ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択する際や、企業の持続的成長を見る際の重要な視点になりつつある。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施した。ESGに積極的に取り組み、未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを紹介する。

今回は、食品や医薬品をグローバル展開している明治ホールディングスの古田さんにインタビュー。財務、非財務の両方を同時に実現する「ROESG」をコンセプトに進められるグループ全体のサステナビリティ推進体制について聞いた。

(取材・執筆・構成=山崎敦)

明治ホールディングス
(写真=明治ホールディングス株式会社)
古田 純(ふるた じゅん)
――取締役専務執行役員 CSO
コーポレートコミュニケーション部・サステナビリティ推進部 管掌

1957年生まれ。1981年明治製菓㈱入社。2013年㈱明治執行役員、14年より明治ホールディングス㈱取締役、執行役員IR広報部長を経て18年常務執行役員、海外投資家との対話を積極的に行い、情報開示の充実に取り組む。19年よりサステナビリティ推進部が新設され、同部管掌、「明治グループサステナビリティ2026ビジョン」や「Green Engagement for2050」の策定を推進。20年より専務執行役員 CSO、IR広報部管掌および㈱明治取締役兼任、22年よりコーポレートコミュニケーション部管掌、現職に至る。

明治ホールディングス株式会社
明治ホールディングス株式会社は、食品事業を行う株式会社 明治、医薬品事業を行うMeiji Seika ファルマ株式会社およびKMバイオロジクス株式会社を傘下に持つ持株会社。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「バード」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 社会と環境の課題解決のために定めた「ROESG」というコンセプト
  2. CO2、GHGの削減に向けた食品業界のイノベーションとは
  3. 食品を通じた社会貢献で企業価値を高める
  4. 積極的な社会課題の解決こそが企業の利益を生む

社会と環境の課題解決のために定めた「ROESG」というコンセプト

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):最初に、明治ホールディングス様のESG(サステナビリティ)活動における考え方(基本方針)を教えてください。

明治ホールディングス 古田氏(以下、社名、敬称略):明治ホールディングスにおけるESGの取り組みに関しては、2026年までを達成目標とした「サステナビリティ2026ビジョン」があります。明治グループは2016年に100周年を迎えましたが、その際に「10年ビジョンを作ろう」ということになり、事業ビジョンなどと併せてサステナビリティビジョンを策定しました。現在は2026年までのビジョンに沿って取り組みを進めており、それぞれ以下のような4つの活動テーマと、それぞれに対応した8つの活動ドメインを設定しています。

明治ホールディングス
(画像提供=明治ホールディングス株式会社)

こちらの3つのテーマですが、一つめは当社の事業と密接に関係している「こころとからだの健康に貢献」というテーマ。二つめは「環境との調和」で、自然環境に対する当社の取り組みです。三つめは「豊かな社会づくり」で、これは人権や労働環境といったような人それぞれに関係したテーマとなります。そして、この3つのテーマを横断した取り組みとして「持続可能な調達活動」という構成となっています。現在は「サステナビリティ2026ビジョン」をベースに2023年度までの中期経営計画を進めている状況ですが、併せて「経営とサステナビリティをどう融合させていくのか」「推進体制をいかに整備していくのか」という課題にも取り組んでいます。

「経営とサステナビリティの融合」という課題ですが、当社の中期経営計画のメインコンセプトは「明治ROESG®」、すなわち財務と非財務を同時に実現していくことです。ROESGは一橋大学の伊藤邦雄教授が提唱されたものですが、こちらを明治グループ流にアレンジしました。

また、「自分ゴト化」も重要です。社員一人一人がサステナビリティを自分ゴトとして捉えて意識を高め、行動に移していく必要があると考え、さまざまな仕掛けをしています。例えばeラーニングなどWEBを使った仕組みを作り、意識から行動への落とし込みに取り組んでいます。

ESGの推進体制につきましては、2020年にCSO(Chief Sustainability Officer)を設置し、明治グループのサステナビリティを統括するという役割を明確にしました。2022年の4月には、従来は明治グループ傘下の事業会社にあったサステナビリティ機能を明治ホールディングスに集約しました。これで明治グループのサステナビリティの取り組みすべての舵取りを一元的に行う体制となりました。

