ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、九州旅客鉄道株式会社(以下、JR九州)上席執行役員 総合企画本部副本部長兼経営企画部長の赤木由美氏にお話を伺った。

JR九州は、九州地方を中心に鉄道事業を展開する大手鉄道事業者。現在は鉄道事業の他に不動産・ホテル、流通・外食、建設など多岐にわたる事業を展開している。

同社は2019年にESG各分野の取り組みを強化・推進するため、専門部署のESG推進室を立ち上げるとともに、社長を委員長とする「ESG戦略委員会」を設立し、ESG経営を全社的な課題と位置付けている。2021年8月には環境マネジメント体制の強化も図り、脱炭素社会の実現に向けた取り組みも進めている。本稿では施策の詳細や現状の課題、進むべき未来像などについて、インタビューを通じて紹介する。

(取材・執筆・構成=大正谷成晴)

赤木由美氏
赤木由美(あかぎ ゆみ)
――九州旅客鉄道株式会社 上席執行役員 総合企画本部副本部長 兼 経営企画部長
早稲田大学を卒業後、1991年入社。広報や営業、経営企画部門を担当し、2012年6月にジェイアール九州ファーストフーズ代表取締役社長に就任。2014年6月に退任後、九州旅客鉄道株式会社に復帰、総務部担当部長を経て、人事部長、営業部長、熊本支社長を歴任。2022年4月より現職。

九州旅客鉄道株式会社
1987年に「日本国有鉄道」の分割民営化によって九州旅客鉄道株式会社(JR九州)が発足。安全とサービスをすべての事業の基盤に、鉄道をコア事業として、駅ビルやホテル、マンション、建設、船舶、流通や外食事業など事業領域の拡大を進め、2016年10月に株式上場。「安全・安心なモビリティサービスを軸に地域の特性を活かしたまちづくりを通じて九州の持続的な発展に貢献する」という「2030年長期ビジョン」を掲げる。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年生まれ。埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」運営など多岐にわたる。

目次

  1. 九州旅客鉄道株式会社のESG・脱炭素におけるこれまでの取組みについて
  2. 九州旅客鉄道株式会社が考える脱炭素経営の社会・未来像
  3. 九州旅客鉄道株式会社のエネルギー見える化への取り組み

九州旅客鉄道株式会社のESG・脱炭素におけるこれまでの取組みについて

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):当社は鳥取県に本社を構える、システム関連を中心とした企業です。本日はJR九州様のお取り組みを勉強させていただきます。よろしくお願いいたします。

JR九州 赤木氏(以下、社名、敬称略):JR九州の赤木と申します。弊社はESGの最先端を走っているわけではなく、さまざまなことを学びながら進めているのが現状です。

坂本:最初に、ESGや脱炭素に対するこれまでの取り組みや成果、ビジネスへの影響などについてお聞かせください。

赤木:JR九州ではあるべき姿として、「安全とサービスを基盤として九州、日本、そしてアジアの元気をつくる企業グループ」を掲げています。これを目指してどのように価値を創造するか、そのベースとして「誠実」「成長と進化」「地域を元気に」というJR九州グループが大切にしている3つの「おこない」があります。これは、グループ全体1万5千人の社員に浸透している言葉であり、何か事業を始めたり携わったりする時、この3つに照らし合わせて確かめるための道標になっています。社員一人ひとりがこれらを心に刻んで各事業に取り組むことで社会的価値を創造し、ひいてはESG経営につなげたいと考えています。

▼JR九州グループが掲げる「あるべき姿」

あるべき姿
(画像提供=JR九州)

今年は「JR九州グループ中期経営計画2022-2024」を発表しました。ここでは、2030年長期ビジョン「安全・安心なモビリティサービスを軸に地域の特性を活かしたまちづくりを通じて九州の持続的な発展に貢献する」を実現するために「価値観の変化を捉えた“豊かな生活を実現する”まちづくり」「九州の持続的な発展に貢献する領域の拡大」という2つの方針を定めました。

中期経営計画では2030年長期ビジョンの実現に向けてマテリアリティも見直し、「脱炭素社会の実現」「すべての事業の基盤となる安全とサービス」「持続可能なまちづくり」「価値創造の源泉である人づくり」「健全な企業運営」の5つを特定した上で、それぞれについて非財務のKPIも設定しています。

その中でESGの「E」にあたる「脱炭素社会の実現」に向けた基本的な姿勢として、守りと攻めの両面からのアプローチが必要であると考えています。守りは「CO2排出量の削減」で、将来のエネルギーコスト増加を見込み、エネルギー使用量を削減する取り組みです。これまでも、車両更新に合わせて省エネ型車両や、蓄電池を搭載したディーゼルハイブリッド車両の導入を進めてきました。

