投資先や取引先を選択する上で、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、小田急電鉄株式会社広報・環境部の屋昌宏氏と経営戦略部の米山麗氏にお話を伺った。
小田急電鉄株式会は国内大手私鉄の一つで、東京都・神奈川県を中心に鉄道事業や不動産事業を展開。都心と温泉地の箱根を結ぶロマンスカーという知名度の高い特急列車を運行し、箱根登山鉄道といった地域に根差した鉄道や、小田急百貨店など小売事業でも広く知られている。
同社は経営ビジョン「UPDATE小田急~地域価値創造型企業に向けて~」のもと、サステナビリティ・ESG経営に取り組み、環境面においては「小田急グループ カーボンニュートラル2050」のもと、CO2排出量削減や資源循環、自然資源の保護・活用を進めている。本稿では、これら一連の取り組みの詳細や現状の課題、進むべき未来像について紹介する。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1999年に入社、鉄道乗務員、列車運行計画策定、コンプライアンスの推進、箱根の誘客などを経て2021年より現職。「小田急グループ カーボンニュートラル2050」策定・推進やTCFD開示、地域における脱炭素などを担当。
2005年に入社。主にまちづくり・不動産関連業務を幅広く経験。開発計画の企画立案、行政協議、社会課題を捉えた沿線のまちづくり戦略立案・推進を経て2020年より現職。ウェイストマネジメント事業「WOOMS」、スマートシティプロジェクトを担当し、未来に向けたまちづくりに取り組んでいる。
小田急電鉄株式会社
小田急グループは、グループ経営理念である「お客さまの『かけがえのない時間(とき)』と『ゆたかなくらし』の実現」に向けて、当社を中核としたグループ約90社からなる企業集団を形成し、運輸・流通・不動産・ホテル等、多岐にわたる事業を展開しています。
小田急沿線や事業を展開する地域とともに成長するために、既成概念に捉われず常に挑戦を続け、お客さまの体験や環境負荷の低減など地域に新しい価値を創造していく企業へと進化しています。
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため、家族とともに東京から鳥取にIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通じて未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」運営など、多岐にわたる。
小田急電鉄株式会社のESG・脱炭素に向けた取り組み
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの坂本です。当社は日本で人口が最も少ない鳥取県に本社を構え、システム関連の開発や再エネの見える化などに取り組んでいます。地方企業では異色で、お客様の9割は首都圏の会社です。今回は小田急電鉄様のESG経営について勉強させてください。
小田急電鉄 屋氏(以下、社名、敬称略):小田急電鉄広報・環境部でカーボンニュートラルの推進を担当している屋です。よろしくお願いします。
小田急電鉄 米山氏(以下、社名、敬称略):経営戦略部で新規事業を担当している米山です。昨年テクノロジーを活用した廃棄物収集により資源循環を促進する「WOOMS(ウームス)」という事業を始め、その推進を担当しています。よろしくお願いします。
坂本:小田急電鉄様は「小田急グループ カーボンニュートラル2050」を掲げ、事業活動を通じてCO2排出量削減や資源循環、自然保護の保全・活用などの環境課題に取り組んでいます。これらを含め、御社のESG・脱炭素に対する取り組みと成果、ビジネスへの影響、現状の課題についてお聞かせください。
屋:「E」の部分ですが、小田急グループは2050年にCO2排出量実質ゼロを目指す「小田急グループ カーボンニュートラル2050」を昨年9月に制定し、今年4月にはその実現に向けたロードマップを示し、TCFD提言に基づく情報開示も進めています。
具体的な取り組みとして、鉄道事業では、省エネ性能の高い車両の導入や列車がブレーキをかけるときに生まれる回生電力の活用、運転士による加速時間を短くした効率的な運転などにより省エネを図っています。また、コロナ禍の影響もありますが、終電の前倒しや働き方改革による需要減に合わせた効率的なダイヤ編成により、電力使用量の削減につなげています。一部の駅では太陽光発電システムを設置しています。
坂本:小田急電鉄様は商業ビルを始め多くの不動産を保有していますが、それらの施設での取り組みはいかがでしょうか。
