ESG(環境・社会・ガバナンス)は投資家だけでなく、大手企業にとっても投資先や取引先を選択したり、企業の持続的成長を見たりする際の重要な視点になりつつある。本特集では、各企業のESG部門担当者にエネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシスの宮本徹専務取締役が質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施している。
株式会社サンゲツは愛知県名古屋市に本社を構え、カーテンや壁紙、床材などを扱うインテリア業界の最大手企業だ。商品供給だけでなく施工や配送など、空間デザインに関する業務を幅広く行っている。
本稿では、株式会社サンゲツの代表取締役 社長執行役員の安田 正介氏に、脱炭素社会の実現を内包した自社のビジネスモデルや今後の活動、目標、現状の課題などを伺った。
(取材・執筆・構成=山崎敦)
昭和48 年に三菱商事株式会社へ入社し、平成16 年に執行役員 機能化学品本部長に就任。常務執行役員、顧問を歴任した後、平成24 年に株式会社サンゲツの取締役に就任。平成26 年より代表取締役社長に就任し、平成28 年から現任の代表取締役 社長執行役員を務める。
株式会社サンゲツ
インテリア大手、国内壁紙シェア50%。インテリアからエクステリアまで空間の内外に携わる事業を手掛ける。2014年より新経営体制となり、海外展開をはじめ様々な改革を実行。目指す企業像に「スペースクリエーション企業」を掲げ、内装材販売から空間創造にかかるデザイン・提案力、出荷・配送力、施工力等各種機能を活かしたソリューション提供へビジネスモデルの転換を進行中。長期ビジョンとして「みんなで いつまでも 楽しさあふれる」社会の実現に貢献することを目指す。
https://www.sangetsu.co.jp/
1975年生まれ、埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族とともに東京から鳥取へIターン。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
目次
サプライチェーン全体を巻き込んだ環境負荷低減を目指す
株式会社アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):アクシス代表の坂本です。弊社は鳥取県に本社を構える、システム開発を中心としたIT企業です。ここ10年は再エネの見える化に関するプロダクトも手がけており、クライアント企業のDX支援も行っています。地方にありながら、お客様の90%は首都圏のプライム企業であることも特徴です。今回は、御社のESGに対する取り組みについて勉強させていただきます。よろしくお願いいたします。
株式会社サンゲツ 安田氏(以下、社名・氏名略):株式会社サンゲツ代表取締役の安田です。旧態依然とした内装材料という業界の中で、新たなビジネスモデルを作っていくことに日々苦心していますが、本日は坂本様といろいろ情報交換をさせていただければありがたいと思っています。
坂本:はじめに、御社のESG活動における考え方と、具体的な取り組み内容について教えていただけますでしょうか。
また、「脱炭素社会」という世界的な大きな流れは、御社のビジネスにどのような影響を与えていますでしょうか。今後「脱炭素社会」を目指すにあたり、御社のビジネスにおける具体的な戦略や予想される課題がありましたら教えてください。
▼サンゲツグループの4つの環境側面
安田:当社としては、サンゲツグループの環境側面を4つの項目で捉えています。1つ目はScope1とScope2の単体・連結ベースで排出されているGHGにどう対応するかという点です。
2つ目はScope3として、当社の仕入先様が環境に与えている影響をどうしていくかという点です。当社だけでいえば、GHGの排出元は事務所の電気や社有車なので影響は限られますが、事業活動全体において最も排出量が多いのは、仕入先様が出しているGHGです。Scope3の部分を放置し、Scope1・2の改善だけで当社の活動を語るのでは責任を果たしているとはいえないため、Scope3への対応は非常に重要だと考えています。
▼サンゲツグループの事業活動における環境側面
上の図は、サンゲツグループの事業活動における環境側面を表したものです。上部がサンゲツおよびサンゲツグループ各社の生産や在庫デリバリーで排出されるGHGの情報や与えている環境側面、下部が取引をさせていただいている仕入先様やメーカー様などが与えている環境側面を示しています。
▼サンゲツグループのGHG排出量
