ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家だけでなく、大手企業にとっても企業の持続的成長を見極める視点となりつつある。本企画では、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシスの役員が各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、同社の横田隆取締役が株式会社ミルボン経営戦略部シニアエキスパート/サステナビリティ経営担当の青栁文彦氏とESG推進室マネージャーの安藤大英氏にお話をうかがった。
株式会社ミルボンは、美容室専用のヘアケア製品やヘアカラー剤などを製造・販売する化粧品メーカーだ。1960年の設立以来成長を維持し、現在は国内のみならず欧米や中華圏、ASEANなどでもビジネスを展開している。
同社は2019年、サステナブルな製品開発を目指した部門横断のプロジェクトやサステナビリティの社内浸透を目的としたサステナビリティ推進委員会を設置。具体的施策として「サステナビリティコミットメント5つの重要課題」を掲げ、注目を浴びる「環境」や「人権」のテーマに取り組んでいる。本稿ではインタビューを通じて、環境や脱炭素、人権に関する同社の取り組みと成果、今後目指すべき姿を紹介する。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
2001年4月入社。美容室に対する製品および技術教育に従事した後、台湾駐在を経て、2014年より経営戦略部グローバル企画室マネージャーとして、グローバル新地域開発(インドネシア、フィリピン、ブラジルなど)を担当。2019年、SDGs推進委員会(現サステナビリティ推進委員会)の立ち上げメンバーとして参画。サステナビリティ(SDGs)とグローバルビジネスの統合を学ぶため英国大学院に留学し、「グローバルビジネスと開発学」の修士号を取得。帰国後、経営戦略部・SDGs戦略室マネージャーを経て、2022年よりサステナビリティ経営の専門職・シニアエキスパート。
2012年4月入社。営業職を経験した後、2015年より管理部CSR推進室へ配属。2018年より、同室にてコーポレートガバナンス推進及び報告書の作成、統合報告書初版作成、サステナビリティ推進委員会立ち上げを担当。2021年にSR・ESG推進室を新設し、マネージャーとして着任。個人株主対応の他、全社ESG推進や統合報告書作成を担う。2023年よりコーポレートコミュニケーション部ESG推進室マネージャー。
株式会社ミルボン
美容室専用のヘアケア製品やヘアカラー剤などを製造・販売する化粧品メーカー。美容のプロフェッショナル人材の育成や課題解決支援を通じて、美容室の成功を支援するとともに、確かな技術に裏付けられた製品によって、美容室を訪れるお客さま一人ひとりの美しい生き方を応援する事業を展開。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
株式会社ミルボンのESG・脱炭素、人権に対する取り組み
アクシス 横田氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの横田と申します。弊社は鳥取県に本社を構える、2023年で30期目を迎えるIT企業です。システム開発関連の事業を中心に行っており、10年前からはエネルギーの見える化に取り組み、プロダクトを販売しています。本日は、御社の取り組みを勉強させていただきます。よろしくお願いいたします。
ミルボン 青栁氏(以下、社名、敬称略):株式会社ミルボン経営戦略部でサステナビリティを担当している青栁です。弊社は、美容室向けのヘアケアおよび化粧品を製造・販売しているメーカーです。サステナビリティに関しては2018年頃から社内でディスカッションが始まり、コーポレートコミュニケーショングループのメンバーが中心となり、全社に伝える作業を進めているところです。どのような取り組みを行っているのか、本日はお話しさせていただきます。
ミルボン 安藤氏(以下、社名、敬称略):株式会社ミルボンESG推進室の安藤です。私も青栁とともに、サステナビリティを推進する役割を2019年から担っています。今はESG推進室に所属し、ステークホルダーの方々とのコミュニケーションを通じて全社ESG推進を行っています。 本日はよろしくお願いいたします。
