本記事は、小日向素子氏の著書『ナチュラル・リーダーシップの教科書』(あさ出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
知の巨人や哲学者にも通じる「成長し続ける」サイクル
「ナチュラル・リーダーシップは、「理論」ではなく「感覚」を重視します。そのためには、常に内省を行い、感覚を磨き続けることが大切です。内省を続けて成長するための具体的な手法を、ナチュラル・リーダーシップでは、「リーダーシップ・サイクル」と呼んでいます。
「リーダーシップ・サイクル」は、「内省」「観察・理解」「行動変容」「フィードバック」の4つで構成されており、これらを順番に回していくことで、継続的な内省と、内省に基づく成長を促すものです(図参照)。
常に自分の考えや言動を「内省」し、周囲の人や物事をよく「観察・理解」し、自ら必要な「行動変容」を促し、それに対する周囲からの「フィードバック」を受け止めて、再び「内省」し、改めて「観察・理解」を行います。
このリーダーシップ・サイクルを回し続けることで、ナチュラル・リーダーシップが最大限に発揮されます。
「リーダーシップ・サイクルを回し続ける」ことについて具体的にイメージしていただくために、実際にあった女性の例をご紹介しましょう。
大企業でリーダー職を務めるYさんは、ご自身のことを「優等生タイプというか、従順なタイプだと思う」とおっしゃいます。
上司や部下とぶつからないよう、うまく振る舞っているそうです。
彼女は、ご自身のことをこう振り返られました。
「特に部下に対しては、彼らが疲れたり、困ってしまったり、機嫌が悪くなると嫌なので、いつも丁寧にケアしています。私は波風が立つのが苦手なので、大小すべてのトラブルを避けたいと思う傾向があります」
これが、自分の言動を振り返る、第一段階の「内省」です。
Yさんのこうした対応に対し、部下の方たちはどう振る舞っているのでしょうか。現状を観察するようお願いしたところ、彼女は、このように伝えてくれました。
「部下は総じて、自由に発言し、能力も発揮していますし、『Yさんの下はとても働きやすい』と嬉しそうに話しています。
一方で、1つのプロジェクトを、彼らだけで完遂したことがないのです。毎回、自分が手を貸す必要があり、その負担は少なくありません」
この観察結果をどう理解するかと伺うと、考え込みながら、次のように答えました。
「もしかすると、部下は皆、私のことをお母さんのように見ていて、甘えているのかもしれないと思いました。私も私で、あれこれ心配して、つい先回りをして手を貸してしまいます。信じて任せるということができていないのかもしれません」
ここまでが、第二段階の「観察・理解」です。
次に「内省」→「観察・理解」を経ての「行動変容」です。
Yさんは現状の打開に向け、言動を変えました。具体的には、小さなプロジェクトを彼らに任せたそうです。
「今回、私は手を貸すことができないので、そのことも計算して1カ月以内に皆で終えるようにしてください」と指示を出したところ、部下たちは見事、Yさん抜きでプロジェクトを完了させました。
部下たちはYさんに、「Yさんがいなくても、自分たちでできました。僕たちはこれまで、Yさんに甘えすぎていたかもしれません。次は、もっと大きなプロジェクトでも、自分たちで完了できるようになりたいです」と話してくれたそうです。
Yさんの行動に対する「フィードバック」です。
Yさんは、この「フィードバック」を受け、再び、さらに深い「内省」をされました。
「これまでの私の態度が、皆を甘やかしていたことに気がつきました。波風が立つのが苦手で、先手先手でケアしてしまうと言いましたが、結局、優等生気質が強く、失敗を恐れていたのかもしれません。
でも、思い切って手放したほうが、部下たちは間違いなく成長することがわかりました。しかも、任せた時のほうが、彼らが楽しそうだったんですよね。
今後は、失敗して周囲から批判されることを恐れず、もっと彼らを信じて任せていきたいと思います」
リーダーシップ・サイクルが1周し、次の段階の「内省」へとつながったことが、ご理解いただけるでしょうか。
