この記事は2023年2月14日に「The Finance」で公開された「不祥事防止のための「倫理」コンプライアンス研修とは?必要性と効果的運営方法について詳細解説」を一部編集し、転載したものです。


昨今の金融機関における不祥事の根本原因のひとつに「倫理観の欠落」が挙げられている事例が増えている。しかしながら、コンプライアンス・リスク管理態勢の徹底に向けて繰り返し実施しているコンプライアンス研修のコンテンツに「倫理観」の醸成に資するものが反映されていないケースが多くみられる。本稿では「倫理」コンプライアンス研修の効果的運営方法について解説する。

目次

  1. 昨今の金融不祥事でみられる根本原因の特徴
  2. 「倫理」コンプライアンス研修の必要性
  3. 「倫理」コンプライアンス研修の効果的運営方法とポイント
    1. (1)「倫理」コンプライアンス研修運営のポイント
    2. (2)「倫理」コンプライアンス研修設計プロセスのポイント
    3. (3)「倫理」コンプライアンス研修内容のポイント
    4. (4)その他活用ツールの紹介

昨今の金融不祥事でみられる根本原因の特徴

ノーランディングがちらつき始め、不透明さが増す米国金利
(画像=andranik123/stock.adobe.com)

直近5年間の金融機関で発生した不祥事における、第三者委員会報告書、当該金融機関のニュースリリース、金融当局の行政処分事例を読み解くと、その根本原因のひとつに「倫理観の欠落」が挙げられているケースが数多く見られている。以下は、それを端的に表している具体事例を示したものである。

  • ・・・今回検査において役員等を除く全職員に対し当庁が実施したアンケートによると、名義変更募集については、回答者の約16%もの職員が「法令違反ではないので問題ではない」または「顧客ニーズに合致すれば問題ではない」との認識を未だに回答しているなど・・・
  • ・・・金融機関に勤める者として規律ある行動が求められることを再認識し、・・・お客さまの期待や社会的要請に応えるためにも・・・。営業員の範たる行為をとるべきである旨の注意喚起を実施・・・
  • ・・・金銭の不正行為に対して会社は毅然として厳罰を科すことの再徹底や不正に対して「穏便に取り図ろうとしないこと」「無関心を装い問題を避けようとしないこと」など意識面について再度徹底・・・
  • ・・・元社員における道徳心、倫理観および法令遵守意識の欠如が、このような犯罪行為を行った原因のひとつである・・・
  • ・・・本委員会が行ったヒアリング対象者の多くに、「・・・・を禁止する明文規定はない」ことをもって、・・・は非難されるべきいわれはない旨の弁明が見られた。かかる弁明は細則主義的弁明(口実)に過ぎず、プリンシプルベースの規律意識が根付いていないことを端的に示している・・・
  • ・・・このように、倫理面が浸透していない一部社員の存在不正を思い留まらないマインドが両事案発生の原因でもあり、社員の倫理面に着目した管理、教育が不十分なものとなって・・・
  • ・・・モラルに欠け、顧客第一の意識やコンプライアンス意識が低く、顧客の利益よりも自己の個人的な利権等を優先する者が存在していた・・・
  • ・・・営業社員において、法令違反に該当する行為は認められないものの、一連の情報伝達が市場関係者を含む世間一般からどう評価されるか(公正であるか否か)ということを考えず、また、「コンプライアンス」を狭く法令違反に限定して考えていたことは、真の意味でのコンプライアンスの徹底が不十分であったことが原因と考えられる・・・
  • ・・・結局、これら不正行為等に関わった銀行員は、銀行のためでもなく、顧客や取引先等のためでもなく、自己の刹那的な営業成績のため、これらを行ったものと評価される。決して、違法性があるかどうか分からなかったとか、会社の利益のためになると思ってやったなどというものではない・・・
  • ・・・不正行為等に関し、全く遵法意識がなく、自らそれを実施することにも何ら規範的障害もないし、他者がそれをしていることについても誰も咎める意思すら持たない状況であったというほかない・・・

「倫理」コンプライアンス研修の必要性

かかる事態を問題視している金融庁は「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」(令和2年7月10日)において、以下のように、高い「倫理観」の醸成を目的とした研修実施の事例を挙げ、その必要性に言及している。

