この記事は2024年5月17日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「右派ポピュリスト会派が伸長も、現行路線は維持の方向へ」を一部編集し、転載したものです。


右派ポピュリスト会派が伸長も、現行路線は維持の方向へ
(画像=Rawf8/stock.adobe.com)

(EU統計局「1人当たり実質可処分所得」ほか)

「選挙イヤー」となる2024年。欧州連合(EU)加盟国では、6月6~9日に「5年に一度」の欧州議会選挙が行われる。議席は人口を考慮して配分され、比例代表制で選出される720人の議員は、複数国にまたがって会派を形成し活動する。中道右派の「欧州人民党」(EPP)と中道左派の「社会民主進歩同盟」(S&D)は、EU統合を推進してきた二大会派。前回の19年は、中道の「欧州刷新」(Renew)と環境会派の「欧州緑グループ・欧州自由連盟」(Greens・EFA)が議席を伸ばした。これらも親EU会派だ。

筆者が3月に訪問したベルギーの首都ブリュッセルでは、この欧州議会選の話題で持ち切りだった。ブリュッセルには、欧州議会のほか、行政執行機関の欧州委員会や閣僚理事会などのEU機関が所在し、シンクタンクや弁護士事務所、業界団体や企業のロビー・オフィスなどが集積する。欧州議会は、EUの立法プロセスで閣僚理事会と共同決定権を持ち、EU予算の承認権や欧州委員会のトップ人事にも関わる。ブリュッセルの専門家らが欧州議会選挙に多大な関心を寄せるのは当然だろう。

他方で、EU市民の欧州議会選への関心は低下の一途をたどってきた。実際、投票率のピークは初回の1979年の61.99%で、2014年には42.61%まで落ち込んだ。だが、前回の19年には50.66%まで投票率が回復した。英国のEU離脱や米トランプ政権による米国第一主義の台頭、中国の自己主張の増大、気候変動の深刻化などさまざまな危機が若年層や都市部の住民を動かし、中道会派と環境会派を後押ししたとみられる。

各種サーベイによると、今回の選挙では中道会派と環境会派がしぼみ、EU懐疑主義の右派ポピュリスト会派が伸長するとみられている。それでも、主流派のEPPとS&Dの議席は大きく変わらず、第一会派、第二会派を堅持しそうだ。ブリュッセルの専門家らは、フォンデアライエン委員長の実績をおおむね肯定的に評価している。彼らが期待するのは、同氏が委員長に再選され、脱炭素化やデジタル、競争条件公平化のためのEU法の執行を強め、防衛・安全保障を巡る課題への取り組みを推し進めることだ。

果たして選挙は専門家の見立てどおりの結果となるのか。前回選挙が行われた19年以前の5年間は、1人当たり実質可処分所得は順調に回復していた(図表)。しかし、それ以降は立て続けに見舞われた危機によって変動が激しく、ならすと伸びは鈍化している。加盟各国では、待遇の改善などを求めるストライキが頻発。複数の加盟国の農業生産者らがブリュセルに集結し、EUが推し進めた環境法制や自由貿易協定等に反対するデモも行われた。

この間にも、市民には不満が蓄積していることだろう。専門家が予想もしないようなかたちで、市民の不満が欧州議会選の結果に表れることがないかを注視したい。

右派ポピュリスト会派が伸長も、現行路線は維持の方向へ
(画像=きんざいOnline)

ニッセイ基礎研究所 常務理事/伊藤 さゆり
週刊金融財政事情 2024年5月21日号