他業種に投資できるパワーエンジェル投資なら、最先端のノウハウを獲得できる。
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将来に大きな成長を期待できるスタートアップ企業に、資金だけでなく経営支援も行う「パワーエンジェル投資家」。企業のシード、アーリー期に事業資金の投資だけでなく経営サポートまで行い、リターンをより確実なものにする新しい投資のスタイルだ。

この「パワーエンジェル投資家」は、何を視点に投資を行い、スタートアップ企業へコミットしているのか。そこにどんなリターンがあり、資金以上のコミットを行うのか。従来のエンジェル投資家とは異なる投資哲学が見られるこの新しい投資スタイルを明らかにするのが本特集の目的だ。

2回目となるインタビューは、強みのWEBマーケティングを武器に「肉汁水餃子餃包」など多くの飲食店や「業務用餃子の餃包」など製造卸業を手掛けてきた有限会社タロコ代表取締役の坂田健氏に、パワーエンジェル投資家としての活動について、詳しく伺う。おおよそ自身の出自と異なる業界へ出資を行う坂田氏の投資戦略とは。

目次

  1. リーマン・ショックや震災時に得た多くのサポート。次世代経営者へ恩返ししたい
  2. 他業種への投資を通して、最先端のテクノロジーやノウハウを学ぶ
  3. 投資先から得たテクノロジーやノウハウを自分の本業に活用
  4. 投資の決め手となるのは「人柄」と「直観」
  5. 自身が持つ知見やネットワークをスタートアップに提供
坂田 健(さかた たけし)
お話をお聞きした人

坂田 健(さかた たけし)
有限会社タロコ代表取締役。1982年熊本生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。2007年、倒産寸前だった株式会社アールキューブを継いで代表取締役に就任。世界最大の口コミサイト・トリップアドバイザーで全レストラン部門東京1位(10万店舗中)を獲得。2019年より全国の飲食店へ餃子の製造卸事業をスタート。強みのWEBマーケティングを活用し、約2年間で導入2,000店舗を突破。2021年12月、アールキューブ代表権を弟の坂田茂氏に承継。エンジェル投資家としても活動し、国内外のスタートアップを支援している。共著に「弱者にやさしい会社の話」(近代セールス社)、「心の時代の感動サービス」(同友館)ほか。

リーマン・ショックや震災時に得た多くのサポート。次世代経営者へ恩返ししたい

坂田健氏

――坂田さんはお父様から会社を継承し、六本木の「肉汁水餃子餃包」を中心にさまざまな飲食店を手掛けられていますが、どのような経緯でエンジェル投資を始められたのでしょうか?

2021年末、「肉汁水餃子餃包」などを展開するアールキューブを弟に継承しました。そんななか、SEVEN Founder(Chatwork創業者)と出会い、スタートアップの支援を一緒にやっていこうという運びになりました。

――山本さんとの出会いがエンジェル投資を始めるきっかけになったわけですね。

そうですね、山本さんからのお誘いがきっかけです。山本さんは企業経営でも成功されていますし、エンジェル投資にしても投資をした企業が成長している実績もお持ちでした。企業の目利きに関しても信頼できる方です。自分にエンジェル投資の経験はありませんでしたが、山本さんからの紹介だし、あまり深く考えずに、まずはやってみようと。

20代のころ、リーマン・ショックや東日本大震災を経験し、会社が非常に厳しかったとき、多くの経営者の方々にお金を貸していただいたことで倒産せずに済んだり、経営について助言をいただいたり、苦しいときに励ましていただいたりしたことがありました。いつかはその恩返しというか、「恩送り」をしたいという気持ちが根本にあります。

――ご自身が先輩経営者に受けた恩を、エンジェル投資によって返されたいと。

そうですね。自分と同じように起業家として頑張っている次世代の経営者たちを支援したい、それも資金だけではなく、自分が経営者として積み重ねてきた経験や知識を伝えたいとなると、必然的にパワーエンジェル投資という形になりました。

――SEVENの山本さんとは、いつ、どのような流れで知り合われたのですか?

