本記事は、大野伸氏の著書『「情報リテラシー」情報洪水時代の歩き方』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
「訂正」ができないネット時代の怖さ
経済部の現場記者時代、毎日何件もの記者会見に出てきた。その2000年代の常識で言えば、記者会見で誤った発言があった場合、記者会見終了時に広報担当者が「先ほどのあの数字は正しくはこうです」という基本的な事実関係の訂正フォローをし、「あの発言の真意は~」という誤解されそうな発言をフォローして、組織に都合悪く書かれることを防ごうとしたものだった。
しかし、ネット時代の今、スマホ1台あれば全世界に簡単に中継で映像をつなぐことができる。また映像を流す電波とセットであった媒体としての出口も、簡単にネット上で開設をすることができる時代になった。これは、記者会見が終わるまでの30分なり1時間なりの間に、どんどん事実誤認の情報が拡散され続けていることを意味している。
記者会見中に重大な事実誤認をしていた場合、これがネットの世界であっという間に拡散され、リツイートを繰り返されていくことを考えると、広報は記者会見をした人の面子を潰さないように静かに対応をするという発想を大きく変えなければならなくなっている。その場でどう記者会見をしている人にシグナルを送り、即座に修正をしてもらうのかというスピードと連携力が重要になっている。
コロナ禍で進んだ広報のDX(Digital Transformation=デジタル変革)化という事例として、イスラエル外務省の例をご紹介したい。2017年にイスラエル政府の招聘を受けて、現地を訪問して以来、取材関係がある。イスラエルはエルサレムから、記者ブリーフ(記者への背景説明的な場)をオンレコ、オフレコ含めてオンラインで日本メディアにも案内をしている。国益が大きく対立する中東情勢の中で、迅速に対応できることは大きなメリットだと考えているようだ。
しかし同時に、スマホの映像が敵対する国に転送をされている可能性もある。こうしたリスクも含めて発信をしているだろうし、各国の大使館で信頼できる筋に案内をしてパスワードを伝えているのだとは思う。一定のリスクをメリットが上回るという判断をして素早く発信する決断をできるのは、さすがイスラエルだと感じる。
イスラエルに駐在をする日本のプレスは多いとは言えない。世界中からzoomでつながり何よりも距離を超えて発信できることは、これまでの広報の常識を変えている。この事例に限らず、デジタル技術は世界の様々な常識やスピード感を変えている。旧来の、特に大企業の広報は「会社の論理を報じてもらう会報組織」だった。それが、「広く世界へ報じることに動く組織」に名実ともに変わることを迫られているだろう。
「瞬時に拡散されるリスク」は、SNS時代にはメディアや大企業だけではなく、個人も同様だ。個人のSNSが炎上してニュースにつながるような出来事は確実に増えている。2021年に行なわれた東京オリンピックでは、開幕直前に開閉会式の制作メンバーが過去に行なっていた障がい者いじめの事実がSNSを通じて拡散され炎上し、辞任に追い込まれた。さらに演出を担当した男性がホロコーストをいじっていた過去は、世界の中で許されないユダヤ人差別の観点から批判が相次ぎ、やはり辞任に追い込まれた。日本人だから知らなかった、では許されないのだ。
このように、過去のことも含めて次々とSNSでは世界に拡散していく力を持っている。これがかつては国内だけの問題で、文化や情報の国境があったが、SNS時代にはあらゆることが世界とダイレクトにつながっている。「情報のボーダレス社会」の中にいることを個人レベルでも理解する必要がある。
早稲田大学パブリックサービス研究所研究員、早稲田塾講師、日本メディア学会会員、sweet heart project(障がい者自立支援プロジェクト)アドバイザー
1996年に日本テレビ放送網入社。報道局に配属になる。社会部にて警視庁記者クラブなどを担当した後、2003年より経済部にて経済産業省、日本郵政公社、財務省、内閣府などを取材。三菱自動車やダイエーの経営再建取材など民間企業の取材も多数。2008年から経済部デスク兼ニュース解説者として「news every.」「スッキリ」「NEWS ZERO」などでスタジオ解説、ラジオ日本の朝の番組「岩瀬惠子のスマートNEWS」での解説など。2013年に営業局へ異動し、ルーブル美術館やリオ五輪でのCM撮影を行なう。「第68回広告電通賞優秀賞」を受賞(チーム受賞)。2016年より報道局にて「Oha!4 NEWS LIVE」プロデューサー、2018年12月から2022年5月まで「news every.」統括プロデューサーを務める。元青山学院大学兼職講師(2011年~2015年)。大学、財団法人、公共団体、経営者勉強会、広報勉強会、海外など含めて多数の講演歴や学術誌やWEBメディアでの執筆活動も行なう。早稲田大学大学院政治経済学術院公共経営研究科修了(公共経営修士)。※画像をクリックするとAmazonに飛びます