攻めの「新たな価値の創出」に関しては脱炭素社会への移行を事業成長の機会と認識し、新しい挑戦が必要であると考えています。具体的には不動産アセットにおけるグリーンビルディング認証の取得、また自社用地を活用して他社と連携した上で、オンサイトPPAモデルによる太陽光発電の導入を始めました。他にも再エネ電源の導入や活用、博多駅への再エネ電気の供給といった取り組みを進めています。

▼長崎支社長崎工務所ではオンサイトPPAを導入

太陽光発電
(画像提供=JR九州)

▼博多駅(JR九州部分)で使用する電力を再エネ電力に切り替え

博多駅
(画像提供=JR九州)

私たちが使用するエネルギーの大部分は購入電力です。そのため、電力会社の電源構成によって当社のCO2排出量は変わりますが、何もしないでよいというわけではありません。PPAの取り組みはその一つであり、自駅の一部電力をそれで賄うといったようなことも検討しています。

マテリアリティの中でもう一点言及するなら、ESGの「S」に当たる「価値創造の源泉である人づくり」の観点です。コロナ禍を体験し、企業にとっての人の大切さ、従業員が意識を高く持つことの大事さに改めて気づきました。従業員が働きがいややりがいを持って、活き活きと働く会社に成長していくことは重要であり、そのために新しい人材戦略を整える準備もしています。また、このマテリアリティに関する非財務のKPIとして、従業員意識調査の結果が継続的に前年を上回ることを掲げていて、これを取締役の報酬と連動させるなど、我々も責任を取りながら推進しているところです。

九州旅客鉄道株式会社が考える脱炭素経営の社会・未来像

坂本:次に、ニューエコノミー時代における脱炭素経営についてお聞かせください。DXやIoTが進み、スマートシティのような構想も現実味を帯びてきましたが、今後の社会において御社が考える脱炭素社会のイメージはどのようなものでしょうか?

赤木:私たちは今回の中期経営計画の中で「まちづくり」にフォーカスしています。坂本さんがおっしゃったように、社会が変わるにつれて、まちづくりのあり方も変わっていくと私たちも考えており、先ほど挙げた長期ビジョンの実現方針として「価値観の変化を捉えた“豊かな生活を実現する”まちづくり」を掲げました。コロナによって豊かさの内容は変わってきたと考えており、それぞれが感じる豊かさに対して私たちが何を提供できるのか、そのような視点で取り組んでいます。

まちづくりの方向性は地域特性によって異なるため、今回は九州を「ターミナル駅周辺・沿線」と「地方」の2つのエリアに分けて考えました。前者では、これまでもターミナル駅中心に駅ビルやオフィスビルを建てたり、周辺に分譲・賃貸の住宅系マンションを開発したりしてきました。今後も沿線を含めて進めていきますが、これからはさらなる付加価値が求められると考えています。例えば、駅ビルであればモノを買うだけではなく、新たな体験価値を提供できるような仕掛けが必要ですし、リアルとデジタルの組み合わせも重要であると考えています。沿線には物流施設やデータセンターといった社会インフラを誘致する取り組みも必要です。これらを通じて「住みたい・働きたい・訪れたい」まちを構築します。

地方におけるまちづくりでは、今後定住人口の増加を期待することは厳しい面がありますが、魅力を発掘することで「訪れたい」というニーズを喚起することは可能です。「住みたい・働きたい・訪れたい」の3つが都市部であるとすると地方はそれとは異なるまちづくりが必要で、私たちが果たせる役割の一つは交流人口の増加だと捉えています。これまでもD&S(デザイン&ストーリー)列車とそれを絡めたプロモーションを行ってきましたが、地方の良さをクローズアップして交流人口を増やすことが当社の役割です。また、鉄道だけで交通インフラを完全に補うことは難しく、バスやオンデマンドタクシー、自治体のコミュニティビークルなどとの連携を通じ、トータルでモビリティサービスを提供しなければなりません。他の事業者様と一緒にシームレスな移動手段を実現する必要があると思います。地方や都心部、観光地など、さまざまな形のMaaS(Mobility as a Service)を自治体などが学んでいて、私たちも西鉄様やトヨタ様とタッグを組んで、さまざまな移動手段を組み合わせたルートを案内するトヨタのMaaSサービス「my route」を活用しています。

▼ターミナル駅周辺・沿線におけるまちづくりのイメージ

ターミナル駅周辺・沿線におけるまちづくりイメージ
(画像提供=JR九州)

坂本:ターミナル駅周辺のMaaSはイメージできますが、地方になればなるほど事業採算性が低くなると思います。鳥取でも自動運転を試験的に導入していますが、ビジネス面を考慮すると定着には課題が残されています。このあたりは、どのようにお考えでしょうか。

