生成AIの出現に湧いた2023年に引き続き、世界では地政学上の緊張が続いています。企業の経営環境も陰に陽に影響を受けながら、目まぐるしく動いています。2024年は製造業界にとってどのような年になるのでしょうか。
今回は、製造業界とくにモビリティ産業に造詣の深いローランド・ベルガー パートナーの貝瀬斉氏に、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)アドバイザーで東芝のデジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が今年の展望を伺いました。
横浜国立大学大学院工学研究科修了。完成車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、ベンチャー経営支援会社、外資系コンサルティングファームなどを経て復職。20年以上、モビリティ産業において、完成車メーカー、部品サプライヤー、総合商社、ファンド、官公庁など、多様なクライアントにサービスを提供。未来構想づくり、コアバリュー明確化、中長期事業ロードマップ策定、新規事業創出、事業マネジメントの仕組みづくり、協業の座組み設計と具現化支援、ビジネスデューデリジェンスなど、幅広いテーマを手掛ける。特に、クライアントと密に議論を重ねながら、生活者や社会の視点に基づき、技術を価値やビジネスに昇華するアプローチを大切にしている。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
「乃木坂46」にみられる組織マネジメントとは
福本氏(以下、敬称略) いきなりですが、「乃木坂46」のファンだそうですね。
貝瀬氏(以下、敬称略) そうです。40歳を過ぎて初めてアイドルのファンになりました(笑)。純粋にファンとして楽しんでいますが、多くの楽曲で「センター」だった西野七瀬ちゃんが卒業した後の乃木坂46の変化には、目を見張るところがありますね。特に、時間をかけて「らしさ」をどう醸成していくのか、「らしさ」自体も変化してもいいのだ、という考え方をファンと共有することについて考えさせられています。
福本 僕は西野七瀬さんのことは知らないのですが、その考え方については気になりますね。
貝瀬 ある時点の「らしさ」と、1年後の「らしさ」は違ってきます。西野七瀬ちゃんという創成期を支えたセンターが抜けることで、グループは以前の形ではなくなりましたが、ファンは以前と1ミリも変わらない「らしさ」を求めているかというと、必ずしもそうではありません。新しい「らしさ」にチャレンジする姿をファンに見てもらううちに、ファンは「あ、これも乃木坂46らしさなんだな」と気づいていきます。
こういう働きかけを時間かけてやっていくことが結局、属人ではない、組織の持続性につながります。たとえば、ある企業に「御社製品の強みは何ですか」と尋ねてみるとしましょう。一貫して変わらない良さがある一方、「実はこういう部分が変わってきているのですよ」というように強みが変わってもいいと思います。
自分たちの強みには、変化しない強みもあれば、変化する強みもあります。この強みを明確にして対外的な情報発信も行い、顧客にも理解してもらえるように働きかけていくなかで、属人的ではないビジネスを作ることができます。
福本 すごく良くわかります。その過程も含めて、変化が新鮮に感じられるのかもしれませんね。
貝瀬 そうです。「これもあったか!」みたいな感じですね。たとえば、最近はK-POP人気が高いので、洗練されたK-POPに比べると日本のアイドルは完成度が高くないという人もいますが、日本のアイドルは完成へ向かうプロセスそのものもショーとしています。
ひるがえって、「我々の会社は、お客様に何を認めてもらっているのですか」と問うたときに、「アウトプットとしての製品そのもの」という会社もあれば 「いや、ウチは設計変更のやり直しを散々する場合でも食らいついていくからだ」というプロセスを評価されている会社もあります。自分たちはどう変化してきているのか、顧客が求めているものが移ろっているのか、我々はどう対応すべきなのか、といった議論が大切なのではないかと思っています。
福本 顧客の変化に気づけることも大切ですよね。
貝瀬 本当にそうなのですよ。お客さんが「効果ありましたよ」とはっきりと言ってくれるわけではないですからね。だから、自分たちが色々な違う球を投げ込んでみて、「これには反応しないよね」「あれ、こんなことに反応するの!」という結果も考えられます。そうだとすると、「お客様は実はこういう風に変わってきているのではないか」と推察することもできます。
アイドルも芸術家も、企業家も「表現者」である
貝瀬 ちなみに乃木坂46の1期生2期生は全員いなくなり、今は3期から5期生で構成されています。
福本 初期のメンバーは誰もいないのですか。
貝瀬 もういないです。今は、目立ったエース級の子に依存しない状態ですね。そういう価値の出し方に置き換えていった面があるのではないかと勝手に推測しています。これまでは、一定のステージまで進んだ子は卒業に合わせて写真集を出すことが多かったのですが、次に出るのは一番新しい5期生全体の写真集です。結果論かもしれませんが、集団価値創造体制に変わってきていて、その象徴として個にフィーチャーしなくなっているようにもみえます。
