ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家のみならず、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、大王製紙株式会社コーポレート部門経営企画本部サステナビリティ推進部部長の飯島恵一氏にお話を伺った。
大王製紙株式会社は、紙・板紙製品及び家庭紙製品を製造・販売する総合製紙メーカー。1993年に「DAIO地球環境憲章」を制定するなど早くから環境対策に取り組んできた。現在はサステナビリティ・ビジョンを掲げ、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みを進めている。本稿では環境・脱炭素のトピックを中心に、同社の施策や成果、今後目指すべき姿について、対談を通じて紹介する。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1990年入社。家庭紙計画予算部、マーケティング部、チェーンストア営業等を経て、2003年に吸収体製造、段ボール製造、印刷等の関連会社にて業務課長、購買部長、取締役総務部長、取締役人事部長等を経験。2012年より大王製紙 工場企画部長、労務部長、資材部長を経験し、2020年7月より現職。
大王製紙株式会社
1943年に愛媛県四国中央市で新聞用紙と産業用紙(板紙・包装用紙)のメーカーとして創業。その後、「エリエール」ブランドにてティシューやトイレットなどの衛生用紙市場へ参入。現在は、ベビー用・大人用の紙おむつ、フェミニンケア用品、ウエットティシュー等の関連製品を製造・販売。海外進出も積極的に進めており、タイ・中国・インドネシア・トルコ・ブラジルなどの生産拠点にて、ベビー用紙おむつを中心に製品展開を行う。
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
大王製紙株式会社の再エネ・脱炭素に対する取り組み
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):アクシス代表の坂本です。鳥取県でシステム開発を中心とした事業を展開していますが、9割以上が首都圏のお客様というのが特徴です。最近は再エネ関連のプロダクトとして、エネルギーの見える化にも取り組んでいます。本日は、大王製紙様のESGや脱炭素に対する施策を勉強させていただきます。よろしくお願いいたします。
大王製紙様 飯島氏(以下、社名、敬称略):はじめまして、大王製紙の飯島です。弊社グループは新聞用紙や印刷、段ボールといったあらゆる紙製品、『エリエール』ブランドでお馴染みのティシューペーパー、紙おむつといった日用品を製造・販売しています。弊社には元々CSR部がございましたが、時代の流れからサステナビリティ経営にシフトするということで、2020年7月に私が着任したタイミングで部署名をサステナビリティ推進部に変えて、今日に至ります。
坂本:最初に、御社のESGや脱炭素への取り組みやその成果をお聞かせください。
飯島:私たちはありたい姿「やさしい未来」を実現するために、「ものづくりへのこだわり」「地域社会とのきずな」「安全で働きがいのある企業風土」「地球環境への貢献」といった経営理念の4つの柱を重んじています。これらの体現が、経営理念である「世界中の人々へ やさしい未来をつむぐ」ことにつながっていくからです。
本日のトピックの中心となる「地球環境への貢献」では、「気候変動への対応」「循環型社会の実現」「森林保全と生物多様性の維持」の3つのマテリアリティを特定し、具体的な取り組みを進めています。
「気候変動への対応」では、カーボンニュートラルの実現に向けたCO2排出量の削減が中心的な取り組みです。2030年がSDGsの達成期限ですので、これに合わせて化石由来のCO2排出量を2013年度比で46%削減することを目標に掲げ、2050年にはカーボンニュートラルの実現を目指します。
▼大王製紙のサステナビリティ・ビジョン
坂本:目標実現に向けた具体的なアクションについて教えていただけますか。
飯島:大きく分けて3つあり、1つ目は化石燃料から再エネなどへの転換です。リサイクル発電設備の導入やFITバイオマス発電電力の販売から自家消費への転換を進めており、バイオマス燃料の利用拡大、太陽光発電設備の導入などにより、石炭からフェードアウトします。2つ目は省エネの推進です。LED照明の採用や高効率・低燃費設備の導入などを通じて、エネルギー原単位1%/年削減を目指します。3つ目はCO2の吸収です。弊社は南米チリで森林経営をしていますので、植林の適正管理や生長量の高い樹種の導入、森林面積の拡大により、CO2を吸収・固定します。
