本記事は、グウェンドリン・スミス氏の著書『考えすぎてしまうあなたへ』(CCCメディアハウス)の中から一部を抜粋・編集しています。
「考えすぎ」の定義
考えすぎる(動詞)
役立つというよりは害になるような方法で、何かについて考えたり分析したりすることに、あまりにも多くの時間を費やすこと。
『Merriam-Webster online dictionary』
「考えすぎ」という言葉の定義をたくさん見つけましたが、私はこれが一番気に入っています。とてもシンプルな言葉で表されているからです。それに、「考えすぎ」は時に有害であるということもうまく言い表しています。
誰でも、たまには考えすぎてしまうことがあるはず。しかし、そのような人たちの中には、絶えず襲ってくる不要な考えを断ち切ることができない人がいます(あなたも、そのうちのひとりではないでしょうか)。
実はそういう人たちの内心は、ふたつの異なるタイプに分かれます。
1|何度も繰り返し思い出す。過去のことを蒸し返す
- 先週のミーティングであんなことを言うべきじゃなかった。
- 前の仕事を辞めるべきじゃなかった。辞めなければ自分は今、もっと幸せだったはずだ。
- 昨日のパーティーで、あのケーキの一切れを食べるべきじゃなかった。こんなんじゃ一生太ったままだ。
こういった思考パターンは、後悔や罪悪感と密接に関わっています。
2|心配する。将来について、つねにネガティブで悲劇的な予測を行う
- 上司に報告書を提出したら無能だと思われ、解雇されるだろう。そうなると住宅ローンが払えなくなり、家をなくし、家族を養うこともできなくなる。
- その他いろいろ。
将来起こり得る失敗について心配すると、恐怖や不安が生まれます。
1、2のどちらか、あるいは両方のタイプの「考えすぎ」によって、いつも苦しむ状態に置かれてしまうのです。
まずは気楽に考えてみましょう。考える能力があるからこそ、私たちは人間でいられるのです。今、夢中になって取り組んでいる物事に対しても、心配になってしまうのは自然なことです。しかし、もし「考えすぎ」が原因で、ネガティブで破壊的な思考のスパイラルにおちいってしまったら、それは「問題発生」です。
この思考スパイラルに入り込むと、そもそも存在しない問題ですら作り出してしまうのが人間です。そして、その問題がリアルで正しいものだと思い込むようになるのです。このような思い込みの結果、心配や不安な気持ちが生じてしまいます。そして、思考は麻痺し、問題を解決する能力が弱まってしまうでしょう。
「考えすぎ」の定義で私がもうひとつ好きなのは、オンライン版『アーバン・ディクショナリー(Urban Dictionary)』に載っている次のものです。
考えすぎる
すべてを台なしにする最高の方法。
#面倒 #でたらめ #キツい #めちゃくちゃ #嫌になる
このような冗談はさておき、自分が経験していることについてより深い知識を持っていればいるほど、不要な考えや経験をもっとうまく操あやつれるようになると、私は信じています。
自分の「考えすぎ」について、気にすべきなのか?
すべての「考えすぎ」は有害なのか、とよく聞かれますが、そうではありません。
私たちは時に考えることに没頭し、まるで催眠術をかけられたかのように興奮して、ほとんど我を忘れ、時間の感覚さえなくしてしまうことがあります。空想にふけるとか、あれこれ考えてしまって集中できずにぼんやりするといった状態です。
いくつかの例を挙げてみましょう。
恋に落ちると、一日中、好きな人のことを考えている自分に気づきます。夜もその人の夢を見るかもしれません(昼も夜も夢見ている、ということですね)。でも、それは問題でしょうか? いいえ。ほとんどの人はそういった状態が好きなはず。まったく不安はなく、楽しくてワクワクした気持ちになるでしょう。
別の例として、結婚式の日が近づいてきました。ヘアスタイルやドレスを完璧にしたいので、あなたは一日中、他のオプションやドレスの色について考えています。それの何が問題ですか? いいえ、何の問題もありません。多くの人が結婚し、結婚式にまつわる面倒も乗り越えています!
また、あなたは水泳大会のためにトレーニングをしていて、いつも泳ぎ方や息継ぎについて考えています。それって問題ですか? それは成功したいという気持ちの表れではないでしょうか。実はアスリートは、キャリアを通じてつねにこのような心理状態にあります。こういった思考パターンが、失敗への恐怖によって生じる(そして、それが心配に変わる)ときにスポーツ心理学が役立ちます。
たとえばゴルフのスイングや、友人を夕食に招いたときに試す新しいレシピについて、考え続けているとします。考えては計画し、また考えては計画しの繰り返し。これは問題でしょうか。それとも、ワクワクした状態なのでしょうか。私は後者だと思います。
何が問題で、何が問題ではないのか。それを分けるのは、「どのように考えるか」という点です。たとえば、次のように考えていたとしましょう。
どうしよう。ブライズメイドのために用意したドレスの色選びで失敗した。これじゃ新婦の私が太って見えちゃう。シフォンスタイルのドレスじゃなく、Aラインのヴィンテージドレスにすべきだった。「あんなに太っていてドレスのセンスがない女と、なぜ新郎は結婚するんだろう」ってみんなに思われてしまう。
こういった思考は、恐怖心や、ストレスのもととなる過剰反応を引き起こします。
でも、次のように考えたらどうでしょうか。
結婚式の日がとても楽しみ。ブライズメイドのみんなも、パートナーもすごく素敵だろうな。私のドレスも招待状も最高だし、会場だって完璧……。
たとえ朝から晩まで同じことについて考えていたとしても、こういうふうに考えることができれば、もっと元気になれます。これも「考えすぎ」のひとつですが、問題はありません。
「考えすぎ」に関して医師が心配するのは、それが患者の睡眠の