本記事は、大野伸氏の著書『「情報リテラシー」情報洪水時代の歩き方』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=maru54/stock.adobe.com)

「自粛ポリス」を生み出した怖さ

2020年、5月のゴールデンウィークや8月のお盆の時期が近づくと、「news every.」で伝えることが増えたのは「自粛ポリス」を巡るニュースだった。

「自粛ポリス」とはネットから生まれたとされるワードで、「コロナ禍に多くの人が自粛をしている中で、それを破るような行動をしている人を見つけ出し糾弾する人」という意味になるだろう。ゴールデンウィークやお盆の時期に帰省をやめるように行政などから呼びかけが行なわれると、これに反して帰省する人を批判や糾弾するようなことをネットで拡散をし、時に嫌がらせが行なわれた。自分が帰省したくても我慢をしているからなのか、あるいは自粛で我慢を続けてきたストレスを発散しようとしているのだろうか。

2020年8月10日。ちょうどお盆の帰省時期に報じたのは、青森市にお盆の墓参りのために東京からで帰省した男性を中傷するビラが、8月7日に家の玄関先に投げ込まれていたというものだった。投げ込まれたビラには「なんでこの時期に東京から来るんですか」「この通りは小さい子も居るのです。そして高齢者もです」「さっさと帰ってください」(原文ママ)などと書かれていた。

しかし実際にはこの男性は、帰省前に2回のPCR検査を受けていて陰性だったという。

この男性が帰省してから2日後に投げ込まれたということで、地域社会の誰かが見ていて、このようなビラを投げ込んだものと見られた。この中傷には「PCR検査を受けて配慮していた」という重要な、本人や家族しかわからない情報が欠けていた。断片的に帰省をしたという事実だけを把握はしたものの、その背景などの情報を消化できないまま発信したことがトラブルの根を深くしただろう。直接、当事者と話をしていれば誤解も解けたのかもしれない。あるいは単純にストレス発散でこのような行動をしているのかもしれなかった。

この青森市の事例は、地域社会の「監視」を投影したものだった。「情報洪水」と言われるように社会ではあらゆる情報が拡散されているが、実は「地域」の情報は昭和の頃よりも減っていると感じてきた。

警察取材をしていた頃、捜査官がよく「今はマンションの隣に誰が住んでいるのかさえも知らない。近所同士のつながりが薄れているので、捜査の手掛かりをつかみにくい」とぼやいていた。

かつて、近所の奥様方が得ていた噂話のような情報は、都市部では人間関係の希薄化とともに減少している一方、地方では健在だったのだろう。しかし残念なことに、青森のようなケースは地方に限らず、地域的につながりが薄い都市部の中でも、「コロナ禍の自粛」というものに対してはピリピリとした目で見ながら、「自粛破り」と言われるようなケースを見つけては「制裁」を加えようとする人々がいることが報じられた。コロナ禍の自粛ストレスの大きさを感じずにはいられない。

「自粛ポリス」を巡る動きでは、自粛に反していると考えた行動などをSNSで拡散させていたケースが目立った。これが過剰な反応であるとして炎上し、全国ニュースで取り上げられるケースもあった。発信した人はSNS上のみでの批判のつもりだった、あるいは青森のケースでは本人だけに伝えようとしたのかもしれないが、現在はメディアもネットのこうした動きは注視している。SNSから大手メディアの発信につながっていくケースは実際に少なくない。

大手メディアが全国的な問題として報じることで警察や行政が動くことになるケースもあり、批判をした人が社会的な制裁を受けることもある。「ゆがんだ正義感」や「島国根性」という批判も識者からは出たが、こうしたコロナ禍の状況だからこそ、「news every.」藤井貴彦キャスターの言葉、「誰かを批判するのではなく」という言葉が支持を集めることにもなった。「news every.」は「ミンナが、生きやすく」というコンセプトも含めてコロナ禍のぎすぎすした世相の中で支持を集めたのだと思う。

さらに地方の自粛ポリスのような動きを本来は封じることに役立つはずの「行政広報紙」は新聞の折り込みや、時には棚積みのように「紙」をベースにした配布型が多く、読者の年齢層が高いものと推察され、完全に封じることはできなかった。オフィシャルな自治体情報を継続して特に若い住民に届けるためには、行政がもっとネットやSNSを活用していくことが必要である。コロナ禍では役所の意識や対応の課題も多数浮き彫りになった。

「情報リテラシー」情報洪水時代の歩き方
大野伸
日本テレビ放送網株式会社 「news every.」前統括プロデューサー
早稲田大学パブリックサービス研究所研究員、早稲田塾講師、日本メディア学会会員、sweet heart project(障がい者自立支援プロジェクト)アドバイザー
1996年に日本テレビ放送網入社。報道局に配属になる。社会部にて警視庁記者クラブなどを担当した後、2003年より経済部にて経済産業省、日本郵政公社、財務省、内閣府などを取材。三菱自動車やダイエーの経営再建取材など民間企業の取材も多数。2008年から経済部デスク兼ニュース解説者として「news every.」「スッキリ」「NEWS ZERO」などでスタジオ解説、ラジオ日本の朝の番組「岩瀬惠子のスマートNEWS」での解説など。2013年に営業局へ異動し、ルーブル美術館やリオ五輪でのCM撮影を行なう。「第68回広告電通賞優秀賞」を受賞(チーム受賞)。2016年より報道局にて「Oha!4 NEWS LIVE」プロデューサー、2018年12月から2022年5月まで「news every.」統括プロデューサーを務める。元青山学院大学兼職講師(2011年~2015年)。大学、財団法人、公共団体、経営者勉強会、広報勉強会、海外など含めて多数の講演歴や学術誌やWEBメディアでの執筆活動も行なう。早稲田大学大学院政治経済学術院公共経営研究科修了(公共経営修士)。

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