伝統的な和菓子メーカー、聖護院八ッ橋総本店。330年続くその味はどのように受け継がれ、どのように顧客や地域社会とのつながりを強めてきたのか。 変わりゆくビジネス環境の中で、いかにして自社の伝統と価値を守りつつ進化してきたのかについて伺った。
(執筆・構成=野坂汰門)
昭和24年京都市生まれ。昭和47年京都産業大学経営学部卒業。
大学卒業後、家業である聖護院八ッ橋総本店に入社。
昭和55年より現職。 京都商工会議所常議員、京都府就労支援事業者機構会長、 京都府高齢・障害者雇用支援協会会長、公益財団法人京都伝統技芸振興財団理事長ほか 公職多数。
平成18年黄綬褒章受章。
これまでの事業変遷
ー これまで事業を展開してきた中で大きな変化があったり、変わっていったものはありますか?
特に大きな変化があったことはありません。世間では、周りがどんどん変化していますが、それに合わせるのではなく、流れに乗ってやっていくことが重要だと考えています。良い時には伸ばし、悪い時には縮める。この繰り返しで、長く続けていくという事が経営理念です。新商品を作る際も、じっくりと長く続けていける商品であることが私たちのスタイルだと思います。
ー ありがとうございます。新商品の開発については、特別な研究開発部門があるのでしょうか?
特別にそういう部門は設けておりません。基本的には八ッ橋というベースから大きく外れることはありません。社員全員がアイデアを出し、それを皆で考えています。あくまでも長く続けられる商品を新商品として何年かに一度出す程度です。
生八ッ橋に関しても、もともと「生八ッ橋」という商品はありましたが、日持ちの問題から大々的には取り扱っていませんでした。しかし、交通手段や保存技術が発展したことで、日持ちを考えなくてもよくなったことから、生八ッ橋が良く売れるようになりました。生菓子や半生菓子、焼き菓子は時代によって人気が変わる傾向があり、今は生菓子がお客様のお好みだと思います。
創業330年企業の強みとは
ー それでは、御社の強みや成功の実績について教えていただけますか?その中でも特に一つ挙げるとしたら何でしょうか?
私たちが強みとして一番力を入れているのは当然味です。お客様が満足していただける味であることが最も重要だと考えています。どのような時代でもお客様が「やっぱりおいしい」と思っていただけるよう、常に試食をしています。そのためにおそらく時代にあわせてゆるやかに変化をしているかもしれませんが、目指すのが「一番美味しい八ッ橋」ということは変わりません。
長く続けるためにはリスクを少なくすることが重要です。伝統を守り、皆様が300年も続いてきたというのに対して興味を持っていただくこと、そして美味しいと言っていただけることが一番です。商品が第一という考え方です。
ーなるほど。御社の長い歴史を持つ商品の味を真似しようとすると、他社との違いが出てしまうのでしょうか?違いを出せる場合、その味の秘訣は何でしょうか?
味は違えど確かに似たような商品を作ることはできるかもしれません。しかし、我々は長年ファン作りをさせていただいてきたと思っています。できるだけお客様が購入していただけるように、本当に細かいところまで配慮して販売できるようにしています。京都のすみずみまでのお店でも一つ二つでも取り扱っていただき、より多くのお客さんに届くようにしていまし、細やかなご要望にも出来るだけ少量からこたえるようにしています。
ー皆さん方のお口に届くようなところに置かせていただくということですね。
はい、効率的には非常に悪いですが、やめるということはありません。出した以上はもう永遠に続けていくという事です。
ー売り上げの拡大というよりも、商品やお客さまのことを考えて、そこにお客さまがいるのであれば、本社のある意味利益は度返ししてでもしっかり置かせておいて、お客様のところに届けるという方針をされているということですね。そんな御社は、数々の成功の実績があると思われますが、何か特別に大きなポイントがあれば教えていただけますか。
一つあげるなら、鉄道や空港、飛行機の発展により、お店に出させていただいたことです。お声がけをいただいたので、出来る限り品切れをおこさないよう全力で取り組みました。その結果、商品が様々なところに出回ることができました。おそらく、お取引先は我々に対して一番信用をお持ちだったと思います。
地域との関わり
ー続きまして、地域に愛されるための秘訣や、地域での取り組みについて教えていただけますか。
地域というのは一番身近なところです。そこからだんだん広がっていくというのが一番綺麗な形だと思います。
そのため地域貢献に力を入れております。
地域にもいろいろ還元もさせていただいております。急速に広げるということはせずに、皆さんから愛される会社というように進めていきたいと考えています。
ー地域に対する尊重と敬意が、御社の信念なのですね。
はい、それが我々の信念です。社員の皆さんもその気持ちを持っていて、地域の方にちゃんと挨拶もしながら通勤もしていますね。皆も地域との関わりを大切にしております。
ーその姿勢は伝わっていっていると思います。そのような社員に育て上げるために、教育面にて意識を高めていくために何か特別に取り組まれていることはあるんでしょうか?
