本記事は、中村英泰氏の著書『社員がやる気をなくす瞬間 間違いだらけの職場づくり』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
社員同士が縮めなければならない、3つの距離
さて、ここでは、社員同士が縮めなければならない3つの距離について、もう少し詳しく説明していきます。
これまで説明してきた人と人を離反させる3つの距離には、本来「サイロ=役職や階層の距離」、「スラブ=部署間の距離」、「バウンダリー=個人の心理的距離」という名称がついています。
「サイロ=役職や階層の距離」というのは、もともとは農場にある円筒型の穀物倉庫のこと。上から穀物を入れると、下から流れ落ちる仕組みになっています。
穀物が下から上へ移動することはありません。
組織の上から下方向へという縦割りの力が強く働き、上司や部下との関係性が分断される状況を表しています。
組織は縦割りのほうが管理しやすい面もありますが、情報共有や人的交流、企業の創発の面からは、流れを気にせず関係性を築くことがあってもよいはずです。
縦割りの力が強く働き、上司と部下との関係性が分断されている状況を「サイロ」といいます。
「スラブ=部署間の距離」は、「石板」を意味します。
会社全体で集まることがあっても、部署ごと、事業所ごとにメンバーが固まってしまうのは、よくみられる光景です。
同じ企業内であっても、所属先がA支店とB支店とに分かれているだけで、まるでそれぞれが石板の上にのって隔てられているかのように、支店を越えた関係性が築きにくくなります。
物理的な距離が、関係性を途絶してしまうというわけです。
そして最後の「バウンダリー=個人の心理的距離」は、境界を意味します。
学歴や成績、職位、年齢、所属部署、所在地など、さまざまな理由から、相手と関係性を築くのを敬遠してしまうことがあります。
そこで生じている心理的な「壁」を意味します。
さらに、バウンダリーは、サイロやスラブの状況によっても引き起こされます。
「関係密度」を高めていくには、3つの距離に気をつけながら阻害要因となる溝を取り払うことが必要です。
企業によっては、このサイロ・スラブ・バウンダリーに生じる「心理的な溝」が想像以上に深くなります。
そしてそれらは複合的に絡みあって職場のあちらこちらに存在します。
- 駅を降りて、前を歩いているのは後輩だけど……
始業前だから声をかけるのをやめるか - この案件、先に部長に一言伝えたほうがスムーズに進むだろうけど……
忙しそうだからやめておくか - 新入社員に、今後のためにも、態度のムラに気をつけるように言ったほうがいいけど……
ハラスメントと思われるのも面倒だから言わないでおくか - 顧客から製品の問い合わせが入ったけど……
製造部とかかわると面倒だから欠品でいいか - 顧客から、当社の営業活動が法律に抵触する可能性を指摘されたけど……
余分な仕事を増やすのは面倒だから、放置していいか - 会議で部長が集計した数字が間違っていたけど……
部長とかかわってもろくなことがないからいいか - 外部研修に参加したら、わからないことばかりだったけど……
今のポジションでなにに取り組んでも大して状況は変わらないからいいか
こんな経験ありませんか?もし1つでもあったなら、心理的な溝が深く、「関係密度」が低い職場である可能性はかなり高いといえます。
「関係密度」を高めると、多くの「強み」が手に入る
「関係密度」を高くするためには、接触の量と質を高め、社員が互いに相手との距離を縮めることが重要だと確認してきました。
ここからは、具体的にイメージしやすいよう、「関係密度」が高い職場は、どのような職場なのかについて説明します。
まず、「関係密度」の高い職場の社員に共通する特徴をお伝えします。
- 企業、社長やほかの社員の考えと自分の考えが共通していると考えている
- 社員が互いに相手の部門や役職といった所属を気にしていない
- 特別な準備なく、思ったことを素直に話すことができると感じている
- 「なぜこの企業なのか」「なぜこの仕事なのか」「なにがしたいのか」を話す機会が多い
- 会議などの場で話した内容の正解・不正解の評価を気にする必要がない
- 働き続けることで、自身の考えや方向性が明確になることを期待している
これらの「関係密度」の高い職場に共通する6項目は、次の2つを参考にして挙げました。
