【M&Aインタビュー】全く考えていなかったM&A 電気工事を営む経営者の決断を後押ししたものとは

昨今、大きな問題となっている「後継者不足」に端を発し、日本では事業承継の多様化が進んでいる。その中でとりわけ注目を集めているのが第三者への承継、いわゆるM&Aだ。

これまでは親族への承継や親族以外(役員、従業員)への承継、それが難しい時の選択肢としてM&Aを検討する経営者が多かった。しかし今は、事業成長や事業存続のためのファーストチョイスとしてM&Aをセレクトする経営者も少なくない。

実際にM&Aで会社を売却した経営者はなぜ、その方法を採用したのか。

連載「The WAY|私が会社を売却した理由」第4回目は、東京メトロなどを経て電気工事会社を創業、30年以上にわたり経営者を務めたコモン計装株式会社の太田正博氏に話を聞いた。
(2023年11月取材)

東京メトロなどを経て電気工事会社を30年以上経営

1950年に生を受けた太田氏は、高校卒業後にラジエーターを製造する中小企業に就職し、2年後、20歳の時に、父がよく口にしていた「安定した大手企業に入れ」という言葉に応える形で帝都高速度交通営団(現在の東京メトロ株式会社)に入社しました。

東京メトロに10年以上籍を置き、その後、当時の上司に勧められて「第三種電気主任技術者」の資格を取得。その資格を活かせるビルメンテナンス会社に転職しました。そこでアズビル(旧山武設計)と出会い、運命が変わったといいます。アズビルと取引をしたいと思い、同社の認定会社(下請け)への転職を実現、アズビルの安全教育と業務の進め方を徹底的に学びました。

そして1989年、電気工事会社のコモン計装を設立。太田氏が「当社の仕事の8割はアズビルとの関係に依存しています」と語るなど、当時から現在までアズビルとは強い信頼関係があります。そしてアズビルの厳格な安全基準に応えることで「認定サービス会社」に指定され続けています。

しかし、順風満帆に見える経営の中でも問題がなかったわけではありません。その1つが事業承継でしたーー、ここからは自身の言葉で振り返っていただきます。

娘が会社を引き継ぐことを了承したが……

太田氏は語ります。

「事業継承を考えるに至った主な要因は、私の年齢でした。私は、娘に会社を引き継いでもらおうと思い、彼女にその提案をしました。幸いにも、娘は賛成してくれることとなり、周囲にそのことを自慢しました。

しかしながら、私には大きな心配事もありました。それは、娘がビルメンテナンス業界での職務経験がなかったことです。娘と一緒に仕事をする中で、彼女は優れた能力を持っていると確信しましたが、業界内の経験が不足していることは否めませんでした。本人もこの問題に神経をすり減らしており、時折私に仕事の悩みを打ち明けてきていました。

このような背景のもと、娘から提案されたのがM&Aでした。以前、娘が勤務していた企業がM&Aを経験しており、彼女はコモン計装の事業継承についてM&Aを一つの選択肢として考えるべきだと言うのです。私が知らない間に、娘は日本M&Aセンターに連絡を取り、担当の近藤さんと事業継承に関する相談を進めていたのでした。娘からM&Aの提案を受けたのは、すでにその話が具体的になっている段階でした。私は娘に事業承継するつもりでいたので、この提案に衝撃を受け、頭が真っ白になるほどでした。

また、この突然の提案に動揺した理由は他にもありました。以前、アズビルと取引をしている別の認定サービス会社が、アズビルに事前の共有もなくM&Aをしたことで、その後の新体制において組織が混乱し、現場で問題が発生したのです。これにより、アズビルは認定サービス会社のM&Aに対して不信感を募らせていました。

このような背景もあり、M&Aには当初、あまり納得していませんでした。日本M&Aセンターの近藤さんと初めて面談に臨む際には、破談になることを期待してさえいました。ところが、近藤さんは非常に熱心で、徹底的な企業調査を行っており、その情熱が会話を通じて伝わってきました。また、私が他の認定サービス会社のM&A失敗事例を挙げ、譲渡条件を厳格に提示しましたが、近藤さんはこれらを理解し、私たちの要望に応えてくれました。

その結果として株式を譲渡することとなった相手が、広島市内を中心として設備管理、清掃、警備、指定管理者事業などを営んでいる株式会社オオケンさんです。トップ面談を通じて、当社を安心してお任せできると確信しました。

大きな懸念材料の一つであったアズビルとの関係に関しても、近藤さんが間を取り持ってくださったことで、M&A後も継続してお付き合いをいただけることとなり、娘とともに胸を撫で下ろしました。

M&Aにおける私にとっての一番の難関は、契約締結までの期間中、事を誰にも漏らせなかったことです。私は隠し事が苦手なようで、自分ではうまく演技をしているつもりでも、態度に出てしまっていたようでした。そんな私の異変を察知した社員が、「体調が悪いのでは?」と気にかけていたそうです。

ようやく社員にM&Aの事を伝えられたのは、契約が結ばれた直後のことでした。全社会議で社員に説明をすることとなり、突然の報告に社員は将来に対する不安を抱いたかもしれませんが、私は「給与などに変更はなく、私も会社に残る予定です」と伝え、安心感を持ってもらうよう心がけました。オオケンさんの規模と資本力は当社よりも大きいため、社員たちにとっても、メリットのある決断だったと考えています」

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