本記事は、明石順平氏の著書『データで見る 日本経済の現在地』(大和書房)の中から一部を抜粋・編集しています。

物価上昇
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物価が無限ループで上がっていく

 要するに、お金の価値が下がるのと、物価が上がるのは同じということだね。

 そう。そして、物価が上がってしまうと、お金が足りなくなる。今の日本の状況をみればイメージしやすいでしょ。円安でどんどん物価が上がって、お金が足りない状況が生まれている。

 足りないなら、お金を増やせばいいんじゃないの。

 でもお金を増やすと物価が上がるでしょ。

 あ、そうか……。お金足りないからお金増やす→物価上がる→お金足りないからお金増やす→物価上がる→お金足りないからお金増やす→物価上がる→お金足りないからお金増やす→物価上がる……っていう無限ループが発生するのか。

 そう。過去にあらゆる国でそういう現象が起きて痛い目に遭ったから、どの国も、通貨を発行する中央銀行が政府から直接国債を購入することを原則として禁止しているんだ。

 でも、さっき日銀が銀行の国債を買い取って、その銀行の日銀当座預金を増やすって言ってたでしょ。それって結局、日銀が政府から直接国債を買っているのと同じじゃないの?

 やりすぎるとそれと同じことになる。

さて、ここで銀行同士のお金のやりとりの方法を説明しよう。例えばA銀行からB銀行へ100万円の送金をする場合、日銀は、A銀行の日銀当座預金の口座残高を100万円減らして、B銀行の日銀当座預金の口座残高を100万円増やす操作をする。これでA銀行からB銀行へ100万円送金したことになる。

 日銀当座預金を増減させて送金しているんだね。でも、銀行ってそういう銀行間送金をたくさんやっているわけでしょ。もし一時的に送金するための日銀当座預金が足りなくなったらどうするの?

 日銀からお金を借りるか、または他の銀行から借りることになるが、主に他の銀行から借りて対応している。お金の余っている銀行が、お金の足りない銀行へお金を貸すんだ。銀行同士はそうやって頻繁にお金の貸し借りをしている。そして、日銀当座預金の量が少なければそれだけ日銀当座預金が貴重になるから、お金を貸すときの金利も高くなる。他方、日銀当座預金の量が多ければ、日銀当座預金の希少性は低くなるから、金利も低くなる。

こうやって銀行間取引の金利が上下するのに合わせて、銀行が会社や個人にお金を貸し出すときの金利も上下する。自分が借りたときよりは高い金利で貸す必要があるからね。

 さっき、日銀は銀行等から国債を買って日銀当座預金の量を増やすって言ってたよね。逆に言えば、日銀が国債を売れば日銀当座預金の量は減るってことね。そうやって日銀当座預金の量が増減すれば、それに合わせて民間の金利も上下するってこと?

モ そう。日銀が国債を買って銀行等の日銀当座預金の残高を増やすことを「買いオペ」、逆に国債を売って日銀当座預金の残高を減らすことを「売りオペ」と言う。日銀は買いオペと売りオペをうまく使い分けることで、金利を操作している。なお、バブルの話で触れたように、昔は日銀が民間銀行にお金を貸し出す際の金利(公定歩合)を上下させて民間の貸出金利を操作していた

太郎、金利が10%のときと、1%のときだったら、どっちのときにお金を借りたいかな。

 そりゃあ1%のときだね。返すときの負担が軽いから。

 そうだね。そのように、金利が低くなれば、普通は借りたい人が増えるから、貸し出しが増える。

 貸し出しが増えれば、預金通貨が増えるんだよね。

マネーストックを意識してみよう

 そう。つまり、金利が下がると預金通貨の増加ペースが速くなる。逆に、金利を上げれば、預金通貨の増加ペースは落ちる。ここで1つ、知ってほしいワードがある。個人や会社が持っている現金・預金をすべて合わせたものを、マネーストックと言うんだ。これはつまり現実に世の中に出回っているお金で、物価にも影響を及ぼす。金利を下げるとマネーストックの増加ペースは上がる。すなわちお金の価値は下がるので、物価は上がる。

 マネーストックが増えるのは、金融機関の貸し出しが増えて、民間の預金がその分増えるときだけなの?

 マネーストックには外貨預金も含まれるから、何か輸出して対価としてドルなどの外貨を得て、それを預金した場合も増える。あとは、政府が借金をして財政支出をした場合も増えるよ。具体的なお金の流れは、以下のようになる。

例えば、政府が10兆円分の国債を発行してそれを民間銀行に買ってもらい、10兆円の財政支出をする場合を想定しよう。財政支出というのは、要するに政府がお金を使うことだ。公共事業の代金を払ったりする場合などを指す。

まず、銀行が10兆円の国債を購入すると、その購入代金10兆円は銀行の日銀当座預金から政府預金に移る。そして、政府はこのお金を財政支出に使う。さっきも言ったとおり、政府がお金を使うときは銀行を通じて国民にお金が支払われる。つまり、政府が10兆円の財政支出をするときは、政府預金から銀行の日銀当座預金にお金がまた戻るかたちになる。そして、日銀当座預金が10兆円増えて、銀行は会社や個人の預金残高を増やすことで政府の支払いを完了させる。つまり、マネーストックが10兆円増える。