知り合ったのは、Chatworkがリリースされた直後くらい。会社を経営する傍ら、社会人大学院生として大学院で中小企業経営を学んでいるときでした。コンサルティング会社のリサーチで「社員満足度日本一」に輝いたChatworkのオフィスを見学しに行く機会があり、そこで山本さんとお会いすることができました。

他業種への投資を通して、最先端のテクノロジーやノウハウを学ぶ

――現在までにどの程度、エンジェル投資を手掛けていらっしゃるのでしょうか。

はじめての投資は米国で起業したスタートアップで、2019年の2月に投資契約を結びました。現在までに、その会社を含めて17社にエンジェル投資を行っています。ただ、自分で考えていたよりも案件の数が増えすぎてしまったので、いまは新規案件をセーブするようにしています。

投資先は、いまのところすべての会社が成長を続けていますし、1社も倒産はしていません。1社だけM&A(合併・買収)されたため、エグジットとなっていますね。その後、その会社は東証二部上場企業に買収されました。じつは個人的に投資した案件のなかで、資金繰りなど一番不安を感じていたところだったのですが、結果的にエグジットの1号案件になりました(笑)

――3年で17社ですか。かなり精力的にパワーエンジェル投資をされているのですね。

坂田健氏

1社目はTippsy (ティプシー)という米国内で日本酒のEC(電子商取引)事業を展開している会社で、シードラウンドに山本さん含めて3名で出資しました。最近では元サッカー日本代表の本田圭佑さんからも出資を受けるなど成長が軌道に乗っています。

あとは「スマートライド」という空港送迎アプリを展開している会社なども非常に成長していますし、どの会社も将来が非常に楽しみです。

山本さんが主宰するエンジェル投資家のコミュニティ「SEVEN」経由の案件に関しては、案件のラインナップを見て、自分から「興味があります」とエントリーしたものは、かなり高い確率で出資しています。

エンジェル投資家として活動を始めてから、SNSや他のエンジェル投資サイトからアプローチはたくさんありましたが、大半の案件は入口の段階で興味を持てなくなりますね。10社くらいアプローチがあって、興味を持てるのは1社あるかないかくらいです。

――投資されているのは、ご自身の専門分野である飲食系が多いのでしょうか?

本業とは別に「飲食にも展開してみたい」という会社はありますが、飲食だけを手掛ける純粋な飲食業には1社も投資していません。人材系やセキュリティ、医療など、飲食とは関係ない業種の企業ばかりです。

これには理由があって、いろいろな業種のスタートアップの経営に関わることで、その業界の最先端のテクノロジーやノウハウを学ぶことができるんです。この点がパワーエンジェル投資の大きなメリットといえると思います。

スタートアップ企業はさまざまなSaaSツールを利用するので、こんなのがあるのか、という発見がたくさんあります。

私の主戦場である飲食業や食品製造卸業は古い業界なので、人に依存した仕組みになりがちですが、おかげで当社は受発注や物流といった基幹業務や営業プロセス、会計労務などのバックオフィスの大部分をシステム化、自動化できています。たとえば製造卸は3年間で2,500店舗を新規開拓しましたが、フルタイムの営業マンはひとりもいません。

他にもD2C業界のスタートアップに触れることで、自社のWEBマーケティングもうまくいっています。ほぼ問屋を介さずに飲食店に直販できていますし、新規参入したECもこれから伸ばす予定です。

また、直接ノウハウを得たわけではないですが、スタートアップ的な新規事業の立ち上げ方もマスターできました。たとえばYouTube事業部(毎日餃子TV)も新たに立ち上げられ、驚くほど伸びています。

投資先から得たテクノロジーやノウハウを自分の本業に活用

――現状でどれくらいのリターンが見込めそうですか?