CO2削減のポイントですが、工場の電力を賄う石炭ボイラーの停止です。愛媛県にある基幹工場の三島工場に3缶ありまして、これらで全排出量の約6割を占めていると認識していますので、どのように止めていくかが大きな課題です。これと省エネ、CO2吸収などをバランスさせることで、カーボンニュートラルにもっていけると考えています。
坂本:石炭ボイラーを停止するための施策についてはどのようにお考えでしょうか。
飯島:2030年までに石炭から廃棄物に燃料を換え、1缶目の石炭ボイラーを停止します。同じ熱量を引き出すために多くの廃棄物を燃やすため弊社のCO2排出量はそれほど減りませんが、単純焼却されていた地域や自治体のごみを燃やすことで地球全体では減り、サーマルリサイクルにもなります。
次に、2040年までに2缶目の石炭ボイラーの停止を目指します。ここでは、黒液といわれるパルプを製造する工程で発生する樹脂を中心とした燃料を利用するのでCO2は排出しますが、木は成長過程でCO2を吸収するので国際ルール上はカーボンニュートラルとなります。
黒液回収ボイラーは既に稼働していて、現在はFIT(固定価格買取制度)を活用し、その電力を外部に販売していますが、今後は自社で使用することで停止時期を早めることも考えています。
2050年までには3缶目の石炭ボイラーも停止し、石炭ゼロ化へ完全にシフトします。CO2を発生しない燃料への転換を想定しており、水素やアンモニアが有力候補です。現状では技術が確立していないため具体的な策はありませんが、四国中央市カーボンニュートラル協議会を立ち上げまして、地域全体で新たな燃料や設備の導入を検討し、実現を目指します。
三島工場は、主に化石由来の燃料を使用し100%自家発電で電力を賄っているため、燃料転換によるCO2削減が大きな目標です。一方、関係会社でもPPAを活用した太陽光発電設備の設置等、再エネの活用を推進する方針です。
坂本:現時点での成果はいかがでしょうか。
飯島:2021年度のGHG削減は2013年度比で7.1%増、化石由来のCO2削減も3.1%増えています。これは、持続的な成長のために実施したブラジルの衛生用品会社の子会社化などが影響しているからです。国際ルール上はM&Aをした会社のCO2排出を基準年にプラスできるので現在、算出中ですが、それを考慮しても成長のほうが上回っているかもしれません。ただし、今後はロードマップに沿って進めることで、総量を減らすことができるはずです。
▼カーボンニュートラル実現へのロードマップ
坂本:ありがとうございます。次に、「循環型社会の実現」に向けた取り組みについて教えてください。
飯島:主な取り組みとして難処理古紙の利用促進を進めています。難処理古紙とは、一般的な段ボールや新聞紙と違い、ラミネートされていたり、雑誌の付録のDVD等の夾雑物が混ざっている古紙のことで、そういったものは通常はリサイクルされずに焼却されます。ところが古紙とプラスチック等の夾雑物に分別すると、古紙は再利用に回すことができ、一方でプラスチックなどの夾雑物は、「リサイクルボイラー」(廃棄物ボイラー)で燃やすことで、サーマルリサイクルができます。現時点では板紙への配合率は16.2%ですが、2030年までに30%まで引き上げることを目標にしています。そのためにも、古紙問屋向けにセミナーを開催し、難処理古紙の積極的な回収をお願いしたり、行政の環境局や回収組合、排出元に訪問したりするなど、集荷元の拡充にも努めているところです。
環境配慮型商品の開発・展開も行っています。ここではSDGsの考えに近いCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)を強く意識しています。
1つ目は、減プラ・脱プラ製品の開発です。近年は海洋プラスチックごみ問題が注目されていますから、プラスチックとの代替が可能な高密度の厚紙や耐水性・耐油性を付与した、優れた生分解性の性質を持つ「エリプラシリーズ」を開発・展開しています。既に大手カフェチェーン様や食品メーカー様にお使いいただいており、2030年までに29アイテムでの採用を目指しています。既に現時点で25アイテムの実績があるため、目標は上方修正する考えです。
▼大王製紙のエリプラシリーズ
2022年10月には製造残渣(もみ殻、コーヒー粕など原材料から目的の成分を取り除いた後に残った部分)を紙の原料として再利用し、資源を有効活用するシステム「Rems(リムス)」を新たに立ち上げました。廃棄物の多様化や増加は社会問題であり、製造における残渣を紙の原料として再利用できればという考えです。
▼資源を有効活用する「Rems(リムス)」