  • 『コンプライアンスに関する研修につき、頻繁に改正されるルールそのものを説明するのではなく、ルールの趣旨や背景を理解させるとともに、役職員自身の頭で考えるという発想を定着させるべく、内容を見直している(例えば、座学形式ではなくコンプライアンスの観点からの判断に迷う事例を用いたディスカッション形式とする。従来型のコンプライアンス研修に加え、誠実さの強化と高い倫理観の醸成を目的としたインテグリティ(Integrity)研修を実施する等)。

また、「倫理」(≒誠実性)は、不正防止に資する一般的な提唱モデルとされている、いわゆる「不正のトライアングル」(1991 W.Steve Albrecht)の要素「動機」「機会」「正当化」のうち、「正当化」防止の拠り所となるものである。「動機」は人の人生観や思想により影響を受けるものであるため対策を講じることは難しい。「機会」に至っては、これまで長年にわたり、金融機関は膨大なコストをかけて取り組んできた領域であり、これ以上の更なる効果的な対策を講じることには限界があると言えよう。一方、「正当化」については、創意工夫次第ではまだまだ対策の余地が残されていると思われ、その「正当化」防止の拠り所となる「倫理」(≒誠実性)に焦点を当てた取り組みが必要である。

「倫理」コンプライアンス研修の効果的運営方法とポイント

各金融機関においては、コンプライアンス・リスク管理態勢の強化の一環として、コンプライアンス・プログラムを通じて、繰り返しコンプライアンス研修は実施されている。しかしながら、コンプライアンス研修のコンテンツに「倫理観」の醸成に資するものが反映されていないケース、あるいは「倫理観」の要素をどのように研修に盛り込むか悩み、また試行錯誤しているケースが多くみられるのも実情である。以下、「倫理」コンプライアンス研修を効果的に運営ための留意点について、「運営全般」「設計」「内容」の3つの観点からポイントを挙げていく。

(1)「倫理」コンプライアンス研修運営のポイント

研修運営の全体的なポイントとしては、以下の7点を意識して欲しい。

  • 「個人的違反」の真因は企業風土(組織風土)など、人間の心理に関わる領域の問題でもあるため、「社会心理学」的な側面への言及が有効
  • 「個人的違反」は、道徳や倫理に関わる問題であることの認識も必要
  • 「職業倫理」を取り上げることが必要
  • 「企業風土(組織風土)」改善には、DX/AI/RPAは効力がない
  • 全社員共通の理解や有効な対策が必要と思い込み、正確な情報提供と理解度テストに走らないように留意する
  • 実用本位の研修として、直面するかもしれない悩ましいグレーゾーンや、あちらを立てればこちらが立たない二律背反の場面を想定し、何が問題の所在か、判断基準をどこに置くか、調査や対応の注意点は何か等を考えてもらうテーマが有用
  • 「会社のことは二の次で構わない、まずは自分と家族の生活・人生を守るために、倫理・コンプライアンスと向き合う」意識を持って受講してもらうことが肝要(参加への動機付け)
    • 世間の評価基準が変化し、今までの行動を続けると、あるとき突然、悪者にされる
    • 不祥事を起こしたら、組織内で信用を失う
    • 働き続けることが難しくなり、自分から組織を去る結果になる
    • そして、自分と家族の生活の歯車が狂って、離婚する、露頭に迷う、転落人生になる
    • だから、自分と家族を守れるように、倫理・コンプライアンスを励行して欲しい

(2)「倫理」コンプライアンス研修設計プロセスのポイント

研修設計においては、以下の4段階のステップで構築していくことが肝要である。

【第一段階】意識を高めるコンテンツトリガー

  • 予想される結果の重大性(Magnitude of Consequences):実害をもたらした事件や事故
  • 社会的合意形成の程度(Social Consensus):業界の誰もが知るケース
  • 効果の予見可能性(Probability of Effect):事件や事故の顛末
  • 即時性(Temporal Immediacy):早急に手を打つべき課題
  • 当事者意識(Proximity):受講者の多くが「あるある」という身近な事例
  • 効果の集中度(Concentration of Effect):意識の感度は課題を解決して得られる効果の程度に比例