まだIPO(株式の新規公開)をしているわけではなく未上場株式のままなので、具体的に何%のリターンになるかはわかりません。バリュエーション(価値)をきちんと計算すれば時価を算出できるかもしれませんが、これからが成長の本番という会社ばかりですし、いま算出する意味はないでしょう。全社企業価値が上昇しつづけているのは確かです。

もちろん、会社が成長することによってリターンという恩恵を受けるのは前提ではあります。しかし、「いつまでにこのくらい成長しろ」「何年後に上場しろ」などと考えていません。事業は良いときもあれば悪いときもあるので、どんなときでも伴走者として支援できれば嬉しいです。

――投資というと、やはりリターンのことを真っ先に考えてしまいそうです。

もちろん、慈善事業やボランティアではないので、投資によってリターンを得るのは当たり前です。ただ、パワーエンジェル投資によって得られるのは、先ほどもお話したように金銭的リターン以外のものも多いんです。他業種のスタートアップから得たテクノロジーや知見、ノウハウなどを、実際に自分の本業に活かすことができています。

さらに、自分がパワーエンジェル投資によって得たノウハウや知見を、他のスタートアップ起業家たちに伝えられるという好循環が生まれています。単に資金だけを投資するエンジェル投資ではできないことですよね。これが経営にも関わっていく、パワーエンジェル投資ならではのメリットといえるでしょう。

――確かに、一般的なエンジェル投資には、そういうメリットはありませんね。

お金だけ出してリターンを得るというのであれば、未上場株ではなく、上場株式に投資をすればいいと思うんですよ。直接経営に関わり、会社が成長していく手助けができるというのがパワーエンジェル投資の醍醐味だと思いますね。

会社が厳しいときに一緒に戦ったり、励ましたりするわけですが、それらを通して経営者自身が成長していくのを近くで見ることができるのも、醍醐味の1つだと思います。

投資の決め手となるのは「人柄」と「直観」

坂田健氏

――パワーエンジェル投資で支援する企業を選ぶとき、何を大切にされていますか?

もちろん、提出された事業計画などの資料はきちんと目を通しますが、大事にしているのは数字よりも「直観」です。その事業の差別化ができているか、事業に面白さはあるのかなどを考え、自分が「なにか違うな」と感じたら、投資はしません。

とはいえ、よほど事前に違和感がない限りは、その経営者と面談はしますし、メールでやり取りもします。ただし、こちらのメールに対してあまりにもレスポンスが遅いと不安になりますね。出資後、急にレスポンスがなくなるかも……と心配になりますから。実際に極稀にそういう方がいて残念に思うことがあります。

――そのあたりはビジネスの基本だと思いますが、投資判断においてはより重要なのですね。

この手の対応には、起業家の人柄が出ると思うんですよ。確かに、事業がうまく行っていないとき、出資者に連絡するのは気が重くなるでしょう。

たとえば、宿題をやり忘れていることを先生に伝えるのは気が進まないものです。でも、そういうときこそ、きちんと報告する必要があると思いますし、厳しいときこそ経営者の人柄が出ると思うんですよ。

事業計画の良し悪しも大切ですが、こうした日々のやり取りのなかから感じ取れる部分を大切にしています。

SEVEN経由の案件でいうと、私が見る段階では、その事業計画の数字だったり、計画の実現性について、きちんとフィルタリングができているので、投資判断において、より直観が大事になってくると思います。自分がいいなと感じたら、すぐに投資を決めることもありますね。

――いくら事業計画が優れていても、人柄や日々の対応のなかに違和感があると投資はしない可能性があるということですか。

経営者からすれば、自分の事業を良く見せたいというのは当たり前。事業計画などの数字については話を盛ることもあるでしょうし、もともとこちらも話半分くらいにしか考えていません。いや1/10くらいですかね(笑)。

スタートアップはピボット(事業の方向転換や路線変更)して、それにより事業計画が大きく変わる可能性もあります。ですから、事業計画は大事ですが最重要ではありません。やはり経営者その人が大事ですね。

事業に対して真っすぐ向き合っているか、ピュアな情熱を持っているか。あとは、やり取りに誠実さがあるかどうかなどを見ます。

「確かに実力はありそうだけど、策士だなぁ」とか、「こうは言っているけど、本心はどうなのかなぁ」など、自分のなかで疑問を感じてしまうと、興味を失ってしまいますね。

――面談の際に、必ず質問することはありますか?