特別な教育はないのですが、私自身や先代も、自分を見てほしいというのが一番です。自分が見本になれるようにきちっとしていきたいと思っています。そして、会社に来ていただいて楽しい会社でありたいと考えています。
ー社員が気持ちよく会社に来られる環境を作っているのですね。
はい、それが目指すべき姿です。そのため私たちの会社では、人をかき分けて上に上がっていくというような形は一切作っておりません。常にまわりに優しい気持ちで接してもらえるように思っています。
ー障がいのある方が多くいらっしゃるとのことですが、それは優しさを持った社員さんが一人二人と増えてきた結果なんですね。
そうなのでしょう。彼らを社員さんが見て非常に優しく教育してもらっています。また、障がいのある方から学ぶことも多いですし、いつのまにか当たり前のことになっています。こうして積み重ねてきた結果、我々の会社が形成されています。
ー素晴らしいですね。先ほど地元に還元するというお話がありましたが、商品や商売を通じた貢献もあると思います。一方で、寄付活動のようなものや地域に提供されているものは、商売以外で何かありますか?
私たちは昔から地域に対して最優先の物事をやってきました。この地域でも自治会長を務めさせて頂いております。金銭的な問題だけではなく、地域の方々との関係性を大切にしています。例えば、地元の文房具屋さんや魚屋さんが高いと思われるかもしれませんが、地域で取引を行わなければ地域は伸びていきません。インターネットで安く買えると言われても、地元での取引が大切だと思っています。
ーそれは素晴らしい考え方ですね。地域の方々との人間関係を深めることで、地域全体が活性化しているのですね。続いて経営に携わられてからのブレイクスルーや成功実績について教えていただけますか?その秘訣もあわせてお伺いできればと思います。
特筆すべき成功実績というものは特にないと思います。ただ、変わらないことを続けてきたことが成功につながったと思います。バブル期にいろんな投資の誘いがあったものの、私たちは本業以外には手を出さないと決めていました。その結果、今日まで事業を続けてこれたと思います。
守り抜くものと変えていくべきもの
ーその一貫性が大切だったということですね。現在も変化が激しい状況ですが、そんな中で守り抜くべき伝統などがありましたらお伺いしたいです。
美味しい商品を作るためには、自分の心が問題となります。それを次の世代につなげていかなければならず、会社の社員や幹部にも伝わるように丁寧に伝えていかなければなりません。
ー それでは、具体的に未来の構想はどのようなものでしょうか?5年後、10年後、あるいはもっと長いスパンでのビジョンを教えていただけますか?
守るべき点については守り、前に進む部分は後押ししていきたいと思っています。違った手法も考えていきたいと思っており、いくつか新商品を作っていますが、根本的には同じ考えです。今まで食べたことのない方に食べていただくための商品作りや「しかけ」を行っています。社員からの提案も積極的に受け入れており、私ができなかったことを次世代の方がやってくれることが一番楽しみです。逆にブレーキをかけなければならないときは、しっかりとブレーキをかけます。
ー その言葉から、時代が変わるときにはその時代に合わせて進むべきだという考えが伺えますね。それと同時に、守るべきところはしっかりと守るというバランスが大切だと感じました。また、御社は小さなお店との関係を大切にされているとのことですが、取引先にもいろいろな変化があると思います。その変化にどのように対応していますか?
会社が頻繁に変わっていく中で、我々はいつでも適応できるようにしています。そのためには、多くの取引先との関係を築き、何かあったとしても大丈夫なようにしています。会社が縮小しても本店だけでも商売ができるように、信用だけは残していこうと思っています。
ー 今回のコロナの影響で売り上げが大幅に落ちたとのことですが、その中で何か新たな取り組みはありましたか?
今まであまり重視していなかったインターネット販売が、この状況を乗り越えるための一つの手段となりました。移動が制限される中で、インターネットで私たちの商品を指名して買っていただき、売り上げが上がるという現象に驚きました。全体としては知られているかもしれませんが、私たちのファンが日本中にこんなにもいらっしゃることに、コロナを通じて改めて感じました。
ー 行動制限がある中で、旅行できないとなったら、少しでもフードに触れたいというのをお取り寄せだったり現地のものを少し口にして思い返すみたいなところも疑似的に旅行するっていう気分を味わうというのが良かったのかもしれないですね。
今後もインターネットの販売というのは続けられるのでしょうか。
はい、続けようと思います。私自身は技術的には難しく、まだインターネットという新しい形に対する抵抗感があるのが現状ですが。
未来への構想とは
ーなるほど、それでは、今後、未来へ向けての構想を考えていくにあたり、現時点で重点的に取り組んでいることや、短期目線でやっていきたいことがあれば教えていただけますか。
コロナ以前は、会社としても、ある種の伝統的なやり方が多くありました。それはもう昔からの伝統かと思います。しかし、コロナの時には改めて自社の事業を見直すきっかけとなり、必要な部分とそうでない部分を見つけることができました。大切なところはきちんと残していますが、過去にはなかなか手をつけられなかった部分にも手をつけることができました。コロナの影響で会社としては大きな変化があったと言えます。
ーなるほど、その強い信念が会社の芯となっているのですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。これからも、御社のご活躍を応援させていただきます。
ありがとうございます。