横田:はじめに、御社のESGや脱炭素、人権などに対する取り組みについてお聞かせください。
安藤:弊社では2019年1月に社長によるサステナビリティ基本方針「ミルボンは、ヘアデザイナーを通じて、美と心の豊かさに繋がる美容産業を想像することで、持続可能な社会の実現を目指します。」を打ち出したことを機に、経営の重要課題の一つとして取り組むようになりました。ここで重視しているのは、社員一人ひとりをサステナビリティ推進の主役としている点です。こういったテーマは、どうしても経営層や本社だけで完結しがちですが、経営陣も含めて一人ひとりが持続可能な社会の実現に向けて考え、行動することを求めています。弊社は美容市場に絞って事業を展開しており、持続可能な美容産業の創造が持続可能な社会の実現につながると信じています。
サステナビリティの実現に向けては、具体的な課題を「ESG/SDGsマトリックス」として整理しました。その中でも弊社の事業活動と関連性が高く、ステークホルダーからの期待が高い課題を再評価し、「社会課題の解決」「持続的な事業の成長」「社会基盤の構築」の3つのポイントから5つの最重要課題(サステナビリティコミットメント)を選定し、KPIを定めて重点的に取り組みを進めています。
▼ミルボンが掲げる5つの最重要課題
社内の推進体制ですが、2019年1月に発足したサステナビリティ推進委員会が全社での推進を支援しています。同委員会はサステナビリティ担当である常務取締役が委員長として参画し、取締役会を通じて経営戦略への組み込みを行う体制となっています。現在は常務取締役と青柳、私が中核メンバーとなり、全社員に教育を行う教育推進部隊と、プライム企業においては緊急度の高いTCFDに関する情報開示を専門に行うTCFD推進の2つのワーキンググループを組織して活動しています。なお、ワーキンググループは時流や社内における重要性の変化に応じて行動を変え、役割を終えると解散します。また、先ほど挙げた最重要課題については、各部門において推進を担当する部門推進メンバーを各課題につき2名配置し、そのメンバーと委員会メンバーが連携しながら取り組みを進めています。
横田:様々な取組をされていらっしゃいますが社内における、社員への情報共有や啓発活動についてはどのようにされていらっしゃるのでしょうか。
安藤:先ほど挙げた教育推進のワーキンググループが中心となり、全社員にもれなくサステナビリティに関する教育を行っています。例えば、新入社員に対しては春と秋にサステナビリティに対する取り組みやSDGsに関する勉強会を実施したり、カードゲームを使って理解させたりする研修を実施しています。2019年には全国を回り、全社員に同じような形で知識や理解の土台作りを実施しました。ただし、日々の活動と直結していないとサステナビリティへの意識を高く持ち続けるのもなかなか難しいですから、定期的にウェブマガジン「サステナビリティマガジン ヨムミルボン」を作り、閲覧してもらっています。例えば「昨年の取り組みを振り返る号」では、社長による現状の立ち位置や課題、社員へのメッセージを載せ、重要性の高かった人権方針を策定した理由の解説や、サステナビリティのKPIが変わった理由など、弊社の動きをキャッチアップできる情報を常に出しています。
▼ヨムミルボン
横田:基本方針や推進体制について理解できました。ありがとうございます。これらを踏まえて、具体的にはどのような取り組みを進めていらっしゃいますか。
青栁:2020年からは全社的なプロジェクトとして環境と人権をテーマに、サステナブルなモノづくりを通じて社会課題解決と持続的な事業成長の両立を目指す取り組みを始めています。これは先ほど挙げたサステナビリティコミットメントのうち、環境をターゲットにした「2 再生・循環型の生産・消費活動」と人権をターゲットにした「3 人にやさしい調達活動」に紐づく活動です。
例えば、サステナビリティコミットメント2は環境をテーマの中心に据え、「再生・循環型の生産・消費活動」を実現する生産態勢を構築し、気候変動危機への対応としてカーボンニュートラルを目指すものです。
ここには、2つの重点取り組みテーマがあります。1つはカーボンニュートラル生産態勢の構築で、具体的施策としては2022年4月に基幹工場でエネルギー使用量が多い三重県伊賀市のゆめが丘工場に再エネ電力を導入しました。2026年には2019年度比でCO2排出量を75%削減、2030年にはカーボンニュートラルの実現を目指しています。また、この取り組みを通じて他の事業所にも展開することも検討しています。とはいえ、モノづくりでは都市ガスや自動車を使いますし、弊社には海外も含めて多くの事業所があるため、完全なカーボンニュートラルの実現には課題があることも事実です。
