ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択する上で、企業の持続的成長を見る重要視点になりつつある。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問。本特集では、ESGによって未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを、専門家である坂本氏の視点を交えて紹介する。

東日本旅客鉄道株式会社(通称、JR東日本)は、誰もが知る日本のインフラを支える鉄道事業者だ。1987年の創業以来、グループをあげて地域社会の発展を目指し事業を展開してきた。少子高齢化や地域経済の衰退などの問題が深刻化する日本で、SDGsの中でも特に「産業と技術革新」「住み続けられるまちづくり」に力を入れる同社の具体的な取り組みや、今後の展開についてうかがった。

(取材・執筆・構成=丸山夏名美)

東日本旅客鉄道株式会社
(写真=東日本旅客鉄道株式会社)
矢野 順一 (やの じゅんいち)
――東日本旅客鉄道株式会社グループ経営戦略本部 経営企画部門 ESG・政策調査ユニット マネージャー
1972年生まれ。神奈川県出身。1997年3月東京工業大学大学院修了後、同年4月東日本旅客鉄道株式会社に入社。本社投資計画部、建設工事部、東京電気システム開発工事事務所等を経て、2022年6月より現職。

東日本旅客鉄道株式会
1987年4月設立。本社は東京都渋谷区。
事業内容は、旅客鉄道事業、旅行業、広告業など多岐にわたる。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族とともに東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 東日本旅客鉄道株式会社のESGの取り組み
  2. 東日本旅客鉄道株式会社の「地方創生」への取り組みと意義
  3. 消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み
  4. 東日本旅客鉄道株式会社のESGにおける今後の展開
  5. 東日本旅客鉄道株式会社の可能性と応援することの魅力

東日本旅客鉄道株式会社のESGの取り組み

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):SDGsやESGに積極的に取り組まれていると思います。その中でも、脱炭素に関する代表的な活動や、具体的な取り組みについて簡単にお聞かせください。

東日本旅客鉄道 矢野氏(以下、社名、敬称略):弊社は1987年の創業以来、グループをあげて地域社会の発展に向けて活動してきました。日本では少子高齢化、地域経済の衰退など、さまざまな課題が深刻化しています。その中で社会の一員として、また企業として持続的に成長するために課題解決に向けた取り組みが不可欠だと考えています。

国連サミットで掲げられた17の「持続可能な開発目標」のうち、特に「産業と技術革新の基礎をつくろう」「住み続けられるまちづくりを」は当社グループが深く関わっている分野です。

▽Sustainable Development Goals

東日本旅客鉄道株式会社
(画像=UnitedNationsInformationCentre)

「産業と技術革新」においては、次世代新幹線ALFA-Xの走行試験や山手線での自動運転の試験運転、非常にクリーンであるとされる水素を燃料とした水素ハイブリット車両の走行試験などを進めています。将来使われる技術を積極的に取り入れることで、業界をリードしていければと考えています。

「住み続けられるまちづくり」については、高輪ゲートウェイ駅周辺での大々的な都市計画を始め、青森や秋田、新潟など全国各地で地域と連携した都市環境づくりを推進しています。高輪ゲートウェイでは、これまでにないさまざまな取り組みを進めたいと考えています。まだ発表できないのですが、ぜひご期待ください。

▽品川駅北周辺地区まちづくりガイドライン 2021年9月改訂版

また、JR東日本グループ全体として「ゼロカーボン・チャレンジ2050」に取り組んでいます。鉄道は他の輸送手段に比べて輸送量当たりのCO2排出量が少ないのですが、それでも電力や原油を始めとするエネルギーを多く消費していることは事実です。効率的な輸送を行うためには、より多くのお客さまに移動手段として選択していただくことが大切です。2050年度までに達成すべき「CO2排出実質ゼロ」を目指して、技術革新に取り組んでいきます。

▽エネルギーネットワーク(イメージ)

東日本旅客鉄道株式会社
(画像=東日本旅客鉄道株式会社)

