ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択するうえで投資家のみならず大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となってきている。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施する。

今回は、エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社経営企画室サステナビリティ推進部部長の西田哲也氏にお話をうかがった。エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社は、大阪市北区に本店を構え関西エリアを中心に阪急百貨店・阪神百貨店の百貨店事業やイズミヤ・阪急オアシス、関西スーパーなどの食品事業、商業施設の運営・管理、他にも専門店などを展開している。

同社では、2021年より「地域社会への貢献」を柱にした3つの重点テーマと2つの基本テーマをグループの重要課題(マテリアリティ)として特定し「サステナビリティ経営」を加速させている。本稿では、これら一連の取り組みや現状の課題、目標などをインタビュー形式で紹介する。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
西田哲也(にしだ てつや)
――エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 経営企画室 サステナビリティ推進部 部長
1997年に株式会社阪急百貨店(現・阪急阪神百貨店)に入社。百貨店や食品スーパーの人事担当、百貨店総務部長を経て、2020年のCSR推進部(現:サステナビリティ推進部)新設に伴い現職。

写真左より吉田玲子、西田哲也、吉田憲夫(サステナビリティ推進部)高橋諒(経営計画部IR担当)

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
2007年10月1日、株式会社阪急百貨店(1947年3月7日設立)と株式会社阪神百貨店(1957年4月17日設立)の経営統合に伴い設立された持株会社。連結事業の主な割合は、食品スーパー約41%、百貨店約48%、商業施設約5%となっている。2008年10月1日には、株式会社阪急百貨店と株式会社阪神百貨店が合併し株式会社阪急阪神百貨店が誕生した。

グループビジョンは、「楽しい」「うれしい」「おいしい」の価値創造を通じ、お客様の心を豊かにする暮らしの元気パートナーとなること。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため家族とともに東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」運営など多岐にわたる。

目次

  1. サステナビリティ経営における地域社会の重要性
  2. 地域の一員として目指す未来の地域社会
  3. ステークホルダーとの関係性構築に向けて

サステナビリティ経営における地域社会の重要性

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):はじめまして、株式会社アクシスの坂本です。弊社は、鳥取県に本社を構えシステム関連や再エネ関連プロダクトの販売、最近では地域活性化の事業を展開しています。2021年11月には、大手ゼネコンの鹿島建設と資本提携を締結し、IT化・DX化のご支援、IT人材の育成の領域で連携もしています。本日は、よろしくお願いいたします。

エイチ・ツー・オー リテイリング 西田氏(以下、社名、敬称略):こちらこそ、はじめまして。エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社サステナビリティ推進部の西田です。今日は、私たちもご質問を受け、お話をさせて頂くことで、学びを得ながら今後の活動につなげていけるような場にしたいと思っています。よろしくお願いいたします。

坂本:エイチ・ツー・オー リテイリング様は、2021年4月より「地域社会への貢献」を柱にした「地域の『絆』を深める」「地域の『子どもたち』を育む」「豊かな『地域の自然』を守り、引き継ぐ」といった3つの重点テーマ、「お客様・ステークホルダーからの『信頼』に応える」「従業員の『働きがい』を高める」の2つの基本テーマをグループの重要課題(マテリアリティ)と位置づけ取り組みを推進しています。

また、2020年度からスコープ1、2に加え、スコープ3の温室効果ガス排出量の算定を始めるなど脱炭素に向けた施策も始めました。これらを含め、脱炭素に対するこれまでの取り組みや成果などについてもお聞かせください。

西田:弊社では、2021年4月から「サステナビリティ経営」に大きく舵を切りました。社長を委員長とする「サステナビリティ経営推進委員会」を設置、サステナビリティ経営方針やマテリアリティを委員会の中で社長をはじめ各事業のトップが闊達な意見を出し合いながら検討してきました。また、私たちは、地域の方々に支えられて育てていただいた企業ですから、これまで個々の会社が取り組んできた地域での取り組みをどのように次につなげていくかも大切にしたいと考え、各社の担当者とも対話しながら決めるプロセスを大事にしてきました。

▽エイチ・ツー・オー リテイリンググループのサステナビリティ経営方針

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
(画像=エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社)