「森林保全と生物多様性の維持」については、主に2つの取り組みがあります。1つは南米チリのグループ会社、フォレスタル・アンチレLTDA.による植林地の約半分を天然林として維持し、天然記念物の「アレルセ(パタゴニア・ヒバ)」と絶滅危惧種でカワウソの一種である「ウイジン」等を保護するために、定期的なモニタリングを現地の森林公社やNPOと連携して行っています。
もう1つは、国内グループ会社のダイオーペーパープロダクツ徳島事業所での取り組みです。ここでは吉野川に生息する希少淡水魚「カワバタモロコ」の繁殖活動を徳島県や地域企業様と連携して行っています。工場内の貯水槽で、水質の監視や産卵場所の整備、保護ケースの清掃などの対策を講じ、当初は200匹だったのが1,000匹以上に増えていて、最終的には元の生息地に放流することを目標にしています。
これらの活動における今後の課題として、2023年に予定されているTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)の発表に合わせ、そのフレームワークに沿った開示・取り組みとなるよう進めていきたいと思います。
大王製紙株式会社考える脱炭素経営の社会・未来像
坂本:DXやIoTが進展し、スマートシティのような構想も現実味を帯びてきました。そのような未来において、御社が考える脱炭素社会のイメージや、担うべき役割についてお聞かせください。
飯島:私たちはサステナビリティ・ビジョンで「衛生:人々の健康を守る」「人生:人生の質を向上させる」「再生:地球を再生する」という「3つの生きる」を掲げ、これらを成し遂げて「やさしい未来」を実現する企業というパーパスを掲げています。
サステナビリティ・ビジョンにも示していますが、その「やさしい未来」は、「人に対するやさしさ」と「地球に対するやさしさ」の2つの面から描いています。私たちが考える脱炭素社会は、「地球に対するやさしさ」の未来像に示していて、脱炭素を地域やサプライチェーンで連携して進めるのと同時に、冒頭で述べたとおり「地域社会とのきずな」を重視している企業ですから、地域の電力が不足すれば供給する、最終処分の廃棄物を引き受ける、雇用を創出するといったことも含め、地域を活性化させるのが弊社の役割だと考えています。
脱炭素社会のイメージは、サプライチェーン全体でカーボンニュートラルが実現している社会で、燃料転換や植林などを駆使して、GHG排出量が実質ゼロになっている状態と捉えています。加えて、ボーダレスな自然共生社会が実現している状態であるとも考えていて、行政や他企業と連携して生物多様性を維持していくことも大切です。弊社の植林事業では12年から16年周期で植樹と収穫を繰り返していて、植林面積の拡大も進めています。この事業としての植林の価値が上がることで、更なる植林により、森林減少に歯止めがかかり森林面積が復元され、自然豊かな地球が再生できれば良いと思っています。
原材料を運ぶ船も海運会社と協力してCO2を排出しない燃料に替わり、工場で使うエネルギーも再エネなどCO2を排出しない燃料に替わっている、そして工場がある四国で電力が不足するなら弊社が発電して供給する、そんな状態になっていれば良いと思っています。
香川県三豊市では、家庭や事業所から出るごみを発酵・乾燥させて処理する「トンネルコンポスト方式」を採用して焼却ごみを減らしていますが、残ったごみは単純焼却ではなくサーマルリサイクルし、周辺企業とともに熱利用や電気利用を進めることも大切です。また、製品の輸送に関してもクリーンな燃料への転換が進み、販売店においても脱プラ商品が扱われている、例えば紙おむつは化石由来の素材を多く使っていますが、すべて紙などの天然素材の製品ができれば良いと思っています。家庭でもしっかりごみが分別され、紙などはリサイクルし、どうしても再利用できない物があるならリサイクルボイラーで電気や熱に換える、そんな社会を思い描いています。
こうした未来の姿を踏まえて現在注力しているのは、「地域社会との共生」です。三島工場では先ほど述べた四国中央市カーボンニュートラル協議会の主要メンバーや官庁、企業と連携して新たな燃料・技術を創出する取り組みを進めています。ちなみに、四国中央市は官民が一体となって取り組んできた結果、16年連続で紙出荷額全国1位の自治体となりました。一方で少子高齢化の課題もありますから、これまで述べた脱炭素社会に加え、弊社が介護用品(大人用紙おむつ)を通じて取り組んでいる医療・介護が一体となった地域包括ケアシステムとも連携させて、地域全体のウェルビーイングに貢献できればなお良いと考えています。
坂本:脱炭素社会を目指す中、これら施策について情報を公開することも大切だと感じています。今後、各企業はどのようなプロモーションが必要だと考えていらっしゃいますか?
