ESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みは、投資先や取引先を選択する上で重要な要素の一つであり、企業にとっても自社の持続的成長の要素となっている。本企画では、エネルギーマネジメントを手がける株式会社アクシスの役員が、各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、坂本哲代表が大和ハウス工業株式会社 技術統括本部環境部長の小山勝弘氏にお話を伺った。
大和ハウス工業株式会社は、大阪市北区に本社を置く住宅総合メーカー大手だ。これまで、戸建住宅をコア事業に、賃貸住宅や分譲マンション、商業施設、事業施設、環境エネルギーなど幅広い領域で事業を展開し、現在は「人・街・暮らしの価値共創グループ」として変容する社会の要請に応えている。
同社はサステナビリティ経営を推進する中、創業100周年を迎える2055年に向けたパーパスとして“将来の夢”「生きる歓びを分かち合える世界の実現に向けて、再生と循環の社会インフラと生活文化を創造する。」を策定。この実現に向け、サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルをマテリアリティ(重点課題)としている。本稿では、インタビューを通じて環境・脱炭素に対する具体的な施策と成果、今後目指す姿を紹介する。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1992年京都大学工学部精密工学科卒、同年大和ハウス工業入社。入社後に夜間大学で建築を学び、「大和ハウス大阪ビル」「石橋信夫記念館」など、大型建築プロジェクトの設計・デザインを担当。2005年に竣工した「大和ハウス東北工場管理棟」では、ゼロエミッションの提唱者であるグンター・パウリ氏と協働し、蟻塚の仕組みを取り入れた自然共生型オフィスを開発。これをきっかけに自ら志願し、2006年に環境部へ異動。大和ハウスグループの環境マネジメントを統括する同部門にて、環境経営戦略の立案や気候変動対策の推進などを担当。2015年から現職。一級建築士、CASBEE評価員。
大和ハウス工業株式会社
1955年の創業以来、住宅(戸建住宅・賃貸住宅・分譲マンション)192万戸、商業施設4万7千棟、シルバー施設(医療・介護施設など)9,500棟を供給している。リフォームや買取再販事業などの住宅ストックビジネスの強化とともに、かつて開発した戸建住宅団地の再耕(再生)事業にも取り組むなど幅広い事業領域で活動している。
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都で就職し24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳で株式会社アクシスの事業継承のため、家族とともに東京から鳥取へIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
大和ハウス工業株式会社の環境・脱炭素への取り組み
アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの坂本です。弊社は鳥取市に本社を構え、システム開発を中心とした事業を展開しています。約10年前に、再エネの見える化システムの開発も始めました。2021年11月には大手ゼネコンの鹿島建設と資本提携を締結し、スマートビルやスマートシティ関連の事業にも取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。
大和ハウス工業 小山氏(以下、社名、敬称略):大和ハウス工業環境部の小山です。こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします。弊社はハウスメーカーというイメージが強いと思いますが、現在は一般建築や不動産開発など、建築・不動産分野で幅広く事業を展開し、その中でカーボンニュートラルに向けた取り組みを進めています。
坂本:最初に、御社が脱炭素を目指す背景や、具体的な取り組みについてお聞かせください。
小山:弊社は住宅建築やまちづくりの事業会社ですが、近年は気象災害が頻発・激甚化しています。このような状況が続くと家を買いたいと思う人が減ってしまうという危機感を持っており、私たちが提供する価値の根幹である住まいや暮らしの安全・安心が脅かされていると実感しています。こういった課題に対応するため、会社全体で脱炭素・カーボンニュートラルに取り組んでいます。