私たちエイチ・ツー・オー リテイリンググループは、阪急百貨店・阪神百貨店をはじめ、イズミヤ・阪急オアシスなどを中心とした関西圏に強い地盤を持つ企業グループです。2022年からは関西スーパーも仲間に加わり、これまで各社が地域のお客様から獲得してきた「信用」をもとに、「地域社会になくてはならない存在であり続けること」をグループの基本理念とし事業活動を行っております。

私たちは、これまで地域社会から多くの恩恵を受けることで成長してきました。今後も地域の一員として、地域社会の健全で持続的な発展に貢献したいと考えています。

まず、重点テーマ①の「地域の『絆』を深める」について、地域のみなさまと当社グループの絆という意味ももちろんありますが、地域のみなさま同士が絆を深め、一体感を高めていただくことも大事だと考えています。地域は、そこに住んでいる一人ひとりによってつくられるものです。その一人ひとりが、ともに生き、ともに働き、年代を超えたつながりを形成していくことで、心豊かで暮らしやすいものになっていくのだと思います。当社グループも事業活動を通じて、そのお手伝いをしていきたいと考えています。

重点テーマ②の「地域の『子どもたち』を育む」についても子どもたちの成長や学びの機会を創出し、子どもたちに新たな出会いや発見を提供していきたいと考えています

重点テーマ③の「豊かな『地域の自然』を守り、引き継ぐ」については、グループ全体で取り組みを進めているところです。

坂本:脱炭素に向けた取り組みは、どのテーマに含まれているのでしょうか?

西田:基本テーマ④「お客様・ステークホルダーからの『信頼』に応える」に含まれています。具体的に安全と品質や時代や社会的な流れから要請を受けている脱炭素と資源循環、ダイバーシティ推進に取り組んでいます。
人が資本の会社ですから基本テーマ⑤「従業員の『働きがい』を高める」も大切な課題です。

一方、ご質問にあった脱炭素に向けた施策については、これまで個々の会社で取り組んでいたものの、当初の段階でグループの視点がなかなか定まっていませんでした。
まず最初に、環境データの見える化とスコープ1、2のデータ収集を行いました。またスコープ3では、カテゴリー1(購入した製品・サービス)の第三者保証もしっかりと取り、弊社としても取り組み方が適切がどうかを確かめつつ、経営層と目線も合わせながら現状把握を進めてきました。

もう一つは、CDP質問書2020への回答です。弊社グループの気候変動関連課題に対する認識や組織体制、気候変動関連のリスクや機会、温室効果ガス排出量、排出削減に向けた取り組みを開示し、B評価を獲得。まずは、1年で標準レベルまで引き上げることができました。また環境マネジメントを進めるうえで足りない部分を洗い出し、対策を講じるという点でも意味があったと考えています。今後は、更にしっかりとした推進体制のもと、取り組みを進めていきます。また、2022年6月にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同しリスク機会分析をしながら、どういった事業への影響をもたらすのかについて審議し、11月に統合レポートにて開示しました。
(統合レポートはこちらからご覧ください>>>https://www.h2o-retailing.co.jp/ja/ir/library/report.html

温室効果ガス排出量の削減に関しては、2050年度に弊社グループで実質ゼロを目指していて、この目標達成に向けて2030年度の中期目標(2013年度比48%削減)も策定しました。基本的な考え方としては、省エネと再エネ化の両立です。具体的には、LED照明の導入を推進し2022年4月にグランドオープンした阪神梅田本店は、売り場の照明の100%がLED照明を使用しています。 阪急阪神百貨店全体のLED化率は、65%(2022年3月時点)を達成し2023年には80%まで引き上げることが目標です。
スーパーマーケットでは、照明のLED化に加えて、冷凍リーチインショーケース(ガラス扉付きショーケース)の導入や、冷蔵オープンケースの夜間カーテンの設置など省エネ対策に努めています。

坂本:再エネ化は、どのように進めておられるのでしょうか?

