インドと米国に拠点を置く世界を対象にした市場調査会社Grand view research(グランド・ビュー・リサーチ)のレポートでは、エッジコンピューティングの世界市場が2030年に1,559億米ドルに達すると報告しています。この数字の予測期間における年平均成長率は、38.9%以上と見込まれている状況です。
エッジコンピューティングは、世界的に導入拡大が予測されています。その背景にあるのは、製品開発の現場に求められるIoT化の精度向上ではないでしょうか。エッジコンピューティングは、クラウドとつながる現在のIoTデバイスをより安全に高速化します。製造業では、生産ラインのデータ収集を遅延なくリアルタイムで分析することが可能です。
企業にそのような恩恵をもたらすエッジコンピューティングでは、どのようなことが実現できるのでしょうか。今回は、エッジコンピューティングについて、わかりやすく概念を解説します。また、製造業におけるエッジコンピューティング導入のメリットも解説します。5Gの通信環境を生かしたIoT化を検討中の製造企業担当者は、導入に向けたヒントとしてお役立てください。
目次
エッジコンピューティングとは
総務省の「令和2年情報通信白書第1部 5Gが促すデジタル変革と新たな日常の構築」によると、エッジコンピューティングを以下のように説明しています。
ユーザーに近い領域においてデータ処理機能を汎用的に補完する | ―ネットワークゲートウェイ ―顧客施設 ―エッジデバイス上 |
用途によって組み合わせて使えることでネットワーク柔軟性のメリットを享受できる | ―クラウドコンピューティング ―エッジコンピューティング |
4G、5Gどちらでも使用できる | 5Gとの組み合わせでは伝送速度や遅延が最適化される |
上記の実現性により、自動運転やテレロボティクスなどの遅延時間を発生させたくないシステムを敏感に動かせます。
エッジコンピューティングは、エッジ処理によるネットワーク技術のことです。仕組みは、端末の周囲にサーバを分散配置して、ユーザーと端末間でデータ処理が実行されます。製造業の現場では、工場の生産ラインに設置されたセンサーや測定機器から収集したデータを高速で処理する際に使われます。
エッジコンピューティングは製造現場のリアルタイムな生産工程のデータを入手する目的として活用されます。製造現場にとっては、生産ラインのデータを可視化する重要な役目となるでしょう。
エッジの定義
エッジコンピューティングのエッジとは、ネットワークにおける分散化して負荷を軽減する処理技術のことです。本来のエッジとは、対象物の端にあたる部分や刃物の刃部分のことをあらわします。デジタルの世界では、コンピュータのデータ処理においてネットワークの端(エッジ部分)で活用される技術のことです。
従来のIoTデバイスによるデータ処理では、ネットワークを介してIoTデバイスとクラウドをつないでいました。その際、クラウドにはIoTデバイスの全データを保存した上で遠隔データ処理をする必要がありました。
エッジコンピューティングの登場は、製造現場のIoTデバイスのデータを現場のエッジサーバで処理します。その上で必要なデータのみをクラウド上で管理する技術です。エッジコンピューティングは、ネットワークを介して全データを行き来する必要がありません。必要なデータだけをクラウド上に送るため、高速なデータ処理が可能です。さらに、ネットワークを介したデータ処理の低負荷を実現します。
エッジコンピューティングは、IoTデバイスそのものにデータ処理のできるサーバを持っている場合もあります。分散コンピューティングの1つとして、エッジ側でデータの分析・クレンジングができるため、よりリアルタイムなデータの可視化が可能です。結果として、遅延のないデータ通信の実現で負荷も分散されます。
エッジコンピューティングが必要となった背景
エッジコンピューティングが必要となる背景には、IoTの課題解決が考えられます。JETRO(日本貿易振興機構)が発表した「ICT魅力的な注目市場分野」によると、国内のIoTエッジインフラ市場は、年々の増加が予測されています。
国内IoTエッジインフラ市場では、2019年331億円から2023年にかけて年平均成長率が22.9%の上昇推移の予測です。2023年には、742億円の市場規模が予想されています。この市場推移の要因には、以下の課題解決が考えられるでしょう。
ネットワークへの負荷
エッジコンピューティングは、クラウドシステムやIoT導入にあたって必要性が高まっています。エッジコンピューティングの導入目的は、ネットワークの負荷を下げた効率的な運用です。ネットワークの運用では、大量のデータ通信による負荷が課題として考えられます。その背景には、人工知能(AI)の機械学習によるデータ分析技術の発展があります。