Scope1・2の現状を申し上げますと、単体でのGHG排出量は約6,000t、グループ連結全体の排出量は約3万tです。上記の図にクレアネイトとKorosealという会社がありますが、この2社は壁紙を製造している会社で排出量も大きいです。2030年の目標としては、単体ではカーボンニュートラル、連結ベースでは50~55%の排出量削減を発表しており、それぞれの目標に向けて施策を実行しているところです。
▼カーボンニュートラルに向けたロードマップ
サンゲツ単体でのカーボンニュートラルに向けたロードマップは、上記の図のとおりです。連結ベースにおいても、壁紙製造を行うクレアネイトでの新工場建設に伴い、配送面・製造面でのGHG削減を図るなど、各種施策を進めており、55%程度の削減は十分可能だと考えています。
▼Scope3削減に向けた取り組み
Scope3については、主に仕入先様が出しているGHG排出量ということになります。当社の試算では、2021年度のScope3は、約403,000 tであったと考えています。現在、Scope3における排出量の算定は、商品ごとの排出ガス原単位に引取数量を乗じたもので算出しており、仕入先様各社の積み上げベースにはなっていません。そのため、より実態を伴ったGHG削減に向け、積み上げベースで計測できるよう集計方法の変更を進めています。
この取り組みは非常にハードで、「削減の努力がしっかり見える形にしなければいけない」と考えて2年前から現在の方針で進めていますが、かなりの体力を必要とします。しかし、Scope3のカテゴリー1の見える化を実現しなければ全体の削減につながらないと考えているので、日々努力しているところです。
仕入先は国内外含め約200社あり、企業規模も大小さまざまで一律の対応をお願いすることは難しいため、当社のESG担当者が直接仕入先様のもとに出向き、現状の把握と改善方法の打ち合わせなどを行っています。仕入先様と一緒になって削減に努めながら、今後は、より具体的な指針を設定して発表する必要もあると考えています。
環境側面の3つ目は、当社が販売した商品による影響です。例えば、住宅には壁紙が使われますが、新築後からリフォームするまで平均22年かかるといわれています。そのため、商品そのものが環境に与える影響は小さく、またリフォームされる壁紙は下地等他の廃材とともに処理されます。一方で賃貸のアパートやオフィスでは新しい入居者が入るたびに、2~3年おきに壁紙や床材の貼り替えが行われます。非常に短いスパンで商品が廃棄されるので、これに対する対策は重要です。
しかし、当社が市場に提供しているものの中で、それ以上に大きな影響を与えているのは「見本帳」です。当社はさまざまな形の見本帳を年間約150万冊発行していますが、この見本帳の行き先は細かく管理できていません。また、見本帳の有効期間は2~3年であり、使用後の廃棄方法についても、すべてを把握・コントロールすることはできていません。使用後の見本帳をしっかり管理しないことには、十分な責任を果たしたとはいえません。見本帳は当社のビジネスモデルのベースとなるツールであり、その存在を否定されるようなことはあってはならないため、非常に大きな問題だと捉えています。
▼見本帳リサイクル
この対策として、2021年3月に見本帳リサイクルセンターを開設しました。見本帳は、台紙の上に壁紙や床材の現品サンプルが貼ってあり、取っ手部分にはポリプロピレンが使われる等、さまざまな素材で構成されております。当センターでは、回収した使用済みの見本帳を分解・分別し、マテリアルリサイクルへ繋げています。2022年度は約8万冊をリサイクルしましたが、専用機械を導入することにより、今後はさらに作業効率が上がると思います。年間15万冊程度は処理できるようにしたいと考えています。
また、一方で、見本帳のデジタル化も進めています。現物の見本帳は重量約2~5kg、保管スペースも必要とします。テレワークの普及に伴い、ウェブサイトですべての商品を確認できるデジタルブックは利用者が増加しており、現在、内容の拡充を進めています。内装材料の選定においては、手触りや質感、色合いなど、モニターでは伝えられない情報を得たいというニーズは高く、見本帳自体を完全になくすことは難しいですが、デジタルブックの拡充とあわせ、サンプルサービスを強化することにより、発刊数の削減を図ります。
自社サービスの改善で環境に配慮した商品展開を実現する
4つ目は、低環境負荷商品を開発し、市場に提供することです。
▼低環境負荷商品「NT double eco」