赤木:地元の自治体の皆さまはもちろん、より多くの交通事業者が参画することが大切で、地域のお客さまの利便性向上を主眼に進めたいと思います。関係者の力を借り、それぞれが役割を担って地域を支えるプラットフォームを構築していくイメージです。

ちなみに、来年度には「日田彦山線BRT(バス高速輸送システム・愛称BRTひこぼしライン)」が開業します。もともとは鉄道でしたが豪雨により被災しました。そこで地域の皆様と話し合い、地域に即したモビリティということでBRTを選択したという経緯があります。車両もここでは、電気バスの導入などによる環境にやさしい取り組みを進めます。また、学校や病院など生活に密着したエリアにBRT駅を設置することで、これまで以上に便利な交通機関となることを目指しています。このように地域に合ったモビリティをMaaSの中に取り込んでいくことも私たちの役割です。

▼地方におけるまちづくりのイメージ

地方におけるまちづくりイメージ
(画像提供=JR九州)

なお、長期ビジョンにおけるもう一つの実現方針である「九州の持続的な発展に貢献する領域の拡大」でも、脱炭素社会の実現に向けた取り組みを重要テーマに掲げています。私たちが既存事業で培った強みや信用力などを活かし、地域経済や地域社会、環境へ貢献しながら事業領域を拡大したいと考えています。

加えて、サステナビリティやESG、脱炭素社会の実現など、社会課題に対して各企業がどのように取り組んでいるのか、どのような課題があるのかを積極的に開示することも、企業の使命であると考えています。

坂本:御社では、ホームページ上や統合報告書で情報を公開されていらっしゃいますね。

赤木:様々な機会を通じて情報を開示することは重要であると捉えており、他社様の事例を拝見したり、投資家の皆様からご意見をいただいたりしながら、開示・表現方法を柔軟に変えているところです。

坂本:お客さまなどに対して、脱炭素に向けての取り組みをアピールされていますか。

赤木:鉄道は環境にやさしい乗り物だとアピールし、乗ること自体が脱炭素社会の実現への一助になるということをご理解いただきたいと考えています。ですが、それだけでは十分ではありません。例えば、鉄道に乗るとガソリン車よりも環境負荷が小さいことからそれをインセンティブとしてご利用のお客さまにポイントが付与されたり、貯まったポイントをサービスの対価や商品購入に使用できるといった仕組みがあってもよいと思います。海外の自治体においてはすでに実施されている事例もあるようです。

九州旅客鉄道株式会社のエネルギー見える化への取り組み

坂本:省エネや脱炭素を進めるには、電気やガスなどエネルギーの使用量を数値として表示・共有する「エネルギーの見える化」が必須と言われていますが、御社ではどのようなことに取り組まれていらっしゃいますか。

赤木:現在は省エネ法に基づきエネルギー使用量を把握し、削減に努めています。使用量の見える化について、現時点では特別なことは行っていませんが、今後はエネルギーがどこでどのように作られたのか、非化石証書のトラッキング情報や、それをもとにした再エネ電力の地産地消などの観点が求められると認識しています。動向を注視して、必要に応じてエネルギーの見える化も検討したいと考えているところです。

坂本:御社は非常に大きなグループですので、Scope1、2の集計だけでも本当に大変だと思います。今後はScope3が求められますが、どのように対応する方針でしょうか?

赤木:おっしゃるとおり当グループには43社あり、現在はグループ全体でのScope1,2排出量の集約を進めています。グループ全体でのScope3排出量の把握は、これからですが、鉄道だけでなく多岐にわたるビジネスを展開しており勉強が必要です。

坂本:取り組む時期の目安はありますでしょうか。

赤木:Scope1,2排出量に関しては今年度分から集約をはじめており、Scope3排出量の集約は来年度中には着手したいと考えています。。

坂本:ESG投資は多くの機関・個人投資家から注目されています。この観点で、御社を応援することの魅力をお聞かせください。

赤木:私たちは九州の持続的な発展に貢献し、地域を元気にすることが使命だと捉えており、その実現とグループの成長・進化は一体だと思っています。JR九州グループの事業を通して、九州を元気にすることで、JR九州グループの元気にもつながりますので、そのような好循環を目指していきたいと思います。

九州は全国的に見ると人口減少や高齢化が進んでおり、事業環境としては厳しい面もありますが、様々な取り組みによりお客さまに集っていただける沿線とすること、地域を元気にする施策を継続していきます。そのような点を評価していただければと思います。

坂本:今日のお話でESGや沿線に対する取り組みを理解できました。ありがとうございました。