屋:照明のLED化や高効率の空調熱源装置の導入を進めています。バス・タクシー事業を除く小田急グループ全体で2013年に41万トンのCO2を排出していましたが、これらの施策により2020年は32万トンまで削減できました。カーボンニュートラルは投資家からも注目されているので、IR部門と連携し丁寧にコミュニケーションを図っています。
坂本:小田急グループ(バス・タクシー事業除く)でのCO2排出量は2030年に22万トン、2050年には実質ゼロ、バス・タクシー事業も2013年の8万トンから2040年には半分の4万トンまで減らすという目標を掲げていますが、実現に向けた施策はありますか。
屋:私たちも、非常にハードルの高い目標だと自覚しています。主な施策は二つあり、一つは省エネです。現状は使いきれずにいる回生電力をさらに活用するほか、大型プロジェクトである新宿駅西口地区開発計画においては新技術を導入し、積極的に省エネを進めたいと考えています。
もう一つの大きな柱は再エネ化です。オンサイトPPAの手法を活用して、当社の遊休地や屋根に太陽光発電システムを設置したいと考えています。それだけでは2030年の目標クリアは難しそうなので、オフサイトPPAや環境価値の購入を組み合わせて達成を目指します。
2040年に向けたバス・タクシー事業の取り組みについて、BEV・FCEVのどちらを導入すべきかはまだ見定めていませんが、現在の台数の半分を置き換えると4万トンという目標を達成できると考えています。
坂本:これらの取り組みは、ビジネスにどのように影響していますか。
屋:事業機会の面では3つあります。1つ目はコストの削減です。先ほど述べた回生電力は、電車がブレーキをかけた際に生じるエネルギーを他の電車のエネルギーとして利用する仕組みで、都市部では運行本数が多いのでうまくサイクルが回りますが、郊外では列車の本数が少なく無駄になっているので、蓄電池などに貯めて使うなど、さらなる効率化を図りたいところです。回生電力は大きな省エネ効果を期待でき、脱炭素とコストダウンに貢献する可能性が高いため、研究を進めています。
2つ目は消費者の環境志向の変化による利用機会の増加についてです。欧州において中距離移動は飛行機ではなくCO2排出量の少ない鉄道を使うケースが増えていると聞きます。特にZ世代は少し価格が高くてもエシカルなものを利用する傾向があるため、CO2排出量が少ない鉄道やバスの利用者増につながると考えています。
3つ目は、脱炭素社会と資源循環社会の進展によって生まれるビジネス機会です。大きく事業環境が変化していきますので、これらの事業の創出、拡大をしていきたいと考えています。
一方でリスクや課題もあります。「鉄道は環境にやさしい」と言われていますが、2013年に50万トンのCO2を排出していたことも事実です。今後炭素税や排出量取引が制度化された場合は、税負担や費用増といったリスクはあると思っています。
弊社グループはバス会社を抱えており、脱炭素化を進める上でBEV(バッテリーEV)やFCEV(燃料電池車)に置き換える必要性は認識しています。しかしディーゼルエンジン車と比べると、BEVの価格は約1.5~2倍、FCEVは約5倍です。FCEVを採用した場合、水素は軽油よりも高価なのでランニングコストがかかるといった課題があり、BEVを採用した場合、1,000台レベルのバスを充放電するバッテリーマネジメントにも課題を感じています。バス事業は地方に行けば行くほど事業環境が厳しいため、コストとのバランスは熟考しなければなりません。
地球温暖化に伴う自然災害のリスクも感じています。2019年の台風19号では、弊社グループの重要地域である箱根地区で観測史上最高の1日1,000ミリを超える雨が降り、箱根登山鉄道では橋げたごと軌道が流され、半年以上の運休を余儀なくされました。収入の落ち込みや復旧費用の負担は決して軽くなく、このようなことが頻繁に起こると事業の採算は厳しくなると思います。
坂本:ありがとうございます。その他、ESGの「S」や「G」についても取り組みをお聞かせください。
屋:「S」については公共交通が主事業ですから、安全対策は怠ることができません。投資を含めてしっかり行う方針です。また、鉄道会社なので過去は男性社員が多い構造でしたが、女性社員を含めて多様な人材が活躍できるようダイバーシティインクルージョンを社内で掲げ、テレワークやシフト勤務制度、育児・介護に対する支援制度なども用意し、働きやすい環境を整備しています。