大和ハウスグループでは、創業100周年を迎える2055年に向け、弊社グループがどのような社会を創り出したいか、そのために何をすべきかをテーマに、全従業員参加型の“将来の夢”プロジェクトを立ち上げ、グループの存在意義について議論を重ねてきました。
そのプロセスを経て導き出されたのが、“将来の夢”「生きる歓びを分かち合える世界の実現に向けて、再生と循環の社会インフラと生活文化を創造する。」であり、この実現に向け「再生と循環を前提とした価値の創造」「デジタルによるリアルの革新」「多様な自分らしい生き方の実現」を弊社グループが取るべきアクションと定義し、「サーキュラーエコノミー&カーボンニュートラル」など、6つのマテリアリティを改めて特定しました。加えて、2022年度を初年度とする第7次中期経営計画においても、3つの経営方針の中の「収益モデルの進化」につながる重点テーマの一つとして「すべての建物の脱炭素化によるカーボンニュートラルの実現(以下、カーボンニュートラル戦略)」を設定し、取り組みを進めています。
▼大和ハウスグループの“将来の夢”と第7次中期経営計画における「3つの経営方針」と「8つの重点テーマ」
2050年に向けてカーボンニュートラルの実現を宣言する企業が増えていますが、 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は「気温上昇1.5度目標を達成するための排出期限の猶予は10年弱」と発表しています。2050年は重要なゴールですが、それ以上に2030年までにどこまでGHG排出量を削減できるかが勝負だと考えており、大和ハウスグループとしても2030年までにできることをすべて実行すると意思決定しています。
弊社グループでは、2050年までにカーボンニュートラルを実現するため、バリューチェーン全体で2015年度比40%以上のGHG排出量削減を2030年のマイルストーンに掲げ、それに向けた「カーボンニュートラル戦略」を推進しているところです。
▼カーボンニュートラル戦略の骨子
カーボンニュートラル戦略の骨子は3つあります。1つ目はお客さまの建物の屋根に太陽光発電パネルを設置することで、これは私たちの強みを活かした攻めの対策です。2つ目は提供する建物のZEB・ZEH率※100%を目指すことで、建設業界のリーディングカンパニーとしての社会的責任の観点からも取り組みの柱としています。3つ目は新築の自社施設も原則ZEB化・太陽光発電パネルを設置し、原則自社発電由来の再エネにより2023年度に購入電力の100%再エネ化を住宅・建設業界最速で達成することです。
※ZEB・ZEH率:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの販売率
脱炭素は世界的な課題ですから、国内において横並びで進めてもあまり意味がなく、国際的な動きのほうが速いので、国際標準に沿った形で進めることが肝心です。そこで、2018年に住宅・建設業界では世界初、SBTとEP100、RE100の3つの国際イニシアティブに同時参画するとともに、GHG削減、省エネ、再エネについて目標達成年を前倒しし、取り組みを加速させています。SBTとRE100は国内でも多くの企業が参画していますが、弊社グループは再エネの前に省エネでエネルギー効率を高めて再エネへ転換することを目的に、省エネ効率50%改善を目指す企業が集うEP100にも参画しました。
坂本:御社の再エネ設備は、太陽光発電がメインなのでしょうか。
小山:現在は約50ヵ所の自社施設で、合計1メガワットの自社消費型の太陽光発電パネルを設置していますが、太陽光だけで弊社の電力使用量を賄うことはできません。そこで、FIT制度の創設以降は自社施設の屋根だけでなく、未利用地などでも大型のメガソーラー発電や風力発電、水力発電の開発を進め、現在では電力使用量の約1.3倍となる再エネ電力を発電しています。
▼FIT制度を活用して再エネ発電事業を推進
ただし、そのほとんどをFITで売電しており、自社で使うことができないため、RE100に加盟した当初は達成年度を2040年と定めていました。しかし、その後非化石証書の制度ができ、FITで売電した電力の再エネ価値を需要家が取得できるようになったため、弊社グループの再エネ発電所由来の再エネ価値を私たちが買い戻すことで、弊社単体では2022年度に購入電力の100%再エネ化を達成する見込みです。なお、グループ全体では2023年度の達成を目指して取り組んでいます。