製造現場では、デジタルツインによるネットワークへの負荷が課題のひとつです。デジタルツインでは、センサーから送信する情報をサイバー上にリアル再現される仮想空間で生産現場の未来を予測します。
デジタルツインは膨大なデータのやり取りを必要とするため、ネットワークに多大な負荷をかけることが課題となるでしょう。IoTデバイスが進化すれば扱うデータ量も増える点が懸念されています。そのような課題に向けてネットワークの負荷を下げる役割を担うのがエッジコンピューティングです。
遅延時間の発生(レイテンシの大きさ)
従来型のクラウド上で管理するIoTデバイスのデータとネットワーク通信する場合は、数百ミリ秒単位から数秒単位のタイムラグの発生も考えられます。このタイムラグにより生産ラインで致命的なトラブルを起こさない取り組みが必要です。エッジ処理は、リアルタイム性の追求に向けてレイテンシ(遅延時間)を低くする点が課題解決につながります。
セキュリティ対策
クラウドコンピューティングの課題でもある外部からの脅威へのリスクは、安全なネットワーク接続を担保する上でも重要です。その際、必要とされるのは効果的なセキュリティ対策です。セキュリティ対策の中でも注目されている方法としてゼロトラストがあげられます。ゼロトラストは、すべてのやり取りにおいて認証を必要とするセキュリティ対策です。
その都度認証が必要となるため、セキュリティ被害を極めて限定的にできる処理と考えられます。ただし、認証の手間や導入コストなども掛かる点が課題として残るでしょう。
クラウドコンピューティングを活用したエッジコンピューティング
クラウドコンピューティングは、インターネットを経由してユーザーとコンピュータを遠隔でつなぐクラウド環境を活用した技術です。製造現場では、インターネットのクラウドサーバを経由するデータ通信時間が懸念材料になるでしょう。
従来のクラウドコンピューティングの場合は、デバイスのアプリケーションデータをすべてクラウド上で保管している点がネットワーク接続の負荷につながっていました。クラウド環境を活用したエッジコンピューティングの場合は、クラウドのエッジ部分でデータ処理するため、必要なデータのみで処理ができます。
そのデータ処理により、ネットワーク接続の負荷も軽減される点がクラウドコンピューティングを活用したエッジコンピューティングを活用する理由でもあります。いままで膨大な量のデータをクラウド上に蓄積していた仕組みから、必要なデータのみをクラウド上で処理できる仕組みへと変わりました。
製造業におけるエッジコンピューティングの活用
負荷分散と高い応答性を実現できるエッジコンピューティングは、製造現場でどのように活用されているのでしょうか。独立行政法人の中小企業基盤整備機構が運営する「J-Net21」によると、全体の製造工場におけるエッジコンピューティング活用は、以下の仕組みで成り立っています。
データを扱う場所 | データを扱う対象 | 処理内容 |
遠隔地 | クラウドシステムからエッジコンピューティング処理装置へ | インターネットを介してクラウド処理に必要なデータだけでやり取りする |
エッジコンピューティング処理装置からクラウドシステムへ エッジコンピューティングから各生産設備デバイスへ | ||
製造工場 | IoTデバイスに近い場所でデータ管理や処理を実行 | |
各生産設備デバイスからエッジコンピューティング処理装置へ | リアルタイムでの処理 ネットワークのデータ量低減 セキュリティの確保 |
これらの仕組みで成り立つ製造現場におけるエッジコンピューティングは、工場内のあらゆる場所にエッジサーバを分散配置します。
エッジコンピューティングにより実現する製造業のメリットとは
製造業がエッジコンピューティングを導入することで実現できるメリット部分を紹介します。
精度の高いリアルタイムなデータ転送が現場のトラブル回避に役立つ
エッジコンピューティングでは、必要なデータのみを処理できます。すべてのデータを転送しないため、低レイテンシ(低い遅延時間)の実現が可能です。低レイテンシの実現は、リアルタイムなデータのやり取りを常態化させられるため、迅速なトラブル発生や予知などにつながります。迅速な発見ができれば、トラブル回避にも役立つでしょう。
データのトラフィック量抑制がネットワークの負荷軽減につながる
エッジコンピューティングで処理するデータは、すべてにおいてリアルタイム転送が必要なわけではありません。エッジコンピューティングでは、必要なデータのみをバッチ処理できるため、データのトラフィック量を抑制できます。データのトラフィック量を制限することで、現場の活用ニーズに合わせたデータ処理が可能となるでしょう。
