近年は、年間100社前後の企業がIPO(新規公開株式)により証券市場へ上場している。2021年度におけるIPO企業の社長の平均年齢は50.3歳と、2011年度の52.3歳と比較して若年化しているのが特徴だ。本企画では、市場に新しい風を巻き起こすことが期待されるIPO企業の代表者に、企業概要や上場の狙い、今後の展望についてインタビューを実施した。
世界的に知られるAI研究プロジェクトにも深く貢献してきた、まさに“世界トップクラス”の研究者たちが立ち上げたAppier Group株式会社。現在はAI技術を駆使し、セールス・マーケティング活動を支援するSaaS事業を展開している。研究者としても認められてきた彼らだが、「ショーケースの中に飾られた技術ではなく、世界中のビジネスに生きる技術を」という思いから、「AIの民主化」を実現する覚悟で起業に至った。今回は日本のトップ、ヘッドオブジャパンの橘浩二氏に、独自の強みや上場してからの変化、今後の展望についてうかがった。
(取材・執筆・構成=丸山夏名美)
目次
Appier Group株式会社の創業のきっかけと沿革
─ 貴社のカンパニープロフィール、現在の事業内容についてお聞かせください。
Appier Group株式会社ヘッドオブジャパン・橘 浩二氏(以下、社名・氏名略):私たちは、AI(人工知能)を使ってお客様のセールスやマーケティング活動を支援するSaaS事業を展開しています。
将来は、すべてのソフトソフトウェアにAIが組み込まれるといわれています。この時代に、誰もが簡単にAIを活用し、迅速かつ正確な意思決定ができるように支援をしている……つまり、AIによるデータ分析により「○○をやれば売上や利益が上がる」という推測や提案を行うサービスを提供しています。
エンドユーザーの顧客化から継続利用に至るまでの流れを包括的に網羅している点も特徴です。まず、どこに潜在顧客がいてどのようにアプローチするか、次に登録ユーザーをどのようにアクティブユーザーへ移行させるか、そしてどのように商品を買ってもらうか、最終的にはその顧客が次にどのようにアクションをするのかといった一連の流れを、AIでサポートしています。
▽ファネル全体をカバーする包括的なAI搭載ソリューション
─ 現在の事業を始められた経緯をお聞かせください。
代表であるチハン・ユー含む創業メンバー3名は、いずれも台湾で大学を卒業後、アメリカに渡り、そのまま理系の研究者としてキャリアを積もうと考えていました。チハン・ユーは世界的に知られるAIの研究プロジェクトにも参加しており、最先端の研究者の一人でしたが、ある時自身の研究が人々の生活になかなか活かされていないことに気づき、自分たちの研究はショーケースの中にしかなく、世にインパクトを与えられていないことに虚しさを感じたそうです。「研究の成果を生かすのであれば、自ら事業を興したい」と考え、起業に至りました。
▽AIとビジネスに精通した創業者主導の経営陣
当初は、最先端技術を使って世にないサービスを作ろうとしていたのですが、それがまったく理解されませんでした。試行錯誤を繰り返していた時、あるお客さまから「AIを使ったレコメンドエンジンを作ってほしい」とのご要望をいただき提供したところ、その精度の高さに驚かれたそうです。技術ドリブンではなく、お客様のニーズドリブンでサービスを考えることの大切さを目の当たりにし、そこから現在のセールスやマーケティングのSaaS事業を展開することとなりました。
Appier Group株式会社の競合他社にはない強み
─ 他社にはない、御社ならではの強みはどこにあるのでしょうか。
圧倒的な技術力と、10年以上に渡って蓄積されたデータ量にあると思います。
技術力については、世界トップのAI技術を競うデータマイニングコンテストにて、弊社メンバーが参加したチームがすでに7回優勝しています。このコンテストは日本企業でわずかなチームしか入賞したことがないハイレベルな大会で、優勝メンバーが何人もいる会社はグローバルで見てもそうそうありません。
データについては、10年以上前からセールスとマーケティングのデータを蓄積・分析してきたことが強みとなっています。AIはその性質上、データ量が多ければ多いほど精度が高まります。私たちは北東アジア、東南アジア、欧米と世界中のエンドユーザーのデータを取り扱ってきましたので、圧倒的な先行者利益を享受しています。