低環境負荷商品の開発も非常に重要な課題と捉えており、仕入先のメーカー様や原料メーカー様とともに進めています。2021年11月には、「NT double eco」というカーペットタイルを発売しました。主にオフィスなどに使用されるカーペットタイルは、表面のパイル(繊維)と裏面のバッキング(塩化ビニル)から構成されています。「NT double eco」のパイルには、漁網やカーペットの廃材等をリサイクルした100%リサイクルナイロンを採用し、裏面のバッキングにもリサイクルPVCを用いています。これにより、CO2を従来品に比べて最大61%削減することができます。採用いただいた現場ごとに「CO2削減活動証明書」の発行も行っており、CO2の見える化によりGHG削減を促進します。
また、汎用品の価格帯で展開したこともこの商品の大きな特徴です。現在の建設市場では価格が高くなると途端に販売数量が減少するので、従来品と同価格でラインアップすることで、市場への普及を目指しています。
▼低負荷環境商品「MEGUReWALL」
壁紙では、2022年5月に「MEGUReWALL」という商品を発売しました。こちらはクッション材の端材やもみ殻を再利用したもので、CO2を最大で36%削減できます。こちらも一般品の価格帯で設定しており、環境対応の需要の高い大手不動産会社様等から高い評価をいただいております。
▼低負荷環境商品「クリエイシア90」
また、2022年6月には、ペットボトルを再利用したガラスフィルム「クリエイシア」を販売しました。
このように、当社は価格が上がらない形で低環境負荷商品を開発して市場に提供していますが、これを非常に重要な責務だと考えています。
坂本:御社は、コーポレートサイト内のコンテンツにおいてESGの取り組みや各種データを開示しています。CO2削減といった環境パフォーマンスの向上を実現する上で、どのようなエネルギーをどのように消費しているかを把握することが大切とされていますが、エネルギーの見える化にはどのように取り組まれているのでしょうか。
安田:当社には事務所やロジスティクスセンター、営業所などさまざまな拠点がありますが、電気や灯油、LNG、重油の消費量を拠点ごとに収集してまとめています。
エネルギーの調達にあたって、例えば電力は電力会社ごとの係数があるので、それらをすべて調べた上でGHGの適切な排出率を算出し、次の施策を検討しています。
調達活動においては、仕入先様ごとにどういったエネルギーをどれくらい使っているのか、どのような取り組みをしているのか、きちんと伺った上で今後の取り組みやCO2の削減目標を決め、サプライチェーン全体で削減を進めたいと考えています。
従業員や社会に対し、平等な機会の構築に貢献する
坂本:御社における社会貢献活動や社会課題の解決について、具体的な取り組みを教えてください。
安田:当社では、達成すべき社会価値として「インクルーシブ」「サステイナブル」「エンジョイアブル」の3つを挙げています。サステナビリティも大切ですが、より長期的なものとしてインクルージョンが大切だと考えています。直近の問題としてサステナビリティの解決に努めながら、長期的にダイバーシティ・インクルージョン・エクイティに取り組んでいきます。誰にも平等に機会が与えられる社会の構築に貢献することは、重要な責務であると考えています。
▼サンゲツグループが目指す社会的価値
ダイバーシティについては、社内の女性管理職比率とワーキングマザー比率を高めています。特にワーキングマザー比率(全女性社員の内、18歳未満の子をもつ社員比率)は35.9%となっており、産休・育休後も長く働ける職場づくりを目指し、そのための制度拡充を行っています。
障がい者雇用率については、2023年3月末で約4%です。ただ、当社が重視しているのは高い障がい者雇用率だけではなく、障がい者の方が活躍できる職域の拡大です。社内では「さまざまな職場で障がいのある方と一緒に働こう」と呼びかけています。現在、26の組織で障がい者の方が働いていますが、各現場での社員の理解と努力もあって実現できた結果だと考えています。
▼サンゲツグループの女性と障がい者の活躍推進
また、当社の本業を通じた社外での社会貢献活動として、児童養護施設の改装支援を行っています。児童養護施設はコストの問題で修繕が行き届いていないケースが多いため、社内のボランティア活動として壁紙・床材の貼り替えや、カーテンの交換を行っています。2014年から活動を始め、2022年には50施設の改装支援を行いました。活動開始当初は、弊社、児童養護施設様ともに慎重になっていた部分もありましたが、現在はサンゲツの支援活動が広く知られ、全国で実施できるようになりました。インクルーシブな社会の実現に向け、子どもたちに格差の無い生活環境や機会を与えられるような活動については、今後も積極的に取り組んでいきたいと考えています。ユニセフやUNHCRといった機関への寄付活動も行っていますが、こちらも継続的に実行できるような社内規定を定めています。
▼サンゲツグループの社会貢献活動
DXやIoTを取り入れ、安定した商品供給と効率化を目指す