坂本:CO2排出を実質ゼロにするためには、相当の努力や方向転換が必要だと感じています。御社の取り組みについて、より具体的な部分を教えてください。

矢野:省エネ・再エネ設備を充実させる、車両では空調設備を変える、LED(発光ダイオード)照明を使うことで消費電力を抑えるといった取り組みを行っています。

弊社は鉄道事業者の中で唯一、自前の発電所を有しています。川崎には4機の発電機があるのですが、そのうち1機の燃料を灯油から天然ガスに変えたところ、CO2排出量を4割削減できました。将来は技術面で他社さんとも協力し合いながら、よりクリーンとされる水素発電も進めていきたいです。

東日本旅客鉄道株式会社の「地方創生」への取り組みと意義

坂本:まちづくりにも力を入れられているというお話がありました。「地方創生」という観点で、御社の取り組みについて、教えてください。

矢野:地域にも大きく影響する廃棄物の削減には力を入れています。3R(Reduce、Reuse、Recycle)の視点で、例えば発行した切符をトイレットペーパーとして、新聞・雑誌類をコピー用紙として再利用しています。

RPF(Refuse derived paper and plastics densified Fuel、主にマテリアルリサイクルが困難な古紙および廃プラスチック類を主原料とした高品位の固形燃料化すること)にも取り組んでおり、2021年には武蔵溝ノ口駅で廃プラスチックの分別を促進し燃料化する実証実験を行いました。

㈱JR東日本環境アクセス・JFEグループと共同出資で立ち上げた株式会社Jバイオフードリサイクルは、「食品廃棄物の再生利用の推進」や「環境に優しいエネルギーの創出」を目指しており、これらの連携により廃棄物のバイオガス化も進めています。

他社さんと連携した取り組みの事例としては、2022年5月にENEOS株式会社と鉄道の脱炭素化に向けたCO2フリー水素利用拡大に向けた連携協定を締結したことが挙げられます。国内初となる水素ハイブリッド電車を2030年までに社会実装することを目指し、共同で開発を進めています。

▽総合水素ステーションのイメージ

東日本旅客鉄道株式会社
(画像=東日本旅客鉄道株式会社)

坂本:地域といえば、ローカル線の問題がよく挙げられます。それについての取り組みがあれば、お聞かせください。

矢野:最適解のない課題だと思いますが、通勤・通学のようなデイリー利用と、観光のような非日常の利用がある場合、それに合わせてダイヤグラムを変えるだけでもかなり変わると思います。また、駅の近くに病院や公的施設を作るなど、地元の人が鉄道を使いやすい環境づくりにも努めています。

消費エネルギーの「見える化」の意義と取り組み

坂本:環境問題への取り組みの中で、どのようなエネルギーをどこから取り入れ、どのように使用しているかというエネルギーの「見える化」が重要だと考えています。御社での「見える化」への取り組みについて、お聞かせください。

矢野:省エネ法(エネルギーの使用の合理化等に関する法律)に基づき、各部門でどのようにエネルギーを使用し排出しているかは「エネルギーフローマップ」として共有・開示しています。環境省が提示しているサプライチェーン排出量のうち、Scope3(事業活動に関係する他社を含めた排出)については弊社だけでは把握して削減することが難しいので、他社との連携をしっかり図っていきたいです。

東日本旅客鉄道株式会社のESGにおける今後の展開

坂本:今後どのような事に取り組んでいかれるか、具体的な内容があれば教えてください。

矢野:先ほど申し上げたとおり、鉄道は環境にやさしい輸送機関だと言われていますが、多量のエネルギーを使う事業であるということも認識しています。そこで、世界でも促進されている公共機関として多くの方に選択して利用していただくこと、また再生可能エネルギーの利用や技術革新による環境負荷の削減を並行して取り組んでいかなければなりません。

地域社会の活性化という視点では、駅や地域にいる社員を中心に、各地域と連携して観光やまちづくりに貢献していきたいです。

東日本旅客鉄道株式会社の可能性と応援することの魅力

坂本:SDGsやESGに積極的に取り組んでおられる御社に投資することの魅力はどのような部分があると思われますか。

矢野:鉄道を斜陽産業と捉える方もいますが、世界的には存在意義が見直されている分野です。環境的な問題をクリアにするほど、他の輸送機関と比較して優位性が高まると考えています。今年は新橋・横浜間の鉄道が開通してちょうど150周年。この節目を機に弊社の強みを見直し、例えばワーケーション事業への展開やテレワークのためのステーションブースの設置など、多くのことに挑戦していきたいです。