【第二段階】正しい選択肢の生成

  • 「どのような判断や行動が正しいのか」を掘り下げて検討し、「正しい選択肢」を生成する。意思決定の思考回路に「法令のレンズ」と「倫理のレンズ」を組み込む

【第三段階】最善の選択肢を選び取る

  • 複数の正しい選択肢から最善の選択肢を選び取る
  • 倫理学説の汎用性を高めた自問自答型テストが有用(NYタイムズテスト/世間体テスト/置換テスト/一般化テスト)

【第四段階】研修を評価する(Four Levels of Training Evaluation)

  • 受講者反応(Reaction)⇒学習程度確認(Learning)⇒行動観察(Behavior)⇒組織への成果の貢献度(Results)

(3)「倫理」コンプライアンス研修内容のポイント

研修内容(テーマ)の選定に際しては、「何が適法か」から「何が正しいか」を意識することが必要となる。

  • 不祥事に関する客観的で正確な事実関係を把握する
  • 不祥事がその会社に与えた影響を理解する
  • 不適切な判断や行動がどのような理由で行われたかという状況を理解する
  • あるべき法令等および倫理基準に立脚して、行われた(または行われなかった)行為はどう評価されるのかを理解する
  • 他に手段がなかったのか、選択肢にはどのようなものがあり得たのかを検討する
  • もし、自分がその立場に置かれた場合、どのような行動を取るかについて検討する

<参考>A社の不適切行為事案における第三者委員会報告書より抜粋

  • 『定期的な研修を実施するとしても、eラーニングのように一方通行の研修だけでは、受動的に聞き流されて身につかない可能性がある』
  • 『また、研修内容についても配慮すべきであり、例えば、身近に起こり得る、誰でも遭遇し得るコンプライアンス違反の具体事例やこれに関与した役職員に対する処分事例などを題材にすることで、研修の内容が一人一人に浸透するように配慮することが望ましい』

(4)その他活用ツールの紹介

下表の「倫理判定要件テスト」などの活用も有用である。
ひとつでも不適合がある場合、その行為はコンプライアンス上、問題ありと見なされるテストである。
是非、自分自身でも試してみては如何だろうか。

職業倫理・役割倫理における行為の判定要件テスト
テスト区分
要件
事例
1 専門職・管理職テスト
  • 自分が行おうとしていること、行うこと、行ったこと、は職務上許容されることか?
  • 他社の仕事を盗用する
  • 2 同僚テスト
  • 自分が行おうとしていること、行うこと、行ったこと、を同僚に公言できるか?
  • 部下の業務評価を不当に甘くする
  • 3 可逆テスト
  • 他人がそのような行いをしたら、自分はどう思うか?
  • 本人に何の説明もなく仕事から外す
  • 4 普遍化テスト
  • 全ての人がそのような行いをしたら、どうなるか?
  • データを改ざんする
  • 5 公開可能性テスト
  • 自分の行いを広く社会一般に公開できるか?

  • 自分の行いが広く社会一般に知れ渡っても非難されないと思うか?
  • 出張費を使ってカジノで遊ぶ
  • 【参考文献】
    「不正撲滅への挑戦~これまでのコンプライアンス体制強化がなぜ実を結ばないのか~」(ACFE不正調査研究会)
    「職業倫理と組織の心理学~組織不正が生じる心理学的な要因~」(ACFE JAPAN)
    「人間の心理を中心に据えた実践的コンプライアンス教育のノウハウ」(ビジネス法務)
    「コンプライアンス研修の設計と実際~研修の死角と「やらされ感」を生む原因~」(日本経営倫理学会)
    「企業不祥事とビジネス倫理~ESG、SDGsの基礎としてのビジネス倫理~」(井上泉 文眞堂)
    「不正・不祥事対応における再発防止策~近年の調査報告書にみる施策の類型化~」(商事法務)


    [寄稿]藤田 直哉 氏
    Front-IA(株式会社フロンティア) 執行役員ディレクター
    大手監査法人、監査法人系コンサルティング会社及び保険会社での勤務経験を有する。金融機関におけるガバナンス、リスクマネジメント、コンプライアンス、内部監査、内部統制、不正防止、金融監督検査行政に精通。