この記事は2024年8月30日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「実質賃金は約3年ぶりのプラスも、まだ遠い個人消費の本格回復」を一部編集し、転載したものです。
今年8月の日本の長期金利(10年物国債利回り)は、直近数カ月の1%を超える高水準から一転して1%を割った。言うまでもなく、8月初めの米国雇用統計ショックの影響が大きい。
ただし、米国雇用統計ショックの影響が一巡し、米国経済軟着陸の観測が再び高まれば、日本銀行の金融政策は7月の金融政策決定会合時に示したタカ派的方針に徐々に回帰するだろう。このことは、8月7日の内田眞一副総裁の講演内容と、同23日の植田和男総裁の衆参両院における閉会中審査出席時の発言内容からも推察できる。とはいえ、日銀の金融政策は米国経済情勢次第で、白紙状態となった印象に変わりはない。
7月会合で、植田総裁は今後経済物価情勢が日銀の見通しどおりに推移していけば、低過ぎる実質金利を中立金利下限付近まで引き上げることが可能になるとの見方を示した。つまり、日銀が政策金利の引き上げを淡々と行っていく可能性も当時示唆されていた。
債券市場の安定化に資する実質金利の中立化に向けて前提となるのは、賃金と物価の好循環が実現することであり、そのためには個人消費の加速が欠かせない。この点、日銀は消費の現状を底堅いと評価している。実際、4~6月期の消費は5期ぶりのプラス成長となった。
しかし、個人消費の水準はいまだコロナ禍前に戻っていないことに加え、一部自動車メーカーの認証取得不正問題の悪影響一巡など一時的要因の押し上げが大きく、サービス消費はマイナスの伸びにとどまっている。そのため、筆者は、現時点の消費の基調は足踏み状態とみる。
もちろん日銀の見通しにあるように、今後は名目賃金のさらなる上昇や物価の減速、政策支援による実質所得環境の改善に伴い、消費が持ち直すとの期待はある。実際、4~6月期の実質賃金の伸びは、前年比で約3年ぶりにプラスに転じ、いよいよ下げ止まりの兆しが見えてきた。
だが、①実質賃金は過去最低の水準にあり、②在宅勤務やオンライン会議の普及により外出機会の減少に伴う消費(衣服や鉄道利用、ビジネス関係の飲食など)下押しは続き、③消費の二極化が進展して相対的に低所得・低資産の世帯では貯蓄が枯渇して消費マインドの落ち込みが大きい。これらの点を考慮すると、個人消費本格回復へのハードルはコロナ禍前よりも高いとみている。
③に関連して、家計調査(総世帯)で60歳未満の世帯と60歳以上の世帯の名目消費支出を見てみると、後者がコロナ禍前の水準を取り戻している一方、前者はいまだ低迷が続いている(図表)。前者には勤労者世帯が多いため、今後の賃上げによる所得改善が消費に結び付くと期待されるが、預金残高が相対的に小さい層では所得増加分が貯蓄に回るリスクもくすぶる。そのため、今後実質所得環境が下げ止まりから回復に転じたとしても、消費が早期に大幅加速に転じる公算は小さいとみる。
ソニーフィナンシャルグループ シニアエコノミスト/宮嶋 貴之
週刊金融財政事情 2024年9月3日号