また、2021年に「ESGアドバイザリーボード」を設置しました。これまでも社外有識者の方にさまざまなアドバイスをいただいてきましたが、当社のサステナビリティの取り組みを継続的にしっかりモニタリングしていただこうということで、3名の方を招聘しました。年2回のアドバイザリーボードミーティングを通じて、サステナビリティの取り組みについて多面的なアドバイスをいただいています。また、2022年にアドバイザリーボードのメンバーの中からピーター・D・ピーダーセン氏が社外取締役に就任したことにより、明治グループの取り組みについてより詳細なアドバイスをいただくことになりました。

CO2、GHGの削減に向けた食品業界のイノベーションとは

坂本:「脱炭素社会」という世界的な大きな流れは、明治ホールディングス様のビジネスにどのように影響していますか。 また、変化した御社ビジネスにおける具体的な戦略や御社ならではの強み、予想される課題について教えてください。

古田:大きく分けて3点あり、1点目は既存商品への影響です。例えば、プラスチック容器の包装材料をバイオマスプラスチックや紙に変更する必要があります。また、商品の原材料でパームオイルや紙も環境に配慮した認証原材料に転換することでCO2の削減に寄与しています。

2点目はTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。これからは地球温暖化の影響による物理的リスクや移行リスクへの対応が重要になりますが、気温上昇を1.5度までに抑えようとすると、特にカーボンプライシングがコストアップの要因になります。そのコストアップに対してどのように商品を展開していくのかは悩ましいところですが、リスクを整理しつつ、ビジネスチャンスに変えていくことを検討しています。

3点目は業界への影響です。当社の主力商品である乳製品では乳牛によるメタンや一酸化二窒素などのGHGの排出が社会課題になっています。そうした背景もあって、最近では環境にやさしい原料としてプラントベースの食品が注目されています。今後は、当社も動物性タンパクだけでなく植物性タンパクの商品も検討していかなければならないと思っています。また、培養肉を始めとして食品業界でも大きなイノベーションが起きている状況ですので、従来の自社開発体制に加えて、ベンチャーやスタートアップへの出資や協業なども検討したいと考えています。

明治ホールディングス
(画像提供=明治ホールディングス株式会社)
明治ホールディングス
(画像提供=明治ホールディングス株式会社)

坂本:いまのお話に関連しますが、低炭素・脱炭素化を見据えた自社設備投資や、新たな顧客向けサービスの展開があればお聞かせください。

古田:設備投資は他社様との大きな違いはありませんが、CO2の削減に向けて設備投資を行うとコストが先行しますので、どうしてもそのような投資が後回しになりがちでした。そのため、今回の中期経営計画の中ではESGの投資枠を設定しました。投資枠は約300億円とし、太陽光パネル設置や特定フロンから自然冷媒や代替プランへの切り替えなどに利用することでGHGの排出削減に努めています。併せて、社内ではインターナルカーボンプライシング制度を導入しています。

このようにCO2削減に向けた設備投資がしやすい仕掛けをしたことが功を奏したか、太陽光パネルは生産工場を中心に6月時点で国内外11拠点、今年度末までに15~16拠点を目指して設置することになっています。

坂本:先ほど、アドバイザリーボードについてお話いただきましたが、明治ホールディングス様が取り組むESGの取り組みに対する社外からの評価(外部評価)はいかがでしょうか。

古田:当社ではROESGが中期経営計画のメインコンセプトですので、当然ながらESGの外部評価には強い関心があります。そのため、ESGの外部評価を役員報酬の2割を占める株式報酬部分と連動させることで、取り組みのモチベーションを上げています。外部評価に関しては5つの調査機関それぞれにKPIを決めて、しっかりと調査対応をしています。そのスコアの達成度合いによって役員報酬が増減します。

今年、「ESGコミュニケーショングループ」というESG調査機関対応の専門組織を作りました。この組織では調査機関対応だけでなく、調査結果に対してどのような取り組みをすべきかの分析や、PDCAサイクルのプラン策定などを行っています。この組織が非常に良く機能していて、ESGスコアもかなり伸びてきました。