坂本:DXやIoTが進み、スマートシティのような構想が現実味を帯びています。そのような社会で、御社はどのような企業であり、どういった役目を担うべきだとお考えでしょうか。また、そうなるために現在御社が注力していることがありましたら、お聞かせ願います。
安田:DXやIoTに関しては、3つの切り口で考えています。1つ目は壁紙や床材の選択にDXを取り入れることで、川上顧客と川下顧客の双方にメリットをもたらすというものです。読者の方の中にもご経験がある方がいらっしゃるかと思いますが、新築の住宅は意外と壁紙や床材が指定されているケースが多いように感じます。その理由としては、お施主様に選んでいただくことにより、時間がかかり工期が遅れてしまったり、指定の商品が届かず工期が遅れてしまったり、作業をする内装施工事業者様とうまく段取りが取れなかったりとさまざまな問題があり、工期を優先する現場では、壁紙や床材などは業者様の方で決められてしまっているというパターンが多いためです。
こういった状況に対して、当社としてはお客様が選ぶ幅を広げられるような自動化の仕組みをテクノロジーで実現したり、AIの導入でお客様の商品選びをお手伝いし時間の短期化を図りながら、選んだあとは内装工事に支障がない形で商品が到着し施工されるといったような仕組みをテクノロジーを用いて作り上げていくことが重要と考えています。これが実現できれば、ビルダーやハウスメーカーの仕事の価値も上がり、お客様にとってもプラスになります。
2つ目は、営業や物流に関する情報のデータ化による効率的な業務体制の実現です。当社の仕事というのは住宅や商店、レストラン、宿泊施設など非常に幅広い内装施工現場があります。1日に何万という現場が動いていますが、営業的な商流情報と実際の物流情報がかならずしも結びついていない現状があります。この2つの情報を統合して商品の生産から工事現場の進捗までを全部つなげてデータ化することによって、より効率的な配送や生産、そして効率的な在庫管理につなげることができ、環境側面からもプラスに働きます。
実現のために、たとえばICタグをつけて物流管理を行うようなIoT的な対応も必要だと考えていますが、技術的な問題だけではなく商流や物流網の整備といったことも併せて、より中長期的な体制を作り、DXやIoTのための努力を行っています。具体的には、代理店様に対して末端情報の開示を要求したり、当社自身の配達網の整備というところから進めています。
3つ目は、お客様からの問い合わせ業務の効率化です。近年は問い合わせが増えていますが、さまざまなご要望に対応するためにAIの活用を考えています。
坂本:御社はコーポレートサイト上で公開している『サンゲツグループのESG課題に関するマテリアリティの特定』において、マテリアリティマップと特筆すべきマテリアリティを掲載しています。こちらの具体的な内容と、現在のESG面の進捗についてお聞かせください。
安田:当社のマテリアリティは多岐にわたりますが、当社にとって最も重要なマテリアリティは「安定供給」です。日本各地で内装工事が行われていますが、当社では10cm単位、1枚単位で注文を受けており、都内23区の例では、当日の10時30分までにご注文をいただければ13時30分には倉庫から商品を出荷し、代理店様経由もしくは当社が直接配送する形で17時までに届きます。内装施工事業者様の円滑な仕事のためには、品切れなく時間内にお届けするのが重要であり、当社のビジネスモデルの基本です。安定供給と短納期を守り、質を上げていくことがマテリアリティにおける重要ポイントといえます。
安定供給体制の強化を目的とし、2022年に日本最大の壁紙メーカーであるクレアネイトを完全子会社化しました。現在、量産品壁紙の市場は拡大している一方、供給が不足しているため、現状の供給能力で何か問題が発生すれば供給が途絶えかねません。そのため、クレアネイトの新工場の建設を進めています。供給能力の増強のほか、環境負荷低減のための原材料調達・製品配送の距離削減、工場における太陽光発電設備の設置や発電設備の改善、従業員が働きやすい環境の整備と働き方の改善も図り、持続可能な安定供給体制を構築します。
▼重要なマテリアリティである安定供給体制の強化
また、物流拠点の整備も挙げられます。北海道から沖縄まであった従来の拠点を見直し、拠点を新設しながら物流網の再編を行ってきました。配送の効率化だけでなく自動化や省人化のための設備も導入し、安定供給や短納期、環境負荷低減を実現しています。
▼配送面における環境負荷低減
2022年には九州の配送会社をグループ化しました。配送はスケールメリットを得られる事業なので、多くの物流を担うことで配送の効率化を図り、それが従業員の働き方の改善にもつながると考えています。今後は配送体制をさらに整備し、効率的な環境負荷低減と安定的な配送体制の実現を目指します。