まちづくりにおいては、戸建住宅や賃貸住宅、分譲マンションではZEH対応商品の拡充、事務所や物流施設などの非住宅ではZEBの普及推進やオンサイトPPA方式による太陽光発電パネルの搭載を進めています。その結果、ZEH・ZEB率が向上、2022年度目標を達成見込みです。
再エネ100%のまちづくりも進めています。弊社グループは住宅から一般建築まで多様な用途の建物を扱っており、これらを複合したまちづくりに取り組めるのも特長です。再エネの発電事業も行っているため、弊社が発電した電気を開発したまちにお届けすることもできます。千葉県船橋市の戸建住宅や賃貸住宅、分譲マンション、商業施設が一体となった複合開発「船橋グランオアシス」では、岐阜県の水力発電でつくった電気を供給し、再エネ100%のまちづくりを実現しました。※
※弊社グループの水力発電所で発電した電気であることを証明する⾮化⽯証書を購⼊することで、再エネ電気のみを利⽤するまちづくりを実現。
▼船橋グランオアシスでは再エネ100%を実現
坂本:さまざまな施策で脱炭素・カーボンニュートラルに積極的に取り組まれる中で、見えてきた課題等ありますでしょうか。
小山:2~3階建ての低層アパートでは、太陽光発電パネルの設置が少し遅れています。オーナー様が設置し、ご入居者が再エネを使うため費用負担と受益者が異なるためです。今後は、双方のメリットをお伝えするなど、低層アパートにおけるZEH-M化の取り組みを進めていきます。
坂本:社内・グループ内における脱炭素・カーボンニュートラルを含めたESGの推進体制についてお聞かせいただけますか。
小山:約480のグループ会社の中から主要23社を特定し、環境経営会議の運営などを通じて全体の方針を策定・共有しています。また、主要23社の環境への取り組みの成果は、各社役員の報酬に連動する仕組みになっています。近しい事業を行っているグループ会社に対しては、弊社の環境部門が事務局となり、合同ワーキングを実施するといったことも行っています。
また、環境への取り組みが一部の部門のものにならないよう、環境意識の醸成やリテラシーの向上を目的として、eco検定の取得を推奨しています。現在は、社員の6割、グループ全体で合計2万3,000人がeco検定に合格しており、このことが環境活動を推進する基盤になっています。さらに、バリューチェーンにおけるカーボンニュートラルは自社だけで取り組んでも実現できないため、主要約200社のサプライヤーの方々と脱炭素ワーキングや脱炭素ダイアログを行い、SBTが求める水準のGHG削減目標を持っていただき、自主的に取り組みを進めることをお願いしています。こちらは、現在、約6割のサプライヤーにSBT水準のGHG削減目標を設定していただいています。
大和ハウス工業株式会社のニューエコノミー時代における未来像
坂本:DXやIoTの進展により、近年はスマートシティのような構想が現実味を帯びています。来るべき脱炭素社会に向けて、御社がイメージする姿や、その中での役割についてお聞かせください。
小山:最近はスマートシティより、DXやIoTなどのほうが脱炭素社会とともに語られることが多くなったと感じています。脱炭素社会のイメージは、エネルギーの節約など何かを我慢しなければならないと思われることが多いのですが、弊社は「生きる歓び」をパーパスに掲げており、これにつながる取り組みで脱炭素社会を実現しないと意味がないと考えています。そのため、自社施設をZEB化する際も快適性や生産性を犠牲にしない省エネを常に意識しています。
エネルギー効率を考えると建物の窓は小さいほうが有利で、壁のない大空間は空調の効率を最優先にすると不利ですが、省エネや脱炭素のために制約を課すことは、私たちの本意ではありません。むしろ、脱炭素に伴う制約を建物や空間に強いないことが私たちの役割だと思います。2021年にオープンした弊社の研修センター「コトクリエ」(奈良県)は、建物内に壁がほとんどなく、1階と2階がスロープでつながる大空間となっています。そこで、画像センサーを使い、人がいる所だけに照明や空調をつけるといった仕組みを導入することで、使用するエネルギーの効率化を図り、ZEB Readyを実現しました。このように、DXやIoTを上手く活用して、快適な空間とエネルギー効率の向上を両立させていきます。