─ グローバル企業という立ち位置で、なぜ日本での上場を決めたのかお聞かせください。
上場しようと決めたのは、自分たちが培ってきた実績をもとに成長を加速させたいと考えたからです。上場すべき市場としては台湾、アメリカ、香港、シンガポールなど、複数の選択肢がありました。その中で、AIやSaaSの業界に理解があるか、上場することで知名度が上がり事業が成長することが見込めるかなど、いくつかの要素を比較した結果、日本を選びました。
▽全世界17拠点にグローバル展開
上場の影響と変化
─ 上場してどのような変化がありましたか。
人材を採用しやすい、お客さまからの信頼を得やすいなど多くのメリットがある中で、最も変わったと思うのは、外部に出す数字へのコミット度です。
IR関連で発表した数字は、投資家や世の中に対するコミットメントだと考えています。「今年は~%の成長を見込む」など、コミットした数値に対して、メンバー全体のマインドセットがかなり高まりました。
▽2023年通期業績予想
AIやSaaS業界のトレンドと今後の動向
─ AIやSaaS業界のトレンドと今後について、ご意見をお聞かせください。
業界全体の大きな流れとしては、サードパーティデータからファーストパーティデータへの移行が挙げられます。特にアメリカや日本では、非常に高い精度レベルでサードパーティデータの活用が進みました。ところが、あるサイトにユーザーが訪問した時点で、その前にどのようなサイトを閲覧して、どのような行動を取ったかが筒抜けでわかるサードパーティデータの活用は、個人情報保護の観点で問題視されるようになったのです。
ヨーロッパでは欧州連合内のすべての個人のためにデータ保護を強化し統合するGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)が定められ、本人の許可なく外部へ情報を流すことは禁止されるようにまでなりました。そうなると、企業は自社サイト内での個々人の行動を分析するしかない。つまり、ファーストパーティデータを使って、自社で行動分析や予測をするしかないのです。
実は日本以外のアジア圏には質の高いサードパーティデータがなく、ずっとファーストパーティデータがメインでした。その環境で、AIを駆使してサービスを展開してきた弊社が強みを持つ時代となったのです。実際にこのトレンドが後押しとなり、引き合いが増えています。
▽ファーストパーティデータ中心の世界でAIはより重要な存在に
Appier Group株式会社の今後の展開
─ 将来の目標や未来構想についてお聞かせください。
創業時からのビジョンである「AIの民主化」の実現、つまり誰もがAIの恩恵を受ける環境にすることです。現在、AIスキルの高い人材の多くが欧米のジャイアントテック企業に参画し、その企業が提供するソリューションの機能強化に携わっています。だからこそ、世界的大手のEコマースサイトやビデオオンデマンドなどでのレコメンド機能は非常に精度が高い。しかしながら、これを一般の中小企業が自社で実現するのは難しいです。
私たちはどの企業でもAIの恩恵を受け、ROI (費用対効果) を向上させられるよう、最先端のAI技術を提供しています。すでに、役員陣をはじめグローバルなメンバーが揃っていますので、日本に限らず、全世界のお客さまがAIを活用する世界を作っていきたいです。
Appier Group株式会社から皆さまへのメッセージ
─ 読者の皆さまにメッセージをお願いします。
世界的なビッグカンパニーのほとんどは、欧米諸国から生まれています。その中でもAppier Groupには世界トップクラスのAIの技術者が集まり、世界中のあらゆる業界のエンドユーザーのデータを取り扱っています。すでにグローバルで事業を展開していますが、名実ともに世界初のアジアで生まれたエンタープライズ向けグローバル企業に成長させたいと考えています。
セールスやマーケティングは、全ての企業が関わる分野です。その膨大な市場で自分たちの価値を発揮し、事業規模を拡大していきますので、ぜひご期待ください。
▽巨大な市場機会
▽事業成長見通し:TAMの拡大