福本 その状況は、カリスマ経営者に依存しない企業経営体制が重なってみえますね。
貝瀬 企業経営に照らし合わせてみると、アイドルグループの人が組織マネジメント上で優れているかもしれません。数年前に、乃木坂46の衣装やCDジャケットのアザーカット(ボツ写真)など関連する資料を一堂に集めた展示を見たことがあるのですが、そのなかで印象的だったのが大量のCDジャケット写真でした。1枚のジャケットのために、二百何十枚ものアザーカットがありました。この中から「これがいい」って、どうやって決めるのだろうかとても気になりました。
たとえば企業経営に関しては、コンサルタントは合理的に考えて、コンセンサスの形成しやすさも踏まえて答えを導きます。しかし、クリエイティブの世界の中で物事を判断する場合、一体どんな脳みその持ち主がやっているのだろうと、とても興味が湧きました。プロデューサーなりの感性やこだわりがあって、そこに共鳴する人がいてファンになっていくのでしょうね。
別の例で言うと、ピカソは60代のときは陶芸作品を多く創っていました。彼は、芸術は面白いと思えることにどれだけ突き進めるかどうかだ大切だと考え、生涯を通じて貫きました。このときに何を制作しようか、計画を立てて動いていたわけではないと思うのです。今、「面白い!」と感じることを突きつめるのは大切だと思います。僕自身のキャリア観も、そこに行き着くかもしれません。
福本 貝瀬さんはローランド・ベルガーに3度、入社していますよね。どのような経緯があったのでしょうか。
貝瀬 キャリアというよりもむしろ、コンプレックスの塊のような僕がどうやって人生を楽しんでいるか、ということになるかもしれません。
福本 貝瀬さんのような方でもコンプレックスがあるのですか。
貝瀬 謙遜でも何でもなく、そうなのです。中学校の時に行っていた塾では一番上のクラスで最下位近辺でした。いつも先頭集団の後方が定位置でした。僕がローランド・ベルガーに1度目に入社したのは、新卒で入社した国内自動車メーカーを1年で辞めた後で、翌年の新卒たちと同時でした。周りは皆、コンサルティングファームでインターンをやっていた人や、マーケティングの有名な先生の研究室出身だというような人ばかりでした。車の技術の研究しかやっていなかった僕にとって、周りの人たちは何語を喋っているのだろうと思うぐらい、言っていることがわかりませんでした。
そんななかでも、楽しく働けるように工夫してきました。頭のいい人たちがあまりやりたがらないことがあるのに気づいたのです。そこをうまくやっていくことで、お客さんの価値になるゾーンがあるのですね。たとえば、ディーラーの再編プロジェクトに関連して、自動車の整備工場にインタビューしまくりました。同僚の中には、そのときに取材拒否されたら嫌だなという人もいたのですが、僕は気にしなかった。「30〜40件インタビューしたら、そこでこんなに面白いことがあって…」と言うと、お客さんも徐々にこちらを向いてくれるようになりました。
福本 企業の人は意外と、自社のことを知らないですよね。そこで価値を見つけてきたのですね。
貝瀬 そうですね。僕は昔から、自分を物にたとえると粘土だと思っているのですよ。
福本 粘土だと、何にでもなれるからですか。
貝瀬 はい。パズルのピースで最後に残っている部分が丸だったら、僕は丸になればいいし、三角だったら三角になればいいです。僕の中で重要なのは、パズルが完成することなのですよ。ですから、自らの形をカチッと持っている経営者には向いていないでしょうね。でも、優秀な人たちが他のピースを埋めてくれるので、その人たちがやりたがらない、残ったところを自分がやることで、お客さんへのバリューというパズル全体が完成すればいいと思っています。
ピカソが感じたままに制作するのも、乃木坂46の200枚以上もあるカットからジャケットの1枚を選ぶクリエイターの心理も、「いい!」と感じるほうに向かっているように感じます。同じように、色々なビジネスの種がある中で「俺はその商品にお金払いたいと思うか?」という主観や素直な声に従うと、意外と悪いようにはならないのではないでしょうか。
具体から抽象へ 「面白い!」はどこにある
福本 確かにその通りなのですが、企業は一度ヒット商品を出すと、ついついプロダクトベースで考えるようになってしまいますよね。そこできちんと自分を見つめ直すことができるかどうかが大事なのではないかと思うのですが。
貝瀬 本当にそうですね。自分の力で軌道修正しなければならないですよね。ひとたび名声を得てしまうと、周りのプレッシャーも高まります。そのような状態で、やはり自分はこうなのだ、という強い思いを持つ必要がありますね。
福本 そういう点では、表現者は一途ですよね。
貝瀬 そうですね。新しいビジネスの企業家も、表現者そのものですよね。「あったらいいな」をビジネスというフィールドで表現しようとしているのであって、その場がクリエイティブの世界なのかビジネスの世界なのか、それだけの違いです。こう考えると、ビジネスにおいても、「あなたは何を表現したいのですか」が問われますよね。
福本 従業員を覆っている殻を、取り払ってあげられるような経営者も必要になるのかもしれないですね。
貝瀬 本当にそう思います。そこにいる人の能力と、恥じらいや躊躇を取り除く力、「こんな当たり前のことを言ってバカにされたらどうしよう」という思いが、実際にはポテンシャルがあるアイデアを発信する機会を失っていて、組織全体の損失になっている面が結構あります。