▼再エネ電力を導入したゆめが丘工場
2つ目は、サステナブルな容器・包装の設計です。弊社のように化粧品を取り扱う会社からは切り離せない容器・包装資材について、石油由来バージンプラスチック使用量を4R(Reduce:減らす、Replace:置き換える、Reuse:再利用、Recycle:リサイクル)の最適な手法を用いて、2026年に15%削減、 2030年に30%削減を目指しています。具体的には、2022年6月にリリースした新ヘアカラーブランド「ENOG」では、従来の弊社ヘアカラー剤キャップに比べてプラスチック量を約54%削減した新形状の小型化キャップを採用しました。9月には「カラーガジェットカラーシャンプー」と「ミズリセ」において植物由来プラ配合容器を採用することで、石油由来バージンプラスチックの使用量を1t/年削減できる見込みです。サステナブルな概念を取り入れたモノづくりは着実に進んでいて、2023年以降はよりサステナブルを意識した製品を世に送り出すことを検討しています。
▼新形状の小型化キャップを採用した「ENOG」
サステナビリティコミットメント3は主に人権をテーマの中心に据え、人にやさしい調達活動(人権尊重に配慮)を実践し、公平なサプライチェーンの構築と責任ある原材料調達をサプライヤーとともに目指しています。具体的にはサステナブルなパーム油の調達に向けて、弊社は2019年に持続可能なパーム油産業を目指すRSPOに加盟し、2022年7月には認証パーム油を使用して作られた製品を取り扱う、製造・加工・流通過程でサプライチェーン認証システム(SCCS)の要件を満たして認証を取得しました。2026年にRSPO認証パーム油採用率50%、2030年には同100%を目標に据えています。
サプライチェーンにおける人権の尊重も重点取り組みテーマの一つで、2022年3月に人権方針を策定し、「人権デューデリジェンス」の構築に向けて、サプライチェーン全体における人権侵害リスクを評価しているところです。こちらは、できる限り人権侵害をゼロにすることを目標としています。
パーム油はヘアケア製品に欠かすことのできない原材料の一つであり、原産地のアフリカ以外に東南アジアでも栽培されるようになりました。これが結果的に熱帯雨林の伐採など環境破壊につながっていて、強制労働や児童労働も問題視されています。近年はこういったサプライチェーン上の課題が注目されていて、弊社としては適正に管理され、公平に取引されているパーム油を積極的に採用する考えです。人権についてはさまざまなレベルがありますが、弊社としては強制労働・児童労働などの問題がないか確認し、問題があればサプライチェーンに是正を求めることを掲げています。
株式会社ミルボンがイメージする今後の美容室のあり方
横田:IoTやDXが進展し、スマートシティのような構想が現実味を帯びてきました。来るべき未来において御社がイメージする脱炭素社会の姿や、その中での役割についてお聞かせください。
青栁:私たちがそれについて考えることに加え、弊社の製品をお使いいただく美容室がどういうDXやサステナビリティによって店舗を経営できるかが、非常に重要だと考えています。どちらかというと脱炭素ではなくDXの視点になりますが、2023年1月に弊社の「スマートサロン戦略」にご賛同いただいた美容室がオープンしました。
美容室の売上のメインはカットやカラー等の施術料金が基本ですが、少子高齢化・人口減少が加速する今、ヘアケア商品やコスメといった「物販」の売上をいかに伸ばすかも、美容室の生産性向上には欠かせません。デジタルネイティブであるミレニアル世代やZ世代が消費の主役になりつつある一方、経験や体験に価値を見出す消費傾向も顕著になってきています。美容業界においても、Amazonがイギリスで製品や新しい美容の技術を体験できるようなサロンをテストで開くなど、これまでとは異なるコンセプトの店舗が生まれ始めています。弊社も美容室を支えるメーカーとして、時代に対応した新たな美容室の“あり方”を創っていかなければならないと考えています。