飯島:投資家を中心としたステークホルダーが知りたい情報と、企業が周知・アピールしたい情報を取り組みという形でバラバラ出すのではなく、バランス良く開示するべきだと考えています。まず、開示が義務付けられているものや他社と比較しやすい情報、GRI(Global Reporting Initiative)などが要請している項目は、投資家が知りたい情報だと考えますので、できるだけ開示するよう心がけています。一方で、自社のパーパスや将来像、長期的な経営戦略に沿った独自の取り組みなど、企業がアピールしたい情報は「Why」や「How」を説明し、ストーリー性をもって示すことが大切だと思います。
情報を開示するにあたっては、「戦略」「リスク管理」「指標と目標」「ガバナンス」というTCFDの開示のフレームワークが参考になります。また、開示したらそれで終わりではなく、投資家や消費者の意見などを取り入れて経営に反映するサイクルを回せば、ESGや脱炭素社会の早期実現につながると思います。
大王製紙株式会社のエネルギー見える化への取り組み
坂本:省エネや脱炭素を進めるには、エネルギーの見える化が必須といわれています。弊社も電力トレーサビリティシステムの提供を通じて企業を支援していますが、御社ではどのように取り組んでおられるのでしょうか。
飯島:ESGの中でも環境や社会(女性管理職比率など)のデータについては、グループ全社を取りまとめるシステムを導入しています。エネルギーに関しては燃料や熱、電力、車両、再エネ、ガソリン、石炭などの使用量を社内で可視化・共有する仕組みもあります。現状は、原価に関わる情報なので積極的に開示することはしていませんが、時代の変化に対応すべく準備を進めているところです。
坂本:現在は自社内のエネルギー使用量を可視化・共有しているとのことですが、国内外のグループ会社やサプライチェーンに関しては、どのような方法でデータ収集していかれる方針でしょうか。
飯島:取り組みを含めて、組織体制を見直しているところです。関連会社も大王製紙本体と同じようにサステナビリティ委員会と部会を立ち上げるのが理想ですが、難しいところもあります。関連会社の規模に応じて、ESG推進の責任者とE担当・SG担当という形で担当者を置き、データの収集や取り組みを浸透させたいと考えています。Scope1、2に関してはシステムを使って見える化を実現しましたが、Scope3に関しては容易でありません。今後、システム化も含め検討したいと思います。
坂本:昨今は多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せています。この観点で、御社を応援することの魅力を最後にお聞かせください。
飯島:まず、私たちのパーパスをご覧いただきたいと思います。誠意と熱意を持って衛生、人生、再生という「3つの生きる」を成し遂げ、やさしい未来を実現するとしています。社会課題の解決に取り組む企業であることをご理解いただけると幸いです。
魅力としては、パルプ由来の高機能素材「セルロースナノファイバー(CNF)」の可能性が挙げられます。天然素材であり鉄の5分の1の重さで強度が5倍あると言われています。自動車や航空機、医療やヘルスケア分野などでさまざまな応用が期待されている素材で、ガスバリア性や透明性、保湿効果など多くの機能があることも特長です。私たちのビジョンの衛生、人生、再生の3つの領域に関わる取り組みで、弊社は2021年にセルロースナノファイバーの複合樹脂のパイロットプラントを稼働させました。すでに液体や成形体などさまざまな形態で供給ができ、2030年までにスポーツや自動車など7分野での採用を目指しています。成長分野の商品を供給できる企業として、ご期待ください。
▼セルロースナノファイバーの活用事例
もう1つは森林の価値です。1990年以降の30年間で1億7,800万ヘクタールの森林が失われていると言われています。将来、森林の価値が上がったときには、弊社は、植林の技術などを通じて森林の復元、地球の再生に貢献できる企業であると考えています。森林はCO2の吸収・固定だけでなく、雨水を蓄えたり、土砂流出を防いだり、水質を浄化したりしますし、資源・原材料としての活用や、その地域の雇用を創出するなどSDGs達成にもつながるような良い面が多くあります。そんな価値ある森林を持続的に経営するノウハウを持っていることも、弊社の魅力の一つです。
坂本:本日のお話で地球環境に対する御社の姿勢や実践、未来構想まで知ることができ、地球全体の脱炭素に貢献する企業であることがわかりました。ありがとうございました。