その結果、データトラフィックの管理はネットワークの負荷軽減につながります。ネットワークの負荷が軽減されれば、システムの反応を高速化できるだけではなく、高速のトランザクション処理も期待できます。
データの保管場所が分散されるためデータ漏えいのリスクを軽減できる
エッジコンピューティングでは、遠隔地にあるクラウドシステムと工場内のエッジ処理装置などでデータの保管場所を分散できます。分散されたデータ保管は、データの漏えいリスクを下げる効果にもつながるでしょう。日々進化しインターネット上の脅威にさらされているクラウドサーバの影響を抑える役割も担います。
エッジコンピューティングは、社外秘のデータをエッジ側で処理して上位クラウドシステムに送らない活用が可能です。例えば、生産ラインの稼働状況や生産実績データのみを上位クラウドシステムに送り、現場の設計や製造、保全データなどはエッジで管理することもできます。
災害リスクを最小化するBCP対策にも役立つ
エッジコンピューティングのデータ分散管理は、災害発生時のバックアップデータ復旧の精度にも影響します。エッジコンピューティングでは、エッジの役割を担う管理デバイスの冗長化も可能です。そのため、重要なデータを分散して管理することで、災害時でも停止せずに稼働できる業務を生み出せます。
災害発生時にクラウドシステムが止まってしまい復旧までの時間を待つことなく、継続できる点は災害リスクの最小化にもなるでしょう。これらのリスク対応は、企業の緊急事態時の計画となるBCP(ビジネス継続計画)対策にも役立ちます。
エッジコンピューティング導入で考えられる注意点
エッジコンピューティングの導入は、製造現場であらゆるメリットをもたらします。しかし、導入における注意点も把握しておく必要があります。注意すべき点は、以下のように、コスト面、データの複雑かつ煩雑化する面、セキュリティ面の3つです。
エッジコンピューティングの設備導入コストがかかる点
エッジコンピューティングは、製造現場のラインに設置するIoTデバイスの数に合わせたエッジ処理装置の必要性が考えられます。要するに、工場の規模が大きければ、それに見合ったエッジ処理装置の配備が求められるわけです。エッジ処理装置の数が増えれば、初期導入費用や運用におけるランニングコストもかかる点は把握しておきましょう。
エッジ処理装置数の増加やデータの複数分散による複雑かつ煩雑化する点
製造現場によっては、エッジ処理装置の数を増やすことで機器メンテナンスや管理の複雑化が考えられます。工場内のエッジ機器を取り巻くシステムが膨大になると複雑化が避けられなくなるでしょう。また、データの複数分散には、運用管理が煩雑になるデメリットも考えられます。
エッジ処理装置は、データ保管を得意としていません。そのため、クラウドシステムと比べてデータの蓄積には限界があります。システムが膨大になり煩雑化すると、エッジ機器で蓄積されたデータ管理を見落としてしまうかもしれません。その対策としては、エッジ機器のデータ保存を一定期間で削除する機能の利用も1つです。
エッジ側セキュリティリスクの注意点
エッジコンピューティングでは、遠隔地にあるクラウドシステムとネットワーク接続のセキュリティ対策だけでは不十分です。エッジ機器やエッジ機器でつながるIoTデバイスにもセキュリティリスクがあることを理解しましょう。各デバイス自体がコンピュータとしてサイバー攻撃を受ける可能性はゼロではありません。
小さなセキュリティの穴から侵入されて大きなシステム障害へと拡大する可能性もあります。複数のエッジ機器を導入するにあたって、安価な機器も導入した際はセキュリティ対策が不十分な場合も考えられるでしょう。複数のエッジ機器を導入する際は、一元管理できるセキュリティソフトなどの導入も同時進行で検討することをおすすめします。
製造現場のIoT化は実環境に適した調査検証から始めよう
今回紹介したエッジコンピューティングの概念は、製造現場の基本的な部分にすぎません。重要なのは、製造現場の規模や属性によって適応するシステム構築の検討です。製造現場では、それぞれの実環境による生産ラインの違いがあります。そのため、ハードウエアベースではなく実環境に適応するシステム構築を優先することが重要です。
製造業のDX推進では、製品ありきではなく企業の実環境に応じた提案のできるコンサルティングからDX組織の構築までを一気通貫で支援できるサービスが求められます。コンサルティングから構築までの支援サービスを伴走型で活用できれば、専門的な見解と実績をもとにシステム構築の展開ができるでしょう。
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(提供:Koto Online)