「G」に関しては、コーポレートガバナンス・コードなどにあるとおりですが、社外取締役や社外監査役を一定数増やしています。取締役の10名のうち4名、監査役の5名のうち3名は社外で、ともに1名ずつの女性で構成されています。また、執行役員制度の一部見直しにより監督と執行の分離意識やモニタリング機能も高めています。
小田急電鉄株式会社が考える脱炭素経営の社会・未来像
坂本:次に、DXやIoTの活用が進んだ未来において、小田急電鉄様がイメージする脱炭素社会の姿をお聞かせください。
▽小田急グループが掲げる脱炭素社会のイメージ
屋:私たちが考える脱炭素社会のイメージは、ホームページでも公開しています。例えば、東京都のキャップ&トレード制度を活用したCO2排出量実質ゼロの「ゼロカーボン ロマンスカー」の運行はすでに始まっています。駅などに太陽光発電システムを設置してエコステーション化を進め、回生電力の活用も拡大したいと思います。不動産事業ではZEB化、バス事業では先ほど申し上げたようにBEV・FCEVの導入を進めていきます。加えて、エネルギーや資源が地域で循環するような社会も目指しています。
▽ゼロカーボンロマンスカーを運行
すべてが弊社の事業である必要はなく、地域でのバイオマス発電や水力発電をまちのなかで消費したり、太陽光発電システムを設置した各家庭の卒FIT(固定価格買取制度)電源を私たちが買い取ったりすることもイメージしています。ごみという概念も徐々になくして、再資源化にも貢献したいです。
坂本:御社は、小田急電気や小田急ガスも手がけています。現状は取次だと思いますが、小売電気事業者として新たな展開はありますか。
米山:直接的に電力事業者になるイメージはなく、それよりも地域電力を扱うプレイヤーとどういった領域で連携できるのか、当社の人的リソースやネットワークをどうつなげるのかというところでの協調を模索していきたい考えです。
屋:ゼロカーボンシティを宣言し、脱炭素先行地域を目指す動きがある中で新電力を作りたい自治体などもあるため、私どもが連携できるところがあればご協力したいと思います。
坂本:未来像に掲げている「サステナブルツーリズム」とは何ですか。
屋:箱根や江の島、大山・丹沢地区といった自然を地域とともに守りながら、一方で質を高めて自然を楽しむ旅行を提供することです。これらをつなげる意味で、MaaSの推進や交通機関の脱炭素化もさらに拡大したいと考えています。
坂本:脱炭素社会において、小田急電鉄様はどのような役割を担うとお考えでしょうか。
屋:沿線の課題を地域とともに解決する企業でありたいですし、マイナスからゼロにするだけではなく、新たな価値を創造する企業になりたいと思います。鉄道や不動産といった既存事業はそれ自体が地域に貢献していると自負しており、鉄道であればMaaSによる利便性、ホームドアの設置による安全性の向上、バリアフリー化も加速させたいです。
最近では、不動産事業で海老名地区と下北沢地区で地域特性に合わせた再開発を進めてきました。特に下北沢ではサブカルチャーを押し出すなど、地元の方の考えを大切にした支援型開発を行い、まちの発展に寄与したと考えています。今後は新宿エリアの再開発も始まりますが、地域と連携して推進したい次第です。
▽下北線路街では現代版の商店街「BONUS TRACK」を開発
坂本:地域課題の解決とビジネスの両立という点で、事例があれば教えてください。
米山:私が担当しているのですが、資源・廃棄物の収集・運搬・排出作業の効率化と資源循環を高める「WOOMS(ウームス)」と呼ばれるサービスがその一つです。小田急グループは鉄道、不動産、生活関連の3事業を中心に地域とともに成長してきた企業ですが、これまでは大量生産、大量消費、大量廃棄というリニアエコノミーを前提としたビジネスモデルであったことも受け入れるべき事実です。沿線の自治体と話す中で、「率先して大量廃棄をしているのは小田急グループだ」という言葉を頂戴したこともありました。
そのような状況の中、地域の自治体や企業、市民生活者と緊密な関係を構築してきた当社との信頼関係や、私たちが持つリソースが廃棄物の問題解決に活用できるという視点で始めたのが「WOOMS」です。
坂本:具体的には何をされているのですか。
米山:資源循環を実現するための各フェーズを見ると、排出されてから収集・運搬し、適切な中間処理場に運ぶまでのプロセスにおける人手不足が深刻であることがわかりました。専門的には「動脈物流」「静脈物流」と呼んでいて、AmazonやUberのような消費者にモノやサービスを届ける前者は若年層を中心に人気のある職種ですが、ごみなどを運ぶ後者はネガティブなイメージを持たれがちで、人手不足が顕著です。このような課題を解決しなければ、小田急グループはおろか地域のごみ収集や資源収集のインフラも機能しなくなりますから、「WOOMS」ではテクノロジーを活用して収集・運搬業務をDX化し、業務の効率化をサポートしています。