 結局10兆円が銀行の日銀当座預金から政府預金へ行って、また返ってきて、そしてマネーストックが10兆円増えるってことね。なんか不思議。結果だけ見ると、マネタリーベースは変わらず、マネーストックだけ10兆円増えるということか。

 そう。そして、政府はこの10兆円に将来利息を付けて、銀行に返す義務を負う。つまり、10兆円+利息の債務が政府に残る。これは将来的には国民の税金で返すことになる。つまり、返すときには国民から税金を取るから、マネーストックは将来の時点で減ることになる。

借金するほどお金が増える?

 ただし、国債ではなく、全部税金で10兆円の財政支出をする場合は、これとは異なってくるんだ。まず、10兆円が国民から徴収される。つまりマネーストックが10兆円減る。そして、日銀当座預金から政府預金へ10兆円が移動し、財政支出でまた10兆円が戻ってきて、会社や個人の預金残高が合計で10兆円増える。

 それ、お金がぐるっと一周して戻ってきただけだね。マネタリーベースもマネーストックも結果的には増減しない。

 そう。税金としてお金を集めて、それを配り直しているだけだ。だから、まったく借金をしない国家であれば、マネーストックが増えるのは、民間の貸し出しが増えるか、海外から外貨を獲得した場合などに限られるだろう。

 簡単に言えば、民間か政府が借金をしないと、基本的にお金は増えていかないということね。借金でお金が増えていくって、なんだか不思議だね。

 そうだね。では具体的にマネタリーベースとマネーストックの関係をグラフで確認してみよう。マネーストックには色々な種類があるが、代表的なM3エムスリーという指標で見てみると……。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

この図の矢印で示した分が、信用創造によってつくられた通貨だ。これだけ借金で通貨量が膨らんだということだ。より分かりやすいように、マネーストックをマネタリーベースで割ったグラフも見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 一番多いときで、マネタリーベースの12倍近くも通貨が生み出されているね。でも、最近は急に落ちてきて、3倍を切っているよ。これはなぜ?

 今確認しておきたいのは、このように借金で通貨が増えていく仕組みが「貸しすぎてお金が増えすぎる」という現象を必然的に生むことだ。「この相手にお金を貸しても返済されるだろう」という信頼関係によって貸し出しがなされるわけだが、信頼関係が過信となるとお金が増えすぎる。信頼が続いている間はいいが、それがいったん崩れると大変な事態になる。

銀行の破綻は連鎖する

 例えば、A銀行がB社に対し多額の貸し付けをしていたとしよう。しかし、B社の経営がうまくいかず、潰れてしまったとする。もしこのとき、君がA銀行にお金を預けていたら、君はどうする?

 大口の貸付先が潰れたなら、A銀行の経営状態も悪くなるよね。そうなると、A銀行に預けているお金が大丈夫か不安になるから、預金を引き出して別の銀行に預けようと考えるかもしれない。

 そうだね。でも、みんながそう考えて引き出しに来ると、銀行としては大変だ。図1-13を見ても分かるとおり、銀行は実際には預金量よりもはるかに少ないお金しか保有していないからね。最悪の場合、銀行は預金の引出要求に応じられなくなってしまう。

そして、A銀行の大口融資先が潰れれば、他の銀行も不安になる。A銀行にお金を貸しても返ってこなくなる可能性が高まるからね。さっきも言ったとおり、銀行は銀行同士で日銀当座預金を介してお金の貸し借りをしているから、A銀行が他の銀行から信用されなくなることは致命傷だ。送金や引き出しのために一時的にお金が不足した場合に、他の銀行からお金を借りることができなくなる。こうして信用がなくなると、送金や引き出しに使うお金が不足し、A銀行は潰れてしまう。「貸しすぎ」は、最後にはこういう結果を招く。日本のバブル発生とその後の金融危機でもそうだった。

 株や土地の値段が上がり続けるから、お金を貸しても値上がり益でちゃんと返済されるだろうという過信が生まれ、結局、お金が貸し出されすぎたんだね。そして株や土地の値段が暴落し、貸したお金が返ってこなくなった結果、金融機関が次々に破綻したと。

 そうだ。そのすべての発端となったのが、公定歩合を引き下げたことだった。結果から見ると、下げすぎたと言えるだろう。こうやって金利を引き下げてお金の量を増やすこと金融緩和という。これによって日本はものすごく痛い目に遭ったのに、後にまたそれを繰り返すことになる。それがアベノミクスだ。

データで見る 日本経済の現在地
明石順平
弁護士。1984年、和歌山県生まれ、栃木県育ち。東京都立大学法学部、法政大学法科大学院を卒業。主に労働事件、消費者被害事件を担当。ブラック企業被害対策弁護団所属。著書に『アベノミクスによろしく』『データが語る日本財政の未来』(集英社インターナショナル新書)など。ブログ「モノシリンの3分でまとめるモノシリ話」管理人。

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