大胆で戦略的に正しい投資を
ーこうした中、日本企業はどう行動すべきでしょうか。
しばしば指摘されることだが、日本の上場企業のマルチプル(倍率)は総じて低い。PER(株価収益率)やEV/EBITDA倍率(企業価値倍率)を米国の上場企業と比べると、明らかに違う。資本市場が日本企業に対して成長期待をあまり持っていないということを表している。では、どうすれば成長期待を持ってもらえるか。M&Aを含めた大胆で戦略的に正しい投資をきちんと行っていくことだと思う。日本企業にとって大きな宿題であり、解消されないまま残っている。
ーM&Aについて、中期経営計画で投資枠を設定する企業が随分目立つようになりました。
確かに、今後何カ年でこれだけの金額をM&Aに使うと宣言する例が増えてきた。しかし、実際には枠を使い切ったとか、使い過ぎたという会社よりも、使っていない会社の方がはるかに多い。もちろん、M&Aを通じた持続的な利益成長の道筋についての仮説があって、投資枠という形で数字を出しているのであれば、問題ない。ただ、裏付けがないまま、ひとまず投資枠として押さえているとしたら、非常に危険だ。
仮説のない投資枠なので、何でもいいから使ってしまえ、ということになりかねず、日本企業にありがちな高値づかみにつながり得る。仮説のないM&Aへのコミットメント(約束)は避けるべきだ。
コングロマリット・ディスカウント是正にも
ー事業ポートフォリオの変革は日本企業にとって大きなテーマです。その進捗はどうでしょうか。
日本企業は多業種にまたがるコングロマリット型が非常に多い。結果として、多くが(単体で事業を営む場合に比べ、市場評価が低い)コングロマリット・ディスカウントの状態にある。東証上場企業の半数以上がPBR(株価純資産倍率)1倍割れというのがその証左でもある。
コングロマリット・ディスカウントを是正するための方策の1つが事業ポートフォリオの変革だ。そこではM&Aで新たな資産を追加するだけでなく、当然ながら事業の切り出し・売却が必ず伴う。祖業を含めて、企業にとって痛みを伴う事業売却は2021年あたりまで増加傾向にあったが、それが2022年に一服。作業が終わったというより、一時的に様子見になった感がある。
ー事業の切り出しで期待されるのはPEファンドですね。
2022年は全体としてM&Aディールは静かだったが、その中で注目案件を挙げるなら、オリンパスによる祖業の顕微鏡など科学事業の売却。当該事業が苦境に陥った後に売却するケースは頻繁に見られるが、ポートフォリオ再編を進めるために、儲かっている事業を手放すという日本企業として珍しいケースだった。
買ったのは米投資ファンドのベインキャピタル。取引金額は4200億円超に上った。おそらく当初、事業会社も買い手に名乗りを上げていたと思うが、数千億円規模の案件になると、最終的にはPE同士の戦いになる。大型スピンオフ案件で、PEに買い負けない事業会社はそうそういるものではない。
東芝の非公開化はある意味、象徴的。買い手としてファンドの名前しか出てこなかった。本来なら、どこかの事業会社が買収候補になってもいいし、救済合併の話があってもいいはずだが、そうではなかった。