福本 日本人には結構、多いですね。
貝瀬 最初の取っ掛かりのところで誰も手を挙げないので結局、質問や感じたことを皆が投げ合わなくなります。誰も意見を挙げないので、どこからも意見が挙がらなくなってしまうメカニズムをどう解いていくのかが、まさにマネジメントの仕事です。
福本 貝瀬さんは、「具体から抽象へ」という話を結構されますね。大事なことではあるのですが、苦手とする人も少なくありません。どうしたら良いか、何かコツはあるのでしょうか。
貝瀬 僕も決して抽象化が得意なのではなく、基準は自分が面白いか、自分がいかに膝を打てるか、みたいな感じです。このスキルがすごいとか、優れていると言うつもりは全くなくて、「そういうことだったのか〜!」「だったら、こういう風に使えるね」と、面白いと感じたことを自分なりに解釈しているだけです。
ファクトベースで知っているか知らないかで言うと、お客さんと対峙する場合は、お客さんのほうが良く知っている場合が当然、多いですよね。そのような状態で価値を出すには、同じ材料でも調理の仕方で違うものを出すことに帰着していきます。
日本の場合は特に企業という組織の中では、「面白い」という感覚はあまり多く求められている感じではないですよね。でもある時、上司が「会議を全部レコーディングして、『面白い』という言葉だけをAIに自動認識させて、その前後 3分だけを抽出したい」と言い出しました。
その「面白い」が生まれる瞬間に、何があったのかを自動的に抽出できるようになって学習していくことで、組織が「面白い」を創出する能力がぐんと高まるはずだというのです。この会話を交わしたのは4年くらい前のことで、当時のAIでは技術的に開発が難しい状況でした。
本当に価値ある瞬間には、「面白い」という言葉を使っている人は多いと思うのですよね。「新しいね」とか「面白いね」とか。そこに着眼して掘り下げていくと、抽象化する時にヒントになるかもしれませんね。
気づいた変化を打ち消さずに、アクションを起こせるか?
福本 2024年の製造業におけるトレンドは、どんなことが中心になっていくと見ていますか。僕は、グローバル連携がどれだけ進んでいくかではないかと思います。
貝瀬 僕もそこは結構、共感しますね。背景の1つが、デカップリング(✳︎)です。デカップリングが指摘されるようになって2年ぐらいになり、一周回って「でもそれだけだときついよね」と感じ始めているなかで現実の落とし所を見つけに行こうという、ある種の揺り戻しがあります。
2024年は、デカップリング前提でも一部、手綱を緩めるグローバライゼーションという感じでしょうか。したがって、盲目的にグローバル連携を広げるというよりも、制約がある中での現実的なグローバル連携といった落とし所を探るのが、これからの動きかもしれません。
福本 おたく、やり過ぎですよと。
貝瀬 はい。当の本人たちも自分たちで仕掛けている割に、やり過ぎによる苦しみを自分たちも感じているという状況になってきているように感じます。中国しかり、アメリカしかり。
福本 そう思います。アメリカ側からすると、AIにしてもデジタルテクノロジーの活用にしても中国が猛追してきていて、脅威になっていますよね。
貝瀬 まさに生成AIの場合は、デカップリングによる国対国の争い事というよりもむしろ、人類対機械の線引きの話になってきます。競争の視座を国レベルからもう1つ視座を上げないと、自分たち自身もうまくいかなくなるという感覚も持ち始めており、新たな課題として突き付けられる時期が今年なのかもしれません。
福本 中国に関して言えば、ステージが変わってきています。以前は、機能がそこそこだけれど値段が安いという時代が確かにありましたが、今は明らかに違います。
貝瀬 それを認めざるを得ないからこその、いまの動きですよね。日本企業にとってのチャレンジは、本質的なものの見方ができる人の意見が、いかにして組織の中でのコンセンサスや賛同を得られるかが大切です。
福本 そういう見方は得てして、組織内ではマイノリティーになることがあり、だから言えないというのが日本企業の中では結構あるような気がします。
貝瀬 そうですね、盲目的に「そうじゃない世界」、昔の強かった日本のままでいると信じて疑わない人も多いです。現実には違うのですが、ダウンサイドのシナリオを書くと怒るお客さんもいます。同じように、変化に対する見方や本質的な見方は、日本企業の強い慣性力の中で打ち消されてしまう傾向があります。
持っているアイデアは、日本の企業も中国の企業も大して変わりません。むしろ組織の共通認識としてアイデアを共有して、アクションを起こすことに対して皆で「そうだね」と言える会社かどうかか大事ではないでしょうか。組織の慣性力に押し消されそうになる場面が増えてくる状況で、それを突破できる文化があるかどうか、そこが分水嶺になると思っています。
福本 確かにその通りですね。今年はさらに、明暗が分かれる1年になるかもしれません。貴重なお話をありがとうございました。
【関連リンク】
株式会社ローランド・ベルガー https://rolandberger.tokyo/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
(提供:Koto Online)