▽「WOOMS」の取り組み
神奈川県座間市で2020年8月に実証実験を始めたところ、ルートの効率化により運搬車の平均積載率が改善し、処理場に搬入する回数が2割近く減り、年末年始の残業もなくなりました。搬入回数が減るということは、CO2の排出量の削減にも寄与しているということです。
人が少なくても収集できるようになったため、新しい資源を収集してリサイクルに回すことも可能になりました。座間市では剪定枝の収集を始め、バイオマス燃料として活用しています。剪定枝がリサイクルされることでごみの量自体も減るため、2段階で脱炭素に貢献しているともいえます。
▽地域のごみ収集・資源収集を効率化
テクノロジーを活用したことで生まれた余力を使い、まちづくりにも取り組んでいます。例えば、ごみを収集する職員が地域の小学校の環境教育に関わったり、パッカー車の車体に市民に行動変容を促すデザインを施したり、楽しくごみ拾いができるイベントを企画したりするなど、システムベンダーにとどまらず、余力やリソースをまちづくりに使う試みも行っています。
坂本:小田急電鉄様は、ESGや脱炭素に関する情報開示にも積極的です。
屋:できていることだけではなく、できていない部分も包み隠さず伝えることが大切だと考えています。加えて、その企業ならではの表現も心がけたいと思います。我々は地域社会と一緒に取り組んできた企業ですから、市民からも身近な企業として見られているはずです。真摯に取り組むこと自体が、沿線住民の行動変容につながるのではないでしょうか。先ほども述べましたが、ネームバリューの高いロマンスカーをゼロカーボン化して運行したり、ポスターやホームページでPRしたりすることで、「身近な乗り物が脱炭素化しているなら自分にも何かできるかも」と思っていただくきっかけになると思っています。
近年は少子高齢化も大きな社会的課題ですが、私たちは子育てがしやすい沿線の実現に向けて子どもIC運賃を一律50円にしたり、子育て層に寄り添うべく車両の一部を「子育て応援車」にしたりしています。メディアを通じてこのような施策をPRすることで、暮らしやすい世界を作りたいと思います。これらは当社だからこそできることですが、さまざまな企業・業種の方もそれぞれの特徴や強みに応じて脱炭素やESGに貢献できると思いますから、そのようなことをPRするのがよいと思います。
▽子育て応援車を順次運用
小田急電鉄株式会社のエネルギーの見える化への取り組み
坂本:我々は電力トレーサビリティシステムを提供するなど、エネルギーの見える化に取り組んでいます。小田急電鉄様はどのように取り組まれていますか。
屋:CO2排出量は、グループ全体でまとめて公表しています。もちろん、不動産であれば物件ごとなどに把握できますが、課題だと感じているのは小分けにしづらい点です。例えば当社の鉄道事業は電力を大量に消費しますが、この列車や駅がどのくらい使ったか、駅のエスカレーターがどのくらいの電力使用量を占めているのかまでは見えていません。ビルも同様で、一棟の消費電力はわかってもフロアごとや部屋ごとまでは把握できていない状態です。なるべく細かい単位で見える化し、エネルギー・マネジメントをプロでなくてもできる仕組みがあればよいと考えています。鉄道の利用者も、距離ごとのCO2排出量がわかると意識が変わるはずです。私たちだけでできることではなく、社会全体で実現したいと思います。
坂本:最近はESG投資が広く知られるようになりましたが、この観点で小田急電鉄様を応援することの意義は何でしょうか。
屋:現時点でCO2排出量は他のモビリティに比べて低く、鉄道もバスも脱炭素化を進めていくので、公共交通を利用すること自体が運輸部門の脱炭素化につながることを投資家の方々に知っていただきたいです。また、先ほど米山が話したように、私たちは既存事業に取り組みつつ、それ以外に社会・地域課題を解決しながら事業化・収益化を目指す新規事業も手がけていますので、そのような点も見ていただけたらと思います。
坂本:ESGに対する投資家の見方をどのように感じますか。
屋:事業を通じて環境課題・社会課題を解決し、企業が持続的に成長していくというESGの考え方は、投資家としても注目度が高く、これに関連した投資家とのコミュニケーションは、一昔前に比べ着実に増えています。特に、欧州寄りの投資家からは「スコープ3も開示してほしい」という声もあり、脱炭素の推進に関心があるのではないかと思います。
坂本:今日のお話で、小田急電鉄様の脱炭素社会や資源循環社会の実現に向けた具体的な施策を理解できました。ありがとうございました。