上記のような形で、リーダーシップ・サイクルを回し続けることは、偉大なリーダーになるための道でもあります。ここでいう偉大なリーダーとは、ナチュラル・リーダーシップを継続し、周囲をも大きく変容させるパワーを体得したリーダーです。
リーダーシップ・サイクルを回すことが、なぜ、偉大なリーダーになるための道なのか、お話ししましょう。
リーダーシップ・サイクルを回すと、自ずと周囲の人を巻き込むことになります。
私が観察・理解する「他者」、行動を変えた私が働きかける「他者」、私の行動変容にフィードバックをくれる「他者」といった具合です。
また、自分がリーダーシップ・サイクルを回すと、「他者」もリーダーシップ・サイクルを回すようになります。
先ほどのYさんの事例では、Yさんがリーダーシップ・サイクルを回すことで、部下が自ら「甘えていたかもしれない」と内省し、「次はもっと大きなプロジェクトを自分たちでやってみよう」と、行動の変容へ結びつけました。
最初は、部下の側のリーダーシップ・サイクルの回し方はぎこちないかもしれませんが、Yさんが自分のそれを回し続けることで、部下側の精度も徐々に高まっていくでしょう。そして部下も、自らが関わった周囲の人たちのリーダーシップ・サイクルに影響を与え始めます。
つまり、リーダーであるあなたがリーダーシップ・サイクルを常に回すことで、あなたを起点として、同じように自らのリーダーシップ・サイクルを回す人が加速度的に増えていきます。あなたの周りの1,000人もの人々が変化していくことも、絵空ごとではありません。
ただし、リーダーシップ・サイクルは、誰もが最初から簡単に回せるものではありません。
例えば、あなたの苦手な人、嫌いな人からの声に心から耳を傾け、自分の行動を変え、フィードバックをもらうことをイメージできますか? おそらく、拒否感が先に立ち、思考を止めてしまうのではないでしょうか。
リーダーシップ・サイクルは、心理的安全性のあるところでは、比較的簡単に回すことができます。
牧場研修の場はその際たるもので、牧場では、参加者の皆がリーダーシップ・サイクルを回します。しかし、オフィスや家庭に持ち帰ることには、抵抗感を持つ方が少なくありません。
なぜなら、牧場では、「学びの場で、守秘義務があり、皆が意識してリーダーシップ・サイクルを回すことが自然」です。
心理的安全性が高いのです。一方、オフィスや家庭などでは、必ずしもそうではありません。気の合わない人がいたり、利害が対立したりなど、明らかに安全でない場合も多いでしょう。周囲の人が日常的にリーダーシップ・サイクルを回しているとも限りません。
しかし、このように壁を感じた時こそ、良き「内省」のチャンスです。自分の抵抗感がどこから来るのか、振り返ってみてください。
習慣的に内省を行うと、日常生活の中に気づきと成長のチャンスが無数に存在していることに気づきます。
リーダーに最も必要な資質は「内省する力」であると多くのリーダーシップの研究者が指摘しています。 ぜひ、内省を通じてリーダーシップ・サイクルを回し、理想的な組織・チームの構築への一歩を踏み出してみてください。
国際基督教大学卒業。NTT入社後、外資系に転じ、マーケティング、新規事業開発、海外進出等を担当。2006年、グローバル企業の日本支社マーケティング部責任者に、世界初の女性および最年少で就任。2009年独立。新たな学び・成長プログラムの開発を始動し、馬と出会う。2016年株式会社COAS設立。欧米各国の馬から学ぶ研修を巡り、米国EAGALA認定ファシリテーター取得。同時に、組織開発、リーダーシップ、コーチングを学び、スイスIMD Strategies for Leaders修了、キャリアコンサルタント試験合格、ICF認定コーチングコースアドバンスト受講。2017年、札幌に牧場を持ち、馬から学ぶリーダーシップ研修を導入。資生堂をはじめ様々な業種の企業研修として活用されるほか、エグゼクティブ、起業家、役員等、延べ2000名を超える受講者を輩出している。本書が初の著書。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。