運送事業を行う名鉄運輸は、2022年6月14日に名古屋証券取引所2部の上場を廃止しました。現在は、当社と日本通運様の2株主で経営しています。今後も物量が増大していく中、運送事業だけではなく物流施設の展開にも取り組みたいです。人口減少が進むなか、鉄道事業の売上が下がるのは避けて通れません。それを見越して非鉄道事業の収益を伸ばしたいと考えています。

坂本:鳥取県内は、高齢化が深刻で買い物難民の課題もあります。そこで、当社では2021年にITを活用したネットスーパーやフードデリバリー、処方箋薬の配送事業を立ち上げました。今後は自治体と連携し、公民館を配送拠点とし、近隣で生活する高齢者の方が荷物を取りに来られるような環境を作り、健康増進や見守りといったかつてはあった「コミュニティの復活」につなげていきたいと考えています。民間だけで実現するには難しい事業ですが、自治体の協力も得ながら、地域の活性化に取り組んでいきたいと考えています。

名古屋鉄道株式会社のエネルギー見える化への取り組み

坂本:電力やガスなどの使用量を可視化・共有する「エネルギーの見える化」がトレンドで省エネや脱炭素社会の実現には必要不可欠といわれています。当社は、電力トレーサビリティシステムを通じたエネルギーの見える化に取り組んでいますが名古屋鉄道様はいかがでしょうか?

鈴木:重要な取り組みだと認識しています。名鉄グループは、多岐にわたる事業を展開している企業集団です。各事業の特性をつかむためにも、エネルギー使用量を正確に把握することが必須だと捉えています。すでに一部のグループ会社では、電力・ガス使用量を管理するシステムを採用し正確な使用量の把握に努めています。

ただしグループ全体で同じ仕組みを使うところまでは進んでいません。

坂本:100社を超えるグループの管理は大変な業務だと思いますが、どのようにされていますか?

鈴木:現在は、個別にデータを取り寄せています。

坂本:私たちは、化石燃料のScope1、Scope2の管理ができる仕組みを構築していますので、その点でお手伝いできればと思います。エネルギーの見える化とDX・IoTは密接な関係にあると考えていますが、御社ではどのように、この分野で人材育成に取り組んでおられますか?

鈴木:当社には、デジタル推進部がありDXを活用した業務効率化などの取り組みを進めているところです。育成については、20~30代の社員を対象にITへの関心やスキル調査を踏まえて次のアクションを検討中です。社内での教育も大事ですが、外部人材の獲得や外部の方とのオープンイノベーションも深めていく必要があります。

坂本:大事なのは、ITで何ができるのかを理解しておくことだと考えています。私たちは、IT教育のサポートもしていますので、何かお手伝いできることがありましたらぜひ、ご相談ください。

鈴木:ありがとうございます。

坂本:ESGやサステナビリティ、脱炭素には、多くの機関・個人投資家が関心を抱いています。ESG投資の概念も浸透してきました。最後にこれらの観点で名古屋鉄道様を応援する魅力をお聞かせください。

鈴木:これまでは、ROEやROAなど定量的な視点からの企業評価でした。一方、私たちが推進するまちづくりや地域の活性化は、種をまいてから収穫するまで時間がかかり鉄道事業も投資から回収まで長い時間を要します。過去の設備投資が今になり花が開くことも少なくありません。そのため現在の投資が10年後、20年後に花開くこともあるでしょう。

これまでは、長期目線での取り組みにご理解いただけない部分もありましたが、今後の脱炭素社会の実現に向けては鉄道の役割がもっと重要になると思います。鉄道がお客様1人を1キロメートル運ぶのに排出するCO2は、自家用車の7分の1といわれ非常にエコな乗り物です。

一方中部圏は、自動車産業が盛んなエリアで公共交通分担率(移動における公共交通機関の利用率)は約20%台と首都圏と真逆の状況になっています。もちろん地域が成長していくために自動車産業の発展は欠かせません。しかし持続可能な社会の実現を考えるともっと公共交通分担率を上げていく必要があります。そのための取り組みにぜひご注目ください。

最後になりますが、地域の活性化と社会を支える2つの事業を通じて持続可能な社会の実現に貢献していくことが私たちの使命です。地域価値の向上に務め、永く社会に貢献し続ける企業集団であり続けたいと思います。