本記事は、明石順平氏の著書『データで見る 日本経済の現在地』(大和書房)の中から一部を抜粋・編集しています。

働きすぎ
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働きすぎがもたらす弊害

 まずは日本人がどれくらい働いているのか、総実労働時間の推移を見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 ずっと減少傾向が続いていて、コロナ禍が始まった2020年にがくんと落ちてるね。所定外労働時間は110時間で、このグラフの範囲内では最低の値になっている。

 そう。ただ、この減少傾向は労働時間の短いパートタイム労働者を含んだものだ。パートタイム労働者を除いた値を見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 パートタイム労働者を除くと、労働時間はほとんど横ばいだね。コロナ禍以降は大きく下がっているけど。

 そうだね。そしてパートタイム労働者の比率が上がっているのが分かる。1993年は14.4%だったのが、2021年には31.3%と、倍以上になっている。こうやってパートタイム労働者が増えたから、労働時間の平均値を出すと下がっているように見える。でも、正社員が大半を占めるフルタイム労働者だけを見てみると、労働時間は減ってはいない。では次に、国際的な比較を見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 日本は、ドイツ、フランス、イギリスより顕著に労働時間が長いね。日本より長いのはアメリカと韓国か。韓国ってすごく長時間労働なんだね。でもだんだん短くなってきてはいる。アメリカは全然下がっていないね。コロナ禍以降も増えているぐらい。日本より長時間労働なんだ。

 そうだね。では週49時間以上労働する労働者の割合の国際比較も見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 この図を見ると、日本より上にいるのは韓国だけだね。日本の週49時間以上労働者の割合はドイツの倍以上だね。

 そう。国際的に比較して、日本の労働時間は非常に長いことが分かるだろう。そして、実態はもっとひどい。君もサービス残業という言葉は聞いたことあるだろう。

 あるよ。残業代をもらわないで残業(時間外労働)することだよね。

 そう。残業代不払いは犯罪なのだが(「6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」。労働基準法119条)、日本ではそれが横行している。サービス残業をさせている企業がそれを統計調査に対して素直に申告するはずがない。だから、労働時間の統計にはそれが表れない。したがって、本当はもっと長時間労働であると考えた方が適切だ。

次に、労災(労働災害)に目を向けてみようか。労災とは、業務のために起こる災害、つまり事故や疾病のことだね。ここでは、脳・心臓疾患に係る労災請求件数と、支給決定件数の推移を見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用
データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 請求件数は、コロナ禍以降に急減したけど、それまでは増加傾向にあったんだね。直近2021年度の請求件数は753件、支給決定は172件で、うち死亡が57件。単純に請求件数に対する支給決定件数の割合を出してみると、約23%か。なんだか請求件数に比べて支給決定件数が減っているように見えるね。例えば最も支給決定件数が多かった2007年度は392件、同年の請求件数が931件だから、請求件数に対する支給決定件数の割合は約42%。2021年度と比べると倍近くあるよ。

 そうだね。だんだん認定を厳しくしていっているように見える。では次に精神障害に係る労災請求件数と支給決定件数の推移について見てみよう。

データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用
データで見る 日本経済の現在地
『データで見る 日本経済の現在地』から引用

 こっちはコロナ禍以降も増加しているね。支給決定件数の方も増えている。直近2021年度は請求件数が2,346件、支給決定件数が629件、うち未遂含む自殺が79件か。こちらも単純に請求件数に対する支給決定件数の割合を出してみると約27%。労災を請求しても、それが認容される確率は3割にも満たないんだね。

 そう。そしてこれは氷山の一角だ。精神障害の大きな要因の1つが長時間労働だが、日本の企業はきちんと雇用者の労働時間を記録していないところが多いから、労災申請しようと思っても、証拠がなくて泣き寝入りせざるを得ない場合が多い。そういったケースも統計には表れない。

サービス残業は健全な淘汰をゆがめてしまう

 でも、なんで長時間労働になるのかな。

 さっきも指摘した「サービス残業」の横行が最も大きな要因だろう。労働基準法は、残業させた場合、割増賃金を払わなければいけないと定めている。これは、割増賃金という、いわば「罰金」を払わせることにより、残業時間を抑制することがねらいだ。割増賃金が増えすぎれば、人件費が企業経営を圧迫するので、経営者はなるべく残業させないよう、創意工夫するようになる。でも、それを払わなくていいとなったら何が起きるだろう。

 残業代を払わなくてよければ、残業させないよう工夫する動機がなくなるね。むしろなるべく長く働かせた方がお得になる。

 そのとおり。そして、本来払われるべき残業代が払われないから、もちろん賃金は低くなる。低賃金・長時間労働になるということだ。実際、労働基準法自体に残業代を払わずに済む抜け道がたくさん用意されているので、それらを利用して残業代を払わない企業がたくさんある。

 合法的に残業代の支払いを免れているということ?

 合法と言い難い場合もある。厳密に言うと法律の要件を満たしておらず、違法であるケースも多い。でも、労働者はそれに気づかない。また、労働基準法には規定されてないけど、企業が独自に残業代逃れの手法を生み出し、それを裁判所が追認してしまう事態も生じている。固定残業代と言われるものがそれだ。これは、実際の残業の有無にかかわらず、毎月一定額を「残業代」として固定給に含めて支払うものだ。これで支払ったことにしてしまう。

 残業の有無にかかわらず支払うんだったら、それ、ただの基本給じゃないの。

 そのとおりだ。「単に名前を変えているだけ」なんだが、なぜか裁判所はだまされる。無効と認定されるケースもあるが、企業の就業規則などにはっきり明記されていて、残業代とそうでない部分が判別できる場合は有効とされるケースが多い。

 そうやって企業がみんな賃金をごまかしていたら、ちゃんと賃金を支払うまともな企業が淘汰されてしまうね。

 そう。本来であれば、高い給料を支払える企業だけが生き残っていくはずなんだ。そして、高い給料を払えない企業は自然と淘汰されていく。そうやって産業転換が促進されていく。しかし、残業代不払いが横行することにより、潰れるはずの企業が生き残ってしまい、産業転換が進まない。それは新しい産業が育たないということだから、経済衰退にもつながる。

 それに、賃金をごまかされたら、みんなお金が足りなくて物を買えなくなるよね。

 うん。労働者は消費者でもある。労働者の賃金を低く抑えることは、消費者の購買力を奪うということだ。みんな安い物しか買えなくなる。だから物価が下がっていったんだ。みんながそれぞれ合理的と考えることをした結果、全体としては不合理な結果になることを合成の誤謬ごびゅうと言うが、日本ではまさに合成の誤謬が起きてしまったと言えるだろう。

データで見る 日本経済の現在地
明石順平
弁護士。1984年、和歌山県生まれ、栃木県育ち。東京都立大学法学部、法政大学法科大学院を卒業。主に労働事件、消費者被害事件を担当。ブラック企業被害対策弁護団所属。著書に『アベノミクスによろしく』『データが語る日本財政の未来』(集英社インターナショナル新書)など。ブログ「モノシリンの3分でまとめるモノシリ話」管理人。

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