食品を通じた社会貢献で企業価値を高める

坂本:アクシスは地方IT企業として地域社会のための地方創生などの活動を精力的に行っていますが、明治ホールディングス様はどのような規模感で社会貢献活動や社会課題の解決を行っていますか。

古田:当社も食品と医薬品の事業を通じて積極的に社会貢献活動をしていきたいと思っています。ご承知のとおり、生活が困窮しているご家庭が現実問題としてありますので、そういったご家庭のお子さんに対して食品を提供していきたいという考えから、いくつかの活動を行っています。

その一つが、従業員参加型の社会貢献活動「明治ハピネス基金」です。従業員から集まった募金をもとにして「こども宅食応援団」という団体を通じてお菓子やレトルトカレーなどの自社商品を提供しています。これは年2回実施しており、前回は約1万世帯に約5万4,000食を提供しました。もう一つは、会社主導で行うフードバンクへの寄贈です。現在は年3回、約40団体のフードバンクに対して当社商品を寄贈しています。

また、明治グループは日本リユースシステム(株)が行う「古着deワクチン」という取り組みを実施しています。家庭内で不要になった古着を集めて寄付することで、開発途上国のワクチン接種につなげる活動です。前回はポリオワクチン約334人分の寄付に相当する約6,680枚の古着を回収しました。これは大変興味深い取り組みではないかと考えています。

他にも、当社の乳児用ミルクを全国の乳児院へ年2回ほど寄贈しています。また、生まれつきの代謝の異常などにより、母乳や市販の粉ミルクを飲めない赤ちゃんには、特殊ミルクを無償で提供しています。こういった様々な形で、これからも社会貢献活動を積極的に行っていくつもりです。

坂本:「古着でワクチン」は非常にユニークな取り組みかと思います。その他に脱炭素社会に向けた取り組みで、お客様参加型の企画はなにかありますか。

古田:お客様が楽しんで参加していただける企画があると印象もかなり変わってくると思います。ただ、すぐには利益につながらないことから挫折しやすいため、めげずにやっていきたいと思っています。

坂本:脱炭素社会における脱炭素経営を推進する上での経営上のリスクや、そのリスクを解消するために、どのような取り組みをされているか教えてください。

古田:極めて大きなコストアップが見込まれる中で、どのようにビジネスチャンスに結び付けていくかを考えています。例えば、最近は再生可能エネルギーがコストアップしていますが、このコスト先行に対してどう対応すべきなのかといった課題があります。

これまでは「コストとサステナビリティ(ESG)はトレードオフの関係」と言われていましたが、これからはしっかりとビジネスチャンスに結び付けていく必要があると思っています。どのように利益に結び付けていくかを考えるのが、今後のマネジメントでは重要になると思います。

坂本:明治ホールディングス様は食品を取り扱われるということでフードロスということも課題になるかと思いますが、どういった対策や取り組みを行っていますか。

古田:日本は、世界の中でも有数のフードロス国家です。その中で当社がまずできることとして、賞味期限の延長に努めています。例えば、これまで月と日で表示していた賞味期限を月だけにするといった工夫で、フードロス削減に寄与する取り組みを続けています。

一方でメーカーと流通における関係において、賞味期限の3分の1が過ぎると卸店に納入できないというルールがあります。他の国は2分の1ルールのところが多く、日本が非常に厳しかったのですが、それを緩和しようと大手のスーパーは2分の1ルールを導入し始めました。それだけでもフードロスはかなり減ります。これからも当社のようなメーカーと流通が協力しながらフードロスを減らしていく必要があると考えています。

坂本:消費者様を対象に、脱炭素の意識向上を図るような取り組みを行っていらっしゃいますか。行っておられる場合は、それについて教えてください。

古田:いわゆるエシカル消費かと思いますが、欧州ではこういった意識が非常に高く、多少高くとも環境や人権に配慮した原材料を使った商品を認識、選別、購入されている方が多いです。日本は、まだそこまでの意識には至っていないと思います。