西田:温室効果ガス排出量削減目標達成にむけて、当社グループのフラッグシップ店舗である阪急うめだ本店では使用電力の100%再生可能エネルギー化に向け、2022年10月より一部切り替えを行いました。さらに、2022年4月に開店した阪急オアシス吹田SST店では使用電力の100%が再生可能エネルギーです。その他主要店舗についても順次切り替えを進めていきます。また、神戸大学との連携により、最新のAI技術を使った空調システムの実現を阪急うめだ本店でスタートさせるなど投資計画とも連動させ、省エネと再エネ化をバランスよく進めていきたいと考えています。

坂本:ここまでのお話でエイチ・ツー・オーリテイリング様のESGにおける幅広い活動について学ばせていただきました。それを進めていく中で、社員の皆様の理解というのも重要になると思うのですが、社内の理解・浸透に関して取り組まれていることはありますでしょうか?

西田:経営層と従業員とのコミュニケーションの2つに分けて説明します。経営層については、2021年から「サステナビリティ経営推進委員会」を設置。地域社会への貢献、ダイバーシティ推進や脱炭素をはじめとする環境対応などさまざまな領域について議題を決めて毎月開催しています。
また、従業員に対しては、「サステナビリティ経営方針説明会」を約半年かけてオンラインで開催しました。実施後のアンケートの回答に加え、フリーアンサーでも多くの従業員からコメントが返ってきており、関心の高さが伺えます。私たちの役割は、経営層と従業員のコミュニケーションのハブになることだと考えています。「会社ごと」を「みんなごと」にすることをで、従業員の熱量の総和を高めていきたいと考えています。

地域の一員として目指す未来の地域社会

坂本:来るべき未来でエイチ・ツー・オー リテイリング様が考える脱炭素社会のイメージをお聞かせください。

西田:小売業は、地域の住まれている方々との距離が非常に近いため、地域の環境や自然に対しては、自社だけでなく、地域の方々と一緒に考え、行動していく「地域とともに実現する社会」を意識することも必要であると考えています。脱炭素社会の実現に向けても、地域の方々と一緒に未来像を作ることが大事と捉えています。
弊社では、そうした考えのもと2021年7月に大阪府と包括連携協定を結び、その取り組みの一つとして「大阪森の循環の促進」に取り組んでいます。

これは、地域で植樹し、間伐しながら育成、伐採、収穫、その地域で使用することで「森の循環を促進させる」という50~60年かけて行うプロジェクトです。大阪府の約3分の1は森となっているにもかかわらず、伐採された木をどのように使うか需要を生み出す視点や、森林に対する興味関心が薄くなっていますから、従業員を含め関わる人口を増やす視点で取り組んでいます。

▽森の循環体験見学

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社

とりわけ、需要の創出に関しては、グループ会社の株式会社スークカンパニーがさまざまな作家やアーティストの方々とコラボした地元木材の商品化を企画し、2021年5月より阪急うめだ本店にある「うめだスーク」にて販売を始め、お客様の関心を集めています。
また、「森の循環」をさらに加速するため「売り場での内装材・什器利用の仕組みづくり」についても、大阪府、店舗・空間デザイン会社と共に進めています。2021年10月には、地元間伐材使用のなかで再利用可能な造作型リース什器を開発し阪急うめだ本店祝祭広場で実現しました。また、来春阪急うめだ本店に新設される「人と自然が共生する暮らし」をテーマにした売り場でも大阪府内産の木材を使用する予定です。

また、2022年8月末に開設した新オフィスの一角に従業員同士が部門を超え交流、共創を促す象徴的なである「コラボレーションエリア(通称「うめラボ」)」を設置、その中に大阪産の木材を使った机を設置しました。その際は、従業員が納品された机を単に設置するだけではなく、間伐現場に足を運び製材所で木が裁断されている様子を見たり、実際に自分たちで机を組み立て、納品するまでのサプライチェーン全体での取り組みを体験しました。「地域の自然を守り、引き継ぐ」というのであれば、こういうところまで思いをはせ、いろいろな関係者の方々がいるからこそ私たちがいることを改めて理解する必要があるということです。設置した机には、二次元コードが仕込んであり読み込むと関わった方々がわかるようなページをホームページで公開しています。
(詳しくはグループの取り組みをご覧ください>>>"https://www.h2o-retailing.co.jp/ja/sustainability/theme-03/forest/main/016/link/forest.pdf"