坂本:御社はホームページなどでESGに関する情報を積極的に公開していますが、その際に心がけていることはありますか。
小山:サステナブル経営を推進するリーディングカンパニーとして、世の中を先導する必要があると考えています。そのためにはできることだけを語るのではなく、時には私たちが目指す姿やありたい姿を積極的に語り、果敢にチャレンジすることが大事だと思います。5年前にRE100を宣言した時はどうなるかわからないところもありましたが、宣言することにより多くの仲間ができ、仲間と一緒に声を上げていくことで、少しずつでも日本で規制の見直しが進み、再エネの調達環境が改善してきたと感じています。ありたい姿を掲げてチャレンジすることが、皆さんの取り組みを後押しすることにつながると思いますので、今後も挑戦し続けていきます。
一方、最近は非財務情報が投資判断に活用される時代ですので、実績データなどの透明性や正確性には細心の注意を払い、情報開示を行う考えです。
大和ハウス工業株式会社のエネルギー可視化への取り組み
坂本:省エネや脱炭素を進めるには、電力やガスなどエネルギーの見える化が必須といわれています。このエネルギーの見える化に対して、御社ではどのようなことに取り組んでおられるのでしょうか。
小山:提供する住宅ではHEMS、非住宅ではBEMS、工場ではFEMS、まち全体ではCEMSなど、エネルギーマネジメントシステムに取り組んでいます。ただし、見える化だけでは意味がないと考えており、可視化による行動変容や見える化した後の自動制御などにつながってこそ、見える化の真価が発揮されると考えています。そのため、現状では高度なエネルギー管理が求められない個々の住宅や専任スタッフの配置が難しい小規模な建物より、大規模で専任スタッフがいる施設の方が導入効果が高いと思います。
ただ、先ほど紹介しました千葉県船橋市の分譲マンションでは、電力使用量の増加を色で確かめられるリアルタイムインジケーターを各戸のリビングに設置しており、色が変わると電力の使用を抑えるといったご入居者の行動変容が生まれていると聞いています。そのため、目的や対象に合わせてエネルギーの状況をどのように見せるかが大切だと考えています。
坂本:御社には多くのサプライヤー企業様とのお取引があり、合計すると相当な数になるかと思います。そのような中でエネルギーの集計についてはどのような方法で行われているのでしょうか。
小山:調達段階(スコープ3・カテゴリ1)のGHG排出量の算定は、推計した数値を用いています。しかし、サプライヤーの取り組みが反映できる仕組みにしないとGHG削減につながりません。そこで、今後の打ち手を検討しています。
坂本:グループ会社における集計はいかがでしょうか。
小山:国内外ともにIT を活用した環境データ管理システムを導入し、環境パフォーマンスデータにおける集計精度の向上と効率化を図っています。また、分析したデータをもとに環境負荷の大きい事業所や改善が進んでいない事業所を選定し、重点的に改善を進めるなど、より実効性の高い環境活動を推進しています。
坂本:近年は、多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せています。この観点で、御社を応援することの魅力をお聞かせください。
小山:これからカーボンニュートラルを世界全体で本気で目指すのなら、住宅や建物、さらにはまち単位でカーボンニュートラルが必要になるので、ZEHやZEB、再エネのソリューションにいち早く取り組んできた弊社にとっては、大きなビジネスチャンスになるはずです。CSRではなく事業成長につなげるのがカーボンニュートラル戦略の骨子でもあるため、プラスの価値に目を向けていただき、弊社の成長戦略の一つとして、このカーボンニュートラルの取り組みを評価していただけると嬉しく思います。
坂本:提供する建物や自社施設のZEHやZEBだけではなく、早くから再エネ事業にも取り組むなど、カーボンニュートラルに向けた本気度が伝わるお話でした。なぜ、御社はこれだけ先行できるのでしょうか。
小山:脱炭素経営のドライバーは、危機感と経営への統合です。危機感が持てるかどうかで本気度が決まり、それが社内に浸透することで取り組みを後押しすると思います。
坂本:住宅業界にとって気候変動は非常に身近な課題であり、だからこそ積極的に取り組む姿勢を感じました。ありがとうございました。