現在Z世代と呼ばれる若い方々のサステナビリティに対する意識や理解は、かなり高いように思えますが、日本の全般的な消費環境においては、環境や人権に配慮した多少高い商品を選んで買うという状況ではないと感じます。近い将来には日本もそういったトレンドになると思っていますので、当社のような食品や医薬品を扱う企業は、エシカル消費を促進するための情報発信や啓発活動を積極的に行っていく必要があると考えています。

積極的な社会課題の解決こそが企業の利益を生む

坂本:明治ホールディングス様では、コーポレートサイト上でESGに関する取り組みで顕在化された各種データを公開されています。CO2削減といったような環境パフォーマンスの向上などを実現するためには、どのようなエネルギーをどのように消費しているかを把握することが大切ですが、「エネルギーの見える化」の意義をどう捉えていますか。

古田:非常に重要かつ必須な取り組みであると考えています。これまでは漠然とCO2の削減が議論にされていましたが、しっかりと実態を把握しなければカーボンニュートラルという社会の実現は大変難しいと思っています。当社はスコープ1とスコープ2に関してはある程度数値を把握できるようになりましたが、GHG排出の約85%を占めるスコープ3に関しては、実際の数値はまだ十分に把握できていない状況です。

そこで私たちが取り組んでいるのは、ライフサイクルマネジメントです。例えばミルクチョコレートの場合、ガーナからカカオ豆を輸入して日本で生産し、お客様の手に渡るまで、どれだけのCO2が排出されているのかを把握する取り組みを進めていきたいと思っています。極めてハードルの高いチャレンジですが、意義のある取り組みだと思っています。

現在、環境省もこのような取り組みを支援しており、当社も環境省の支援事業として採択されましたので、まずはチョコレートのカーボンフットプリントに関して環境省の支援を受けながら算出作業に取り組みます。

こちらからもアクシス様にお聞きしたいのですが、ご承知のとおり当社は非常に多岐にわたる商品を取り扱っています。その中で牛乳は国内の酪農家から、チョコレートはアフリカのガーナからといったように、原材料の仕入れも販売も国内外問わず幅広く行っています。複雑化するスコープ3の世界の中で、正確な数字を見える化していくような仕組みはありますか。

坂本:おっしゃるとおり、スコープ3に関しては標準的な計測のやり方がまだない状況です。そのため、企業様側である程度ロジックを決めていただいて、業界団体や国に対してその数値が有効であることを見せていくことになるかと思います。

先日、東京大学の教授へご相談させていただいた際にも同じような回答をいただきまして、業界ごとに固有度の高い内容をどう落とし込み、ダブルカウントしないような仕組みをどのように構築していくかということに取り組ませていただいています。

古田:なるほど、ありがとうございます。

坂本:最後になりますが、明治ホールディングス様、投資家の皆様をはじめとしたステークホルダーに対して、どのような利益にコミットしていこうと考えていらっしゃいますか。

古田:現在ROESGを最上位目標として中期経営計画を進めていますが、こちらの達成スコアをホームページ上でも公開しています。もちろん、いつまでにどれだけスコアを上げたいというKPIも設定していますので、当社としてはこのKPIを達成していくことが企業価値の向上につながると考えています。

ただ、ROESGのコンセプト自体は投資家の皆様の賛同を得ておりますが、一方でROESGのスコアというものは横並びで比較できないことから難しい課題もあります。従来の営業利益のほうに関心を持たれる場面が多々ありますが、利益もROEで説明できるので、ROEとESGの両方を確実に取り組んでいくことでROESGのKPIを達成していきたいと思っています。

昨今はパーパス(purpose)という言葉が取り上げられるようになってきました。これを提唱したオックスフォード大学の教授は「会社の利益というものは社会課題を解決した派生物として生まれてくるものだ」と言っています。

当社は、食品や医薬品といったサステナビリティと親和性の高い事業を営んでいます。社会課題の解決に貢献していくことが利益につながり、企業価値の向上にも寄与するもと確信しているので、今後もさらにサステナビリティ(ESG)の取り組みを深化させていくつもりです。