事業内容についてはひと通り聞きますが、あとは「なぜこの事業をそんなにやりたいのか」については聞くようにしています。もちろん、事前のプレゼンテーションで話は聞いているのですが、もう一度深く聞いてみるんです。

起業家サイドも、さまざまな質問に対する回答は準備してくるので、言葉そのものより、答えているときの表情だったり声のトーンだったりを見るようにしています。

あとは、「もし事業が立ちいかなくなったらどうするか」は聞きますね。メールでそのようなやり取りをしていて、その質問に対して回答がなかったことがあるのですが、それで関心がなくなりました(笑)。

――先ほど、「メールのレスポンスも要素の1つ」というお話がありましたが、実際に回答がないことがあったのですね……(笑)

冒頭でお話した空港送迎アプリ「スマートライド」は、新型コロナで人の移動がストップしてしまい、非常に経営が厳しい時期もあったのですが、そんな苦しいときほど頻繁に事業報告や解説動画といった連絡をくれたんです。面談も求めてくれました。そうなると、こちらももっと力になりたいと思いますよね。そして、見事危機を突破し、今は過去最高売上を毎月のように更新しています。人間性は数字にもつながると思います。

出資したあとにわかる部分にはなりますが、そういう誠実さやひたむきさも、スタートアップとして成功するために必要なものではないでしょうか。

自身が持つ知見やネットワークをスタートアップに提供

坂田健氏

――坂田さんのパワーエンジェル投資家としての強みはなんでしょうか。

マーケティングは事業家としてやっているので、WEBマーケも含め、この分野ではスタートアップの役に立てると思います。同様に、PRやメディア戦略なども得意分野です。私は自分でプレスリリースを全文書きますし、月12本TVキー局に出たこともあります。

出資先にPRのご支援をして、その後メディアに多く出られるようになった企業がすでに何社もあります。また、業界によりますが、自分の顧客にスタートアップの商品やサービスを紹介したり、8,000人くらい読者がいる自分のメルマガで紹介したりすることもできます。さらに今後はYouTubeが自社保有のメディアになるので、その辺も活かせると思います。

ただ、支援や助言をしたのに、忙しいのを理由に実行しない方も稀にいるので、そうなると、二度とその人には教えたくなくなりますね(笑)。

――坂田さんが持つネットワークをフル活用できるわけですね。

これは自分の強みとは少し違いますが、一般的に、エンジェル投資は10社に投資して1社当たれば成功という世界なので、当然、立ち行かなくなってしまう会社のほうが多いはずです。

もしそうなったとしても、自分は「ダメでしたね」で済まさず、いかに柔らかく着地できるかだったり、ピボットを考えたりしたいです。立ち行かなくなる前に、私のネットワークやケイパビリティからのサポートは、ぜひしたいと思います。

ただ、起業家のなかにはこちらが介入しすぎるのを嫌がる人もいるので、基本的には求められない限り、こちらからはあまり介入はしないようにしています。自分から求めることができる経営者ほど、事業も伸びているように思います。

――パワーエンジェル投資とは、坂田さんにとってどのようなものですか。

資金だけでなく経営支援も提供していくというスタイルは非常にやりがいがありますし、会社の成長だけでなく、経営者の成長も同時に見守っていけるのは実に楽しいことです。

実際、投資先であるスマートライドが苦しんでいるところから復活できたのは、自分のことのように嬉しかった。そういう意味で、非常にやりがいを感じることができるものです。

もちろん、リターンを得られれば言うことはありませんが、それ以外の部分で自分のプラスになる部分が少なくありません。どこまで自分が力になれているかはわかりませんが、今後も起業家に貢献できるのであれば、パワーエンジェル投資を続けていきたいと思っています。

坂田 健(さかた たけし)
お話をお聞きした人

坂田 健(さかた たけし)
有限会社タロコ代表取締役。1982年熊本生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。2007年、倒産寸前だった株式会社アールキューブを継いで代表取締役に就任。世界最大の口コミサイト・トリップアドバイザーで全レストラン部門東京1位(10万店舗中)を獲得。2019年より全国の飲食店へ餃子の製造卸事業をスタート。強みのWEBマーケティングを活用し、約2年間で導入2,000店舗を突破。2021年12月、アールキューブ代表権を弟の坂田茂氏に承継。エンジェル投資家としても活動し、国内外のスタートアップを支援している。共著に「弱者にやさしい会社の話」(近代セールス社)、「心の時代の感動サービス」(同友館)ほか。