それを具体化したのが弊社と美容室が協働で展開する、リアルとデジタルを融合した新たなサロン業態の「Smart Salon」です。ここでは美容室の中に体験スペースを設け、実際の商品を手に取って香りや質感を確かめることができたり、AIを活用したシステムを使って香りを起点にヘアケアアイテム選ぶことができます。また、「milbon:iD」というECサービスを通じて、気になった商品や美容師さんにお勧めされた商品の情報をお客様の手元でいつでも確認いただくことができ、いつでも購入が可能です。美容室での商品購入体験にこれまで無かった、お客様自身が“探す・試す・発見する・選ぶ”楽しさを提供し、プロのスタッフのアドバイスの元、安心かつ便利な購入体験を可能にします。コンセプトに賛同いただける美容室との協働により、2026年には日本全国100都市への展開を目指しています。
横田:次に、情報公開について教えてください。御社はサステナビリティや脱炭素に関する情報公開を積極的にされていらっしゃいますが、脱炭素社会の実現に向けた情報公開やプロモーションをする際に心がけておられる点はありますでしょうか。
安藤:情報公開においても、社員を置き去りにしないことです。統合報告書やホームページなどでサステナビリティ関連の情報を公開する企業は多いですが、外に出た情報について美容室などで尋ねられた時に、営業担当が「わかりません」という状況はあってはなりません。社外に公表すると同時に社内でも情報を共有し、欲しい情報にアクセスできる体制を整えることを心がけています。ESGはコミュニケーションが大事なテーマだからこそ、双方が情報を整理・認識しながら公開するよう努めています。一方で、困っていることや課題をしっかり開示することも重要だと思います。
▼アクシス・横田氏
株式会社ミルボンのエネルギー見える化への取り組み
横田:先ほどご案内いただいた、三重県伊賀市のゆめが丘工場における再エネ電力の導入ですが、今後はどのように進めていかれるのでしょうか。
青栁:現状は非化石証書の形になので、2030年、2040年、2050年と長い目で見れば、非化石証書だけではなく自家消費の領域をどれだけ増やすべきなのか、それぞれの割合を検討しなければなりません。
横田:統合報告書を作成するにあたって、月次の電力などはどのように可視化していらっしゃいますか。
青栁:各担当者が情報を集め、適宜情報を開示する仕組みになっています。今は原始的な手法で集計していますが、効率化のためのシステムを採用する方針です。
また、現状はScope1、2の把握にとどまっていますから、Scope3に関しても2023年内に集計できるよう進めているところです。その上で、TCFDに沿った情報開示もしたいと考えています。そこで、弊社の事業活動や製品自体に環境負荷が低いと示すことができれば、競合に対する優位性も生まれるでしょう。Scope3の算定は年内に着手し、製品に連動させてマーケティング活動やブランディングに活かしたいと思います。
横田:最後の質問です。近年は多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せ、この観点で投資先を見極めています。その観点で御社を応援することの魅力や、注目すべき点をお聞かせください。
安藤:弊社の時価総額が2,000億円を超えたのはここ数年のことで、最近ではESG投資の対象として見られることが多くなり、これに関するコミュニケーションも増えました。しかし、取り組み自体は少し遅れていたと思いますから、社会全体に負の影響を与えないよう、着実に取り組みを進めたいと考えています。その中で弊社が最も注力しているのは、青柳が話した「Smart Salon」のような、美容室の空間を通じたサステナビリティの実現です。美しくあることを応援することは世の中にとってポジティブな影響を与え、そのポジティブなエネルギーは、持続可能な社会の実現につながるはずです。そういった取り組みを加速させていくので、長い目でご支援ください。
また、企業そのものが持続的に成長しないと、ESGやサステナビリティに関する取り組みを継続することができません。その点で弊社は上場以来、コロナ禍だった2020年を除いて増収増益を続けています。持続的な成長とともに、サステナビリティに関しても掲げたことをやり切るので、ご安心いただければと思います。
横田:本日のお話で、美容室を支えるメーカーのESG・サステナビリティに対する姿勢や、具体的な施策を理解できました。ありがとうございました。