▽新オフィスの「コラボレーションエリア」で使われている机です。森の循環体験学習の一環で、社員が組み立てニス塗りに参加し机の製作をしました。

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
(画像=エイチ・ツー・オー リテイリング)

もう一つ、環境省の「令和4年度 地方公共団体及び事業者等による食品廃棄ゼロエリア創出の推進モデル事業等」の公募で採択されたものとして「地域とともに実現する食品廃棄ゼロエリアプロジェクト」を、兵庫県川西市の行政、地域事業者及び大学と連携し、生活者の方々とも一緒になったプロジェクトも展開しています。本企画では、地域の一員としてお客様とともに取り組むことに主眼を置き、地域の方々と一緒に地域の食品ロスを減らす取り組みを始めています。例えば、お子さんと一緒に食品ロス削減を体験するようなイベントを開催したり、小中学生を対象にした「食品ロス削減アイデアコンテスト」を実施しました。また、店舗においては、生ごみを堆肥化し、地域の中でリサイクルループを構築することにチャレンジ、また、地域の方々にはコンポストを利用した家庭からの生ごみ削減にモニターを募集しチャレンジしていただいており、できた堆肥を地域緑化につなげていきます。また、今後は私たちがタウンミーティングを開催し、地域の方々との対話を深めていきたいと考えています。
(『「地域とともに実現する食品廃棄ゼロエリアプロジェクト」スタート! 環境省採択のモデル事業 産官学で協働取り組み』 こちらからご覧ください>>>https://data.swcms.net/file/h2o-retailing/ja/news/auto_20220630592680/pdfFile.pdf

▽イベントの様子

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
(画像=エイチ・ツー・オー リテイリング)

私たちは、企業としての環境対策に取り組むとともに、地域の一員として、地域の方々との関係性を深めること、一緒になって実現していくことが将来的には脱炭素社会に向け地域全体が動いていくと考えています。

ステークホルダーとの関係性構築に向けて

坂本:エイチ・ツー・オー リテイリング様は、地域の皆さまを意識した取り組み、プロジェクトを展開されていますが、企業におけるプロモーションにおいて、どのような事を心がけて取り組んでいくのが良いとお考えですか?

西田:統合レポートなどで弊社の取り組みを発信する際、大事にしたいポイントは、「関わっていただいた方々の思いも含めて発信すること」と思っています。

▽「森の循環」プロジェクトで制作した新オフィスの机を囲む、森林組合、大阪府、製材所、エイチ・ツー・オー リテイリングのメンバー

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
(画像=エイチ・ツー・オー リテイリング)

私たちは、いろいろな方々に支えられながら事業活動をしています。例えば、先ほどお話した「森の循環」に関しても単に取り組み結果だけを掲載するのではなく、その取り組みのプロセスのなかで関わっていただいた森林組合、大阪府、製材所の方々の思いも併せて伝えていきたいと思います。また、関わった方たちとの対話は今後も継続していきたいと思っています。

こうした方針もあり2021年から統合報告書の内容を大きく刷新したところGPIFの運用機関から「改善度の高い統合報告書」に選ばれました。今後も自社がやっていることだけではなく自社に関わっていただける方々も大切にしたレポーティングも心がけていきます。

坂本:ESGや脱炭素、サステナビリティは多くの機関・個人投資家にとって興味深いテーマです。最後にこれらの観点でエイチ・ツー・オー リテイリング様を応援する魅力をお教えください。

西田:基本テーマの部分、特に環境領域では、まだまだ取り組みも道半ばといったところです。環境の部分は横比較をすると優劣がはっきりする情勢になってくると思います。ただし、背伸びをする必要はあっても丁寧に計画を立てて進めたいところです。今年度よりサステナビリティ経営推進委員会に環境分野の学識者を招聘し、具体的な取り組みを進めています。

一方で、重点テーマの部分、地域への取り組みは、認知されないというか、どれだけインパクトをもたらすのか可視化するのが難しいところもあるため、分かりやすく伝えたいところです。弊社は、小売業として地域の方々や自然と密接に関わっていますから、これから取り組む施策にご注目いただければと思っております。

坂本:言葉や形ではない、しっかりと突き詰め行動されるエイチ・ツー・オー リテイリング様の姿はすばらしいと思いました。本日はありがとうございました。