1つは、企業業績がよく、社員の離職率が低く、さらには外部面談を通じて「関係密度」の高さが確認された企業の社員の声をまとめたものです。
もう1つは、職場風土改善のためにかかわらせていただいた企業のプロジェクトメンバーに尋ねた、「関係密度」が高い職場に対する意見をまとめたものです。
おもしろいことに、すでに「関係密度」の高い職場と、これから「関係密度」の高い職場にしようとしている双方の社員が同じ項目を挙げていました。
次に、「関係密度」の高い職場の社員はなにを得ていると感じているのか、ご紹介します。
これから職場の「関係密度」を高めていくにあたっての具体的な目的の1つとしていただけると幸いです。
それでは「関係密度」の高い職場の社員4人(全員仮名)の声です。
1人目は、高知さん。社会人3年目、1年前に転職して入社。店舗での接客・販売業務に就いています。
「仕事は、決して楽ではありません。どちらかというと、大変です。もともと私自身が、積極的に成果をアピールするほうではないので、転職前の企業では日かげでただ日の当たる瞬間を待っているだけでした。今は充実しています。先日、本社の役員から、『店長が、もう支店は高知さん抜きでは考えられないって言っていたよ、あの店長にそこまで言わせるとはスゴイね』と褒められてうれしくなりました」
2人目は谷口さん。入社して15年。5年前からプロジェクトマネージャーとして勤務しています。
「今の会社の給与は、大学の同期と話していても多くもらえているほうですが、スカウトメールが示す年俸は1.2倍とか1.5倍で、年収だけなら転職も考えます。でも、今の企業を出た瞬間に、自分の成長が止まると思います。自分が目指すA上司が社内にいるうちは全力で追いたいです。って、話してすでに2年経ちました。今は、後輩から、自分もそう言われるようになることが目標です」
3人目の山口さんは、入社して12年目。部署異動を経て現在は、サポート業務をしています。
「正直、この会社の制度はボロボロです。人を成長させようとは思ってないですね。ただ、私が働いているチームにはB課長とC主任がいます。この2人の仕事ぶりはスゴイです。先週も私と同期入社の2人のために、研修を開催してくれました。会社の評価には納得できませんが、B課長とC主任のいる職場だから、成果を出そうとがんばれています」
最後に、田中さん。入社して7年間営業、昨年結婚。出産を機に短時間勤務制度を選択して働いています。
「結婚・出産を機に、短時間勤務になりました。今後の働き方についてとても悩みましたが、社長と課長が何回も話を聞いてくれました。結果、今までかかわってきたポジションは後輩に任せて、そのサポート役に回っています。これまでは考えもしませんでしたが、自分にはサポート業務が向いていると今では感じています。短時間勤務制度を選択している間に、OAスキルの向上にも取り組んでいます」
内閣府が令和元年に国民生活の世論調査で「どのような仕事が理想だと思うか」について聞いたところ、上位の2項目、「収入が安定している仕事」「自分にとって楽しい仕事」は、ともに55%を超えていました。さらに、この2項目は2017年の調査以降、一貫して最上位なのです。
仕事の理想についての議論はここでは深掘りしませんが、「自分にとって楽しい仕事」が上位にくることに異論を唱える人は、実際の外部面談においていもごく少数派です。
「関係密度」を高くすることによって得られるものについては、先の4つの事例からもおわかりだと思いますが、「関係密度」が高くなると得られることのキーワードを集めているので、あらためてその上位をご紹介します。
【「関係密度」が高くなると得られることのキーワードの上位】
課題を乗り越える力・キャリア自律・自己肯定感・自分への期待感・職場の一体感・信頼関係・スキルUP・成長・楽しさ(五十音順)
いかがでしょう。
ここまでの「関係密度」に関する実例を読んだことをきっかけに、皆さんが職場で「やってみよう」と少しでも思っていただければ幸いです。
1976年生まれ。東海大学中退後、人材サービス会社に勤務したのち、働くことを通じて役に立っていることが実感できる職場風土を創るために起業し、法人設立。 年間100の研修や講演に登壇する実務家キャリアコンサルタント。※画像をクリックするとAmazonに飛びます